止まった時間の中で動くことなんて出来る訳ないでしょ?
次の日の朝、ヒャクヤが、無事、起きて来た。
元気一杯ではなく、コソコソと起きて来た。
俺とトンナとオルラは朝食を食べており、その横に来て、俺のシャツを、チョイチョイと引っ張る。
「どうした?」
ヒャクヤは鼻の頭と目の周りを真赤にして、「ちょっと…」と言う。
俺は訝しく思いながらも、ヒャクヤに付いて行く。トンナが立ち上がって、付いて来ようとすると、ヒャクヤが慌てて「トンナ姉さんは来ちゃダメなの!」と必死にトンナを押し留めようとする。
「お願いなの!お願いだからトンナ姉さんとオルラ姉さんは来ないで欲しいの!一生のお願いなの!」
必死だ。体中の毛を逆立てながら目を真赤にして、涙目だ。
「何なんだい?」
「良いじゃないか、何だか思い詰めてるよ。トガリに任しときな。」
訝しむトンナをオルラが窘める。仕方なくトンナは大人しく座る。俺はヒャクヤに引っ張られて、ヒャクヤとアヌヤの寝室に入れられた。
「アヌヤが起きないように静かにしてなの。」
ヒャクヤの言葉に俺は素直に頷く。
ヒャクヤが自分の寝ていたベッドのシーツを捲り、左手で俺を招く。
「ブハッ!!」
思わず噴き出した。
ヒャクヤが俺の口を塞いで、「シ~ッ!!」と訴え掛ける。
シーツにはオネショの跡があった。
見事なオネショだ。
泣きそうな顔で俺を睨むヒャクヤに、俺は笑いを堪えて、「またしたの?」と聞く。
顔を、というか鼻の頭と目の周りを真赤にして、毛を逆立ててコクリと頷く。
「何とかして欲しいの…」
消え入りそうな声で、訴える。
俺は必死に笑いを堪えながら、シーツからオネショを分解消去してやった。
「こっちもなの。」
ヒャクヤの下着だ。
「そっちは手で洗え。」
「ダメなの。皆に知られちゃうの。お願いなの。」
「まったく、しょうがねえ、しょんべん垂れだ。」
そう言いながら、俺は下着も綺麗にしてやる。
「ありがとうなの。おしっこ分解マスター、恩に着るの。」
いや。恩に着てないだろ、その称号。
リビングに全員揃ったところで、女性陣に、買い物に行ってくるように伝える。
好みの服や、好みの色の顔料、アクセサリーを買って来ても良い。
服の機能性なんかは俺が弄ってやれるが、デザインに関しては好みがあるだろうから、その辺りのことを知りたくて、俺が提案した。
カナデラの人格には芸術家も居るが、どうしても製作者の拘りが前面に出過ぎて、一般向けではないデザインしか提案されない。
トンナが俺にも行こうと強請ってくるが、女性の買い物に付き合うのは一〇歳の子供には酷だ。
「昼飯は、俺も適当に済ませるから、そっちも適当に済ませてよ。」
皆を見送りながら、肩の荷が下りる感覚が去来する。
部屋に戻って、俺はパンツ以外を脱ぎ捨て、ストレッチを始める。
トガリの肉体は子供としては、異常ともいえる筋肉の付き方をしている。
浴室に移って、ドアを開けたまま、ドアの鴨居に人差し指の第一関節だけで体をぶら下げる。
そのまま、体幹を床と平行になるように持ち上げる。
体中の筋肉に力が漲る。
一つ一つの筋肉に意識を集中していく。それに合わせて体のマイクロマシンを活性化させ、その筋肉へと移動させる。マイクロマシンで無理矢理、筋肉の収縮と展伸を行う。
再び床に垂直になるようにぶら下がり、クルリと体を回して、手を順手から、逆手に変える。今度は背中を上にして、床と平行になるように体を持ち上げる。
再びマイクロマシンを体中に走らせ、筋肉の収縮と展伸を行う。
