嘘に嘘を重ねた結果はちょっと考えたくないです(挿絵あり)
ヘルザース関連で加筆しました。ので、かなり長くなりました。
俺達は宿屋でヒャクヤと合流し、そのまま、ズヌークの屋敷に瞬間移動することを全員に告げる。
さあ、ローエル都で、結構、時間を潰したから急がないとな。
ズヌーク邸の人気のない所に瞬間移動。
俺は筋肉剥き出しの顔なので、一応包帯を再構築して顔に巻き付ける。包帯を巻き付けながら、ズヌーク邸をズカズカと歩き出す。
慌ててる風を装うために、ズヌークの自室にノックもせずに、いきなり入り込む。
「ズヌーク閣下!」
「な?!何者か?!」
包帯グルグル巻きだからわからんよね。
「トガリでございます。」
俺は名乗りながらズカズカ歩く。
「トットガリ殿?」
ベッドの上でオルタークと話していたズヌークに無遠慮に迫る。止めに入ろうとしたオルタークをトンナが押し留める。
俺は、ズヌークの目の前に行き、強い口調で話し掛ける。
「ヘルザース・フォン・ローエル伯爵がセヌカ・デロ・セヌーク男爵によって攫われました。」
俺の言葉に驚きの表情を向けて、何のことかわからないと首を振る。
そりゃそうだ。
「どういうことです?トガリ殿。落ち着いてくだされ。私には何のことかさっぱり…」
俺は目に力を込めて、ズヌークの目を見詰める。
「ヘルザース・フォン・ローエル伯爵の城に行って参りましたが、そこに、悪魔、いえ、魔人と化したセヌカ・デロ・セヌーク男爵が現れ、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵を攫ったのです。」
落ち着いた声でズヌークに話し掛ける。まあ。俺が拉致ったんですけどね。テヘ。
「何と?!」
「次に狙われるのはローデル・セロ・スーラ子爵と聞いておりますが、その可能性に間違いはございませんか?」
「お待ちくだされ。何故、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵が攫われたのですか?順を追って、お話しくだされ。」
俺はズヌークから一旦距離をとる。
「我らが、ヘルザース閣下の城に赴き、ヘルザース閣下との会見中でございました。突如、中空より蝙蝠の羽を備えた黒い魔人が現れ、名を、セヌカ様の名を名乗ったのです。」
「うむ。」
「その場に現れた理由は、謀反を企み、ズヌーク閣下を誑かすヘルザース閣下を誅すること。しかしセヌカ様が魔人となることが出来たのは悪魔を召喚すればこそでございました。」
「むう。」
「悪魔は人を殺すのではなく、己が身の内に備えまする牢獄に捕らえ、その魂の苦痛を舐り、楽しむのです。」
「成程。故にヘルザース閣下が攫われたと。」
俺はズヌークに対して膝を付いて頭を下げる。
「ズヌーク閣下。ヘルザース閣下の脅威は一旦治まりますでしょう。しかし、私の顔をご覧ください。」
俺はズヌークに向かって顔を上げる。
「そうだ。トガリ殿、その顔は如何なされた?」
膝の上に置いた握り拳に力を籠める。
「私はセヌカ様に顔の皮を剥ぎ取られました。」
「何と!そなたほどの方が!」
「このままセヌカ様を放置することはできません。セヌカ様が次に狙うは、ローデル・セロ・スーラ子爵と聞いております。急ぎ、向かうが最善と思いましたが、ズヌーク閣下へのご報告と確認のために戻りました。」
「左様か。ローデル・セロ・スーラ子爵が狙われるのかとの話、確かに、その可能性は高いと思われる。」
その言葉を聞いて、俺は力強く頷いた。よし既成事実の積み重ねオッケー。
「申し訳ございません。逸る気持ちを抑えきれずにズヌーク閣下に無礼を振舞いましたこと、心よりお詫び申し上げます。」
俺の後ろでオルラ達も膝を付いて頭を下げている。
「お詫びになるかどうかはわかりませぬが、新たに覚えた魔法にて…」
俺は立ち上がって、ズヌークに掛けられているシーツを丁寧に捲る。
見様見真似のいい加減な印を結び、他人に聞こえないような小さな声で、ブツブツと呪言を詠唱する真似事をする。
「おお!」
