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トガリ  作者: 吉四六
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そして舞台は整った

 町からの歓声を聞きながら、ズヌークは窓を見ていた。

 キャットノイドの黒化個体と、魔狩りの要と称される男の子がテーブルを回り込んで前に出る。

「面前にて、失礼いたします。」

 キャットノイドが右膝をついて、頭を垂れる。

 両手に何かを捧げるようにして、前に差し出す。

 男の子がキャットノイドに手を差し向け、口元をボソボソと動かすと、キャットノイドが光に包まれる。

 光が消滅した時、その場に居た者が息を呑む。

 キャットノイドの衣装が、青い豪奢な衣装に変わっていた。銀糸を中心に刺繍された格式の高い衣装だ。頭には宝冠を被り、差し出した両手には黒塗りの盆が捧げられている。

 ズヌークはテーブルを回り込み、正式な先触れの使いとなったキャットノイドの前に立った。

「見事な魔法。これもそなたの力か?」

 男の子に問い掛ける。

 男の子は右膝をついて、一つ頷いて「左様でございます。」と答えた。

 ズヌークは、黒塗りの盆に置かれた奉書を両手で受け取り、奉書に対して一度、拝礼する。

 奉書を開き、書面を確認したのち、キャットノイドへ視線を移し、「確かに拝受いたした。」と答えた。

「お二方は席に戻られよ。」

 ズヌークの言葉にキャットノイドと男の子は頭を垂れたまま立ち上がり、そのまま後退るように歩く。

 自分達が座っていたテーブルを回り込み、そこで普通に歩き出し、自分達の席に座る。席に座る瞬間にキャットノイドが再び光り輝き、元の服装に戻っていた。

 ズヌークは懐に奉書を仕舞いこみ、オルラに尋ねる。

「オルラ殿、そのお子の名は?」

 目礼の後、答える。

「トガリと申します。」

 ズヌークが頷き、トガリに問う。

「トガリ殿、貴殿の目にはこの家がどのように映る?」

「ズヌーク卿のご質問の意図を計りかねます。」

 トガリは姿勢を正して、目を伏せたまま答える。

「忌憚のない、見たままを答えられよ。」

 ズヌークの言葉を受けて、トガリは一度頭を下げた後「では、」と、言葉を続ける。

「誤解を恐れず申しますれば、この家は三代前の力強きご当主の加護を受けておられますかと、ただ、ご当主の警告を蔑ろにされた場合は、ご不幸が家を襲い、ご当主のお命が危ぶまれます。」

 組男爵が騒めく、ズヌークの顔色が蒼く変わる。

 一人の組男爵が立ち上がり、トガリに問い掛ける。

「トガリ殿!三代前のご当主とはどのような方なのだ?」

「嘘偽りなく申し上げれば、御名をセヌカ・デロ・セヌーク様、百年前の隣接伯爵との紛争におかれましては、五十人の寡兵で三百人の軍に対し、見事これを退けられた軍神とも言うべきお方。ただし、その紛争からお帰りになられてのち、お心を病み、夜な夜な女性の腸を引き裂き、五十人からの女性の生き血を啜り続けた。と仰っておられます。」

 立ち上がっていた組男爵が「なんと…。」と言って、力なく崩れるように、椅子に腰かける。

「トガリ殿。仰っておられるとは、どういうことだ?」

 ズヌークが問う。

「セヌカ・デロ・セヌーク様、ご本人が、そう仰っておられますので。」

 目を伏せたままトガリが答える。

「トガリ殿!そなたは、曽祖父と話が出来るのか?」

 トガリが頭をテーブルに向けて深く頭を下げる。

「人は肉体、心、魂の三位一体にて、人たらしむものでございます。卒爾(そつじ)ながらズヌーク閣下に申し上げます。セヌカ・デロ・セヌーク様は、魂と心だけの存在となられましても、この家の行く末を、大変、気がかりに思っておられるご様子でございます。」

