人化?え?ヒロイン変更しないで、このままいくんスか?
そろそろ目を覚ましても良い頃か。
ベッドの周りが騒がしくなってきた。コルナとローデルが、俺が目を覚ますのを待ってる。
「おおトガリ殿、お目覚めになられたか。」
目を覚まして、いきなりゴツイオッサンと対面ってのは避けたかったが、仕方がない。
「ローデル閣下。ご迷惑をお掛け致しました。」
気怠い体に鞭を打ち、上体を起こす。ローデルとは反対側に立つトンナが俺の体を支えてくれる。
「トガリ殿、あまりご無理はなさらず。そのまま。そのままで、私の話をお聞き願いたい。」
トンナが俺の背中にクッションを差し込んでくれる。俺はそのクッションに凭れ掛かりながら、「それでは、このまま失礼させて頂きます。」と答える。
ローデルは頷いて、その話を始める。
「この度は、トガリ殿のご活躍でヘルザース閣下を始め、私共ローエル伯爵領麾下諸々の者共をお救いいただき、感謝に堪えませぬ。」
ローデルとコルナが跪き、俺に対して頭を垂れる。
「えっ?」
そうなるのか?
『ワンマン経営の社長を救ったんだからそうなるだろう。』
「いやいや。そのような大それたこと、私はただ、あの悪魔を調伏せんが為にローデル閣下の元に赴いたのみ。その結果、ローデル閣下とヘルザース閣下をお救い出来たにすぎません。ローデル閣下にそのように感謝される立場ではございません。」
俺の言葉にコルナの瞳がキラリと光る。その目が俺に言っている、「その通りだ。」と。
「何を仰いますかトガリ殿。」
ローデルが真摯な目で俺を見上げる。
「悪魔を調伏するだけでなく、ヘルザース閣下をお救いしていただけたこと、如何に困難なことか、私には察することが出来ます。」
うん。俺が作った悪魔相手じゃなきゃ難しいと思う。俺が作った悪魔相手じゃなきゃね。
「しかし、ローデル閣下にそのようにされては、私はいたたまれません。どうか、お立ちください。」
ローデルは「では。」と言いながら立ち上がる。
「それで、トガリ殿にご提案がございます。」
搦手が来るような気がする。
「ヘルザース閣下ともお話いたしましたが、トガリ殿に準男爵を叙勲しては如何と考えております。」
来た。定番だな。こいつら、自分の手駒にするために名誉と褒美を与えると言いやがるんだ。まったく、上から目線も甚だしい。
「お待ちください。ローデル閣下。」
オルラだ。無理だよね。俺達ヤートだし。
「トガリを始め、我々魔狩りはズヌーク閣下の客分、ズヌーク閣下とのお話もされずに我々をヘルザース閣下が叙勲されるのは諍いの元となりましょう。」
ローデルがにこやかに頷く。
「勿論でございます。我々もその点を危惧しております。ですから、王都への出立に際して、トガリ殿以下魔狩りの皆様に同行して頂き、ズヌーク閣下の男爵領にて会談の場を設ける所存。その折に、此度のトガリ殿のご活躍に感謝の意を込めまして、ヘルザース閣下が叙勲したいと、ズヌーク閣下にはお話しさせて頂きます。」
ヘルザース軍に同行した時点で詰むな。
『ヒャクヤの存在が拙い。』
そうだな。ズヌークの所でヒャクヤは死んでいるから、ヘルザースには会せなかったが、ローデルには会せてしまってる。ヒャクヤの外見は弄ってるが、トガリの能力は外見を弄ることが可能だと知られてる。
同一人物ではないかと察するには十分だ。拙ったな。
俺は頭を下げて、「申し訳ありませんが。」と口を開く。
「私のような下賤な者を準男爵に取り立てて頂けるとは、多大なる恩賞でございますが、所詮は下賤の身でございます。そのような分不相応な恩賞よりも私には魔狩りとしての生業が相応しく、その恩賞、ご辞退させて頂きたいと考えております。」
ローデルが頷く。
「いや。トガリ殿。貴殿ほどの方ならば、そう仰られるであろうとは思っておりました。しかし、それでも受けて頂きたい。これは、我らヘルザース・フォン・ローエル伯爵以下全ての貴族が願うことなのです。」
いや、その辺のことはわかるよ?ズヌークを唆した手前、俺にズヌークとの仲を取り持って貰いたいんだろう?