掌を変質させ、ヤモリのようにナノサイズの毛を発生させる。姿勢を崩さないように、片手で鴨居にぶら下がり、天井に触れる。ピッタリと天井に張り付く感覚がある。
片手で天井にぶら下がる。もう片方の手も天井に触れる。
足裏も同様に変質させて、天井に四つん這いで張り付く。
微妙に掌の筋肉を動かして、天井から片手を離す。
掌を見詰めて、見た目の変化がないことを確認する。
俺は両足で、天井から逆さにぶら下がりながら、屋外のマイクロマシンに意識を向ける。
巨大な都市だった。
俯瞰することが出来れば、その全貌を目視できるのだが、マイクロマシンで目視は出来ない。平面的な地図でイメージ出来るし、立体像としても認識出来る。でも目視での実感とは程遠いだろう。
高い城壁が都を取り囲み、その周囲には濠が掘られている。濠はそのまま周囲の田園地帯へと流れて行き、用水路へと役割を変化させている。
城門は三つ。統括管理する群は三つだから、それぞれの群へと開かれた城門だ。
一見すると城門と言うより、トンネルの方が印象としては近い。恐らくは、この城門その物が城としての役割も持っていると思われる。
広い入口に対して都に近づくにつれ、徐々に狭くなっている。後ろを振り返ると天井付近の壁には銃狭間が設けられており、突入してきた者は後ろから撃たれるようになっている。
城門左右の内壁、その上方にも銃狭間が下向きに設けられている。
真上の天井部分には切れ込みが入っているから、侵入して来た敵に上から石などを落として攻撃するのだろう。
奥に進むと、簡易的な木の塀で中には入れないようにされていた。その木の塀に大型馬車が一台通れるぐらいの出入り口が三か所設けれている。
出入り口の内一か所は都から出て行くために使用されているのか、閉じたままだ。他の二か所の入り口が開放されており、上洛する者がその入り口の前で列を作って待っている。
下にも空洞があるな。
『落とし穴か?』
ああ。かなり深いな。
『そりゃあ、死体で直ぐに埋まっちまったら落とし穴の意味がないからな。』
それに、少しずつだけど、この道、坂道になってる。
『攻城兵器対策だろ。攻城兵器は大きくて重いからな。上り坂にした方がいい。』
成程ね。
街中の石畳の道は、広く、綺麗に整備されていた。
広い歩道が両サイドに設けられ、車道には轍が刻まれている。都で作られた規程の馬車でなければ、走れない仕様だ。
役人の居住区を抜けて、ローエル城を確認する。
役人の居住区と城の間には、やはり濠が掘られている。
濠の向こうは、低い城壁が城を取り囲み、その向こうに、更に高い城壁が聳えている。二重の城壁だ。
濠に架かる石造りの橋を越えたところ、城門の前に来訪者三人を確認する。
来訪者への対応を確認するために、その三人にマイクロマシンを纏わり付かせる。
分厚い樫の木でできた城門が、横へスライドして開けられる。
開かれたその先は崖っぷちだった。面白い造りだ。無理に攻城兵器で突っ込むと、第一の城門を破壊した途端、崖下に転落する仕組みだ。
第一の城壁よりも高い城壁が崖の向こうに聳えている。あれが本物の城壁か。
マイクロマシンが面白い情報を持ってくる。
第一城壁の内部には爆薬が仕掛けられている。
自爆装置だ。
城壁内の廊下の天井を導火線が走っている。
第一城壁が陥落する時は、敵諸共ってことか、酷いことするな。
崖の向こう岸から跳ね橋が下りてくる。細い跳ね橋だ。一気に大量の人間が渡れないようにしている。
第一城壁に兵士を配するときは、別の橋を架けるのか?
