アヌヤとヒャクヤ
コルルの上で、俺は、デルケード宿場で手に入れた台所を再構築して、竈に火を入れる。台所と言っても、竈と調理台、水のたっぷり入った樽だ。
「トガリ!あたしがやるよ!」
慌ててトンナが手を伸ばす。
「それじゃあ、頼むよ。」
調理道具と食材を用意する。全て分解後に再構築しているから、殺菌消毒済みと同じだ。時間経過も関係ないから、旅をするには、これほど便利な力もない。
『イチイハラ亭開店だね。』
よろしく頼むよ。
料理をトンナに任せて、俺はコルルの上に座る。
右掌を上に向けて、トンナを除いたみんなの前に差し出す。
掌の上にアギラ討伐に使った弾丸を再構築する。
「ジャリガキがあたし達に渡したショットシェルじゃんよ。」
アヌヤの言う通り、俺が再構築したのは、アギラ討伐の時に渡した大口径用のショットシェルだ。
直径も大きいが、全長も長い。全長に至っては、十五センチメートルはある。
コルルの上に紙を再構築、その紙面上でショットシェルのシェルケースを外す。
この世界には合成樹脂がない。したがって、現代日本で販売されているショットシェルとは、使用されている素材が違う。
本来なら合成樹脂が使われる部分には、コルク素材と極薄い鉄を使用し、部分的には切れ込みまで入れている。
小さな粒状の散弾が仕込まれているシェルケースから出てきたのは、鉄粒ではなく、長い針だった。
「ひゃ~凶悪なの。」
ヒャクヤの言う通り、これが対人用にぶっ放されれば、凶悪極まりない弾だろうが、相手は体長五メートル、肩高二メートルの化け物だ。現に奴らはこいつで撃たれても、何も感じていなった。
「ポイントはこの針だ。」
俺は針を摘まんで皆の目の高さまで持ち上げて、針の先端を指さし、皆に注目させる。
「わかるかな?この部分だけ、僅かにだけど、光り方が違うだろ?」
三人が「確かにね。」「うんうん。」「ホントだ、違うの。」と呟く。
「この針は、先端だけがタングステンとガラスで出来てて、あとは銅で出来てる。」
「タングステン?」
オルラが訝し気な表情で首を捻る。
「ああ、ごめん。普通の鉄より、ずっと固い特別製の鉄のことだよ。」
三人が感心する。
「で、この先端以外は、針の中は筒状になってて、中には、純水…つまり雷を伝えない水と俺の魔力が込められてる。」
実は筒の内側にはガラスのコーティングが施してある。純水とガラスは絶縁のために使い、その中には魔力と言い繕ったマイクロマシンを仕込んでいた。
「この針は、外側については雷をよく伝えるように銅でコーティングしてある。で、この針を刺した状態でアギラが帯電すると、アギラの体の中を雷が伝わり、アギラ自身が感電…まあ、動けなくなったって訳だ。」
「お前の話は、難しいねぇ。」
オルラだ。
「ふ~ん。」
アヌヤだ。
「…」
ヒャクヤだ。
電気のことを理解していない人間に説明すること自体に無理があったか?
俺は根気よく説明を繰り返した。
アギラの皮下組織は薄い筋肉が発電板として機能していた。その発電板の下には脂肪が変質して、ゴムのような素材になった絶縁体があり、その絶縁体で普通の筋繊維を守っていた。
アギラの身体構造で面白いのは、神経だった。
発電板を稼働させるためには、神経が繋がっていなければならない。
しかし神経が、絶縁体を貫通して繋がっていると神経を伝って、感電する。
アギラの絶縁体の表面には神経がプリントされていた。
プリントされた神経そのものは、イズモリ曰く、量子テレポーテーションで脳と繋がっているとのことだった。
説明を聞いても、俺にはよくわからなかったので、脳から無線で命令が飛んで、プリントされた神経回路が、その命令を伝えているのだと理解した。
『まあ、そういうことだ。』
とは、イズモリの言い草だ。
俺が作った針は、皮膚、発電板そして絶縁体を貫通して筋繊維へと到達していた。
その状態で帯電すれば、普通の筋繊維が感電し、麻痺を起こす。したがって、アギラは自分の電気で自分を感電させていたことになるのだ。
しかも奴らは、防衛本能から、帯電をし続け、また、感電による痙攣で、筋繊維であった発電板が動いて、発電をし続けた。自分で自分自身を拘束し続けたのだ。
これは、自分の身体構造と能力の原理を知らない獣の習性ゆえだろう。
もし、絶縁体を貫通しきれなくても、その時は針に仕込んだマイクロマシンで貫通させるつもりだったのだが、何とか針自体の貫通力が勝ったようだ。
『それでも発電板を貫通できなかったら終わりだったがな。』
だから、塩も用意してたろ。
最悪、発電板さえも貫通できなかった場合を考えて、塩水と銅柱を用意していたのだが、そっちは無駄に終わった。まあ、無駄に終わって何よりだが。
『原理を解析できた分、こっちにアドヴァンテージがあったな。』
『いやいや。俺達の職人魂で、じゃないの?』
ああ、お前たちのお陰だよ。
「成程ね。だからアギラは自分で勝手に倒れたのかい。」
オルラはとりあえず理解できたようだ。
「にゃ?オルラ姉さんは、わかったんかよ?」
アヌヤは、まだわからないのか。
「雷が電気ってのはわかったの。」
ヒャクヤ、全然わかってないな。その状態で何故にアヌヤに偉そうなんだ。
そこで、トンナが料理を運んでくる。
「トガリ、あたしにも教えて、アギラ討伐の要ってのを。」
トンナ、アヌヤ、ヒャクヤの三人を相手に四苦八苦して最初から説明する。説明を聞いてる三人とオルラは口をモグモグ動かしてるが、俺は中々箸が進まなかった。っていうか進められなかったんだよ!
