反旗の狼煙
時系列的に「うん?」と首を傾げる方もいらっしゃると思いますので、後書きにて補完しております。作中で、説明し切れていない私の力量不足で、大変、恥ずかしいのですが、物語の流れの中で、あまりにも説明的すぎると判断したための苦肉の策です。
それからのズヌークの毎日は目まぐるしいものとなった。
先ずは、自分以外の連長男爵の取り込みである。
ズヌーク自身はローデル卿に対する憧憬が大きな引き金となったが、他の連長男爵は違う。
王国に不満を持つ者やディラン・フォン・コーデル伯爵に不満を持つ者は少なくない。不満を突けば、容易く転ぶであろうと考えられるが、信用は出来ない。
そういった者たちは、逆に早々に自領を出て貰って、自領を空けて貰う方が、都合が良い。
ネックとなるのは、できる貴族だ。功名心に駆られた者なら早々に出立するが、それでは、糧食と兵に支払う給金が無駄に掛かる。そのような者は放っておいても良い。
逆に資金調達、糧食や徴兵が上手く出来ずにグズグズしている者も必要ない。ズヌークは一人の男を呼び出す。
その男はヤートでありながら、ヤートとしては扱っていなかった。
名をハノダと言う。
ハノダは、酷薄な眼付をした残酷な男だが、ズヌークにとっては使い勝手の良い男であった。八人のヤートを使って、あらゆる情報を持ち帰って来る。
ズヌークの使う用人の情報も、配下である組男爵の情報も、周辺の連長男爵の情報も、である。
ハノダが以前から収集していた連長男爵の情報を精査する。
その中からピックアップされた要注意の連長男爵が二人。
テノダリ・デロ・コロン男爵
ゴロイア・デロ・サスカッチ男爵
この二人の弱みを探るようにハノダに命令した。
命令したのはローデルを見送った昨日のことだ。ハノダは仕事が早い。今日の早朝には、ある程度の情報を手元に届けて来た。
ズヌークは午前中を使って、ディラン・フォン・コーデル伯爵に対して、言い訳の手紙を認めた。勅命の期日に指示通りの人数を集めることが難しい、間に合わないかもしれないとの内容だ。
これは、事実である。
やはり今日の午前中にローデル卿が再度、邸宅を訪れた。
内容は謝罪であった。
ヘルザース・フォン・ローエル伯爵子飼いの組男爵が先走り、ズヌークの男爵領に侵攻し、ヤートの集落を二つ壊滅させたというものであった。
その連長男爵は、現在、閉門されており、新王国立国の際には、その連長男爵を罷免した上で、その連長男爵が領有していた領地をズヌークに加増するとの確約書面がローデルからズヌークに手交された。
現時点で発生したズヌークの損害についても現金で既に支払われている。
ズヌークはこれを利用することとした。
ヘルザース・フォン・ローエル伯爵の組男爵から謂れのない侵攻を受けたため、徴兵作業が遅れている。事件自体は解決し、ヘルザース・フォン・ローエル伯爵からは賠償金が支払われている。現在、復興作業のため参集に遅れる、と、締めくくった手紙と共に賠償金の十パーセントをディラン・フォン・コーデル伯爵に送る。
ズヌークにとってはプラスになってもマイナスにならない事件であった。
逆にローデルからの謀反用の前金ではないかと勘ぐってしまう。
ズヌークが失ったモノはヤート族の集落二つのみである。その賠償金としては破格の金額を受け取っている。
しかも立国時には自領が倍に膨れ上がる。ルードース峡谷に要塞を築き、東へと領土を狭めても十分な領地が手に入ったことになる。
やはり、そのことを見越していたのかも知れない。
ズヌークは考える。
王国に反旗を翻した時のことを考えれば、仲の悪い連長男爵に背中を晒すのは、非常に危険だ。そう言った不安要素を事前に取り除くためにローデル卿が動いてくれたのだ。
ヤートの集落位は構わない。
これから動くために表立って使える金を頂戴できたことも好ましい。
「流石は英雄、ローデル・セロ・スーラ子爵殿だ。」
馬車の中でズヌークは独り言ちた。
そう。ズヌークは現在、馬車の中にいる。
忙しい身でありながら、直接、会って話をしなければならない相手がいたからだ。
その相手の名前はゴロイア・デロ・サスカッチ男爵であった。
ゴロイア・デロ・サスカッチ男爵には二人の息子と四人の娘がいた。
三人の娘は、既に貴族家に嫁しているが、最後の一人が丁度、嫁に出ることになっていた。娘の嫁ぎ先は、ゴロイアが支配する組男爵の家であることもわかっている。
恐らく、あの家は金銭的に青息吐息であろうとズヌークは想像する。
年の近い娘が、年毎に三人、嫁に出ている。
三人の娘がゴロイアの支配する組男爵家に降嫁しているのは、娘に持たせる持参金が掛かるからだ。
自分の家よりも上の家に嫁ぐ場合は、かなりの持参金を娘に持たせなければならない。
