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トガリ  作者: 吉四六
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先客万来、いや、漢字が違うでしょ?

ヘルザースに関して、かなり加筆しました。そのせいで長くなっております。


 俺達はヒャクヤを宿屋において、入洛する列の最後尾に並び、大人しく順番を待っていた。

 俺達の順番が来る。

 兵士は全部で五人、三人は白人で二人は黒人だった。

 にこやかに質疑応答が行われ、俺達の身分証を白人の兵士に渡すと、兵士達の雰囲気が変わる。俺達は、そのまま待たされ、白人兵士の一人が奥の詰め所へと走り出す。

 新たな兵士が、俺達のもとに駆け寄ってくる。

「失礼いたしました。ズヌーク・デロ・セヌーク男爵からの御使者とのことで、私は、第三警護大隊第二城門守備隊トルアーネと申します。ローエル城には、こちらのエルロンドがご案内いたします。」

 第二城門守備隊の隊長だった。

 トルアーネとエルロンドに案内されて、城門守備隊専用の馬車に乗せられる。

 戦車という訳ではなさそうだ。対面式の座席に、窓も大きくとられてる。内装も綺麗に装飾されて、座席のクッションも良い。常備されている来客用の馬車なのだろう。

 二頭立ての馬車、御者台にはエルロンドが座り、石畳を走り出す。

 弓型に成形されたサスペンションが、揺れを吸収するが、それでも細かな揺れが伝わってくる。クッションがなければ尻が悲鳴を上げるだろうな。


 ヘルザースは、自身の執務室にて複数の男爵と子爵から報告を受けていた。

 一人の男爵が難しい顔をして、その執務室から出て来ると、前室にて、椅子に座って待機していた別の男爵が立ち上がり、ヘルザースの執務室の前に立つ。

 ドア横に立つ用人から「クワエラ・デロ・ズメラ閣下、お入り下さい。」と、声が掛かって、名を呼ばれた男爵がドアをノックする。

「どうぞ」

 中からくぐもった声で返答があって、クワエラ男爵が中に入る。

 気難しげな顔を隠そうともしていない男が窓からの陽光を背負って座っていた。

「開墾の進捗率はどうだ?」

 重々しい声で前置きも何もなく、男がクワエラ男爵に問い掛ける。

「は、申し訳ございません。ヘルザース閣下のご提示された面積の約四十パーセントしか進んでおりませぬ。」

 クワエラの報告を聞いたヘルザースが、その体を背もたれにあずける。

「ふむ、左様か、達成できなかったとはいえ、それだけ開拓できれば上々である。しかしその事を差し引くようにして漁獲量が目に見えて下がっておる。魚、貝の養殖、それと、海藻の活用法はどうなっておる?」

 前の春、ヘルザース伯爵はクワエラ男爵に新たな農地を開墾するように命じている。

 その数字は、元から達成できないと思って提示した数字であった。したがって、その事に落胆はない。

 むしろ四十パーセントも達成したのかと、感心していた。

 クワエラ男爵の領地は、ヘルザース領にあっては南に位置し、比較的温暖で、且つ、その気温の変化が大きくない地域であった。また、海にも面しており、魚介の幸にも恵まれている。

「養殖に関しては、僅かづつではございますが、収穫量は増える傾向でございます。しかしながら、他領へと売りに出すだけの量かと言われますと、中々に、未だ難しく。また、海藻類の長期保存法としては、乾燥させての運搬が可能にはなっておりますが、こちらは海藻の料理法が、他の男爵領で広がっていないため、買いたいと仰る方がおられないというのが現状でございます。」

