猫人族?虎人族の間違いなのではないですか?とは聞けない
俺達は街道を逸れて、森に入った。
なだらかな斜面を登っていくと、オルラの背丈ほどの草が生い茂る草原に出る。何匹かの蛇や野ネズミが俺のマイクロマシンに引っ掛るが、魔獣らしき生物は感知しない。
空には、猛禽らしき鳥が羽ばたくことなく旋回している。
草原を真直ぐ抜けると狭い川があり、川の中にマイクロマシンを潜行させると濃い魚影が確認できた。その川を渡って、再び森に入る。
斜面がきつくなって、四つん這いの状態で山を登る。トンナ達獣人は苦も無く登るが、俺とオルラが遅れ始めたので、俺とオルラは木に登って、枝伝いの進路を取る。
人目を気にする街道では、荷物を持っていないと不審に思われるが、今は街道を外れているので、俺は全ての荷物を分解、記録保存している。
身軽なので、枝伝いでも問題なく進むことが出来る。
峠を越えて、アヌヤとヒャクヤの案内に従い、進路を北から北北西に変える。
森の斜面が下りに変わり、下っていくと、人工物、木柵に進路を阻まれる。この世界では初めて目にする有刺鉄線が巻かれた木柵だ。
俺達はその有刺鉄線を右手に西方向に進ん行く。木柵沿いにしばらく進むと同じような意匠で造られた門を見つけた。
「ここからテルナの里になるんよ。」
ヒャクヤが腰の鞄から鍵を取り出し、体を屈めて「ん。よっ」と声を出しながら、門の内側に掛っている南京錠の鍵穴に差し込む。
重い金属が落ちる音と共に門が僅かに動く。有刺鉄線に触らないように門を押して、トンナが通れるほどに開く。
全員が柵の内側に入って、アヌヤとヒャクヤが門を元通りに施錠する。
門の内側には、あまり使われていないのか、苔生した石畳の通路が先へと伸びていた。靴底のスパイクが石畳に触れる度に音を立てる。
柵を境界に、今までと違うところは、この石畳の道だけだ。周りを見回せば、先程と変わらない森が広がっている。やがて傾斜が落ち着き、森が開ける。
小さな盆地だ。北側の斜面には段々畑が山の等高線のように広がっている。
段々畑の向こうにはホルルト山脈の稜線が見える。
「山の中の盆地だな。」
段々畑の方で何人かが作業をしているのが見て取れる。
「ばあちゃ~ん!!」
その人影にアヌヤが手を振る。
おいおい。見えてるのか?蟻か蚤ぐらいにしか見えないぞ?そもそも、この距離で声が聞こえるのか?
呼び掛けられ、人影が一斉に此方を向く。聞こえてるんだ。
一斉に段々畑を降り始める。
俺は、荷物を再構築して、アギラの毛皮と頭骨、爪も再構築する。
しばし待つ。
アギラの収穫物だけでも本当は馬車が必要な程の量になっている。だから、少な目、四頭分しか再構築していないが、それでも、あの山を越えて来たにしては多いかもしれない。不審がられるだろうか?まあ、不審に思われれば、魔法を実演すればいいか?と、思い直す。
まだ待つ。
俺はカップとお茶を再構築して、オルラに渡す。
もうちょっと待つ。
ぞろぞろとキャットノイドの集団がやって来る。歓待の雰囲気はないが、アヌヤとヒャクヤはお構いなしだ。
「爺ちゃん!婆ちゃん!」
と、キャットノイドの集団へと駆け出し、殴られる。
うわ~。グーで殴ったよ。腰の入った右ストレートと左フックだなぁ。
アヌヤを殴り倒したキャットノイドがアヌヤをワザと踏付けて、此方に向かって来る。
がっしりとした逞しい男のキャットノイドだ。
身長はトンナと同じぐらい、肩幅もいい勝負だ。
体の厚みもある。この体で、腰の入ったストレートかぁ。考えたくもないな。
ゴツイキャットノイドは俺達の前で立止まり、丁寧なお辞儀をして、自己紹介を始める。
「儂の名前はコロノア。コロノア・テルナと申す。この村の村長をしておる。」
トンナ、オルラの順番で頭を下げて、それぞれが自己紹介をする。
「トガリと言います。」