ズヌークが叫び声のような歓喜の声を上げる。
両足を再構築したのだ。
でも、動けるようにするのは、まだ早い。電気信号は阻害する。
「何と!我が両足が!」
「いまだ動くことは叶わぬかもしれませぬが、時間を掛ければ再び歩くことが出来ましょう。また、新たな魔法を覚えられるよう、私めも精進いたします。」
「恐るべき魔法よな。トガリ殿を客分に迎えることが出来て、誠に重畳、先程のことなど些末なこと、お忘れくだされ。」
俺は頷きながら、最後の確認をする。
「他にも、襲われる可能性のある方がいらっしゃると思われますか?」
ズヌークが首を振る。
「私の知る限りでは、ローデル・セロ・スーラ子爵以外は思い当たらぬ。」
真摯な眼差しを向けて、俺はズヌークに頭を下げる。
「承知いたしました。只今からローデル・セロ・スーラ子爵の下に向かい、事の真相を確かめて参ります。」
「なんとも頼もしい限り、トガリ殿、三つ目の願い、お聞かせいただいてはおらぬが、必ずや聞き届けましょう。」
律儀なことを言うじゃないか。でも、今はそれよりも時間が問題だ。
「それよりも閣下、出兵の進行具合は如何なものでございましょう?」
ズヌークは「うむ。」と頷いて、言葉を続ける。
「トガリ殿のお陰でな、着々と準備は進んでおる。息子もやる気で二日後には出立できよう。」
二日か、タイムリミット近いなぁ。
「承知いたしました。それでは、時間がありませぬので、これにて失礼いたします。」
部屋を出る前にオルタークにも頭を下げて、「ご無礼いたしました。」と声を掛ける。
俺は周りに人の居ないことを確認して、直ぐに瞬間移動する。
今度の目標はローデル・セロ・スーラ子爵の居るガロノア群統括中央府だ。
ヘルザースの城で最初に違和感を覚えたのは、魔法使いだ。
魔力量を判定する、あの呪符結界と魔法陣を作ったのは、別の魔法使いだった。周波数が違うので、直ぐにわかった。
築城時にあの呪符結界と魔法陣が作られたのだとして、今の魔法使いと同一人物である可能性は低い。
だから最初は何とも思わなかった。しかし、あの部屋に入って、ヘルザースの頭の中にマイクロマシンを侵入させて確信した。
ヘルザースの頭の中には先客が居た。
あの呪符結界と魔法陣を作った周波数と同じ周波数で命令されているマイクロマシンが、だ。
暗号化はされていないが、上書き拒絶の命令が走っているマイクロマシンが居たのだ。
同一周波数に合わせていた俺は、そのまま、上書き拒絶の命令を書き換えてやろうとしたが、イズモリからストップがかかった。
『このマイクロマシンは特殊だ。本体と言えるマイクロマシンを付随しているマイクロマシンで取り囲んでいる。接触できるのはその取り囲んでいるマイクロマシンだけだから、命令を上書きしたら、中の本体が、どのような動きをするか想像もつかん。下手したら暴走を開始するかもしれん。』
最悪、ヘルザースが死亡するかもしれないと言われては、手出しが出来ない。
結果として、俺以外のマイクロマシンが侵入できないズヌークの地下牢に押し込めということになった。
俺は先客に邪魔されて、ヘルザースから黒幕の正体を検索することが出来なかった。それで、ヘルザースの用人達とズヌークの前で一芝居うったのだ。
イズモリの話によると、頭の中を真っ白にさせて、余計なことを考えさせないのが、相手の頭の中を覗くにベストな状態とのことだったので、一芝居うったのたが、ズヌークのベッド上での姿が、ちょっと可哀想だったので、両足を戻してやることにした。イズモリには『お人好しめ。』と言われたが、やっぱり、ちょっと可哀想じゃないか。
ヘルザースは夢を見ていた。
建国に成功するも、ハルディレン王国の猛攻を受けて、ズヌークはその半分近い領地を失った。
しかしその事は折り込み済みであった。時間が稼げればそれで良かった。
ズヌークを取り込むことで得られた地勢がある。
両側を一万メートル級の山脈に挟まれた渓谷、ルードース峡谷に要塞を築くことができた。それによって堅牢な王国となった。