 ヘルザースが難しい顔で「左様か…」と呟く。

 目を閉じる。

 ヘルザースが王国からあてがわれた大地は痩せた土地であった。

 ハルディレン王国がカルザン帝国から離反する折りに活躍した将軍の血筋である。

 ただ、当時の初代国王の覚えは良かったものの、貴族との血縁関係がなかったことが災いした。

 平民出の将軍が、英雄、傑物としての活躍でハルディレン王国を勝利に導いたのだ。

 将軍として、既に、子爵にまで昇っていたヘルザースの先祖を、伯爵に叙爵しないわけにはいかないハルディレン王国は、東の、開墾の進んでいない領地を与えて伯爵とした。

 開墾には、長い時間と苦労が伴う。

 また、その土地は、その苦労に応えるだけのポテンシャルを有していなかった。

 農具としての馬の繁殖を奨励し、海に面した地域には漁を行うように奨励した。

 馬の育成には広い牧草地帯が必要で、漁業を行うには、海に出る必要がある。

 ホルルト山脈から吹きつける熱く乾いた風が、植物をいたぶり、大陸棚に巣食う水龍が、魚を減らし、人々に安易な飢餓をもたらす地域であった。

 ホルルト山脈の標高は一万メートルを超える。

 その高さは、山頂付近の雪を維持し続けるが、同時に、吹き超えて来る偏西風を長く暖めもした。

 暖められた風は、中腹付近の雪を溶かして、水の恵みをもたらすが、その恵みは夏なれば、極端に減ってしまうため、より一層、熱くなった乾いた風のもたらす被害とはバランスが取れていなかった。