最後に俺が挨拶をして、コロノアが頷く。
「そちらの荷物を拝見する限り、あなた方はアヌヤとヒャクヤに依頼された魔狩りの方々とお察しするが、間違いありませんか?」
オルラが頷き、代表して答える。コロノアも一番の年長と見計らったのか、最初からオルラの方を見ていた。
「アヌヤとヒャクヤとは、色々とご縁があって、一緒にアギラを討伐いたしました。二人から話を伺うと、此方の方々と何やら行き違いがあるとのこと、事情説明と二人を送り届けるため、此方の里に参りました。」
コロノアが軽く頷く。
「これはご丁寧に痛み入ります。何ら満足な御持て成しも出来ませんが、よろしければ、この村にてご逗留頂き、そのついでに事情をお話し頂ければと思います。」
オルラがニッコリと笑う。
「此方の方こそ、お心遣い痛み入ります。それでは、お言葉に甘えさせていただきます。」
コロノアもニコリと笑い、「では此方へ」と俺達をいざなう。
俺達は大きな荷物を背負ってコロノアの後に従う。キャットノイドの集団と合流したところで、俺達を持成す準備をするよう、コロノアが村人に指示を出す。
同時に気絶しているアヌヤとヒャクヤの尻を蹴り飛ばし、「起きろ!いつまで寝てる!」と怒鳴りつける。
二人は頬を腫らした状態でフラフラと起き上がる。
「シャキッとせんか!」
コロノアの怒鳴り声でシャキッと気を付けの姿勢になる。
「お客人のお荷物を持って差し上げろ!」
「ハイ!」
顔を腫らした状態で二人がテキパキと動いて、俺達の背負っていた荷物を奪い取るようにして抱え込む。何か苛められてる小学生が複数のランドセルを持たされてるみたいで、ちょっと泣ける。いや。俺にはそんな過去はないよ。ないけど、ちょっと胸に沁みただけ。
僅かな時間でトンナがよく教育したなあと思っていたが、なんのことはない、この村にいる時から体育会系の教育を受けていたのだ。
二人はふらつきながらも、俺達に向かってニッコリと微笑んだ。
うわ~。笑うと腫れた頬が痛々しいよ。現代日本なら虐待だよね?そうだよね?
俺が「自分の荷物は自分で持つよ」と声を掛けると「あたしが怒られるんよ。」と結構強い口調で言い返された。やっぱ、体育会系だわ。
一軒の大きな木造建築物の前で止まる。壁には漆喰が塗られ、大きな屋根には瓦が葺かれている。
何故か現代日本風の田舎にある建物だ。俺達はコロノアに誘われるまま、その家の中に入って行った。
家の中はやはり伝統的な日本家屋で、土間があって、板の間には囲炉裏が切られていた。
アヌヤとヒャクヤは荷物を置くと、コロノアの「準備を手伝ってきなさい。」との一言で、走って、別の家へと向かう。
残った俺達は囲炉裏を囲んで座るが、トンナは俺をデフォの膝上に乗せようとして自分の腹が邪魔になっていることに気が付いた。
トンナはそれでも諦めずに胡坐に座り直して、その右膝に俺を乗せる。
まあ、片膝だけでも俺にとっては十分な広さだから、問題ないっちゃないんだけど。若干コロノアの視線が痛い。いい加減、ぬいぐるみ扱いは勘弁して欲しい。
『まあまあ、そう言わないで、トンナちゃんの下僕根性のフラストレーション解消のためにもさ。』
イチイハラの言葉に説得されて、と言うわけではないが、段々と慣れてきている自分が怖い。
オルラも俺がトンナの膝上に居るのが当り前のように扱っているから余計だ。
「お客人。先ずは、この場でお礼申し上げる。」
コロノアが丁寧に手を床について頭を下げる。それに対して俺達も頭を下げて、オルラが応えるように話し出す。
「いや、コロノア殿、お気になさらぬように、私達と二人に偶さかの縁があっただけのこと、アギラ討伐には、お二人にもご協力いただき存分に働いていただいた。こちらこそ、感謝しております。」
おい、時代劇か?この建物といい、オルラとコロノアの口調といい、何でこんなに時代がかった話し方なんだ?