 ズヌークは部屋の隅に控えるオルタークに視線を走らせる。

「ナシッドを此処へ。」

 再び視線をトガリに転ずる。

「トガリ殿。差し支えなければ、今しばらく此方でお待ちいただきたい。」

 しかし、ズヌークの呼び掛けに答えたのは、トガリではなく、オルラであった。

「お待ちください。ズヌーク閣下、我らはこれにて失礼いたします。」

「何かお急ぎか?」

 オルラが一礼して答える。

「今回、我らが先触れとして参りましたは、此処におりますキャットノイド、アヌヤの姉が村出の嫁であったため。我らはヘルザース・フォン・ローエル伯爵から魔獣討伐のご依頼を受けておりますれば、急ぎ出立したいと考えております。」

「オルラ殿。ヘルザース・フォン・ローエル伯爵領に向かわれるのか?」

 オルラが頷く。

 ズヌークがチラリと横目で組男爵を盗み見る。明らかに組男爵が動揺している。

「それならばご安心を、私とヘルザース・フォン・ローエル伯爵は大変、懇意にさせて頂いております。私が添え状をご用意いたしましょう。そうすれば、多少の遅れはお気になさらぬはずです。」

 オルラが目を伏せる。

「承知いたしました。ズヌーク閣下がそれほど仰るのであれば、私どもは今しばらく此方に滞在させていただきましょう。」

 ドアがノックされる。

 オルタークに連れられて、ナシッドが入室する。

「ナシッド。こちらへ。」

「トガリ殿、この者は我が家に仕えるナシッドと申す魔法使いだ。もし宜しければ、ナシッドにトガリ殿の先ほどのお話をしてやっていただきたい。」

 トガリがナシッドに頭を下げる。

「ナシッド。紹介しよう。こちらの方は幼いながらにして魔法を操り、魔獣をお狩りになられるトガリ殿だ。」

 ナシッドが頷き、「成程。先程の魔力はトガリ殿のものであったか。」と囁くようにトガリに話し掛ける。

 ナシッドは呪符結界にて、自分以外の魔力と人物を監視している。その結界にトガリの魔法が感知されたのだ。

 トガリにすれば、ワザと感知させたことになる。感知されない魔法を使用しては、蛇、鶏、犬の一件が自分の仕業だとバレてしまうからだ。

 今も自分の気配を感知されるように設定している。

 トガリはナシッドにセヌカ・デロ・セヌークの件を話す。それを聞いたナシッドは目を剥いて、「そなたには、セヌカ様が見えると申すのか?」と問い掛けた。

 それに対してトガリは首を横に振る。

「見える訳ではございません。お話を聞けるだけでございます。」

 ナシッドは目を伏せて小声で話す。

「セヌカ様の話、何処まで聞いておる?」

 トガリはズヌークの家族に視線を転じて「此処ではお話しできかねます。」とやはり小声で答える。

 ナシッドは頷き「分別のある者は長生きをする。トガリ殿は長生きする。」そう言って、トガリから距離を取った。

 ナシッドはズヌークの傍に戻り「話は終わりました。」そう言ってから、ズヌークの耳元に囁き掛ける。

 ズヌークは頷き「それでは、村出の嫁を出迎えようではないか。」と言ってダイニングを後にした。


 普段はダンスホールとして使用される大広間に立食形式の食卓が並べられる。掃出し窓が全て開放され、大広間、レンガ造りのテラスと庭が地続きとなって広大なパーティー会場として使用される。

 好天に恵まれ、ズヌークは庭に出て、杯を掲げる。

「本日のような良き日に村出の嫁を迎えることが出来て幸いである。ズヌーク家はテルナ族と永久の契りを結び、お互いに助け合うことをここに誓う。それでは、互いの命運が交じり合う、この良き契約に、乾杯」

 ズヌークが更に高く杯を掲げて、その場に居る全員がそれに倣うように杯を掲げる。全員が声を合わせて乾杯と唱和した。

 大広間からレンガ造りのテラスを抜けて、庭に降りる。芝生が綺麗に刈られており、足裏に心地良い感覚を伝えて来る。澄んだ泉が設えられており、その(みぎわ)には大きめの東屋が建てられている。

