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トガリ  作者: 吉四六
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村出の嫁

 犬の乱入によって、会合は散々なものとなった。

 血判状を作ることも出来ずに、管理地に戻ると言う組男爵を引き留め、もう一泊させることとなった。

 明日はテルナ族から獣人を迎え入れる日である。

 迎え入れるに当たって、獣人も多数訪れる。宴席となることもあって、組男爵にも出席するように勧めたのだ。

 ズヌークは執務室でスパルチェンとナシッドの二人と向き合っていた。

「どういうことか説明せよ。」

 答えられるのはナシッドだけだ。

「セヌカ様は三代前のご頭首様でございます。」

「それはわかっておる。一体何が起こったのかを説明せよと言っておるのだ。」

 苛立ちを隠そうともせずにズヌークがナシッドを睨む。

「申し訳ございません。セヌカ様からの警告、もしくは忠告としか私からは何とも…」

 ズヌークは、忌々しそうに鼻を鳴らす。

「ジジイが邪魔をしおって。」

 オイオイ。怖がってないぞ?何で?幽霊なのに?

『感覚の違いだな。魔法が当たり前にあるんだ。幽霊だってオッケーだろ?』

 そういうもんか?それで良いのか?

「ナシッド、祈祷せよ。」

「御意。」

 ナシッドが一礼して部屋を出る。

 祈祷だって…

『ほれ、普通にあるんだよ、幽霊騒ぎが。』

 ウト~ン。

 すっげえ嫌なんですけど…幽霊が居るって事実がすっごい嫌なんですけど。

「スパルチェン。獣人を迎えた宴席の後だ。」

 ズヌークの目が眇められる。

「御意。」

 ハッキリとした命令は受けていない。それでもスパルチェンは、ズヌークの欲するところ察して、部屋を出て行った。

 組男爵を殺す気だな。

『見せしめに殺されるのは誰か?って、ところだな。』

 やだやだ。そんなことになったら、第七副幹人格と接触しちゃうかもしれないじゃねえか。

『まあ。このオッサンには痛い目にあって貰おう。』

 オッサンって明らかに俺達より年下だけど?

『ああ、そうか。トガリが大分混じってるな。』

 あと、このオッサンを引きずり込んだ奴にもだな。

『まだ悪いことしてないけどな。』

 そうなんだよなあ。悪巧みだけなんだよな。だから全然無罪なんだけど、此処で止めなきゃ、どうにもこうにも、二進(にっち)三進(さっち)も行かなくなるからな。

『出兵できなくなれば、それで良いからな。』

 止めることなんて出来るのかな?

『おいおい。今更何を言ってる?お前が始めたんだぞ?』

 いや。わかってるんだよ。わかってるけど、やっぱ自信ねえよな。

『最終的には一族郎党全部再起不能にすれば良いよ。』

 本当の最終手段だな。

『何とかなるさ。』

 ああ。あとは明日だな。

『ああ明日だ。』


 表面上は和やかな会食が行われた。

 ズヌークの家族を交えて、組男爵達は愛想笑いを浮かべながら、ズヌークと話しをしている。

 好日に恵まれてはいるものの、組男爵達の表情は、いま一つ晴れてはいない。

 そこへ、オルタークから来客の報せが入る。

「獣人達の先触れか?」

 オルタークが一礼して、「お珍しい方達でございます。」と、一言添える。

「ほう。では、此方に通せ。」

 何処か重い雰囲気を含んだ朝食会に、風を入れたいと思っていたズヌークは、丁度良いと思って、この場に客人を通すことをオルタークに指示する。

 食事の場に来訪者を通すことなど異例のことであるが、オルタークが素直に呼びに向かったということは、客を検分しているオルタークも、この場に通した方が良いと考えているのであろう。

 少しして、四人の女性と子供が現れる。

 ズヌークは一人、一人に目を留め、しっかりと見定める。

 一人目は巨大な体躯を誇るように、威風堂々と歩くボアノイドの女性、長い金髪を頭頂部付近で纏めて、後ろに長く垂らしている。あどけない色が残っているが、眼光は鋭く、不敵な表情が好ましいと感じられた。

