人化してみる?
他の話に比べて、短いです。気楽な内容になってます。
元の部屋に戻って、トンナを起こす。
「いいかいトンナ、これから、トンナに幾つか命令する。その命令を聞いたら、落ち着いて、ゆっくりと考えるんだ。良いね?」
ベッドの端に座るトンナの膝の上に立って、顔を両手で優しく包み込むようにして挟む。
なすがままのトンナに、俺は静かに語り掛ける。
トンナは顔を赤らめながら「うん。」と軽く頷く。
「目を閉じて。」
トンナが目を閉じる。
「今から言うことを思い出して。」
トンナが俺の手の中で頷く。
「俺とはいつも一緒に居るね?」
トンナがニッコリとほほ笑んでいる。
「俺と一緒に居ると楽しい?」
「うん!」
トンナが元気に答える。
「トンナはいつも俺のために頑張ってくれてる。感謝してるよトンナ。」
トンナの顔が更に喜びの表情で満たされる。
「あたしの方こそ、いつも一緒に居てくれてありがとう。」
「よし。じゃあ、準備は整ったよ。一度、人間の姿を見せておくれ。」
「えっ?そんなのあたし…」
「大丈夫。トンナはイメージするだけで良いよ。そしたら、俺にも見えるから。」
トンナが一瞬不安そうな顔をするが、再び満面の笑みで「うん。」と答える。
変化が始まった。
トンナの脳内でイメージされる姿形をイチイハラが俺達に伝え、俺達がトンナのマイクロマシンへと補助的に働きかける。
トンナの顔の輪郭が、細く、整えられていく。
鼻が人と同じ形状となって、耳朶も人と同じように変化していく。
ウェストが引き締まり、腕も足も細く引き締まっていく。
蹄のような指先が人の爪へと変化していく。
「いいよ。トンナ、目を開けて。」
膝の上から飛び下りた俺はトンナを姿見へと連れて行く。
アヌヤもヒャクヤもオルラさえもが、声を出せない。
「これが人間のトンナだ。」
トンナ自身が、口をポカンと開けて、声を出せない状態だった。
身長二メートルを超える長身、九頭身のモデル体型、股下は俺の身長の遥か上。
ボリュームのある胸と腰の引き締まったウェストは、女性の究極とも言えるラインを描き出している。
長い金髪に、長い睫、吊り上がり気味の大きな目は深い蒼だ。桜色の唇は程よい大きさに整えられ、薄っすらと開かれた口から見える白い歯には、牙の代わりに大き目の犬歯、いや、糸切り歯が見て取れる。
ゴージャスという言葉がピッタリの美人が、鏡の中にいた。
「これが…あたし…?」
「ビックリなんよ。」
トンナの後ろからアヌヤが顔を出す。
「凄いの…」
ヒャクヤもアヌヤと同じように驚きながら顔を出す。
「ヤート族一のあたしも驚いたよ…」
オルラ、何気に対抗心を燃やしてないか?
トンナは自分の両手を見下ろし、その指で自分の頬に触れる。
「トガリ…」
「ん?」
俺はトンナを見上げる。
トンナが俺を見下ろす。
俺を見詰めるその瞳に強い力が宿っている。
?何故か背筋に寒気を感じる。
神速ともいえる速度で、トンナが俺の体を持ち上げる。
「あっ!」
「あー!」
「あらら。」
「んぐっ」
トンナが俺の唇に自分の唇を押し付けてきた。
突然の展開に、俺はパニックに陥る。
トンナから離れようと、必死にもがくが、トンナの怪力は健在だ。
後頭部を抑え込まれて身動きできない。
その上、トンナの吸引力も怪力だ。
俺がもがき苦しみ、皆が呆然とする中、たっぷり五分間。トンナは目を閉じて、俺の唇と舌を貪り尽くすように吸い続けた。
結構痛かった。
俺の唇からやっと離れたと思ったら、倦んでる言葉をトンナが発する。
「トガリの赤ちゃんが欲しい。」
言い切りやがったよ。
何でそうなる?
トロンとした目で夢見心地の声で何を言ってる?
「トンナ?」
「この体なら、きっとトガリの赤ちゃんを産める。ううん。必ず産んで見せる。だから、トガリの赤ちゃんをちょうっアテッ!」
小気味良い音をさせてオルラがトンナの後頭部を叩く。
「これ!」
「オルラ姉さん何するの?」
「何するの?じゃないよ。トガリの保護者の前で、何をトチ狂ったことを言ってるんだいこの子は。」
やっと冷静になったのか、トンナの目が泳いで、俯いている。
いや。ちょっと、それはヤバいって。
超ゴージャスな大人の美女が、何?その純真な女子高生みたいな雰囲気。ギャップ萌えにも程があるよ?
俯き加減で、顔を真赤にしてるって、超ヤバいんですけど。
「とッとにかく、下して。トンナ、下してくれる?」
だから、その俯き加減で顔を赤くしてだね、拗ねたようなその表情は反則だって!ギャップ凄過ぎ!
オルラに睨まれたトンナが、やっと俺を下してくれる。下してくれたは良いけど、トンナ、両膝を床に着いたまま、俺の顔をジッと見詰めるのは止めてくれ。何かおねだりされてるみたいだ。
それにしても恐ろしいほどの変わりようだ。
今着ている服はダブついているが、これで、髪をアップにしてビシッとしたスーツを着れば、ゴージャス・クールビューティーの出来上がりだ。しかも身長二メートルという規格外のサイズでだ。
普通に立っていれば、その高身長と美貌で威圧感たっぷりだろうに、俺の前では、顔を赤くしてシュンと俯いている。
何というギャップ萌え。
何かイケない道に踏み込んでしまいそうになるよ。ホントに勘弁して貰いたい。
『ヤバいな。第三副幹人格が、かなり騒いでるぞ。』
ホントに勘弁してくれ。
泣きそうだよ。
「トンナ、じゃあ、一旦元に戻ろうか?」
トンナがいきなり涙目になる。
お~い。勘弁してくれ。
泣きたいのはこっちだよ?どんだけギャップを盛るのかな?