「しかしながら、ヒャクヤは大事な村出の嫁です。無事に連れ帰っていただき、村の者も安心しておりますでしょう。」
成程、アヌヤの歯切れの悪さは、このことが原因か。と察しがつく。
トンナの表情が暗く沈んでいる。
村出の嫁とは、トンナも経験したことのある貴族の側室のことだ。人質として、貴族に供出される獣人のペット。
お互いが、お互いの存在を尊重し合うために取り決められた掟。
魔狩りを探すために里を出ることを許可されたのはアヌヤだけで、ヒャクヤは許可されなかった。
「それは重畳でございました。我らの縁がヒャクヤ殿と貴族の縁を結ぶわけでございますね?で、その貴族の方とは、どのようなお方で?」
オルラが艶然と笑い、コロノアが頷く。
「この一帯を治められるズヌーク・デロ・セヌーク男爵です。」
オルラの表情に驚きの色が現れる。ズヌーク男爵はサテネ連を支配する立派な領土持ち男爵だ。連は全部で六組の村組を管理する。村は二十四で一つの組を形成するから、つまり全体で百四十四の村からなる管理領土である。
同じ男爵でも、領土を持たない男爵は二十四の村を管理する組の長であって、此方は管理役職ということで、連を統括管理する男爵から給金を貰う。領土持ちの男爵と区別するため役職男爵と呼ばれている。
給金を貰う役職男爵と違って、領土を持つ男爵はその管理地から税金を徴収することが出来る。その税金の中から、更に領土徴収金の名目で自分の親である伯爵に金を治めるのだ。
「それは、それは、領土持ちの男爵にお仕えなさるとは、益々、此方の里は発展されますでしょう。」
オルラの言葉に対し、素直にコロノアが頷く。
「ええ。ヒャクヤは黒色色素欠損個体のため、ズヌーク男爵がいたくお気に召されましてな。色々とヒャクヤには教え込みました。」
「成程。しかし、そう言った点では、アヌヤ殿もズヌーク男爵のお眼鏡に適ったのではありませぬか?」
アヌヤは虹彩異色症、オッドアイだ。白化個体に見られる症状で、黒化個体には見られない。それだけにペットにしたがる貴族は多いだろう。
しかしコロノアは首を左右に振った。
「確かにズヌーク閣下はあの二人のどちらかを、と、ご所望されましたが、アヌヤは不器用で。銃の扱いや狩りに関しては大した腕前なのですが、こと貴族の好まれる趣に関しては、些か足りぬ部分がございまして。」
そうだろうな。あの言葉遣いじゃ、可愛気がないもの。
コロノアは腰を上げて、「それでは、お客人、この家は、村に逗留される客人用に設えた物。ご遠慮なく、ごゆるりと過ごされよ。」と言い残して部屋を出て行った。
囲炉裏の薪が爆ぜる音で、俺は少し暑いことに気付く。
「暑いな。」
そう言って、立ち上がってハガガリのコートを脱ぐ。トンナが俺のコートを受け取って、その手で畳み、大事そうに膝の上に置いた。
トンナの顔は俯いたままだ。
俺はトンナの頭に手を置いて、「それぞれに事情があるよ。その事情を背負い込むことはない。」と言った。
トンナは一旦顔を上げて、「うん。」と答えるが、またすぐに俯いた。
オルラに視線を向けると、オルラは首を傾げて、肩を竦めるだけだった。
オルラは、トンナが村出の嫁であったことを知らない。そして、そこでどのような目にあったのかも知らない。
俺はトンナの膝上に座り直し、「暑くない?」と聞いた。トンナは左右に首を振って、俺の両脇を片手で抱え込む。まるで、自分から離れないようにと願っているかのように。
アヌヤが両手にお盆を掲げて、家に入って来る。お盆の上には三つの湯飲みが乗っていた。
何ゆえ、他の家で入れたお茶をここまで持って来る?此処で入れればいいのに。よくわからん。
「とっとっとっとにかく、お~茶をっをっを持ってってって来た、んっよっよっよ。」
お前の不器用さ加減が、言葉にそのまんま出てるよ。
アヌヤはしっかりした足取りにもかかわらず、行き先が定まらない状態だった。不思議だが、どうしてそうなる?