攻めあぐねるハルディレン王国は戦費と資材を無駄に浪費し、それが国を荒らした。
ヘルザース自身も戦乱に明け暮れ、ハルディレン王国に混乱をもたらしている夢であった。
ハルディレン王国はヘルザースの建国によって、大きく傾いた。その隙を他国が見逃す筈がない。
カルザン帝国だけではなく、四カ国同盟を結んでいる国からも調略を受け始めた。
このまま国力が低下すれば、四カ国同盟によるカルザン帝国に対する抑止力になり得ない。逆に、カルザン帝国の領土となれば、同盟関係にあった各国家も危機に陥る。
ハルディレン王国は各国に食い潰されようとしていた。
そして、同時に民草が飢え、死んでいく夢でもあった。
娘をズヌークに嫁がせ、ズヌークを取り込みながらも、そのズヌークを信じることができずに、ズヌークを殺し、嫁いだ娘と生まれたばかりの孫も殺した。
血に塗みれていた。
腹心のローデルも戦死した。
振り返っても、前を見ても、その道は血に塗みれていた。
そして、次代を担うべき息子に、ヘルザースは殺されて、目が覚めた。
「どうだ?お前の人生は、満足のいくものだったか?」
石組の天井に太い木の梁が何本も奔っている。
黒い翼を折り畳んだセヌカ・デロ・セヌークが空中よりヘルザースを見下ろしていた。
「…貴様…」
ヘルザースが悪魔となったセヌカを睨み返す。
「貴卿の息子は王の器に足り得ず、貴卿を暗殺した後、一年を待たずして国は滅び、貴卿の興した国はカルザン帝国の流刑地と化す。」
信じられることではない。
「貴卿の謀叛は人々に苦しみと不幸しかもたらさぬ。貴卿の領民は、今も飢えに苦しむ人々は、苦しみ続け、流刑地となった治安の悪化した地で、反逆の徒として、代々差別され続ける。」
しかしセヌカの言うことは高い可能性を秘めている。
ヘルザースも考えていないことではなかった。それ故にセヌカの言葉を真っ向から否定することができない。
「セヌーク家をそのようなことに加担させる訳にはまいらぬ。」
セヌカが浮遊したままに前に出る。
「どのような手段を選択しようとも、この現状を変えようとする貴卿の心情は、某にも、身を切られるほどにわかる。」
わかってたまるか、と、思う。
セヌカの治めていたのは、今、ズヌークが治めている土地である。
今回の勅命にも、苦しくとも応えることのできる、そんなポテンシャルを有した土地なのだ。
ヘルザースの領地はそうではない。
勅命に応じるだけの力を持った土地を有した子爵、男爵は、片手で数えるほどしかおらず、足りない分は、伯爵領の備蓄を吐き出すしかないのだ。その折りに飢饉が発生すれば、瞬く間に数千の人々が相喰らって死ぬ。
わかってたまるものか…
怒りの感情がヘルザースを突き動かし、ヘルザースを立たせようとするが、ヘルザースは、そうして、やっと、自分自身の身に起こった異常に気が付く。
燃え上がった怒りも忘れて、ゆっくりと、その視線を移動させる。
それを見ていたセヌカは、その全身とはチグハグな、異様に幼い顔を歪ませる。
手がなかった。
肩を動かせば、その上腕から先の袖が、だらしなく床に垂れる。
左へと視線を動かし、同じように左腕を持ち上げるが、その上腕も、同じく無くなっていた。
両足は太股の半ばから消失していた。
叫びそうになるが、それをセヌカの笑い声が押し留める。
「くっ、くっくっくっ…」
茫然となりながらも、ヘルザースは、セヌカの方へと顔を向けた。
「反乱?謀叛?建国に戦?血に塗みれるだと?私がいるのに?」
幼いセヌカの顔が嗤っていた。
その顔の下には無数の毒蛇が埋まっており、その毒蛇が蠢くことで笑顔を形成しているようにヘルザースには見えた。
「お前は一人で何もできなくなった。立つことどころか、食事さえも人の手を借りねばならぬ。他人に生かされ、他人によって生き長らえさせられるのだ。」
ヘルザースは即座に自身の舌を噛み切ろうと口を開いた。
それを見て取ったセヌカが更に大きく嗤う。
長く差し出した舌を一気に噛み切る。
残った舌根が気道に落ち込み、空気の流れを遮る。
溢れる血が鼻と口から流れ出し、肺の中にまで流れ込み、ヘルザースは激痛を伴ったまま、自身の血液に溺れた。