三人が納得したところで、やっと食事だ。
重い食事になるが、朝からステーキサンドだ。食肉用の牛ではないが、再構築時に繊維を解して、柔らかくなるようにしているので、さっぱりとした赤身肉をジューシィに調理することが出来る。
果実を熟成発酵させたソースと胡椒などの香辛料も手に入っているため、かなりの美味しさに仕上がっている。季節の野菜各種と酸味を加えるピクルスがソースによく合い、味に彩を添えている。パンも固くないが、極端に柔らかい物でもなかった。肉とソースの旨味を吸い込みながらも、しっかりとした歯応えがあって、非常に食べ応えのあるサンドイッチだった。だったんだよ!
だから、一切れじゃ足りないんだって。食べ応えがあっても満腹には程遠いからね?
アヌヤとヒャクヤは俺の話より、食うことに集中してたんじゃなかろうか?
俺が説明を終えた時にはサンドイッチは一切れしか残っていなかった。
「ごめんね!トガリ、追加の食材を出してくれたら直ぐ作るから!」
トンナが慌てて、もう一度調理するが、出てきたサンドイッチをトンナも摘まむ。本当に俺のために作ってくれたのか?太ってるからって、食っていいってことの免罪符にはならねえぞ?
俺は、とにかく両手にサンドイッチを持って自分の分を確保した。
食後の一服ではないが、俺達はそれぞれ、片手にカップを持ってコーヒーブレイクだ。
オルラが「お前、コーヒーなんて飲めるのかい?」と心配そうだ。
俺は何方と言えば紅茶党なのだが、コーヒーが嫌いなわけじゃない。四十五歳のオッサンからしたら、ミルクよりもコーヒーの方が良い。
オルラはお茶が良いというので、野草から抽出したお茶だ。残りの全員でコーヒーを飲む。
「ところで、お前らは一体幾つなんだ?」
一緒に旅していて、二人のことを全く知らないってのも何だから、二人の身元調査を開始する。
「あたしらは双子で十四歳なんよ。」
アヌヤの言葉にトンナがクワっと目を見開く。
「あたしらは、双子で十四歳です。」
ちょっと丁寧に言い直すアヌヤ。
「十四歳か。俺よりも…四つ…なんか臭いな?」
俺の言葉にヒャクヤが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「ホントだね。臭いね。」
トンナが鼻を鳴らして、周りの臭いを嗅ぐと、ヒャクヤが座ったままジリジリと後退る。
「ああ。そうか。さっきヒャクヤが漏らしてたな?」
「ひゃ~。言わないの!後でこっそり洗濯しようと思ってたのに~!」
「いいよ。そんなの。」
そう言って、俺はヒャクヤの汚れを分解してやる。
「…あれ?何だか乾いてるの?」
ヒャクヤのその言葉に俺が説明してやる。
「俺の魔法は物を消したり、物を作ったり出来るんだ。」
「にゃ。昨日から驚かされることばっかりだけど、汚れまで消すことが出来るなんてすごいんよ。」
アヌヤとヒャクヤの二人に、連続でトンナの拳骨が振り下ろされる。
「ひゃ~。何でウチまで殴られるの~?言葉遣いが悪いのはアヌヤなのに~。」
トンナがヒャクヤをギロリと睨む。
「お前はトガリに洗濯と同じことをして貰ったんだよ。それだけでも拳骨一発分なのに、お礼も言わずにボケっとしやがって!」
ヒャクヤは両手で頭を抱えながら、「ひゃ~ん。ごめんなさいなの~。」と涙目だ。
「いや、トンナ、それは良いから。それより、お前ら故郷に帰らなくても良いのか?」
二人で顔を見合わせ、アヌヤが口を開く。
「あたしらの故郷は、あのアギラ達に荒らされたんよ、です。で、あたしらの父ちゃんが死んで、爺ちゃんと婆ちゃんに育てて貰ってたんだけど、里の近所でアギラを見つけたって言う者がいて。それで、また襲われるって、大変だから魔狩りを探しに来たら、大丈夫になったんよ、です。」
「そうなの。でもウチらは爺ちゃんと婆ちゃんの行くなってのを無理やり来たから帰りにくいの。」
こいつらの話し方、頭悪いな。
いや、まあ、十四歳ならこんなもんか?