 それでもヘルザースの歴代の祖先はホルルト山脈から流れる河から水を引き入れ、森を開拓して牧草地と農地を広げてきた。

 ヘルザースの当代となった今もその政策は続けている。

 続けなければならないのだ。

 ホルルト山脈からの風は簡単に作物を枯らす。

 飢饉に備えれば、領民の口に入る収穫物は僅かである。税収を抑え、僅かでも、その分を備蓄に回す必要があった。

 ヘルザースは祖先の行ってきた政策を継承発展させながらも、新たな取り組みにも挑んでいた。


 しかし…それも頭打ちか…


 クワエラ男爵領を初め、食料供給率の高い地域は三つ、四つある。だが、それでは、いざという時の飢饉には耐えられない。

 飢饉が起これば、領内の多く、約十五パーセントの民草が死ぬ。

 飢饉の起こらない年が続けば、次に飢饉が起こると、その辻褄を合わせるようにして人々が飢え死にするのだ。


 この世の神は、なんと我らをいたぶるのが好きなのか…


 伯爵を襲名したヘルザースが、逆臣となるには、さして時間はかからなかった。

「閣下…」

 ヘルザースの苦悩を知るクワエラが沈黙を破る。

「ご計画通りに事を成すべきでございます。」

 ヘルザース靡下の総意として、クワエラが、そう言った。

 そして、ヘルザースの命運を決定付ける者が来訪する。


 役人の居住区を抜けて、ローエル城に到着する。昨日確認しておいたとおりだ。

 昨日、確認しておいた魔法陣の上に立たされる。俺が立つと魔法陣が金色に光り、周りの兵士たちが「おおっ」と声を上げる。

 何で驚いたのかはわからないが、とにかく興奮していることはわかる。

 魔方陣でのチェックが終わったので、周波数変換コンバーターで俺の霊子の周波数を呪符結界と魔法陣の周波数に変換しておく。

 トンナ、アヌヤが魔法陣に立った時は魔法陣が赤く光り、オルラが立った時は緑色に光る。

「失礼いたします。」

 昨日と同じセリフを言って、同じ隊長格なのだろう男性が俺の首に霊子制御のチョーカーを取り付ける。

 俺はそれを摘まんで、その兵士に問い掛ける。

「これは?」

「魔力制御法具でございます。申し訳ありませんが、あなた様には、両手、両足それとお体の方にも装着していただきます。」

「ふーん。」

 俺は頷いて、両手を差し出す。手錠をはめられる犯人のような気分だ。

 兵士二人掛で「失礼いたします。」と言いながら、俺の両手首と両足首に魔法の枷をはめる。腹周りにはベルトだ。

 いずれにも魔石が填め込まれており、咒言が刻まれている。

 咒言で魔石に刻まれた命令は暗号化されていないから、直ぐに上書きして、無効化しちゃった。テヘペロ。

 獣人娘二人とオルラは首のチョーカーだけだ。それは無効化しない。三人が霊子回路を使うと、魔力制御法具を無効化したことがバレちゃうからね。

「それでは、こちらをどうぞ。」

 金箔で型押しされた分厚い紙を受け取る。ローエル都滞在許可証とエンボス加工で印字されている。

「ありがとう。」

 礼を言ってポケットに仕舞う。

 上着を返して貰って、俺達は先を案内される。

 豪奢な控えの間にて、しばらく待たされる。

 さて、どうしたものか。説得するのも諦めた。かと言って、いきなり再起不能にするのも大人気ない。

 オルラは落ち着いたもので、どっかりと腰を据えて座ってる。トンナ達は物珍しそうに周りをキョロキョロと見回してる。

 控えの間に通された当初は、アヌヤがウロウロと物色してたのを、トンナが「大人しく座っといで。」と声を掛けたので、今は座ってる。

 紅茶とデザートが運ばれて来る。

 薬物等は含まれていないので、安心して頂く、アヌヤは凄い勢いで、果物とケーキを食ってる。トンナは流石に場所柄を弁えて、普通に食ってるが、右目で見ると、凄く喜んでいるのがわかる。いや喜んでいるのはオルラも一緒か。