俺達の元にお茶を持って来た時には、お茶の大半がお盆に零れて、湯呑の高台がびちゃびちゃだったが、アヌヤは「ふ~」と、やり遂げたぜ的な顔だった。
やっぱ馬鹿だよな。
「まあ。粗茶だから飲んで良いんよ。」
で、出てきた言葉がこれだ。やっぱ馬鹿?
「アヌヤ。この場合は粗茶ですが、どうぞって言うんだよ。」
オルラが優しく諭すが、アヌヤはキョトンとして首を傾げる。
「でも、粗茶って安いお茶のことなんよ。」
オルラが頷く。
「高いお茶だと皆、遠慮するんよ。」
オルラの眉が微妙に歪む。
「だから、安いお茶だから遠慮なく飲めると思って、そう言ったんよ。」
ああ。だめだ。こいつ謙遜って言葉を知らないんだ。
「アヌヤ。このお茶はホントに安いお茶なのか?」
いい香りの漂う、このお茶のことが気になって聞いてみると、アヌヤは何の躊躇いもなくコックリと頷く。
「あたしが運んで良いってことは、安いお茶なんよ。」
ああ。成程、この香りからすれば、このお茶は決して安いお茶ではないが、その大半を溢してしまうアヌヤが運んで来たから、このお茶は、安いお茶だと。成程、納得した。
「それよりアヌヤ。ヒャクヤが村出の嫁ってのは本当なの?」
トンナはやはり、そのことが気になっていたようだ。アヌヤが途端に元気を失くす。
「そうなんよ。あたしが、代わりに村出の嫁になってやろうと思ったんだけど、あたしには無理だったんよ。」
アヌヤはそう言いながら、お盆に零れて、溜まったお茶を音を立てて啜る。
マジか?