酸素が欠乏して意識が遠退きだしたところでそれは起こった。
流れ出していた血液が、ヘルザースの口中へと戻り、気道から、舌根が引き揚げられて、千切れた舌が復元されたのだ。
「よし、よし、ちゃんと元に戻ったな。」
その言葉を受けて、ヘルザースがセヌカを睨め上げる。
「死の恐怖を克服せよ。」
ヘルザースの視線を受けたセヌカが応じるように嗤い、嘲りながら話す。
「人の肉体は上手くできておってなぁ。死に直面すると、その死から逃れようと、必死になって対応しようとする。血が足りなくなれば、頭に血を送るために、手足の血流を減らしたりもする。誠、人の身体とは、そのように死にたがらないようにできておるのだ。」
弟子に語るような口調でありながら、その顔はヘルザースを嘲っている。
「貴卿が、死のうとする。だが、貴卿の身体は死にたくないと対応しようとする。すると、その身体の反応がスイッチとなって、私の魔法が起動する。然れば不思議、貴卿の身体は、これ、この通り、元通りというわけだ。」
「貴、貴様…」
嗤うセヌカに、どのような言葉を叩きつけても無駄に思えたヘルザースは、ただ、ただ、セヌカを睨み付けることしかできなかった。
これでヘルザースが反乱を諦めてくれりゃ御の字だけど、上手くいくかねえ?
『俺たちが怨みを買って終わりだな。』
オーイ、じゃあ、意味ねぇじゃん。わざわざこんな嫌な役回りしたっていうのに、それが全部無駄な訳?
『絶望だけを提示すればそうなる。人を狂わせるのは希望だ。』
なに?どういうことよ?
『ヘルザースは反乱、建国に希望を見出だしたからトチ狂った。』
あ、なるほど、領民を食わせることができるよ。っていう希望を提示すれば、更にトチ狂って、元に戻ると。そういうこと?
『そうだ。』
ふむ…なら、こうだな。
「ヘルザースよ…」
嘲りが影を潜め、落ち着いた口調でセヌカが話し出す。
しかしヘルザースはセヌカを睨んだままだ。
「領民を慰憮したいという貴卿の心情は理解している。」
セヌカが先に発した言葉を繰り返す。
「どのような手段を選択しようとも、ということも理解している。」
決して優しさを表面に出している訳ではないが、それでも、先程までのセヌカの言葉と比べれば、ヘルザースの心情に寄り添った話し方となっていた。
「手段を選ばぬのであれば、ヘルザースよ。」
セヌカが幼くも真摯な視線を向ける。
「今と同じく、死に勝る苦しみを未来永劫受けてなお、領民を慰憮したいと覚悟するのならば…」
セヌカが、右手を差し出す。
「私と契約せよ。」
ヘルザースがセヌカの言葉に目を見開く。
「我が悪魔の力をもって、貴卿の領地を肥え太らせ、領民に安寧と秩序をもたらさん。そして、貴卿は、先に味わった以上の責め苦を、永遠に受けるのだ。」
ヘルザースの喉が音を立てて唾を飲み込む。
「我は悪魔、契約に嘘は吐かぬ。さあ、一言申せ…」
ヘルザースは一杯に瞼を見開いている。
この悪魔がいる限り、既に反乱、建国の目は潰えたと考えても間違いではない。例え、成ったとしても、先に見せられた夢のように、無駄な足掻きに終わる公算の方が強い。
四肢をもがれ、悪魔の選択肢しか残ってもいない。
「…契約すると。」
ヘルザースは、悪魔の言葉に応じるべく、力を振り絞るようにして口を開く…それしか残されていなかったのだから。
ガロノア群統括中央府も大きな街だった。
しかし、今回はあまり悠長にはしていられない。あと二日でズヌークの息子が王都へと出立するのだ。
このまま、ヘルザースの配下が、ズヌークの領内に入り込めば、ヘルザースの意志を継いだ用人達が、空になったズヌークの男爵領で好き勝手に暴れ回る。
ガロノア群統括中央府でも徴兵が進んでいるのだろう、兵士の姿をちょくちょく見かける。
ガロノアの十二統括役所に向かう。大きな広場の先に、広場を取り囲むように大きな階段が見える。その階段を駆け上がり、巨大な十二統括役所の前に立つ。
マイクロマシンが届かない場所がある。
いや。場所ではなく獣人か?