この一件でズヌークには返しきれない借りが出来ちまったもんな。
ズヌークの両足が無くなったのも謀反に反対したセヌカが原因だし、その結果ヘルザースは攫われて、ローデルも危ない目に遭って、それを救ったのがズヌークの客分の俺達だからな。
ヘルザースが、ズヌークに文句を言える部分って、セヌカはお前の曽祖父だろうってことだけだ。でも三代前の先祖が亡霊になって謀反を反対したのが原因だ。なんて通じないよね。
ズヌークがどんなことを言ってくるかわからない間は、俺を手元に置いておきたいわな。
「ヘルザース軍にご同行することには否やはございません。しかし、準男爵叙勲の義は固くお断りいたします。」
そこが落としどころだろうと、俺は頭を下げる。
「ううむ。トガリ殿のご意思はお堅いようだ。わかりました。そのようにヘルザース閣下にも話しておきましょう。しかし、ご同行して頂けるならば、その間にでもお考えが変われば、お申し出ください。ヘルザース閣下は国王に上申し、子爵にまで取り立てて頂こうとお考えでございますから。」
ローデルは俺に一礼して部屋を出て行った。コルナはトンナにだけ頭を下げたんだろうな。俺のことは凄く睨んでたし。
「トガリ、同行するのかい?」
オルラの言葉に俺は「う~ん。」と唸って頭を抱える。
「そうだねえ。ヒャクヤのことがあるからねぇ。」
流石はオルラ、ヒャクヤの件に関して気が付いている。
「ウチ?ウチのことで何かあるの?」
本人は気付いてないけど。
ヒャクヤはキョトンとしながら自分を指差し、俺の方を見てる。
「ヒャクヤはズヌークの屋敷で死んだことになってるだろ?」
ヒャクヤが「うん。」と頷く。
「外見は変わったとはいえ、俺達のパーティー構成は変わってない。人間の俺と義母さん。ボアノイド一人にキャットノイド二人、白から青銀に色が変わっただけの身なりのそっくりなキャットノイドが居れば、気付くだろ?」
「何に気付くの?」
「ヒャクヤには見えないんよ。」
「トガリの変装は絶対に見破れないよ。」
ヒャクヤ以下、獣人三人娘の意見を聞くと、イケるかな?と思ってしまう。
「何言ってんだい。尋常じゃないトガリの力を皆、知ってるんだ。セヌカのことから黒い悪魔のことまで全部疑われちまうよ。」
そうだよね。オルラが俺を現実に引き戻してくれる。
「とにかく、ヒャクヤはヘルザースの伯爵領に来て、誰にも自己紹介してないよな?」
「してないの。」
「じゃあ。とにかく名前を変えよう。」
「それは無理なんよ。」
「なに?!」
思わぬところから横槍が入る。
「あたしら獣人には真名があるから無理なんよ。」
アヌヤの説明ではわからない。トンナの方を見ると、トンナが頷いて説明してくれる。
「現名、あたしの場合はトンナね。この現名は真名に連動してるの。あたし達獣人は、真名で命令されると、どんな命令でも聞くじゃない?」
俺はトンナの説明に頷く。
「でも契約すると真名で命令されなくても、どんな命令でも聞くでしょう?」
「あっ!」
そうか。コルナに命令してた時は俺も自然とコルナの真名を言いながら命令してた。一つの命令に対して、上書きされないのは二つの命令に対して矛盾が生じても後からの命令を無視できるようにだ。
でも下僕の契約をすれば、命令の自由度がぐんと上がる。契約者が矛盾の生じる命令をしても、後からの命令が優先される。
下僕契約をしていれば、契約者以外が真名で命令しても、その命令が履行されることはない。
下僕契約者は真名を言わなくても、トンナの言う現名で命令が履行される。これは現名と真名が契約によって連動するようになるからだ。
こいつは困ったぞ。獣人三人は偽名を使うことも出来ない。
魂に刻まれた契約だ。三人とも偽名で呼ばれても反応しないし、偽名を名乗ることも出来ないだろう。思わぬところに落とし穴だ。
取敢えず、トンナに命令して貰ってこの場を凌ごう。
「トンナ。ヒャクヤに命令してくれ。」
「うん。何て命令する?」
俺は少し考えて、トンナに頼む。
「ヒャクヤと呼ばれても返事をしないように、その代わりにモラシーヌと呼ばれたら、返事するようにと命令するんだ。」
「うん。わかった。ヒャクヤ、いいね。お前は今からヒャクヤと呼ばれても返事しちゃいけないよ。モラシーヌと呼ばれたら返事するんだ。」
ヒャクヤが頷きながら「わかったの。」と答える。
「次に、自分のことを誰かに紹介する時は「モラシーヌと呼ばれております。」と自己紹介するように命令してくれ。」
「ヒャクヤ、誰かに自己紹介する時は「モラシーヌと呼ばれております。」と答えるんだよ。いいね?」
「わかったの。」
俺はその遣り取りを確認して、取敢えず、これで良し、と頷いた。
「ところで、モラシーヌってどういう意味なんよ?」
アヌヤが聞いたので答えてやる。
「おしっこ漏らしーヌ。」
「にゃっ!!」
アヌヤが叫び、トンナが絶句する。
「ブハッ!!」
オルラが噴出し、ヒャクヤは口をあんぐりと開けていた。
「そんなことよりも皆に確認したいことがあるんだ。」