俺の疑問に、マイクロマシンが即座に情報をもたらしてくれる。
成程、城門とは反対側に大きくて、頑丈そうな跳ね橋があるな。
ヘルザース・フォン・ローエル伯爵は、警戒心が強そうだ、しかも外敵に備える必要のない辺境で、これだけの城を築くとは、かなり前から謀反の機会を狙っていたと見える。
第二城壁から三角に張り出した銃狭間に人影が見える。
橋を渡りきると、門番が五人、来訪者を待ち構えていた。来訪者三人は、まずは上着を脱ぎ、身体検査を受ける。
暗器を含めて武器は携帯していない。あまり詳細な検査はしていない。その代わりに一人ずつ、魔法陣の上に立たされている。その魔法陣を囲むようにして呪符結界が貼られている。
人が立つと、その魔法陣が光る。
三人の内、一人だけ魔法陣が赤く光り、他の二人が立った時は緑色に光った。
『呪符結界と魔法陣で人の霊子の周波数を検知特定したな。』
ああ、そのための魔法陣か。呪符結界と魔法陣の周波数をこっちが検知特定するとは考えないのかね?
それにしても、光り方が人によって違ってたな。
『霊子量によって光り方が違うんじゃないか?』
そうか。じゃあ、どうでもいいな。
「失礼いたします。」
そう言って、一番華美な鎧を着た兵士、恐らく隊長格なのだろう男性が、赤色に魔法陣を光らせた男の首にチョーカーのような物を取り付ける。
あれは何だ?
『霊子を制御するんじゃないか?』
成程。
そのチョーカーには魔石が填め込まれており、咒言が刻まれている。
魔石に刻まれた命令は暗号化されていない。
上着を返して貰った三人は、奥へと案内されていく、城内の廊下も迷路のようだ。余程、戦争がしたいらしい。
無理だな。
『何が?』
説得するのがだよ。
『どうして?』
これだけの手間暇をかけて築城したんだぞ?絶対に自分の国を建国するつもりだよ。
『成程。確かにな。』
説得するつもりだったが、こいつは無理だ。四六時中、戦うことしか考えてない。
『じゃあ、どうする?』
…どうしよう?
『殺すか、再起不能にするか?』
家臣団が、ヘルザースの志を引き継いだら?
『全員、再起不能。』
領民は無政府状態で苦しむ。…仕方ない。
『しょうがないな。』
マッチポンプ作戦だ。セヌカ・デロ・セヌーク男爵に、もう、ひと働きして貰おう。
『またか?でも仕込みの時間はないぞ?』
そうなんだよな。ズヌークの時は仕込みが出来たから説得力があったんだよ。
『まあ、その説得力がどれだけ必要かは、俺には、わからんが。』
大事だよ?説得力があるから、俺達が疑われないんだし。舞台設定としては、ヒャクヤを除く全員でヘルザースと面会、で、そこでヘルザースが襲われる。
ヘルザースが再起不能になった場合、家臣団を抑え込むためには…
うん。よし。悪魔を使おう。
『悪魔?』
ああ。
悪魔もいるだろ?普通に。
『まあ。いないことはないだろう。この世界なら。』
俺は天井に逆さにぶら下がったまま、前腕に意識を集中する。皮膚が泡立ち、ボコボコと膨らみ、蟹の甲羅のように変質し、表面がなだらかに均されていく。
白くて艶やかな生体装甲として、外殻を腕に纏うことが出来た。
手甲と爪も同様に硬化させる。
鉤爪のような禍々しいデザインで外殻を装飾し、同様の外殻を体全体に広げていく。
頭と顔にも外殻を作り出す。
鼻頭から頭頂に掛けて鋭いエッジを立て、額から後頭部まで、何本もの角を伸ばし、その角を歪に禍々しくデザインする。
顔がわからないように外殻を仮面へと仕立て上げ、足元から黒く染めていく。
俺は外殻にグラファイトのコーティングを施したのだ。
「魔獣だな。人型の。」
鏡に映った自分の姿を見て、俺は呟いた。
俺は上空二千メートル付近に瞬間移動する。
量子情報体である俺達の肉体を使って羽を作る。蝙蝠の骨格と皮膜を参考にした、巨大な羽だ。
風を捉える。
翼を支える背筋と胸の筋肉が太く巨大化し、翼をはばたかせる。
重力が消える。