目標発見だ。
『ヘルザースの頭の中に居た奴と同じ周波数だ。』
俺は歩きながら、外見を変える。
金髪碧眼、身長を高くする。服も靴も同時にサイズ変更だ。
身長百九十センチメートル、体重九十三キログラムの巨漢。それが今の俺だ。声帯も弄って、大人の声に変える。
身分証も偽造する。元は本物なので、名前の部分だけを変える。
後ろを振り返って、皆に声を掛ける。
「いいか?大っぴらに暴れることになるかもしれん。でも人は殺すな。」
「トガリ、カッコイイ…」
おいおいトンナさん?
「金髪ハンサム王子様…おしっこチビリそうなの…」
お前はいつでもチビッてるだろうが!
「トガリ兄様。あたしはあんたのもんなんよ…。」
目潰ししたろか?
「お前、大人になったら、そんなに男前になるのかい?」
オ~ル~ラ~!
「俺の話聞いてた?」
「聞かなくてもわかるの。ウチとトガリは繋がってるって…」
「聞いてた。あたしと結婚するんよね?」
「大した男前だねぇ。」
「トガリ、カッコイイ…」
うん。わかった。
全員、聞いてない。
俺は全員の目の前で大きく手を打ち叩く。
全員、目をパチクリとさせている。
「もう一度、言うぞ。大っぴらに暴れることになるかもしれないけれど。人は殺さないように。いいな?わかった?」
皆が一斉に、うん。うん。と頷く。
前に向き直り、まったく大丈夫かよ、と心配になる。
大きく横に広がる六階建ての石積み建築、その大きさに見合った入り口を潜ると、やはり巨大なホールとなっていた。
荘厳とも思えるその空間を、区切るようにカウンターが一直線に横切っている。
俺達は正面のカウンターに近づく。
カウンターの天板から上はガラスで仕切られ、大昔の銀行を彷彿とさせる。
木枠で囲われた小さな受付窓が開かれ、若い女が「どういったご用件でしょうか?」と聞いて来る。
俺は偽造した身分証を提示して、ズヌーク・デロ・セヌーク男爵の使いの者だと告げる。
女は慌てて、奥に走り込み、年嵩の男性と話した後、カウンターを二人で飛び出して来る。俺の前で頭を下げ「私、ガロノア十二統括役所デノリス群担当総括ソトリスと申します。」と自己紹介する。
「それで、今回はどのようなご用向きでございましょうか?」
丁寧だが媚びた口調だ。俺は尊大になり過ぎないように注意しながら答える。
「ズヌーク閣下から、ローデル・セロ・スーラ子爵への伝達だ。内容は直接、ローデル・セロ・スーラ子爵にお伝えするようにと申しつけられている。」
俺の回答を聞いた男は、女と共に再び頭を下げ「では、こちらへどうぞ。」と俺達を案内する。長い廊下を通って、階段を上る、何度も折り返し、最上階に到着すると、再び長い廊下を歩く。
廊下の左右には幾つもの重厚なドアが並んでいる。
左に曲がると廊下の突き当りに殊更重厚なドアが現れる。
観音開きのドアに男がノックする。
中から「どうぞ。」とくぐもった声が聞こえる。
「失礼いたします。」
男が頭を下げながら、ドアを開く。
大きな部屋だ。
奥に扉を確認する。
その扉の脇に執務机に座った若い女を認める。
ローデルの執務室の前室か。
男が、若い女、秘書に声を掛ける。
小柄な女だ。青を基調に、凝った刺繍を施した狩衣のような服を着ている。
この世界では珍しい、眼鏡を掛けた秘書は、男と一言二言話した後、奥の扉をノックして、その部屋へと入って行く。
「どうした?」
くぐもった男の声だ。声の太さからも頑強な体格をイメージさせる。