「今の話を整理すると、アギラに一度、お前らの里が襲われたんだな?」
二人がうんうんと頷く。
「その時に父親が殺された?」
二人が首を横に振る。
「えっ?違うの?」
「何を聞いてたんよ。あたしらの父ちゃんは畑を耕してる時にツヌガ虫に刺されて、病気で死んだんよ。」
いや。そんなこと言ってないぞ?あの話の流れだと、アギラに襲われて死んだとしか汲取れないぞ?
「そうか。アギラに襲われた後、病気で死んだんだな?」
二人が首を縦に振る。
「でっお前らの爺様と婆様に世話になってる時に、また里の近所でアギラが目撃されたと?」
アヌヤが頷く。
「近所でアギラが目撃されたから、また、アギラに襲われる可能性があるから、アギラを討伐できる魔狩りを探しに里を出ると、爺様と婆様に言ったら、反対されて帰りにくいと?」
アヌヤが首を横に振って、ヒャクヤが首を縦に振る。何で?何かおかしかった?今の話ってそのまんまだよね?
「ウチの爺ちゃんと婆ちゃんは反対したけど。アヌヤは反対されてないの。」
えっ?ヒャクヤ、お前、さっきウチらって言ってたよ?ウチらは爺ちゃんと婆ちゃんが行くなって言ってるのを、無理矢理、村を出たって言ってたよ?
それに何?爺ちゃんと婆ちゃんが二人ずついるの?父方と母方に分けて育てられたってこと?双子じゃないの?アヌヤは行っても良くて、ヒャクヤはダメってことなの?よくわからん。
「待て待て、お前らの爺ちゃんと婆ちゃんって何人いるんだ?」
「あたしの爺ちゃんは一人なんよ。婆ちゃんが四人いるんよ。」
「ウチの爺ちゃんは三人いて、婆ちゃんは二人いるの。」
何じゃそりゃ?
「成程ね。お前たちの里じゃあ、親のいない子供は里の皆で育ててるんだね?」
二人がオルラの言葉にコクリと頷く。
そうか。その前提を知らなきゃ、話の全体が掴めないわな。アヌヤとヒャクヤは別々に預けられて、かつ、里全体で面倒を見るから、色んな家で世話してもらって、その中の一人でも反対意見を唱えたら、それは里全体の反対意見になるってことか。
「だから、ヒャクヤの爺様と婆様が反対したから、里全体の反対意見になって、それを無視したお前らは帰り辛いと?そういうことか?」
二人が揃ってコックリと頷く。
「じゃあ、お前らの里はこの近くなのか?」
二人が揃って頷く。
「ここから、向こうに半日ぐらいなんよ、です。」
アヌヤが北の方角を指さし、言葉を言い直す。いやもう面倒くさいから普通に話していいよ。
「トンナ、もうそんな怖い顔してないで、アヌヤに普通に話させてやって。」
トンナの方を見ると、えらく怖い顔をしてるので、とにかく宥めながら、アヌヤを庇う。
「うん。トガリがそう言うなら。アヌヤ。普通に喋っていいよ。」
アヌヤが肩から力を抜いて「ありがたいんよ。」と呟く。
「じゃあ、一旦、こいつらの里に向かおう。俺達が一緒の方がこいつらも帰りやすいだろうし。」
俺がそう言うと、オルラが頷き「そうだね。トガリのお陰で、急がなくても大丈夫だし。」と賛成してくれる。トンナは、俺の意見には常に全面的に賛成だから問題ない。
「いいの?」
ヒャクヤが嬉しそうに俺に問い返す。
「ああ、いいよ。」
と俺は答えるが、アヌヤが黙ったままなので、気になって声を掛ける。
「アヌヤ、何か問題があるのか?」
俺の言葉にアヌヤがハッと顔を上げて、首を左右に振る。
「うん?ううん。なんも問題なんてないんよ。」
そう言いながらも、何かスッキリしない顔つきが気になるが、とにかく一旦こいつらの里、テルナの里に向かうことになった。