 二人目は見たことのあるキャットノイド。黒化個体には珍しいオッドアイを持った女性だ。女性とは言え、まだまだ青臭さの残る体つきに、長い尻尾がクネクネと動いている。警戒している証だ。

 三人目は子供、モンゴロイドの男の子だ。黒髪に精悍な顔つき、大きな目に整った鼻梁、目には知性的な輝きが溢れている。子供には似つかわしくない堂々とした態度に風格さえ感じられる。

 低い視点から辺りを見回しているにもかかわらず、その堂々たる動きは睥睨しているようにも見える。

 ズヌークはこの子供に、異質だという感触を得ていた。

 その醸し出す雰囲気は、子供としては十分に異常だが、異常ではなく異質と感じる。

 理由はわからない。

 子供ではない、人ではない何かが紛れ込んだような、歪んだ感覚をこの子供から感じる。

 異物と言い換えても良かったかもしれない。

 最後の四人目は女性であった。男の子と同じくモンゴロイドの黒髪、女性であるにも関わらず、その整った顔立ちよりも精悍な雰囲気が先に立つ、それは鋭い眼光を隠すこともなく周囲に気配を伸ばしているのが原因であろう。バランスの良い背格好からは、高い身体能力を伺うことが出来た。

 この女性が脇に抱えているのは魔獣ハガガリの兜である。

 この場に居る全員が、その兜を見て、「おお。」と、感嘆の声を上げる。

 ハガガリの兜を携えた女性が、一歩前に進み出て、一礼してから口上を述べる。

「お初にお目に掛かります。我らはテルナ族が族長コロノア殿より依頼され、今回の村出の嫁の儀式、その先触れとして参りました、魔狩りのオルラと申します。」

 ズヌークはオルラの口上に対して、立ち上がって一礼すると組男爵達の顔を見回した。

「魔狩りのオルラ殿。ご丁寧な口上、痛み入る。私は第五十四代ハルディレン王国麾下サテネ連をお預かりするズヌーク・デロ・セヌークである。本日は好日に恵まれ、村出の嫁には大変良き日になったと考えておる。直ちに席をご用意する故、そこもとらもご一緒に食事を楽しまれるが良かろう。」

 オルラ以下、先触れの面々が丁寧に頭を下げる。

 オルタークがメイドに指示して、急いでテーブルと椅子を並べる。

 ズヌーク達に相対するように配置されたテーブルに横並びで四人は座る。

 オルラが中央に座り、その右にキャットノイド。オルラの左隣に男の子、その隣に巨大なボアノイドが座るが、ボアノイドと男の子は仲が悪いのか、何やら少しばかり揉めており、椅子の背もたれを持ったメイドが困ったような顔をしていた。

 四人が食事に箸をつけ、食事の進み具合を見計らって声を掛ける。

「オルラ殿。オルラ殿がお持ちのその兜は、間違いでなければ、ハガガリの頭蓋骨とお見受けするが相違ないかな?」

 オルラは口元をナプキンで拭って「相違ございません。」と答える。

 場に「おおっ」「やはりそうであったか。」という声が満ちる。

 ズヌークの子供などは、わかり易いほどに目を輝かせている。

「それは素晴らしい。もしや皆さんが身に付けている物は全て魔獣の物ですかな?」

 オルラは目礼した後、キャットノイドの方に視線を移す。

「この者が羽織る上着は魔獣アギラの物でございます。」

 その言葉にその場に居る全員が驚愕する。

「何と!アギラの物とな?!」

「まさか!」

「アギラを討伐出来る者など、聞いたことが無いぞ!?」

 信じられないという声が大多数を占める中で、オルラが視線をボアノイドへと向ける。

「あちらのボアノイドが召しております革鎧もアギラの物でございまして、肩当てに付けておりますのは、アギラの角でございます。」

 場に満ちる声が更に大きくなる。

 確かにボアノイドの両肩には、先の尖った角状の肩当てが装着されている。エナメル質な輝きを放ちながらも金属のような硬質感をも有したその角は、紛れもない本物であると主張している。

「して、オルラ殿の隣にお掛けの、そのお子も魔狩りの一員ですかな?」

 ズヌークが最も興味を示しているのは、異物としか言いようのない男の子だった。

 ズヌークの質問にオルラが再び目礼を返す。

「はい。この者こそが我らの要、魔獣狩りにおいて、この者の右に出る者はおらず。深淵なる知識はどの海よりも深く、その策謀はホルルト山脈の高みを遙かに越える者でございます。」


 おいおい。オルラがとんでもないこと言ってるぞ?