「ズヌーク・デロ・セヌーク男爵からのお使者の方でございます。」
「おお。さようか。こちらにお通ししてくれ。」
秘書が部屋から出て、俺達の前でお辞儀をして「お待たせいたしました。お会いになられるそうです。」と述べる。
既にマイクロマシンはこの建物内に充満している。相手も気付いている筈だ。俺達の来訪を。
俺は執務机の向こう側で立ち上がって、待ち受けている男の前に立つ。
丁寧にお辞儀をして挨拶をする。
「ズヌーク・デロ・セヌーク男爵より、お伝えするべきことがございまして参りました。トロノア・セアリと申します。」
男は訝し気に眉根を寄せる。
「トロノア殿は騎士爵ではないのかな?」
「はい。私はこういう者です。」
俺はズヌークから貰った身分証を執務机に置いた。
男は、それを取り上げ「成程、魔狩りの方で、客分であったか。」と納得する。
「私は、このガロノア群統括中央府を統治しております、ローデル・セロ・スーラと申します。それでは、お話をお伺いいたしますので、こちらの応接間へどうぞ。」
ローデルが指し示す先、壁際に秘書が立っており、その横の扉が開かれる。
俺達は、ローデルに続いて、その扉を潜る。
部屋の中央にセッティングされた応接セットの三人掛けの中央に俺、右にオルラ、左にトンナの形で座り、アヌヤとヒャクヤは俺達の背後に、静かに立った。
俺から見て左手、部屋の奥に位置する一人掛けのソファーにローデルが座り、秘書が一礼して、部屋を出て行く。
俺から話を切り出す。
「ローデル閣下におかれましては、出兵に備えたお忙しい時期に、お時間を割いて頂き、誠に申し訳ございません。」
「いえいえ。ズヌーク閣下からのご使者と伺えば、当然のことでございます。それで、ズヌーク閣下はご壮健であられますか?」
俺は一つ頷いて「それが…」と言葉を濁す。
「どうかされたのですか?」
「魔人と申しますか、自らを悪魔と称する者の襲撃を受けまして。」
「何と?!悪魔が召喚されたのですか?!」
やっぱりこの世界じゃ悪魔もデフォか?とにかく、話を合わせよう。
「はい、死者による召喚と申しますか、三代前のご当主、セヌカ・デロ・セヌーク様が、人外の力を得るために悪魔を召喚したと私共は見ております。」
はい出鱈目です。その出鱈目にローデルが乗っかる。
「三代前の当主が?」
さて、嘘に嘘を塗り重ねようか。
「はい。セヌカ様は、謀反を企てていたズヌーク閣下を諫めようと、悪魔に力をお借りになられたようです。」
餌を巻く。
俺が謀反について知っていることに、不自然さを感じれば合格だ。
ローデルは腕を組んで、口元を左手で覆い「ううむ。」と唸る。
謀反を企てていたのはあんたも一緒だろ?
「それで、被害は?ズヌーク殿はご無事だったのですか?」
あっ、話題を逸らした。
俺は首を横に振る。
「果敢に戦われ、その結果、撃退することが叶うも、閣下は両足を失われました。」
「なっ!」
ローデルは背凭れに体を預け、ガックリと肩を落とす。
んん?真剣に気落ちしてるな。
脳内にはヘルザースと同じマイクロマシンが仕込まれてるし、こいつも黒幕じゃなさそうだしなぁ。
『じゃあ。もう一人の方で確定だな。』
そうだな。ローデルも被害者認定ってことで。
応接間の扉がゆっくりと開く。
俺とローデル以外の人間が、扉の方に視線を転ずる。
「あんた、中々やるねえ。」
秘書が立っていた。




