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トガリ  作者: 吉四六
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呪いだ!これは呪いなんだ!誰が何と言っても呪いなんだ!

 翌朝、俺は屋敷中に伸ばした気配、マイクロマシンを使って、屋敷中の調査を開始した。

 マイクロマシンが持ち帰る情報は様々だ。

 必要と思われる情報を選別するのは俺達なので、結構な手間がかかる。

 俺は、掃除の済んだ客間のベッドに寝転がり、目を閉じて、検索作業に没頭する。

 この世界では、本は貴重である。

 活版印刷がまだ開発されていないのか、ズヌークの屋敷に存在する本は、全て写本であった。なら、本は貴重品であり、自然と高額になる。いまだに羊皮紙が使われてるから分厚くって重いので値段分の価値はあるように錯覚するけど。

 その分厚い一冊、一冊に目を通す。

 マイクロマシンがもたらす情報は、大量だが、脳側の情報認識能力が異常に高いため疲れを感じない。視覚を通さずに、直接、脳の知覚ニューロンに情報が送られるせいだとイズモリが教えてくれたが、俺には実感が沸かない。俺にとっては、目をつぶった状態で本を読んでいるような感覚なので、目を開けて、本を読んでいる状態と大差ないからだ。

 ただ、本を読むことで感じる倦怠感は少ない。気が付けば俺は二百冊の本を読み終えており、一旦、目を開いてトイレに向かう。体感時間で言えば二時間程か。二時間で二百冊とは恐ろしいスピードだが、二百冊も読んだ疲れを感じていないから実感がない。

 変なの。

 トイレから戻ると、伸ばした気配が面白い情報を掴んできた。

『使えそうだな。』

 イズモリが呟く。

 三代前の当主とか言ってたな。

『その辺の日記みたいなものがあれば、情報を補強できるな。』

 オルタークの部屋に御側用人記録みたいのがあるんじゃないかな?

『よし。それに当たろう。』

 俺はもう一度、ベッドに寝転び、(ようや)く目的の情報を手に入れた。


 その夜、ズヌークは夢を見た。疲れもあったと思われる。続々と参集する組男爵の一人一人と謁見し、労いの言葉を掛ける。一人に要する時間はかなりのものだ。

 丁寧に応対し、用意した部屋をあてがう。昼食と夕食は来客用のダイニングにて、既に集まっている組男爵との会食になる。

 会食が終われば組男爵の近況を知るためにハノダの報告書を読む。

 ここ何日かで、かなりの疲れが溜まっていた。

 その様な時に見る夢だ。あまり良い夢ではなかった。

 曽祖父が暗い石造りの部屋で項垂れている夢だ。

 背中を向けて椅子に座っているため、表情が見えないのに、泣いていることがわかる。

 あまり会うことも話すことも出来なかったが、優しい曽祖父であったことは憶えている。

 何故泣いているのか聞いてみたい衝動に駆られているのに、足を踏み出すことが出来ない。 

 延々と見詰め続けることしかできないもどかしさに足を踏み出そうとするが、その度に体ごと抑えつけられるような重圧を感じる。

 声を出そうとしても喉の奥が張り付いたように喉が開かない。

 力を込めて声を出そうとした時、意図せずに目が開いた。

 ベッドに横になる、ズヌークを覗き込む影があった。

 曽祖父がズヌークを間近で見詰めていた。

 歯を喰いしばった。

 目を一杯に開き、曽祖父の顔を凝視した。

 曽祖父は虚空に消えた。

 息を忘れていた。

 荒い呼吸を繰り返す。

 汗がドッと噴き出る。

 眼球だけを動かし、周囲を見回す。

 月光に照らされる室内はいつもどおりだ。

 上体を起こす。

 自身の寝室だ。己以外に誰もいない。

 握り締めていた拳を緩める。

「これが…呪いか…」

 カーテンの隙間から、月光だけがさやさやと床を照らしていた。


 効果ありだな。

『ああ。もう一押しだな。』

 にしても他人の夢に介入するってのは、結構疲れるな。

『無防備だけに素直に受け入れるが、相手のイメージを上手く操作しなきゃならないからな。ぼやけた記憶の補正もしなきゃならんから、案外難しい。』

 顔のイメージは掴めたが、あんなに近くで投影して大丈夫だったのか?

