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トガリ  作者: 吉四六
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ギュスターの回顧録とトンナの理屈は魔王の理屈

ありがとうございます。また、どなたかブックマークに登録して頂き、大変感謝しております。評価もして頂き、誠にありがとうございます。できれば、最後までお読み頂けると幸いです。

「彼は、かなり老成していました。」

 ギュスターは、指を組んで、左手の親指でもう片方の親指を察すっていた。

「年の頃は一〇歳前後だと思います。それでも、威圧感は持って…。いや、威圧感と言うよりも人間力と言った方が適切かもしれませんね。」

 思い出しながら、彼の話をするギュスターは嬉しそうだ。

「太々しい態度でしたよ。ボアノイドの女性の膝の上で踏ん反り返って、大人の私に対して、その物言いときたら、普通の子供がそんなことをしたら、引っ叩いてやるんですけどね。ただ、少し可笑しかったんですよ。その太々しい態度が、まるで板についてなくて。」

 まるで、夢物語に登場する英雄を語っているように見える。

「でも彼は、凄い子供だった。彼の一言には説得力があり、的確な状況判断、パーティーに対する影響力、どれも一廉の人物のものだと私には思えました。あの時から私は彼の下にいたんでしょうね。彼は、きっと、私が最初から宿場長の指示で動いていたことを知っていたんだと思います。自警団とは言え、団長の考え一つで、何百万もの金を右から左に出来るはずがありませんからね。」

 俯いて寂しそうに笑うが、どこか楽しげでもある。

「彼は」

 一言発して、しばらく黙る。

 何かを探しているように一点を見詰めている。その視線は、深く遠くに焦点を当てているようだ。

 長い沈黙の末、ようやく口を開く。

「私を試していたのでしょうね。彼の力を知った私が、最後の夜にどのような行動を起こすか。どのような言葉を発するか。ヤートの…何も持たぬ者が、持ち得たる私の言葉を待っていたのでしょう。」

 また黙る。そして口を開く。

「私は答えることが出来ませんでした。…私に出来ることは、力ある者に奪われることを覚悟する。ただそれだけでした。」

 顔を上げたギュスターは遠くを見詰め、悲しそうに、懐かしむように眉を顰める。

「彼は、私を寂しそうに見ていましたよ。そして最後に諦めたように笑ったんです。こうなることがわかっていたが、違う結果もあるだろうと、彼はそう言っていたように感じました。」

 ギュスターは、そう言葉を締めくくって、今度は完全に沈黙した。

 窓から差し込む日差しを眩しそうに見詰めるだけで、言葉を全てのみ込んだかのように黙り続けた。


「まったく。だらしないねぇ。こんなことになるなら、あんなこと、しなきゃよかったのに。」

 オルラのお叱りを受けながら、俺はぐったりとしていた。

 トンナの右肩の上で、俺は「あ~」とか「う~」とか、とにかく唸ることしかできない状態で、意識は完全に飛んでいる。

 俺だってまさかこんなことになるとは思っていなかったのだ。

『馬鹿が。調子に乗って宿場町全部を分解なんてするからだ。』

『本当だね。あれはちょっと無茶だった。』

『ま、その分、元素が多く手に入ったから、収穫は大きかったじゃない。』

 俺の頭の中はぐちゃぐちゃで、イズモリ達に答えることもできない

 大量のマイクロマシンを稼働させたために、俺の霊子回路がオーバーヒート状態に陥ったのだ。霊子は使っても直ぐに幽子を摂り込んで供給されるが、今回はその供給が追い付かない程、大量の霊子を一気に使い過ぎたのだ。そのために霊子回路は、その負荷でオーバーヒート状態になり、俺の頭の中は熱が篭って、酷い状態であった。

『何の相談もしないで、無茶苦茶した代償だ。しばらく反省しろ。』

『でもさ、マサトが、こんな状態なのに俺達は、どうして平気で喋ってられるのさ?』

『本当だ。どうしてだ?』

『俺達の霊子体は完全に融合しているが、精神体は副幹人格ごとに混じり合って、統合されていても、副幹人格同士は重なっているだけだ。肉体に関しては量子情報体として、完全に分離している。量子情報体は相互に情報の遣り取りをして、常に肉体としての状態を最適の状態で保っているから、脳としても機能している。だから俺達は考えることが出来るし、お互いにリンクを結ぶこともできる。』