「何で?元に戻るのが嫌なの?」
コクンと頷く。
だから、その女子高生みたいな素振は止めてくれ。
「トガリ、しょうがないよ。突然、自分がこんな美人になっちまったんだ。しばらくこのままでいさせてやりな。」
トンナがオルラの方を向いて嬉しそうにコクコクと頷いている。
その仕草がまた可愛い。
オ~ル~ラ~!
ここで、その助け舟はいらないよ~。
俺はジリジリとトンナから離れようとする。
「トガリ?何で逃げるの?」
うう。
そんな悲しそうな目で見ないでくれ。
凄い罪悪感だ。
「いや、逃げてない。逃げてないよ。」
「嘘!あたしから離れようとしてる!」
なに?!この女子力高すぎな攻撃!
外見が変わるだけでこんなに強力になるの?外見に左右されてるなんて、四十五才のオッサンとしては、ちょっと自己嫌悪だよ。
「トンナ、わかってる?ヒャクヤに人間の姿になってもらうために実験させて貰ったんだよ?」
「うう。それはわかってるんだけど。」
俯きながら、俺の裾を摘まむ仕草がまた何とも…
『情緒が不安定だねぇ。』
『伝達物質のバランスが崩れたせいだろ。直ぐに治まる。』
「とにかく、ギンテン。ベッドに横になって。」
俺の言葉に従い、ヒャクヤがベッドに横になる。
「いいか?ギンテン、楽しいことを考えるんだ。誰と一緒の時でもいいから、誰かと一緒に居て楽しかったこと、そういうことを沢山思い出してごらん。」
セロトニンとオキシトシンは他人とのコミュケーション中に幸せを感じると分泌される。
獣人の霊子回路には、スリープモードになっている専用プログラムを走らせる箇所があり、その回路を起動させるためにセロトニンとオキシトシンがシナプスの受容体に達する必要があった。
セロトニンとオキシトシンが起動スイッチになっているが、その箇所のニューロン自体があまり使用されていなかったために衰退し、接続その物が弱くなっていた。
ヒャクヤの視床下部を覗き、霊子回路との接続を強化してやる。
セロトニンとオキシトシンが起動の切っ掛けとなるシナプスの受容体に届く。
「よし。」
ヒャクヤの姿が人間へと変わる。体毛がハラハラと散るように抜けていく。
人間の姿に変身していくのに合わせて、元の白い体に戻してやる。
元々、目が大きいこともあって、神秘的な美少女になった。
驚きだ。
あどけなさの残る雰囲気に、白い睫に赤い瞳。セミロングの髪の毛も純白だ。
細い首から綺麗な鎖骨に繋がるラインはミルクが流れているようだ。
「これが人間のウチなの?」
姿見の前で、自分の姿にヒャクヤも驚きを隠せない。
「何か肌がツルツルで変な感じなの。」
こうなってくるとアヌヤも黙ってはいない。
「あたしもやるんよ!あたしも!」
元気一杯に手を挙げて、俺の眼前に飛び出して来る。
お前は雛壇の芸人か?
「わかったよ。ベッドに寝転んで。」
アヌヤは黒変種であるが、人種としてはヒャクヤと同じモンゴロイドよりだ。
ってか、双子なんだからそりゃそうだよな。
結果、小麦色の肌を持ったアジア系の美少女になった。唇が薄い桜色なのが、引き立っている。
顔立ちはヒャクヤと見分けがつかないが、体つきはヒャクヤよりもガッシリとして、筋肉質だ。
ヒャクヤが文化系の神秘系美少女なら、アヌヤは体育会系のカッコイイ美少女だ。
あれ?これって何気にハーレムじゃねえ?
「なあなあ、クソチビ。オッパイはもっと大きく出来ないんかよ?」
ああ。勘違いだ。
「ウチはトンナ姉さんみたいに、もっと背を高くして欲しいの。」
「そういうのは無理。」
きっぱりと言っておく。無理じゃないけどやらない。
「お前達の力で変身出来るようにならならなきゃ意味がないから、俺の力を借りて、違う姿になっても意味がない。今後は自分達で変身できるように特訓して貰うからな。」
「ヒャクヤもアヌヤもこれ位の大きさの方が良いよ。あたしみたいに大き過ぎるとトガリと手を握って歩くことも出来ないじゃないか。」
「でもトンナ姉さんみたいにカッコイイのが良いの。」
「あたしも、もっと胸が大きい方が好みなんよ。」
聞いちゃいなかった。
女の子に無視されるのってハーレムじゃデフォなの?
「お前達、納得したろう?いい加減、元の姿に戻りな。他人に見られたら厄介だ。」
オルラの言葉に、獣人三人娘が声を揃えて「は~い」と言う。
何だ。オルラの言うことはよく聞くじゃないか。
流石は魔狩りのリーダーだ。
ちょっと泣いて良い?
三人が元の姿に戻る。俺はヒャクヤの体毛と瞳をギンテンの物に変質させる。
「いいか?ギンテン。旅の途中で、ギンテンから人間のヒャクヤと入れ替わる芝居をするからな。それまでに自分の意志で人間の姿に変身できるようになっとくんだぞ?」
俺の言葉に、力強くヒャクヤが頷く。
「うん。スケベチビの好みに合うように変身するの。」
あれ?この馬鹿猫、何か勘違いしてる?まあ、良いや。