「そんなことじゃないの!とっても大変なことなの!」
ヒャクヤが涙目で抗議してくるがスルーだ。
日頃の仕返しだ。自分で自分のことをお漏らしと認めろ。
「獣人って、人間の姿に変形できるのか?」
ヒャクヤはスルーされたから、頬っぺたを膨らませて、そっぽを向いている。
トンナとアヌヤは、ナニヲイッテイルンデスカ?アナタハバカデスカ?って顔で俺を見詰めてる。
「そんな話、聞いたことないねぇ。」
とはオルラの言葉だ。
「モラシーヌ。」
「はいなの…」
ヒャクヤはこっちを向かないまま返事をしてる。肩が震えているのは気のせいだろう。
「コルナに接続して、お前が擬態してたのは、種族固有の能力なのか、獣人全てが出来る能力なのか聞いてくれ。」
ヒャクヤはソッポを向いたまま、肩を震わせてる。
「モラシーヌ?」
「はいなの…」
「モラシーヌ?」
「はいなの…」
一向にこっちを向かないので、仕方がない。呼び方を変えてやることにする。
モラシーヌ改めギンテンと呼び方を変える。
「じゃあ。コルナに接続してみるの。」
いまだに口を窄めながら、やっとコルナに接続してくれる。
ヒャクヤ改めギンテンが机の上に紙を置いて、姿勢正しく待つ。
待つ。
待つ。
部屋の隅に置かれた机の前で待っている。
ヒャクヤが、おもむろにペンを持って、紙にスラスラと書き出す。
その後ろに回って覗き込むと落書きしてやがった。
思いっ切り、後頭部を叩いてやる。
「にゃ!!痛いの!何するの!」
「子供か!お前は!」
「あっ」
後頭部を押さえながら、ヒャクヤが天井を見上げる。
「来たの。」
今度こそ、本当にコルナからの連絡を書き始める。
‘麗しきトンナ様が聞いているのか?薄ら馬鹿猫。’
文面を見たヒャクヤからブチッという音が聞こえた気がした。
「ギ、ギンテン、そうだって答えて。」
今度は直ぐに答えが返って来る。
‘ならば答えよう。トンナ様のために。獣人は皆、人化する能力を有しているが、その能力を開花させるプロセスは完全に失伝しており、その方法を知るのはヒラギ族だけである。わかったか?脳タリン猫。’
紙を破りそうになるヒャクヤを止めて、その紙を奪い取る。
これ以上、コルナと遣り取りさせるのはヒャクヤの精神衛生上あまり良くないので、あとはトンナの体を調べて、どうやれば人化することが出来るのかを調べることにする。
出入口に鍵をかけて、窓にカーテンを引く。
俺が寝ていたベッドにトンナが横になる。
アヌヤとヒャクヤの霊子回路は元からあった霊子回路に俺達が手を加えたものだ。それに対して、トンナの霊子回路は、元からトンナが有していた霊子回路と俺達が新規に作成した霊子回路の二種類を備えている。
体を変形、変質させるのだ。マイクロマシンで行っているのが当然だ。そうなると、俺が弄った霊子回路よりも元からの状態を保ったままの霊子回路を確認する方が間違いがないだろうと、俺は考えた。
『トンナとは霊子体がリンクしてるからな。イチイハラに見て貰えば、獣人の体からでも情報を持ち帰ることが出来るだろう。』
よし。じゃあ、イチイハラ、頼むぞ。
『ああ。任しといて。』
俺達は白い空間に集結した。
トンナが俺の前で寝転がっている。
俺達の目の前にトンナの霊子回路がワイヤーフレームになって立体画像で映し出される。
新規霊子回路の接続を切って、既存の霊子回路に霊子を送り込む。
「確かに霊子が通っていない箇所があるな。」
流石はイズモリ、直ぐに判別する。
脳が全体に青白く輝いているが、ほんの僅かな部分に光っていない部分がある。
基本、獣人の霊子回路は己の身体機能強化のためにマイクロマシンに命令する。常に起動状態になっているため、消費される霊子の量は膨大で、常に周囲の幽子を取り込み、霊子へと変換している。
その霊子回路に多めの霊子を送り込む。
変化は見られない。
発光していない箇所は、そのままで、発光している箇所の光度が増しただけだ。
俺達は脳に注目する。
霊子回路は物質的には視床と接続されている。
「これか?」
霊子の通らない箇所と視床は接続しているが、視床でニューロンの接続が途切れている箇所が認められた。
ニューロンの接続を強化してやる。
変化が見られない。
接続を強化した部分に伝達物質を送る。
反応がない。
同系統のニューロンを追いかけるが、不審な部分はない。が、イズモリがあることに気付く。
「ドーパミンが異常に多いな。精神疾患になってもおかしくない量だ。」
ドーパミンが多いと、どうなる?
「攻撃的になったり、過食症や依存症になったりする。」
獣人の特性に合うな。
「と、いうことはセロトニンかオキシトシンだな。」
セロトニンとオキシトシンって?
「幸せホルモンと呼ばれる神経伝達物質だ。」
先程、接続を強化したニューロンにセロトニンとオキシトシンを伝達物質として送り込む。
「これだ。」
「おお。」
「流石はイズモリ。」
「やったねぇ。」
トンナの霊子回路が更に輝きを増した。
「人間に変形する専用回路か。決まった形態にしか変形できないが、これで人化できるだろう。」