『じゃあさ。マサトからっていうか、トガリから分離することも出来るんじゃないの?』

『そうだよね。量子情報体から肉体を再構築して、重なってる精神体を移せば、いけるんじゃないの?』

『霊子は完全に融合してると言ったろ?霊子がない状態で、肉体と精神体だけじゃ、もぬけの殻で、餓死して終わりだ。大体、そんなことが可能なら俺がいの一番にやってるに決まってるだろう?』

『ああ。そうか。』

『そりゃそうだ。』

『とは言っても、マサトがその気になれば、多分可能だろうがな。』

『そうなの?』

『ああ、霊子体が融合しているということは、分割も可能だと考えていいかもしれん。マサトがその気になれば、試してみるつもりだ。』

『ほほう。それは楽しみだ。』

『ホントだね。俺達も自由に行動できるかもしれないね。』

 いい加減うるさい。ちょっと黙れよ。

『おっ再起動したか?』

 何だよ。人をコンピューターみたいに言うな。

『霊子回路が入ってるんだ。みたいな物さ。』

 さっきの話だけど、お前らは結局、別の脳で考えてるってことか?

『そういうことになるな。それがどうした?』

 スパコンみたいに並列演算とか、直列演算とかできないのか?

『できる。でもお前が相談せずに、勝手にあんなことするからこうなったんだ。俺も霊子回路があるから俺と並列演算していれば、こんなことにならなかったんだ。』

 今更だな。やる前に言ってくれ。

『それはこっちのセリフだ。お前は俺達とリンクして、俺達の知識を使えるが、実際に動くのはお前だ。もっと慎重になれ。』

『イズモリの言葉を翻訳すると、俺達にもっと相談すれば?ってことだよ。』

『イチイハラの言葉を意訳するなら、俺達をもっと信用しろってことだよ。』

 うん。その件については謝る。すまん。

『まあいい。それよりも、あの猫共はどうするつもりだ?連れて行くのか?』

 う~ん。そのことはまだ考え中。

『そうか。まあ、その件はどっちでもいい。お前に一任する。』

 ああ、もうちょっと休ませてくれ。お前達と話すのもしんどくて辛い。

『ああ。こっちも言いたいことは言ったからな。あとはゆっくりと休め。』

『そうだね。お休み。』

『お休み~。』

 ゆっくり休もうかと思ったが、意識を切り替えると、姦しい声が耳に飛び込んできて、それどころじゃなくなった。

「トンナ姉さん、トガリは大丈夫なの?」

 黒猫のアヌヤが心配気に俺の顔を覗き込むが、トンナに睨まれ「ひっ」と後退る。

「トガリ様をトガリって呼ぶんじゃないよ。」

 ドスの効いた声で、そう答えると、トンナは再び前を向いて歩き出す。

「じゃあ、ウチらもトガリ様って呼ぶの?」

 今度は白猫のヒャクヤが聞くが、再びトンナに睨まれ「ひっ」と後退る。

「トガリ様をトガリ様って呼んでいいのは、あたし。ツキナリのトンナだけだ。」

 おい。そんなこと何処の誰がいつ決めた?今まで普通にトガリって呼んでたろう?

「ええ~。じゃあ、何て呼べばいいの?」

 トンナが立ち止まり。振り返って仁王立ちになる。

「お前らがトガリ様を呼ぶ?」

 トンナの表情が怒りに満ちて、魔獣的な、何か自主規制しなきゃ駄目なものになってる。

 猫の二人は恐怖に顔を引き攣らせている。

「お前ら、トガリ様を呼んで何をして貰うつもりだい?」

 普段は隠れている下顎の牙を剥き出しているトンナの顔は、正直怖い。俺もビビる。間近で見えてるから当社比六倍だ。

「いや、だって、あたしらは奴隷じゃんよ、用事を聞こうとしたら…ビャッ!!」

 アヌヤが果敢にトンナに抗弁する。うん。その勇気は讃えられるべきだ。

 そう思った瞬間、トンナの左拳がアヌヤの脳天に振り下ろされて、アヌヤはその速度のまま、地面に叩きつけられた。

「トガリ様に仕えるなら、トガリ様に恥をかかせないようにおし!!」

 大きな声に俺の鼓膜が破れるよ。トンナ、俺が色んな意味で大変になってるよ?