 俺達が入って来たのとは別の扉がノックされる。

「はい。」

 オルラが返事する。

「失礼いたします。」

 豪奢な刺繍の入った白いローブを着た禿頭(とくとう)の男が入って来る。額に第三の目を意味する刺青とエメラルド色の魔石が埋め込まれてる。魔法使いだ。ここで俺は違和感を抱く。

 この魔法使いのオッサン、周波数が魔法陣と違うぞ?

「ズヌーク・デロ・セヌーク男爵閣下からのお使者の皆様、大変お待たせして、申し訳ありません。主の支度が整いましたので、ご案内させていただきます。」

 いやいや。主の支度じゃなくて、兵士の支度でしょ?

 廊下を渡って、別の部屋に通される。

 広さは四十畳ほどか。長いテーブルに椅子がこちら側と向こう側で二十脚、今、俺達が入って来た扉を含めて出入口は四か所。窓はテーブルの向こう側のみ、壁面のほとんどが窓だ。

 テーブルの向こう側に男が七人座っている。

 頭の中をマイクロマシンで覗いてみると、向かって一番右端、俺達から一番遠い所に座っているのが伯爵だ。

『先客だ。』

 あいた~。

『拙いな。どうする?』

 いきなりの荒事で行く。

『わかった。』

 伯爵のくせに用人の格好をしている。

 伯爵の格好をして、中央に座っているのは内政方総取扱用人だ。小細工をしやがる。

 中央の偽伯爵の後ろの窓だけが、明るい陽射しを入れている。他の窓はカーテンが引かれて、部屋の雰囲気を鬱陶しいものにしている。

 カーテンは暗幕のように分厚い物だ。いざという時は真暗にするつもりかな?

 俺は案内人を無視して、右端の男の前に座る。

 俺にはヘルザースの目の前に座る必要があった。

 それを見ていたオルラが俺の右に、トンナが左に、アヌヤは俺の背後に立つ。

「お使者の方々、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵はこちらで…」

 案内してくれた魔法使いには悪いが、茶番に付き合うつもりはない。俺は魔法使いに左手を上げて、言葉を止める。

「面倒な小細工は抜きにしてお話ししたいものです。ヘルザース・フォン・ローエル伯爵。」

 真正面の男。

 白い長髪を項で纏め、冷徹な光を瞳に湛えた男。薄い唇を歪めて、長くて高い鼻梁に皺が寄る。切れ長の目が俺を捉える。

「どうして、私がヘルザース・フォン・ローエル伯爵だと?」

 俺は負けじと冷ややかな視線を向ける。

「どうして、俺にバレないと思ったのかを聞きたいね。」

 俺は身を乗り出して、伯爵の顔をまじまじと見る。

「貴様!失礼だぞ!」

 隣の若い用人が、立ち上がって俺に怒鳴る。俺は背もたれに体を預けて、「ほら、伯爵様、あんたの用人がゲロったよ。」と言ってやる。

「これだけの城を築いた伯爵だ。内政面でかなりの収益を上げている。もしくは政治力を駆使して王国からかなりの資金を調達できる遣り手だね。城の造りから、猜疑心と警戒心が半端ないことが見て取れる。第一城壁の造りを見ると、内側から直ぐに壊せるように造ってる。金の掛かった城壁を、城を守るためには躊躇なく放棄できる合理主義者。そのくせ、第一城壁の兵士達の逃げ道をキッチリ作る温情家でもある。まあ、戦力を維持するための合理主義とも捉えられるが、第一城壁を壊すことを前提に考えれば、少数しか配さない第一城壁の兵士は切り捨てるのが合理的だ。兵士達はキッチリと仕事を熟し、礼儀作法もしっかりしてる、魔狩りの俺達に対してもぞんざいな扱いをしていないからね。これは領主の意向が隅々にまで周知徹底されているからだ。内政、政治的手腕、戦術面、どれも出来る領主で、自分の懐に飛び込んで来た者には温情家、模範的な領主だ。」