『あの様子なら、その点は心配ないだろう。ナシッドは曽祖父の顔をしっかり覚えていたし、オルタークも結構憶えていたからな。曽祖父のイメージは掴めてる。一回限りで、あの程度の短時間なら十分だ。』

 おっ悩んでるぞ。

『そりゃそうだろう。このままオルタークに相談して、御側用人記録を読み返してくれれば仕込みは完了だな。』

 何とかなりそうで良かった。アヌヤ達に言い切った手前、どうなるかと思ったよ。

 俺達はズヌークの寝室の隅で、ズヌークの行動を観察し続けたが、その夜、ズヌークがオルタークを呼ぶことはなかった。


 ズヌークはあまり眠れぬまま、朝食となる三度目の会合に臨んでいた。既に四人の組男爵が参集している。

 優れぬ顔色を労ってくれる組男爵もいれば、連男爵ともなれば、致し方のないことでございますな。とハッキリ言う組男爵もいる。

 それぞれの発言を捌きながら、丁寧な対応を心掛ける。

 そのような最中にも、また一人の組男爵が到着する。

 夜までには全ての組男爵が集結する。

 ズヌークは疲れを体の奥底にグッと抑え込み「勝負だ。」と、心の底で覚悟を決める。

 何人の組男爵が自身の元に残るのか。

 何人の組男爵が敵に回るのか。

 自分の用人には、既に新王国立国の話はしてある。

 スパルチェンには今夜の警護は特に厳重にせよと命じてある。その警護はいつでも組男爵の首を斬ることもできる。

 今夜で全ての命運が決まる。決まれば取り返しはつかない。

 疲れを呑み込んだズヌークは、四人の組男爵の前で不敵な笑みを浮かべた。


『今日は様子を見るか?』

 うん。そうだな。ズヌークの様子が妙だ。組男爵との会合で何かあるかもしれないな。それを確認してからでもいいだろう。

『ヒャクヤが到着するのは明日だな?』

 ああ、その手筈だ。

『ならギリギリ間に合うか。』

 ああ。


 来客用のダイニングが六人の組男爵との会合場所となる。

 ズヌークは背後に窓を背負って上座に座り、長いテーブルがズヌークの前に伸びている。

 テーブルの両脇を三人ずつ、組男爵が対面するように座っている。

「勅命が下される。」

 ズヌークは労いの挨拶もそこそこに本題を切り出した。

 場の雰囲気が張り詰めたものとなる。

「七日後には出立したい。各村から成人男性二十人と馬三頭、それぞれの人数と馬に見合った糧食三十日分を供出するよう下される。」

「戦ですか。」

 一人の組男爵が、呟くようにズヌークに尋ねる。答えを求めてのものではない。確認だ。

「うむ。カルザン帝国が不穏な動きを見せているようだ。まだ戦と決まったわけではないが、ほぼ間違いあるまい。」

 各組男爵が、急ぎ徴兵と準備を整わせねばならぬな、と、口々に言う中、一人の組男爵が立ち上がる。

「ズヌーク閣下、戦の準備も大事とはわかっておりますが、別件のご報告がございます。発言のご許可を頂戴できますでしょうか?」

 発言の内容はわかっている。

「うむ、許可する。」

 立ち上がった組男爵は全員に一礼し、姿勢を正す。

「私が管理いたします、ベータ組がヘルザース・フォン・ローエル伯爵からの侵攻を受けましてございます。」

 ザワリと場の空気が荒れる。

「報復することが必要と考えまするが、ズヌーク閣下のお考えを伺いとうございます。」

 ベータ組の組男爵が座る。

 勅命の下る時に背後を空けたまま管理地を離れるのは不安だということだ。

「うむ。その件については承知している。」

 さらに騒めく。

 何故なら、ズヌークが知っていることがおかしいからだ。

 ベータ組が襲撃されたのなら、その報せは、ズヌークよりも先に他の近隣の組男爵に届く、狼煙も上がっていない、伝書鳩も飛んでいない、その状況でズヌークが、この事実を知る術がないためだ。

「先日ローデル卿が謝罪にお出でになられたのでな。聞けば、襲撃を受けたのはヤート族の集落が二つと聞いているが、間違いはないか?」

 ベータ組の組男爵が驚きの表情で頷く。


 ローデル卿が…?