「トガリ様が欲していることを推し量り!トガリ様の望む形でトガリ様の望むようにして差し上げるんだ!!トガリ様にお伺いする前に、そのことを察してお前達が実行するんだよ!!」

 なに、その魔王的な理屈。絶対無理だし。

 白猫のヒャクヤは、女の子座りで、またちびってるよ。アヌヤは気絶してるから聞こえてないだろうし。

「そっそっそんなの~…。」

 チビリながらも勇気あるな。

「無理じゃない!トガリ様の一挙手一投足を四六時中、誠心誠意、拝見してればわかる!!」

 いや、絶対無理だから。

「トンナ、いい加減におし。」

 オルラの声にトンナが振り向き、掌を向けて、オルラを制止する。

「いえ、オルラ様。これは、大事な教育です。お口を挟まれては、今後のことに差し障ります。ここはどうかトンナにお任せを。」

 オルラまで様付けに格上げだよ。敬称略って言葉知らないの?

 トンナは「いや、あの…」と、まだ話そうとするオルラを無視して、ヒャクヤに向き直る。

「いいかい?トガリ様に御用を申し付けて貰おうなんて不敬も甚だしいよ!もし!いいかい?もしもだよ!どうしても、ど~してもトガリ様に御用があって、トガリ様の名前を呼ばなきゃいけないことがあったら、その時は!あたしを通してお伺いするんだ!いいね?!」

 ああ、そういうこと。下僕としての上下関係をハッキリしたかったのね。そういうことね。

「…ハイなの…。」

 荒々しい鼻息を吹き出しながら、トンナが前を向くとオルラが一言。

「トガリ様って呼んで良いのかねぇ。」

 トンナの動きが止まる。

 恐る恐るトンナが前屈みになって、オルラに縋るように問いかける。

「怒られる…かな…?」

 オルラは肩を竦めて「さあね。」と答えて歩き出す。

「でもね、オルラ様…。」

「様付けはお止め。気持ち悪い。」

 前を向いて、歩きながら答えられると、怒っているように見える。いや、怒っているかもしれない。

「え、じゃあ、何て呼べば…。」

 先ほどアヌヤが言った台詞をそのまま口に出す。

「オルラで良いよ。あたしは只のオルラ。何も持たないし、何も欲しくない。只のオルラだ。」

 その言葉にトンナの動きが緩く止まる。

 そして、一歩一歩固く踏みしめるように走り、オルラの隣に追い付き、並び歩く。

「じゃあ、オルラ姉さん。あたしにとっては、オルラは只のオルラじゃなくて、姉さんみたいだからオルラ姉さん。」

 オルラが前を向いたまま「それなら良いよ。」と答える。トンナが言葉を続ける。

「あたしにとってトガリ様はトガリ様。神様と一緒。トガリ様がいなけりゃこの世は地獄。だから、トガリ様のことはトガリ様って呼ぶ。」

 胸を張って堂々とするトンナをある意味尊敬する。宗教に嵌るって怖い。特にトガリ教は要注意だ。

「まあ、トガリがそれで納得するなら、そうお呼び。納得するとは思わないけどね。」

 正解。絶対不可である。

 トンナが俺のことを神様のように崇めるのは別に良い。勘違いであろうと何であろうとそれが彼女のアイデンティティなら、俺はそれをとやかく言わない。むしろ、俺は頑張って応えようと思う。

 でも様付けで呼ばれるのは嫌だ。さっきから鳥肌が治まらん。

『既に全力で応えてないな。』

 いや、様付けだよ?ドン引きだろ?

『それならトンナちゃんのヤンデレ具合がドン引きだよね。』

 ええ?!でも、それを言っちゃ可哀そうだろ?特にイチイハラが言うのはどうかと思うよ?