いや。お前、礼儀作法って言葉知ってる?その前に不潔って言葉知ってる?ヒャクヤの代わりになろうなんて気、更々なかったろ?貴族の前でそんなことしたら、普通に断られるわ。
「お盆に零れたお茶を飲むんじゃないよ。」
オルラが嫌そうな顔で窘めるが、アヌヤは何でって顔だ。
「ヒャクヤは、村出の嫁になりたがってるの?」
トンナの言葉にアヌヤは首を振る。
「多分、嫌がってると思うんよ。だって、男爵はオッサンだし…一人で泣いてることがあるんよ。あたしが、どうしたの?って聞いても何でもないって言うんよ。」
トンナが言葉を繋ごうとするが、それをオルラが遮る。
「ヒャクヤは、この里のことを好きなんだね。」
この里の立場、人間との掟、村人とのしがらみ、全てを好きの言葉に括ってしまうのは乱暴に思えるが、嘘ではないだろう。だから、トンナは言葉を詰まらせる。
オルラの言葉にアヌヤは頷く。
「そうなんよ。ヒャクヤは村のことが大好きなんよ。」
「でも、お前も村のことが大好きなんだろう?」
殴られてもニッコリしていたアヌヤの顔を思い出し、俺は思わず、口を挟んでいた。
口を窄めて、泣きそうな顔で、アヌヤが頷く。
二人は、どちらも村のことが大好きで、どちらもお互いのことが好きなのだ。
だから、どちらかが村のために村出の嫁となるなら、どちらかが胸を痛めるし、どちらかが我慢する。
そして、どちらも村出の嫁にならなければ、二人ともが、辛い思いをする。
二人以外の誰かが村出の嫁になればいいが、それは、今となっては無くなった可能性だ。
アヌヤとヒャクヤのどちらかが、選ばれた時点で、二人が辛い思いをするのは決定事項なのだ。
トンナは言葉を呑み込んだまま、ジッと俯いている。わかっているのだ。如何に人間との掟が重いのかを。
「トンナ姉さん。何とかならないんかよ?」
アヌヤがトンナに縋るように目を向けるが、トンナに打つ手はない。
ただ一つの手を除いて。
トンナが胸元に右手を当てる。
俺はその手に俺の手を添える。
「駄目だ。」
その手は最悪の一手だ。
俺達とテルナ族の信頼を潰し、誰も喜ばず、全員を辛い目に合わせる。
俺はアヌヤとヒャクヤの奴隷契約書を分解した。
懐に仕舞ってあった紙の感触が消失し、そのことに気が付いたトンナが、俺に縋るような目を向けてくる。
ヒャクヤとアヌヤはトンナと奴隷契約している。トンナは、その契約を盾にヒャクヤの村出の嫁の話を白紙に戻そうとしたのだ。そのやり方ならヒャクヤとアヌヤを人身御供から救うことは出来るだろうが、村は領内で、その立場を失う。
トンナは俺を膝から降ろし、やおら俺に向き直ると、膝を整え、大きな体を小さく窄めて、土下座した。
「トガリ!お願い!二人を助けて!」
額を床に擦り付けて、肩を震わせる。
「トンナ…お前…。」
オルラはトンナが土下座していることに驚いている。
「トンナ姉さん…。」
アヌヤは自分達のために、トンナが何故土下座しているのかわからないで困惑している。
「わかったよ。俺が何とかしてやる。」
事情を知っている俺だけが、何となく、こうなるような気がしていた。
そして、これがトンナに残された最善で最後の一手だ。
「トガリ…。」
トンナが顔を上げて、嬉しそうに笑うが、直ぐに驚くことになる。
「アヌヤ。トンナと下僕の誓いをしろ。」
「えっ?」
俺の言葉に三人が三様に驚く。
「アヌヤ。ヒャクヤを村出の嫁から取り戻したい、村の皆を裏切りたくない。そう思うなら、まず、トンナと下僕の契約をしろ。」
俺はコートを拾い上げ、一緒に表で待とうとオルラを促す。オルラは肩を竦めて、「やれやれ。」と言いながら俺と一緒に外に出る。
外で二人、トンナの声を待つ。
「どうする気だい?」
「義母さんに考えて貰おうと思って。」
「ハア?」
「義母さんなら、何かこういう時に上手い筋書きを考えてくれそうだからね。」
オルラは兜の隙間に指を差し込み、額を掻きながら「何だろうね、お前はまったく。」と言いながら、既に何かを考え始めているようだ。