背骨が盛り上がり、魚の背鰭のような別の翼が生まれる。
尻からは、バランスをとるために尻尾が生える。
大きく息を吸い込み、脇の肋骨がメキメキと音を立てて開く、穴が開き、肺で圧縮された空気が一気に射出されて、俺の体が高速で空中を舞う。
音速は出せないな。
『出すことは可能だが、呼吸が出来なくなるからな、別の肺を作る必要がある。』
よし。じゃあ作ろう。
胸が膨らみ、胸腔内に新たな肺が作られる。元の肺は圧縮した空気を溜め込むために強靭に変質する。
音速を出すために圧縮された空気は高温となり、爆音を発して、俺の脇から排出される。
眼球を守るために透明の瞬膜が作られ、複数枚の蛇腹状の外殻が、一つの装甲として形成される。
口から吸気した空気は、高圧縮されて、肋骨の間から、衝撃波とともに吐き出され、音が消える。
空気の壁を破って、体中から骨の軋む音が聞こえるが、構わずに旋回する。
血管を収縮させ、心臓を強化し、重力に逆らって、血を脳に送り込む。元の場所に戻って、鎖骨に沿って肩に穴を開け、逆噴射を掛ける。背中の主翼と尻尾でバランスをとり、空中で立つ。
主翼と背鰭そして尻尾が生えている背骨が、音を立てて俺の体から剥がれる。体内に、もう一つの太い背骨が生み出され、俺は計二本の背骨を持つことになった。主翼と背鰭そして尻尾が生えている背骨が俺の後方へと跳ね上がり、主翼が水平を保つ。
俺は垂直に立ったまま、体を空中に留める。
飛べるな。
『ああ。』
俺は自分の体を見下ろす。
黒い装甲に包まれた体は悪魔そのものだった。
『悪魔召喚融合魔法だな。』
厨二病か?
『お前と混じってるからな。』
瞬間移動で浴室に戻ると同時に、再構築でトガリの姿に戻る。
リビングへと瞬間移動する。
床に直接座り、一旦、胡坐を組んで結跏趺坐に組直す。
膝の上に手を置いて、背筋を伸ばして、深く息を吸い込み、肺の底から空気をゆっくりと吹き出す。細い笛のような音が、口から洩れる。
目を閉じる。
急速に意識が奥深くへと後退して、黒い闇に包まれていく。瞼から透ける僅かな明かりが、白い光点になって、その光点が、再び高速で近づいて来る。今度は白い光に包まれ、白い空間に俺、マサトは存在した。
「よう。」
「マサト、久しぶり~。」
「やあ。久しぶり。」
「俺は初めましてだな。」
一人増えてる。
「俺は第二副幹人格の棚原一臣だ。よろしくな。」
更科正人だ。よろしく。
それにしても、今度の人格はやたらとガタイが良いな。
「おう。俺は武闘派だからな。スポーツ系人格の統合人格だ。」
へえ。イズモリ、それなら、もっと早くに認識できたんじゃないのか?
「確かに、体を動かすことは多かったな。実際、トガリの身体能力を今まで底上げしてたのはタナハラのお陰だからな。」
「そう。俺がいたからトガリはあれだけの動きが出来たんだ。一〇歳やそこらの子供に山ン中をあんなスピードで、あれだけの長時間、走れる訳がないだろう?」
そうだな。色々と不自然だと思ってたんだ。テルナ族のカルガリと立合った時だって、随分と鋭い身のこなしだったからな。
「今までは、波長がかなりズレてたのさ。」
成程、納得した。俺、体育会系って苦手だからな。
「でも、今はそうでもないみたいだな?」
ああ、俺も強くなりたいんでな。
「そうだ。その波長に俺達も同調したんだ。」
で、強くなるには、どうすればいい?
「ゾーンって言葉、知ってるよな?」
ああ集中力が高まった時の現象だろう?
「そうだ。死に直面した時に走馬燈が見えるって言うだろう?」
ああ。
「死の危険に晒された時、極限まで集中力が高まって、それまでの人生経験から、避難方法を高速検索しているのが走馬燈だ。」
うん。
「しかし、悲しいかな、その思考速度に人間の身体能力は追いつかない。何度も反復練習し、限定的な動きに対して、体が意識外で連動した結果、思考速度に対応して動くことが出来る。」
うん?