 目の前の男が目を伏せて自嘲気味に笑う。

「そういう模範的な領主が辣腕を振るうことで、この城に詰める配下は、完璧に自分の役割を熟しているだろうが、一つの穴が出来る。」

 俺の言葉を聞いた男の目が俺を睨む。

「穴だと?」

 頷いて言葉を続ける。

「領主がいなくなれば、木偶の坊の集まり、烏合の衆へと堕ちる。完全なワンマン経営だな。領主が優秀で、全ての人間が領主に頼り、領主の命令がなければ晩飯の献立も決められない馬鹿だらけになる。だから、俺がこの部屋に入って来た時、緊張していなかったのはあんただけ。他の奴らは緊張でガチガチ、きっとあんたの御前でヘマをしないようにと緊張してたんだろう。」

 目の前の男以外が立ち上がり、顔を真赤にして拳を震えさせている。俺はそれを無視して、目の前の男を見詰める。

「貴様、年は幾つだ?」

 男、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵が俺に鋭い視線を向けながら問い掛ける。

「殺そうと思ってる子供の年齢を聞いてどうする?」

 ヘルザースの口が嫌らしく歪む。

「なぜ殺されると?」

 再び身を乗り出し、人差し指をヘルザースに向ける。

「あんたが、結果的にズヌークを殺すからだよ。」

「貴様!無礼者!!」

 人に向けて指差しちゃダメって教わらなかった?って優しく言ってくれよ。

 いきり立つ用人達に向けて、ヘルザースが右手を上げて、制止する。

「ズヌークを殺す必要が?」

「あるね。」

「何故?」

「言ったろ?あんたは猜疑心の塊だって。優秀な男は、あんたの下では長生きできない。」

「ズヌークがそれほど優秀だと?」

「あんたは、ズヌークのことを知らないが、今、ズヌークの下に居る俺のことを知った。だから、ズヌークと俺を殺そうとする。」

「成程。では、貴様は何故此処に居る?」

「俺は殺せないからさ。」

 ヘルザースは目を伏せ「ふふ。」と笑う。隣の若い用人が大声で唸る。

「馬鹿が!魔法を封じられ、武器もなく、城の奥深くから生きて逃れられると思っているのか!」

「ほらぁ、あんたの部下って馬鹿だろ?」

「なに!!」

 人が激高する姿ってのを始めて見たよ。

「静まれ。」

 大したもんだ。ヘルザースの一言で黙ったよ。ロボットか?

(わらしべ)とは思えぬ洞察力と胆力、また論理的思考は大人でも舌を巻く。そんな()が殺されないと(のたま)っておるのだ、実行するだけの算段が出来ていると考えるのが妥当というもの。」

「ほら、それ。答えを簡単に言い過ぎ、部下には痛い目を見させなきゃ。可愛い子には旅を、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすって言うでしょ?」

 ヘルザースが、一瞬、魔法使いの方を見る。

 魔法使いが小さく頷く。

 俺の魔法が封じられているか確認したのだろう。

「成程な。魔狩りとしての腕前は知らぬが、中々の人物と見た。しかしながら(いささ)か礼儀がなっておらぬようだ。年長者に対する礼儀というものを教えるのも、また、年長者としての務め。気を悪くするな。」