 その東屋には雛壇が設けられ、そこにヒャクヤはチョコンと座っていた。

 ヒャクヤの前にアヌヤが立つ。

「気分はどうなんよ?」

 アヌヤの言葉にヒャクヤは顔を上げる。

「ちょっと帯が苦しいの。それとちょっと暑いの。」

 アヌヤが気持ちの良い笑顔を作る。

「もうちょっとの辛抱なんよ。ジャリガキが何とかしてくれるんよ。」

 白い紗の向こうでヒャクヤが微笑む。

「うん。あのクソチビ助なら何とかしてくれるの。」

 絶大な信頼を寄せられている割に酷いディスられ方をしているトガリだが、トガリは、今、トンナに対して悪戦苦闘していた。

 トンナは先ほどのズヌークとの会見中に自分の膝の上に座らなかったと拗ねだし、トガリを抱っこするのだと涙目で訴えていた。

 それに対して、トガリは、せめて肩車にしてくれと譲歩案を提示するが、トンナは一向に譲る気配を見せない。最後はイチイハラの『諦めてあげなよ。』という一言にトガリが折れる形になって、トンナの左腕に抱っこされるという屈辱的な状態を満喫していた。トンナはホクホク顔である。


 まあ。抱っことはいえ、折り曲げた左腕に乗っかてるだけだから、まだマシだけどな。

『そう言いながら、最近じゃあ満更でもないようだが?』

 お前ねえ。幼児プレイが好きなら先にそう言っとけよ。いつでも交代してやるよ?

『ほう。交代してくれるのか?本気か?』

 本気じゃねえよ。当たり前だろ。

 まあ。視点も高くなるし、楽だし、何よりトンナの上機嫌っぷりを見てると俺も気分が良いしな。

 高い視点だから、ヒャクヤの姿も良く見える。

 ヒャクヤの周りには、ズヌークの家族が集まっていた。楽しげな雰囲気に見えるが、苛められてないだろうな?と少し心配だ。

 俺はトンナの左腕に乗りながら、テーブル上の料理を適当に食べていく。

 トンナも空いた右手で料理を摘まんでいる。オルラとアヌヤも同様に食べている。

「オルラ殿。」

 ズヌークが話し掛けて来る。先程から此方に何度か視線を送って来ていたのに気付いてはいた。ヒャクヤのことよりも俺達の方が気になるのだろう。

 オルラが首を傾げながらズヌークを見やる。

「テルナ族の行列を拝見いたしましたが、あのアギラはオルラ殿達が討伐したのですかな?」

 東屋の隣にはアギラの天蓋を設えた輿が置かれている。

 そのアギラの威容は、今も人々の視線を集めていていた。

「はい。さようでございます。」

「うむ。素晴しい。あれだけの魔獣をたった四人で討伐なさるとは、心の底から震えますな。」

 オルラが丁寧に頭を下げて、ズヌークの言葉を訂正する。

「ズヌーク閣下。四人ではございません。五人でございます。」

「ほう。もうお一方おいでか?では、そのもうお一方は、今何処においでか?」

 オルラが視線を東屋に向ける。

「今はあそこに座っておりまする。」

「なんと!ヒャクヤもアギラ討伐のお仲間だと?!」

 驚きに見合った大きな声に、周囲の組男爵もヒャクヤを見る。

 ズヌークの表情が見る間に変わる。

 驚きから満面の笑みへと。

 恐らく、ズヌークは流れを掴んだと思っているだろう。

 俺達の仲間の一人が、ズヌークの側室になったのだ。謀反を考えているズヌークが、それを好機と捉えない筈がない。

 ヒャクヤを側室に迎えることで、ズヌークは俺達とテルナ族の両方を手に入れるチャンスに恵まれたのだ。

 組男爵達の顔にも、どこか浮足立ったような雰囲気が漂い始める。

 ちらほらとヒャクヤの周りに組男爵が集まり出す。

 ヒャクヤからアギラ討伐の話を聞いて、ズヌークに従う決心を固めているのだろう。組男爵の目に欲望の光が見え始める。

『頃合いだな。』

 イズモリが呟いた。

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