「つまり。思考速度に連動した反射神経を持った体を作ってしまおうってことだ。」
よし。どうしたらいい?
「極限の集中力を得るためにトガリの小脳部分に、新たな第二副幹人格用の霊子回路を作製、そこから延びる神経線維と感覚器官も改良して、各部位に半自立型の霊子回路を作製する。」
すると、どうなる?
「おう!すげえぞ。相手が止まってるように感じて、自分だけがスイスイと動けるんだ。やりたい放題だぜ!」
それは凄いな。
「ただ動こうとするだけじゃ駄目だ。神経伝達は元から亜光速だが、筋肉の動きは、絶対に遅れる。」
じゃあ、ダメじゃん。
「瞬間移動が使えるだろ?」
ああ。使えるけど?
「その瞬間移動を部分的に出来るようにするために、各部分に霊子回路を作製する。」
成程!体の各部位をバラバラに分解、移動、再構築するのか!
「おうよ!そのためには、体の動きをかなり高速で制御しなけりゃならん。だから、俺達、第二副幹人格用の霊子回路が必要なんだ!」
でも良いのか?人前で瞬間移動を使うことになるぞ?
「うむ。長距離の瞬間移動の場合は、気付かれるだろう。全身がその場から消えるからな。」
部分的な瞬間移動なら気付かれない?
「近距離で部分的な瞬間移動ならな。元から人間の目では亜光速なんて捉えられない。」
わかった。かなり痛いだろうが、やってくれ。
「おう!イズモリ。こいつ結構、肝が据わってるじゃねえか。」
「俺達の表出人格だからな。これぐらいは当然だ。」
じゃあ。向こうでスタンバっておくよ。
「まだだ。」
まだ?
「体の各部位の分解再構築をなるべくスムーズに行いたい。カナデラが最も上手く出来るからな、カナデラの霊子回路も作る。」
デュアルコア?
「いや、ゾーンに入る時間をなるべく長くするために演算能力を上げる必要がある。俺とイチイハラの霊子回路も作るから、元からの物も含めて、ペンタコアだな。」
五重霊子回路か。痛そうだな。
「かなりな。」
わかった。じゃあ、向こうに戻るよ。
「ああ。」
「じゃあな。」
「またね~。」
「じゃあねぇ。」
部屋に戻って呼吸を整える。
さあ。やってくれ。
この後、俺は、トンナ達が帰って来るまで部屋の真中で昏倒していたのは言うまでもない。言ってるけどね。
「まったくお前は、よく気絶するよ。」
肩を竦めて、呆れた表情のオルラを前に、俺は謝るしかない。
アヌヤとヒャクヤはオロオロするばかりで、トンナに至っては泣きながら「良がっだよおおおおおお。」と叫んでる。
「とにかく、顔料と服は買って来たんだな?」
トンナがうんうんと何度も頷いてる。
トンナはトレンカとキュロットを差し出し、アヌヤとヒャクヤはチンカラーのトップスを選んできた。
ヒャクヤに関してはフレアスカートも買って来ていた。オルラはウィングカラーのトップスだ。
それぞれの選んできたデザインにカナデラが皆の話を聞きながらアレンジを加えて完成させる。
色については、トンナがピンクを主体としたコーディネート、オルラはやっぱり黒で、アヌヤはミリタリー色の強いカーキ色、ヒャクヤはパステル調のオレンジとピンクそれに青と白で、一番カラフルだ。ヒャクヤだけが「リボンが欲しいの。ここはフリフリにして欲しいの。」と一番注文が多かった。
ヒャクヤに昨日作った剣を渡す。
「可愛くないから要らないの…」
見事にバッサリと切り捨てられた。
「じゃあ、どんなのが良いんだよ。」
「可愛いのが良いの。」
まったく、可愛いの、可愛いのと可愛くないとダメなのかよ。
『駄目なんだろうねぇ。まあ、ちょっと、デザインを変えてやろうよ。』
カナデラ、お前、甘やかしすぎなんじゃないの?