「いやいや。当然の理屈、まったくもって真っ当な理屈ですよ。」

 俺は両手を挙げて、降参のポーズをとる。

「私は貴様の評するところ、猜疑心の塊。ならば、実際に其方が殺せないかどうか試させて頂きたいが如何かな?」

「ありゃま!ブーメランになっちゃった。良いよ、カーテン後ろの兵士でも、ドア越しにギリギリ歯ぎしりしてる兵士でも、魔法使いのオッサンでも、何なら総掛りにする?」

 ヘルザースは顎に手を当てて、初めてお道化た表情を見せる。

「ふむ。総掛りで試させて頂こう。」

 俺はニッコリ笑って、全員の魔法制御法具を無効化する。

「いつでもどうぞ。」

 一斉に兵士が飛び出して来るが、一瞬で手足を硬直させて転倒させる。床一面一杯に兵士が転がる。

 魔法使いは、呪言詠唱を始める。

 アヌヤが飛掛ろうとするが、俺が止める。

「魔法使いと遣り合うのは初めてなんだ、どんなものか見てみたい。」

 兵士達の呻き声で満たされる中、俺はゆっくりと立ち上がる。

 全員の視線が俺に注がれる。

 俺はわざと陰惨な笑みを浮かべて、舌で唇を湿らせる。

 魔法使いも詠唱を止めて俺を凝視している。

「どうした?魔法を撃たせてやるから詠唱しろよ。」

 俺の言葉に魔法使いは慌てて目を閉じ、複雑な印を結んで、詠唱を開始する。

「森羅万象の理に頼みて帰りて心気を通じる。我が名はリゼン、風巻(かぜまき)(くう)ありて、()なし。」

『ほほう。まずはマイクロマシンにアクセスして、パスワードの入力か。』

 パスワード?

『マイクロマシンに自分の名前をパスワードとして登録してるんだろう。』

 アクセスってのは?

『森羅万象云々から、通じる。までが、アクセスワードだな。』

 魔法使いの周りで風が起こる。マイクロマシンが一定の間隔で空気その物を動かしているのが見える。

 印を結び終わって、その両掌を上に向けて前に差し出す。

 その掌の上で風が巻いて旋風を作る。

「木ありて、水生まれ、爆ぜる理あり。」

 旋風に炭素と水素が集まる。

『成程。風とマイクロマシンで軽い炭素と水素を集めて、空中に維持するのか。』

「我が名の下に(ほむら)あり、」

 空中に火の玉が出来上がる。

『マイクロマシンが高速運動して、着火した。でも、コイツ、大変だぞ?燃える傍から炭素と水素をくべなきゃならん。霊子が幾らあっても足らんだろう。』

「人ならず、難敵もって道開け、」

 俺の胸元まで、旋風が伸びる。

『標的確定の呪言か。』

「燃やせ、()りませ、匹敵の焔!紅蓮炎弾(ぐれんえんだん)!!」

 炎の塊が二つ、旋風の中を通って飛んでくる。

「ふう…」

 俺は溜息を吐いて、腕を組んだ。

 俺の目の前で炎が消える。真空の空間を作り上げただけだ。

 つまんねえ。

 マイクロマシンを使って、どれだけのことが出来るのかと楽しみにしていたが、まったく、全然、期待外れだ。

 しかも、霊子の十分の一ほどを消費している。

 魔法使いのオッサンは、驚愕に目を見開いている。

「あのさぁ。悪いんだけど、もうちょっと何て言うかなあ?もうちょっと凄いことって出来ない?」

 その場にいる全員が唖然としている。

「いや、結構期待してたんだよね。魔法にさ?何か色々と凄い使い方っていうか、俺の知らない?気付いてないような使い方ってのをさ?」

 魔法使いが再び複雑な印を結ぶ。

 俺は手を振って「もういいよ。それは。」と言いながら、この場のマイクロマシンを全て俺の支配下に治める。

「何?!精霊との道を閉ざされた!?」

『マイクロマシンは精霊な訳か、成程ねぇ。』

 思いっきり、詰まんなさそうだな。

『そりゃそうだろ?』

 俺はヘルザースの方に向き直り、テーブルに右手を置く。俺の右手を中心にテーブルが分解されていく。

 その場にいる全員が顔を驚きの色に染める。

「なんと…む、無詠唱でそのようなことが…」

 魔法使いのオッサンが、驚きと共に呟く。

「おい。お前の魔法使いは詰まらん。もっと面白い奴は飼っていないのか?」

 流石は伯爵、泰然自若に俺を睨んでいるが、それでも顔色は真青だ。

「ちっ」

 俺は横を向いて、舌打ちして、忌々しそうに表情を歪める。

 ヘルザースの隣に並んでる用人達に目を向ける。

「おぉい。お前ら、ボウっとしてないで、主を守ろうって芝居ぐらいしろよ。」

 若い用人達が動こうとするが動けない。

 だって、俺が動けないようにしてるから。

 若い用人達が、戸惑いなから、視線を辺りに巡らせる。

 俺の言葉に反応しようとして、動けなかったんだ、何かしら、別の異常事態が発生しようとしていると…お前らでも察することができるだろう?