 直々に?


 組男爵はそれぞれにローデル卿の名前を呟く。

「既に多額の賠償金は受け取っている。会合の後に貴殿には賠償金の四割を渡すので、それで復興を急がせるが良かろう。また他の組男爵には、それぞれ、残りの一割ずつを渡す。それを持って今回の徴兵費用に充てるがよかろう。」

 場の雰囲気が一気に緩いものになる。

 ズヌークは心の中で「ちっ」と舌打ちする。


 金か。

 金でこ奴らは、安心するのか。

 出兵すれば、背後から、また襲われるかも知れぬというのに、こ奴らは賠償金が手に入っただけで安心するのか。

 武人ではない。

 民を慰撫するに足らぬ。


 ズヌークがそう思っていた時、別の組男爵が立ち上がる。

「ズヌーク閣下、発言のご許可を。」

「うむ。許可する。」

 年の若い組男爵であった。短めのブラウンの髪が清潔そうな青年であった。

「皆様方、安心してはなりませぬ。賠償金は一時の偽りかもしれませぬ。我らが西に向けて出兵したのち、東からはヘルザース・フォン・ローエル伯爵の兵がズヌーク閣下の領地を、我々の管理地を進軍いたします。由々しき事態です。我らは多少出兵が遅れようとも、各村に残存兵力を整え、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵軍と合流、共に進軍するべきではないかと思慮いたしますが、皆様方のご意見は如何でしょうか?」

 ズヌークは満足そうに一つ頷き、口を開く。

「うむ。よくぞ、そこに気付かれた。若いが慧眼だ。実はローデル卿からは賠償金と共に、襲撃した組男爵は、既に閉門されているとのご報告を頂いておる。出兵時にはローデル卿と轡を並べる段取りとなっておるゆえ、その方らにはヘルザース・フォン・ローエル伯爵軍と共に西へ進軍してもらいたい。」

 一斉におおっという感嘆の声が上がる。

「さて、血生臭い話だが、この話にはまだ続きがある。」

 ズヌークは威圧感を持って組男爵を睥睨する。

「西に出兵すると申したが、相手はカルザン帝国ではない。」

 組男爵全員がキョトンとする。何を言われているのかが、わからないのだ。

「私はヘルザース・フォン・ローエル伯爵と共に新王国を建国する。」

 誰も口を開かない。

 静寂が場を支配する。

 発言の許可を求めることもなく一人の組男爵が立ち上がり、一気に話し出す。

「閣下!それは謀反でございます!そのようなこと、なされてはなりませぬ!」

 ざわめきが一気に広がる。

 反対意見が出れば、場の空気は一気に反対へと流れる。


 おおっ面白いことになってきた。


 その空気に染まらない一〇歳の少年がいた。トガリであった。

 会合場所であるダイニングに堂々と居座っている。


『ヘルザース・フォン・ローエル伯爵と共闘か。やっぱりこういう展開だよな。』

 どうした?

『テルナ族は徹底抗戦だな。』

 そうだろうな。我らの忠義は王国に捧げているって、ハッキリ言ってたからな。

『ああ。』


「静粛にせよ!!」

 ズヌークの大音声が会合を支配する。

 静まり返った組男爵を睥睨する。

「よいか。お主らは貴族である。領地を待たぬが貴族である。しかし、貴族と呼ばれながら、領地を持たぬが故に、下に見られ、辺境の塵芥のように扱われ、悔しいと思ったことがないのか!?」

 組男爵の全員が下を向く。

「私はこれを好機と見る。」

 一転して、ズヌークは静かに語り出す。

「ヘルザース・フォン・ローエル伯爵領からの襲撃の一件はディラン・フォン・コーデル伯爵にご報告してある。我らの出兵が遅れることは既にご存知だ。従って、我らが出兵する時には、ディラン・フォン・コーデル伯爵領はもぬけの殻となっておる。」

 組男爵全員がズヌークを見詰めて、ゴクリと唾を飲み込む。

「ハルディレン王国も元はカルザン帝国の属国。国王陛下に出来て、我らに出来ぬ道理はない。」

 そろそろ曽祖父に出張ってもらおうぜ。

『今日は様子見だと言っただろう?』

 いや。今がタイミングだと思うがな?