『ズヌークの前で、とにかく俺を褒めてくれと言ったのはお前だろうが?今更何を言ってる?』

 ズヌークがやおら立ち上がり、声を大きくする。

「なんと!そちらのお子が、そなた達魔狩りの!魔狩りの要だと申されるのか?!」

 そら普通に驚くわな。

 如何にもな女性三人の中に小っさい子供が一人混じってて、そいつが魔狩りのリーダー的な存在だって言われれば、そらビックラ仰天だわ。

「はい。この者が魔獣の特性を見抜き、特性に見合った対応策と戦略を練りますれば、その戦略に見合った武器、道具を作製するのもこの子でございます。我らは、それらの武器を使いこなし、この子と共に魔獣を狩ります。また収穫物をこのように仕立て上げますのも、この子の力でございます。我ら女三人は、あくまでもこの子の補佐。私どもはこの子の手足にすぎませぬ。」

 その場に居る全員が固まっている。

 そりゃあ固まるわ。

 どんだけ持ち上げるのオルラさん。

『親バカの息子自慢だろう。この調子ならトガリのことを二時間ぐらいは褒め続けるんじゃないか?』

 ああ~わかる、わかる。わかるわ~。

 俺の近所にもいたわ。延々と同じことを繰り返すオバちゃんが居たわ~。うちの子はどこそこの学校を出て、どこそこの大手企業に就職しただの、言い続けるオバちゃんが居たわ~。

「では、オルラ殿、そちらのお子のお陰で、魔狩りが成立しておると、そう仰るのですかな?」

 ズヌークは、信じられないという表情で問い掛ける。

「はい。この者のお陰で、十頭ものアギラの群れを討伐することが出来ました。」

 再び場が騒めく。

「十頭もの群れを?」

「俄には信じがたいでしょう。我らが召している物も本物かどうかの証はございませぬ故、致し方ございませぬが、もうしばらくすれば、私の申すことが本当だと信じていただけます。」

 オルラはそう言って立ち上がる。

 オルラに続いて俺達三人も立ち上がる。

「村出の嫁が到着されたようです。」

 オルラの言葉にダイニングに居た全員が窓の方を振り返った。


 煌びやかな行列が続く。

 サテネ連長町の街道をユックリと練り歩く優美な行列。

 長さ三メートルの黒塗りの竿の先に、色とりどりのリボンが靡く、テルナ族の紋章が刺繍された長流旗を掲げる者を先頭に、車に引かれた楽太鼓が続き、腹に響く音を一定のリズムで刻む。

 顔の上半分に派手な彩の仮面を付けたテルナ族の男達が、変則的な動きで練り歩く。三人横並びで、動きを合わせて踊るように歩く。周りを威圧するような、それでいて滑稽な動きに、街道に集まった人々が歓声を上げる。

 二十人の二列縦隊の幟旗が風に靡いて空を染め上げる。

 行列を成す者達の服装は煌びやかな金糸に彩られ、冠のような帽子をかぶっている。

 その中でも一際目を引くのは行列の真ん中、輿に乗せられたヒャクヤであった。

 ヒャクヤは体を、分厚いマントのような衣装で包まれている。その生地は赤を主体に様々な色が使われ、金糸がふんだんに使われた刺繡が入っていた。白い襟はユリ科の花弁のように立てられ、優美なカーブを描いている。

 被る宝冠は金で作られ、様々な宝石がはめられている。宝冠からは顔が見えないように白い紗の布が垂らされていた。

 そして、豪奢な輿に設けられている天蓋が、民衆の度肝を抜いた。

 全長六メートルに届こうかという魔獣アギラの天蓋。

 頭骨をそのまま残し、毛皮の敷物をそのまま天蓋として使ったアギラの剝製は、民衆からの大歓声を受けて迎えられた。

 凶悪な牙、青白い魔石をはめ込まれた両目。いずれも脅威の対象であるが、このように使われれば、テルナ族に対する畏敬の物へと変換される。

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