しかし、降嫁するとは言え、それなりの金額を用意しなければ、連長男爵としての面子が保てない。
ざっと二千万ダラネほどか…。
ズヌークは、そうあたりを付ける。
実際にはゴロイアは娘に三千万ダラネの持参金を持たせる予定であった。
組男爵にも色々あり、末の娘が嫁ぐ組男爵家は長い歴史を有しており、ゴロイアの傍系でもあったのだ。そのことが今回の徴兵令で裏目になった。
ゴロイアは金銭的に非常に苦しい状態にあったのだ。
ズヌークはそのゴロイアに頼みごとを持って行く。
ヘルザース・フォン・ローエル伯爵の不手際から、謂れのない襲撃を受けた。そのために徴兵が上手く捗らない。兵を幾らか都合して貰えないか?当然、都合して貰った兵の糧食と給金はズヌークが支払い、謝礼として二千万ダラネを支払う。というものであった。
ゴロイアは大喜びで、この話に飛びついた。
これによって、ズヌークはゴロイアとの繋がりを持った。そして、百人の兵士という名の既成事実と人質を得たのだ。
蜂起した時、ゴロイアの兵士が百人いたという事実は覆すことの出来ない事実である。
この百人は人質としても転用できる。
「まあ。あまりこの手は使いたくはないが…それまでにゴロイア卿が、私の手を握ってくれれば良いのだが…」
ズヌークは口元に微笑を受かべながら、そう呟いた。
ズヌークが自身の屋敷に戻った時、邸宅内の雰囲気が微かに騒めいていることに気が付いた。
「何かあったのか?」
出迎えたオルタークに怪訝な表情で問い掛ける。
「はい。それが申し上げにくいのですが…。」
歯切れの悪いオルタークに、騒めく方向へと顔を向けながら「構わん。」ときっぱり告げる。
「それが、呪いの印が見つかったと申す者がおりまして。」
オルタークの言葉に眉を歪めて振り返る。
「何処で見つかった?」
主人の思わぬ真剣な表情にオルタークが戸惑いながら「調理場でございます。」と答える。
ズヌークは「うむ。」と応じて、そのまま調理場へと向かう。
「閣下。調理場に向かわれるのですか?」
思いがけない主人の行動にオルタークは慌てて追随する。
長方形の調理場中央には二メートル四方の調理台が三つ並んでいた。その調理台を挟むように壁面にはオーブンを兼ねた竈が五つずつ並んでいる。別の壁面には水を湛えた甕が五口並んでいる。
調理台と調理台の間には調味料を置くための棚が設えられており、隙間なく調味料が並べられている。
調理台の天板は大理石の一枚板で白く磨き抜かれているはずだった。
その中央の調理台。
白い大理石を彩るのは、およそ似つかわしくない赤黒い血痕。
真直ぐな鍔が刀身と直交した十字架のような両手剣が置かれており、その剣に絡みつくように、蛇が数匹、巻き付けられていた。
その内の一匹の蛇は目を潰され、大きく顎を開き、毒牙を剝き出しにしている。
腹が裂かれ、調理台の上には腸が飛び散っていた。
ズヌークが注目したのは蛇を調理台に縫付けている五寸釘であった。五寸釘は蛇の頭を貫通し、大理石の調理台に突き刺さっている。
ズヌークは蛇の頭から八センチメートル程突出している五寸釘の頭を摘まんで、引き抜こうと試みる。
しかし余程深く突き刺さっているのか、ピクリとも動かず、一向に抜ける気配がない。
ズヌークは手渡されたハンカチで、釘に触った手を拭いながら考える。
大理石に皹一つ入れずにこれほど深く、五寸釘を突き刺す技量とは一体どのようなものかと。
調理場を見回す。
窓は二カ所。
竈から伸びるレンガ造りの煙道を避けて、ガラスの入った木枠の窓が設けられている。
その外側は鉄柵で覆われ、人の侵入できる造りではない。
調理場から屋敷の廊下に繋がっている出入口は二カ所、いずれも、両手が塞がったままでも開けられるように、食堂から遠い方の扉が調理場から出るためで外開き、残った片方が調理場に入るための内開きの扉だ。
調理場から屋外に通じる出入口は一カ所。勝手口と呼ばれるものだ。
敷地内に掘られた井戸から水を汲み、この勝手口から出入りする。
勝手口用の車寄せが近くにあり、商人が食材を運送して来たら、この勝手口から搬入する。
この勝手口の傍にはもう一つ扉が設けられている。
食糧庫への扉だ。
廊下から静かな足音で男が数人入って来る。
武家方筆頭用人のスパルチェンとその側近である。
「御屋形様。遅くなりました。」
スパルチェンは頭を下げながら、ズヌークに語り掛ける。
「屋敷内を捜索いたしましたが、侵入された形跡は発見できませんでした。」
ズヌークが頷く。
「さもありなん。」
「と言いますと?」
ズヌークは蛇の頭に突き立てられた五寸釘を指差す。
「抜いてみよ。」
スパルチェンは言われたとおりに五寸釘の頭を摘み、軽く引き抜こうとするが、思った以上に深く突き刺さっていたため、五寸釘を摘まみ直す。