 俺とヘルザースの目の前に黒い渦が出現する。

「何?!」

 ワザとらしくならないように、俺は声を上げてから、慌てたようにして魔法使いへと視線を転ずる。

 魔法使いは何が起こっているのか理解できないように首を振る。

 黒い渦が円筒形に立ち上がり、人型へと変化し、黒い魔人が現れる。

 禍々しい黒い外殻に包まれた体。

 額から伸びる歪んだ二本の角。

 髪の間から、次々と生え伸びる歪な角。

 背中から生える蝙蝠のような巨大な一対の翼。

 足の間からは先の尖った背骨のような尻尾が伸びている。

 魔人がニヤリと嫌らしい笑いを浮かべる。

「また会ったな。小僧。」

 不確かな声。

 様々な音程の混じった聞き取り辛い声で魔人が俺に呼び掛ける。

「セヌカ・デロ・セヌーク男爵!」

 俺はワザとフルネームで魔人を呼ぶ。

「何だと?!」

 ヘルザース達が、一気にざわめく。

 実際は俺の仕業なんだけどね。

 俺は目に見える形で、魔法を駆使する。

 火炎放射に雷撃、水圧カッターも使ってみる。

 そのことごとくを自分で対処して、消してしまう。

 ヘルザースと用人達は動けない。

「ズヌークのところでもそうだったが、貴様は面白い。まだまだ、伸びしろがありそうだ。」

 セヌカを自称する黒い魔人が、俺に向かって手を向ける。

 俺は自分で壁に向かって吹っ飛び、気を失った振りをする。

「トガリ!」

 トンナとオルラ、アヌヤも焦った様子で、俺に駆け寄る。

「ぐわあああ!」

 俺は苦しみ悶える芝居をしながら、床の上をゴロゴロと転がり、自分の顔の表皮を変質させる。悪いが、トンナ達三人も体の動きを止めさせてもらう。

 この後の展開に、トンナとオルラは我を失うと思うから。

 顔の皮を剝がされたように、筋肉と血管を露出させたように変質させる。同時に黒い魔人の顔が俺の顔へと変化する。

「光栄に思え。貴様の顔を使ってやる。」

 俺の顔から音を立てて、豚の血が流れ落ちる。

 トンナ達は、驚きに、声を出すこともできないでいた。

 黒い魔人がクルリと転回して、ヘルザースを睥睨する。

「ズヌークを誑かす謀反人よ。選ばせてやる。」

 魔人が親指、人差し指、中指の三本を立てて、中指を折る。

「一つ。人だけを残してローエル都を消す。」

 人差し指を折る。

「二つ。ローエル都の人だけを消す。」

 親指を折って、拳を作る。

「三つ。お前だけを残してローエル都全てを消す。」

 魔人は、俺の顔でニッコリとあどけない笑みをヘルザースに向ける。

「どれにする?」

 蒼褪めた顔、見開かれた目、恐怖以外の何物も存在しない。それでもヘルザースは震える声で答えた。

「…悪魔め…」

 魔人はその言葉にキョトンとした表情を見せる。

「何だ。今頃わかったのか?」

 魔人の尻尾が、ヘルザースの額に触れる。

 尻尾の先は注射針になっており、その注射針でヘルザースの額に適当な印を刻む。

 ヘルザースの額から血が滴る。これで、ヘルザースの遺伝子情報はゲットだぜ。

「さあ。選べ。どれが良い?」

 ヘルザースは口を歪める。あくまで抗うつもりだ。うん、中々の根性、流石は伯爵といったところか。

「しょうがない。お前のその根性に免じて、お前だけを消してやる。」

 魔人の言葉が終わると同時にヘルザースを分解する。

 その場に居る全員の意識が止まる。マイクロマシンを全員の脳に侵入させているから、体と脳の信号を全て遮断したのだ。

 俺は立ち上がって、「後の段取りはわかってる?」と皆に呼び掛ける。

「びっくりした~。トガリの顔が筋肉お化けになったから、頭の中、真白になっちゃったよぉお。」

「ごめん。演出だから勘弁して。」

 俺は筋肉剝き出しのままの顔で、トンナに謝る。トンナは涙目だ。

「まったく。事前打ち合わせと全然違うじゃないか?どうしたってんだい?」

 俺は頭を掻きながら、「いや~、それが予想外のことが判明して。」とお茶を濁す。

「何だい?予想外って?」

 濁されないよね。そりゃそうだ。

「ヘルザースは既に魔法で洗脳されてたんだ。今回の謀反騒ぎは他に黒幕がいるんでね。ソイツを探さなくっちゃならない。」

「そいつは困ったねぇ。」

 オルラが手を顎に当てて、考え込む。

 雰囲気を無視してアヌヤが気楽な声で、別のことを俺に聞いて来る。

「チビ、チビ。この悪魔って召喚したん?」

「悪魔じゃないよ。魔法だよ。俺の魔法で豚の肉を使って悪魔っぽく人形を作ったの。」

「にゃ?凄いんよ。でも人形なのにどうやって動かしてるんよ?」

「ヒャクヤに宿屋から操作させてるんだよ。」

 ヒャクヤの霊子受発信回路はテレパシーのように使うことはできない。したがって俺はヒャクヤの目の前に置いておいた紙にインクを再構築して、文字を綴った。

 離れた俺からヒャクヤの目の前で手紙が書かれている状態だ。

 黒い魔人をヒャクヤの目の前で生成して、ヒャクヤが生み出す霊子受信回路を埋め込ませる。

 魔人を城へと転送して、俺はヒャクヤに、紙に書いて指示を出す。

 俺が自分で魔人を操った方が、全然、楽なんだが、ヒャクヤに練習させておきたかったのと、ヒャクヤにも下僕根性があって「トンナ姉さんの傍を離れる訳にはいかないの!」とゴネタからだ。