『何故だ?』

 この会合を潰して、ヘルザースには攻め込ませよう。

『シナリオと違うぞ?シナリオではヒャクヤを側室から取り戻して、ヘルザースとズヌークが手を組んでもお構いなし。テルナ族は王国のために戦うだろ?』

 いや、とにかく腹が立ってきた。

『なに?』

 トガリの影響かもしれんが、こんな奴らに人の命を左右されているのが我慢ならん。

『構わんだろう?テルナ族は王国のために謀反人と戦うってハッキリ言ってたじゃないか?ヒャクヤが人質にさえならなきゃ良いってな。』

 いや、それじゃあ、テルナ族にも少なくない犠牲者が出る。何かそれが腹立つ。

『成程な。じゃあ、演出、脚本はお前に任せるぞ?』

 ああ、任される。

 こいつらは、話の中で民衆のことを全く考えていない。

 兵士も一人の民なのだ。

 当たり前のように徴兵することを話し、当たり前のように出兵することを話している。

 貴族としての誇り?武人としての矜持?そんなものは自分達だけの殴り合いで済ませて欲しい。

 戦場で命を懸けるのは、いつも兵士であり、民衆なのだ。愛国心を持っていようとも、戦争に行けば死んでお終いだ。

 出兵することを考えず、金でも払ってゴメンネって言ってろ。

 会合の場が静まり返っている。

「考えよ。貴様らは、世襲制とは言え、いつでも罷免される立場、そんなものにしがみ付かずに、一国一城の主となることを考えよ。」

 先ほど発言した若い組男爵が立ち上がる。

「私はズヌーク閣下に従います!」

 その言葉を受けて、一人、また一人と立ち上がる。

 頬は紅潮し、目が輝いている。

 ズヌークは満足そうに頷く。

「よし。それでは今夜は決起集会だ。皆の血判を貰い受ける。」

 組男爵全員が頷く。

 あの若いのとベータ組の組男爵はグルだな。

 ベータ組の組男爵はヤート族の集落が襲われたことを知らないはずだ。

 報せに向かっている俺達が報せていないのだから。それに発言のタイミングが良すぎる。他の奴らも、よくもまあ、こんな猿芝居に乗っかるもんだよ。

 こいつら、自分に酔っ払いやがって。

 今すぐ目を覚まさせてやる。

 俺はマイクロマシンに命令を走らせる。

 ダイニングの扉で音がする。

 何か固い物を寸断無く擦り付ける音だ。

 ダイニングを支配していた興奮した雰囲気が引いていく。

「なんだ?」

 ズヌークの疑問を訴える声を聞いて、末席にいた若い組男爵がドアを開く。

 鳴き声と共に大きな犬が飛び込んでくる。

 一足飛びに、犬はテーブルの上に飛び乗った。

 犬はテーブルの上で踊っているかのような奇妙な動きをしている。

 四肢がバラバラに動き、首を回しながら涎を辺りに撒き散らす。

「うわっ!」

「なんだ!」

 組男爵が飛び散る涎を避けようと腕で顔を覆う。

「ズヌークよ…」

 動きを止めた犬が喋り出す。

 顔をグルグルと回しながら、牙ののぞく口を器用に、小刻みに開く。

「王国を裏切ることは許さぬ…此処にいる組男爵にも告げる、国を裏切り、戦乱を呼び込むことはセヌカ・デロ・セヌークが許さぬ…。」

 犬は話すべきことを話した後、体をブルブルと振るわせて、首をテーブル上にゴトリと落した。

 テーブル上には洪水のように犬の血が溢れかえり、床までも真っ赤に血に染めた。

 首の無い犬が部屋を支配するように立っていた。


『酷い動きだな。』

 いやいや。案外難しいよ?犬を動かすって。

『それにしても酷い動きだった。』

 だって、足四本に頭に口だろ?その上マイクロマシンを振動させて喋ってる風に音を発生させるって、どんだけよ?

 かなり微妙な操作が必要だったよ?

『要練習だな。』

 相変わらず厳しいねえ。

『ホントだね。』

『いや、この厳しさこそイズモリでしょ?』

『他人じゃないから良いんだよ。』

 他人になりたいよ。

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