大理石の調理台に空いた手をつき、力を籠める。筋肉が盛り上がり、五寸釘を摘まんでいる腕全体が、震えている。
「ぐっく、く。」
唸り声を溢しながら、必死に力を振り絞る。
甲高い破裂音と共に、漸く五寸釘が動く。
鼓膜をつんざくような音が残響して、余韻となってやがて消えていく。
大理石には抜こうとしていた五寸釘を中心に亀裂が走っていた。
ズルリと蛇の頭を突き刺したままの五寸釘が大きく動く。
血を飛び散らさないように、一旦、腕を止める。
スパルチェンの吐く息が荒い。
スパルチェンは武家方筆頭用人である。戦略、戦術に秀でており、個の戦闘力としては頭抜けている訳ではない。しかし、それでも、このズヌーク配下では、剛の者として名が挙がる。
そのスパルチェンが釘一本を抜くのに荒い息を吐いている。
五寸釘を更に引き抜いてわかったことは、五寸釘と思われていたのは、釘ではなかったことだった。
先の尖った針金。
そうとしか表現できない物であった。
長さは優に二十センチメートルを超えている。
こんなにも長い物が曲がることもなく、大理石の石板を貫き、その下の木製の天板さえも貫いていたとは、俄に信じられないことであった。
ズヌークは「呪いか…。」と呟き、スパルチェンに指示を出す。
「警備を倍にし、巡回を密に、侵入経路の洗い出しと、この剣の入手経路を確認しろ。」
「御意。」
「それと、魔法使いにもこの現場を確認させて、その後で執務室に来るように申せ。」
「直ちに。」
スパルチェンは近衛兵に指示を与えるために、オルタークは魔法使いを呼び寄せるためにそれぞれが調理場を飛び出していく。
問題は呪いではない。
「調理場を預かる皆に言う。此度のことは、詳細に調べる必要がある。よって後程、形式的にでも皆を詮議せねばならぬ。しかしその前に、この調理場にある食材、水、調味料、口に入る物は全て捨て去り、新たな物とせよ。また、洗浄を徹底し、そなたらも手を拭い、変調をきたした者は遠慮なく申し出よ。特別に施術を受ける許可を与える。」
問題は、侵入経路を露わにしないその手腕と、二十センチメートル以上の針金を、分厚い石板と木製の板に貫き通すことの出来る手練。
そのような者に狙われているという事実は、命を握られているに等しい。
成程。だからこそ呪いか。
到底人間技とは思えぬ所業。
暗殺を実行しようと思えば易々とやってのける技量でありながら、警告めいた物を残す意味…ふむ、だからこそ、何者かの呪いということか。
さて、どちらが真実か。
答えの出ない問題にズヌークは暫く調理場で黙考した。
食糧庫の鍵穴から覗く者がいた。
おお?抜きやがったぞ!おい!絶対抜けないぞって言ってたよな?
『言ってない。人間の力では、抜くことは、ほぼ不可能だろうと言ったんだ。』
どうするんだよ?人間でも可能ってなったら呪いにならねえじゃねえか。
『いや。でも、呪いに持ってくのって難しくない?』
何で?
『だって。この世界じゃ魔法があるし。』
『確かにな。魔法で何でも出来るんじゃ死者の呪いって考えるよりも生きてる人間の仕業って考える方が自然だな。』
お前らわかってる?そんなこと言いだしたら、この計画の根幹がブレちゃうよ?
演出担当イズモリ。どうすんだよ?
『監督の腕前で何とかしろよ。』
『うわ~マサトに丸投げしたよ。』
『いや、でも、これって厳しいと思うんだよね?脚本担当のオルラに練り直してもらったら?』
『それは、許可しかねる。』
じゃあ。イズモリ何とかしろよ。
『ああ。少し考えよう。』
それにしても、アレを抜くかよ?
俺達は、調理台を一旦分解して、針金が貫通した状態で調理台を再構築したのだ。
当然、針金の徹る穴部分は再構築していないが、全く隙間を作らないように再構築したのだ。真空効果もあって、抜ける筈の無い状態であった。
それが抜けた。
針金を抜く時に、石板の耐力を超えた力が加わり、石板が破断したのだ。
『何にしても何でもありの世界ってのも考えもんだな。』
まったくだ。
心の中でイズモリと話した後、俺達はその場から消え去った。
襲われたヤートの集落はトガリとトネリの集落です。以下に時系列を書きます。
王国から伝書鳩で勅命が下るとの事前通告が発布されます→各伯爵が事前通告を受領→爵位が上のローデルが伯爵から事前通告を知らされます(同時に謀反の相談と決定)→ローデルから各男爵へと通達(謀反決定も通達される)→ローデル配下の男爵が、ヤートの集落を襲撃→ズヌークが自領に帰ってくると同時にローデルがズヌークに接触、ズヌークが獣人(テルナ族)にヒャクヤを嫁に向かえると通達→ローデルが男爵からヤート族の集落を襲撃した報告を受ける→トガリがテルナの里に到着する→ローデルがズヌークに謝罪する。
このような流れになります。
作者の力量不足のため、ややこしいことになり、申し訳ありません。