 宿屋で、ボケっとしてるのは下僕根性が許さないらしい。

 魔人を遠隔操作していると言っても、双方向に送受信できないので、ヒャクヤにはこちらの現状が把握できない。

 だから、悪魔には簡単な動きしかできない。

 俺がヘルザースの前に座ったのは、それが理由だ。紙に指示内容を綴っているのだから、タイムラグなしで、細かい指示が出せない。

 俺は、ヒャクヤに「ヒャクヤ。もうちょっとしたら魔人をそっちに送り返すから、部屋には誰も入れるなよ?」と指示を出す。

 魔人がコクリと頷いて、「わかったの。」と魔人の声で可愛く答える。

 スゲエ気持ち悪い。

「あたしには、お前が悪魔に思えてきたよ。」

「義母さんまでそんなこと言う。」

「あたしは、じゃりン子悪魔だ!カッコイイと思ったんよ!」

「お前…」

 まあ、咄嗟のアドリブに驚かずに、よくジッとしてくれてたよ。

「でも、あの伯爵はどうしちゃったの?本当に殺しちゃった?」

 トンナの疑問に、俺は手を顔の前でブンブンと振る。

「殺してない。殺してない。ズヌークの屋敷の地下牢に移動してもらっただけだから。全然殺してない。」

 ヘルザースの遺伝子情報を取り込んだから大丈夫だと思うが、血液だけだから、地下牢でちゃんと再構築できるか不安だったけど、何とかなったみたいだ。

「ズヌーク閣下にバレるんじゃないかい?」

 オルラの疑問ももっともだ。

 実は、ズヌーク・デロ・セヌーク男爵邸の地下牢は俺が石壁で塞いでる。うん。真空で囲って音も漏れないようにしてるからバレないと思う。

「大丈夫。バレないように細工してあるから。」

 俺は最後の段取りを皆に説明して、締めにかかる。

 ヘルザースの用人達の脳と体を再接続してやる。

「くふふふ。」

 黒い魔人が突然笑い出す。

「美味い()おお(・・)。美味いぞ。ヘルザースの苦しみ、のたうつ魂の何と甘美なことか。」

 あぶねえ。ヒャクヤの奴、いきなりいつも通りに「美味いの」って言いやがった。語尾を伸ばして誤魔化したけど、俺達にはバレバレだ。

「貴様!!ヘルザース閣下をどうした!!」

 用人凄いな。

 俺だったら、こんな魔人が出てきたら、即逃げるけど。

 ヒャクヤ、魔人を左四十五度ぐらいに動かして。

「ヘルザースは此処よ。」

 魔人がヘルザースの用人達に向き直り、自分の胸を触る。

「我が無限牢獄にて、あらゆる苦痛、あらゆる絶望に(さいな)まれておるわ。」

 魔人が嬉しそうに笑っている。

「さて、次の獲物は何処におるのか。」

 魔人は気付く、俺の周囲を光り輝く粒子が加速しながら回っていることに。

「貴様。何の真似だ!」

「やられっぱなしなんてのは、俺の性に合わなくてね。」

 俺はトンナとオルラに支えられながら、粒子を加速させていく。粒子とは言ってもその実態はマイクロマシンである。周囲の幽子を次々と取り込み、莫大な量を消費しながら、マイクロマシンが加速する。

 邪魔な空気分子を分解して真空の管の中をマイクロマシンが光りながら加速しているのだ。周りの人間達は目を閉じて、尚且つ手で覆っている。

「死ね!!!」

 その瞬間、俺の両手から、加速されたマイクロマシンが、荷電粒子となって撃ち出される。

 悪魔を消し飛ばし、城の壁に大穴を開けて、光が空へと向かって伸びていく。

 重力偏差によって曲がる前に、俺はマイクロマシンを霧散させる。

 石積みの壁が真赤に溶けて、直ぐに冷えてガラス化する。

 魔人は無事、ヒャクヤの元に送り届けた。また使うかもしれないからね。

 俺は力を使い切った振りをして、その場に倒れる。

「トガリ!!」

 トンナ、オルラ、アヌヤの三人が駆け寄る。

 用人達は、ただ、呆然と立ち尽くしている。

「医者を!!」

 オルラが叫び、用人がやっと動き出すが、それに待ったを掛ける。

「必要ない!!」

 俺だ。医者なんて来たら、俺がピンピンしてるのがバレてしまう。

「此処に居る者に問う!魔人セヌカ・デロ・セヌーク男爵は次の獲物を狙っている!次に狙われそうな者は誰だ?!!」

 俺は上体を起こして、必死に訴え掛ける振りをする。

「其方の今の魔法で魔人は消滅したのではないのか?!」

 一人の用人が、俺に問い掛ける。

「あの程度の魔法で消滅などするものか!次に狙われるのは誰だ!」

 もう面倒くさいな。さっさと言えよ。

「それを聞いてどうする?」

 同じ用人だ。ホントもう面倒。

「今度こそ奴を消滅させる。」

「出来るのか?そのようなことが。」

「では貴様がやるのか?」

 俺に返されて、言葉が出ない。そりゃそうだ。お前ら突っ立てただけだもんな。

「恐らくは…」

 隅っこの方でジッとしていた魔法使いが、答えようとするが、別の用人がそれを止めようとする。

「待て。この者を信用するのか?」

 もう。邪魔だな。答えはわかってるんだから、早く言えよ。お前らから聞き出したっていう既成事実が欲しいだけなんだからよ。

「この方の魔力、魔法は異常の極み。森羅万象の理がこの方の足元に平伏しているかのようなその力。この方ならば、ヘルザース閣下をお救い出来るやもしれませぬ。」

 魔法使いの言葉に全員が黙る。

「ローデル・セロ・スーラ子爵。あの魔人が謀反を止めるために、ヘルザース閣下を捕らえたのであれば、恐らく次に狙われるのはローデル閣下と思われます。」

 魔法使いは恭しく俺に頭を下げながら、そう答えた。

「わかった。俺はローデル閣下の元に向かう。」

 俺はそう答えてフラフラと立ち上がる。そんな俺をトンナが抱き上げる。

「お前。出口まで案内しな。」

 トンナが魔法使いに向かって、怖い声で命令した。

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