『使うのは、ヒャクヤだからねぇ。昨日のご褒美だよ。』
俺は「しょうがねえなあ。」と言いながら、単分子ブレードの鞘のデザインを変更する。チェーンではなく、剣全体を覆う、通常の鞘に変更し、納剣、抜剣時に、大きく広がる機構に改良した。
納剣時は鎬部分を抑え込むようにして、刃部分には触れないようにしてあるので、鞘が切れることはない。
「鍔は十字になるようにして、鞘はピンク色にして欲しいの。剣帯は白で金具は金にしてなの。」
鞘の中心を縦に、真白の直線が走るピンクの鞘。鐺等の金具に金箔を張る。
柄にはアギラの骨を使って、象牙調に仕上げて、とにかく、派手に可愛く仕上げてやる。
マジカルヒャクヤとか言い出すんじゃないだろうな?
夕食の後はアヌヤのパワーアップだ。手順は昨日と同じだが、アヌヤの方が痛がるだろうと思っていたが、そうでもない。そうでもないどころか、ケロッとしてる。
「ちょっとクラクラするけど、全然痛くなかったんよ。」
とは、本人談である。
『ペンタコア効果だな。昨日よりも演算能力が桁違いに上がってるからな。』
成程、ヒャクヤには可哀想なことをした。ヒャクヤが俺の方を恨めしそうな目で見ているが、それはスルーだ。
アヌヤの強化武器は照準器だ。
銃に照準器をセットした場合、そのセッティングの狂いは照準の狂いに繋がる。
精密狙撃をする場合、この狂いは致命的だ。
アヌヤから生成された霊子受信回路を、照準器用に作り出した霊子回路に接続、アヌヤの対物ライフルにこの照準器を取り付けた場合、照準器が銃との狂いを自動調節するようにしてやった。
照準器そのものが、周りのマイクロマシンから様々な情報、風速、気圧、標的の動態予測等を受信し、狙うべきポイントを指示してくる。つまり、アヌヤの定めた標的を勝手に狙って、ここに撃てと指示してくる照準器だ。
アヌヤと出会った時に持っていたハンドガンも同様の機能を持たせて再構築してやる。
ハンドガンからは照準した情報がアヌヤにフィードバックされて、アヌヤの手が、その標的に向かって自動的に動かされる。アヌヤの手がハンドガンに動かされる仕様だ。
しかしながら、アヌヤが標的を認識しなければ、その標的には照準されない。従って、アヌヤの感覚器官のバージョンアップも必須だった。
俺はアギラの絶縁組織を使って、ゴム弾のようなものを計八発、作ってやった。
アヌヤを全員で取り囲んで、硬貨を二枚ずつ天井めがけてトスしてやる。
速かった。
腰のホルスターから銃を抜くと、そのまま前傾姿勢になって、後ろに立つ俺に向かって、銃口が向けられる。俺の手から離れた直後の硬貨を撃ち落し、そのまま手首の角度を僅かに変えて、俺のもう一枚の硬貨を撃つ。
腕を返してオルラの硬貨を撃ち、手首を捻って、もう一枚のオルラの硬貨を撃ち落す。
顔を動かすよりも速く、銃が標的を捉える方が速い。オルラの反対側に居るトンナの硬貨を二枚ほぼ同時に撃ち抜いたら、体を捻らずに肩を回転させて、背面撃ちの格好で、ヒャクヤの硬貨を二枚撃ち抜く。
それぞれの硬貨がトスされるタイミングは僅かにズレていた、その僅かなズレをアヌヤはしっかりと捉えていた。最初にトスした俺の硬貨から、トスされる順番に撃ち落したのだ。
その結果に一番驚いているのはアヌヤだ。
最後に撃ったポーズのまま、わなわなと震えながら、固まっている。
「なんか、あたしって凄いカッコイイ?!!」
うん。カッコイイです。思った以上に。
「これで、小便垂れなきゃな。」
ぼそりと言ってやる。
鼻の頭と目の周りが真赤になる。
「にゃ、にゃんの話かよくわからんのよ。」
噛みながらも言い切りやがった。
いい加減、そのジョジョ立ちみたいなポーズを止めろと言いたい。
いよいよ明日の昼には再上洛だ。