俺の頭の中にもシナリオはある。
しかし、この世界を俺よりもよく知っているオルラの考えの方が、より現実的で実行力のあるシナリオを生み出すであろうと考えた。この世界における俺の知識は一〇歳の子供の物であり、経験は僅か数日だ。
俺のシナリオでは、アヌヤとヒャクヤが絶対に口を割らないという保証が必要だ。恐らく、オルラの計画でもそうなるだろう。だからこそ、トンナとアヌヤの間で交わされる下僕の契約は必須だ。
俺は、アヌヤがトンナの下僕になることを家の外で確認した。
トンナが外にいる俺達に声を掛ける。
「トガリ。終わりました。」
真摯な目で俺とオルラを見るトンナ。
家の中に入るとアヌヤが正座でグスグスと泣いている。床には漏らした液体が溜まっていた。こいつら、よく漏らすな…。まったく、どうやってアヌヤに誓わせたのか瞼に浮かぶよ。ってかマイクロマシンで感知してたけど。
俺はアヌヤの座る床と服を乾かして、「よし。」と言ってアヌヤの前に座る。
「泣くなよ。大丈夫。何とかするよ。」
そう言うとアヌヤはコクリと頷いた。
「それじゃあ、アヌヤはまず、世話になった爺様と婆様に話をして来い。」
「にゃ?何の話をするんよ?」
目が赤いまま、首を傾げる。
「魔狩りになるから、無理矢理トンナの下僕になったって言って来るんだ。それで、これからはトンナと一緒に旅に行くって宣言するんだよ。」
アヌヤが目を見開く。
「あたしが魔狩りになるん?」
「いや、別にならなくてもいいけど、そう言った方が、トンナと旅に出る言い訳になるから。」
「えっ?トンナ姉さんと旅に出なきゃいけないの?」
「うん。あの~とにかくヒャクヤを村出の嫁から外すと、次の候補にアヌヤが選ばれるかもしれないからな。そうなると元の木阿弥だから、先に手を打っておきたいんだよ。」
「何?次はあたしが村出の嫁になるん?そんな話、初耳なんよ!」
俺はがっくりと項垂れる。トンナの方を振り返り、トンナに頼む。
「トンナ、アヌヤに命令して、さっき言ったことを実行させて。」
アヌヤはトンナの指示を受けて、渋々ながら、家を出て行く。
俺はオルラとトンナ、三人で額を突き合せて、今後の作戦会議を開く。一通りの打ち合わせが終わったところで、アヌヤとコロノアが、家に訪いを告げる。
「この度はアヌヤが何の考えもなくご迷惑をお掛けして申し訳ありませぬ。」
入って来て、コロノアがいきなり頭を下げる。
アヌヤの頬が腫れている。さっきまでは左頬だけだったのが、今は両頬だ。
「いえ。私どもの方こそ力及ばず、アヌヤ殿を説得できずに申し訳ありませんでした。」
オルラが頭を下げながら、言葉を続ける。
「アヌヤ殿が世話になっている方々の許可はもう貰っていると、まさか、嘘を仰っているとは思いもしませんで、先にコロノア殿に確認するべきでございました。迂闊で申し訳ありません。」
おお~。アドリブながら残酷な仕打ち。完全にアヌヤの暴走に仕立て上げちゃったよ。
可哀そうにコロノアの後ろでアヌヤが必死に首を振ってるよ。痙攣してんの?って聞いちゃうぐらいの必死さだよ。
「いえ。しかしながら、下僕の契約をしたからには、アヌヤは死ぬまでトンナ殿の下僕。何卒、アヌヤのことをお頼み申します。」
土下座する勢いで、深く頭を垂れるコロノアにちょっと胸が痛むが仕方ない。
トンナはコロノアの両手を取り、真摯な眼差しで「お約束いたします。このトンナ。身命に懸けてアヌヤを大切にいたします。」と言っている。なんかもう、それ見た瞬間に背筋がゾワッとなったね。ホントに。女って怖い。
オルラはオルラで「必ず一流の魔狩りに。」とか言ってるし、怖いよこの人達。
んで、コロノアは感激しながら、うんうん頷いてるし。
アヌヤ下僕化の件が一段落着いたところで、コロノアが俺達を見渡し、ニッコリと笑う。
「それでは、皆様の歓迎のご用意が整いましたので、ご案内させていただきましょうか。」
そう言われて俺達は村長の家に向かった。