『あははは。確かにね。俺が言うのはちょっと可哀想だね。』

『でもどうやって様付けを禁止するの?トガリンも禁止したし、二回目ともなると可哀そうじゃない?』

 いやいや。そこは禁止じゃなく命令で。

『成程。それならトンナのアイデンティティ的には問題ないな。神からの啓示だ。っプ。』

 おい。今笑ったろ?

『神様だってよ。』

 もういいよ。

『神様ねぇ。』

『神様かぁ。』

 だから、もういいって。

 俺はイズモリ達の思考を振り切って、上体を起こすと、体操の鞍馬の要領でトンナの右肩で、体をクルリと回して座り直す。

 いつの間にか夜が明けて、朝の日差しが眩しい。

 一晩中、歩かせてしまったか、悪いことをしたな。

「トガリ様!」

 トンナが満面の笑みで俺の名前を呼ぶ。様付きで。

「トンナ。」

 俺はトンナの頭を撫でながら、優しく名前を呼ぶ。俺の優しい態度にトンナは大きく目を見開き、トガリン禁止のことを思い出したのだろう、先の展開に気付く。真剣な表情に切り替えたトンナは大きな声で俺に懇願する。

「トガリ様は、あたしの神様なの。だからトガリ様って呼ばせて。」

 俺はトンナの髪を弄びながら、答える。

「トンナ、俺からのお願いだ。俺のことはトガリと呼んでくれ。」

「うん。わかった。」

 お願いだと言った時点でトンナの表情がトロリと蕩けてた。

 俺は「お願いって…お願いって言われた…」とブツブツ言うトンナを無視して、オルラに向き直って頭を下げる。

「義母さん、ごめんよ。俺もこんなことになるとは思わなかったんだ。」

 オルラは肩を竦めて、「やれやれ。」と言う。

「まあ、お前のことだから大丈夫だとは思ったけど、一体どうしてこんなことになったんだい?」

「魔力の使い過ぎだ。急激に大量の魔力を使ったから、魔力を制御する部分がヘタっちゃったんだ。」

 俺は一つ頷いて、答える。

「それは、危ないことじゃないのかい?」

 オルラが心配そうに聞く。

「それは大丈夫。安全装置がちゃんと働くから。」

 イズモリ達のことだ。今後はちゃんと相談しよう。

「なら、いいけどさ。でも、お前はよく気を失うから心配だよ。」

 俺はもう一度、頭を下げて「ごめんよ。」と謝った。

 オルラが笑顔で頷いたので、これで、この件については良しだ。

「それと、一晩中、歩き詰めになっちゃったね。ごめんよ。」

 オルラが、再び笑う。

「しょうがないよ。あれだけのことをやっちまったんだ。早いとこ、あの場所を離れた方が無難だろうからね。」

 オルラの言葉にドキリとする。

「え?」

『そりゃそうだ。犯罪どころの騒ぎじゃないからな。テロリストと言われてもしょうがないな。』

『そうだねぇ。俺達の生きてた世界とは違うから気にしてなかったけど、宿場町を丸ごと消してるんだもんねぇ。』

『ははははは。ホントだ。人は分解してないけど、この季節に、真裸で、屋外で一晩なんて、かなり厳しいだろうな。』

 いやいや、お前ら、ホントに他人事みたいに言うなよ。

『他人事だが?』

『他人事だよねぇ。』

『他人事だよ?』

 俺は慌てて、オルラに話し掛ける。多分、俺の顔は青褪めていたと思う。

「義母さん、じゃあ、急いで逃げないと。どうする?いっそのこと皆の顔を、魔法で変える?」

 オルラがキョトンとした顔つきで俺の顔を見詰める。なに?俺、変なこと言った?

「いまさら何を言ってるんだい。お前のことだから、知ってると思ってたんだけど、知らなかったのかい?」

 え?何を?一〇歳児の知識に何を求めてるんですか?

「やれやれ、その様子じゃ、知らないまんまで、あんなことをやらかしたのかい。じゃあ、教えてやるよ。いいかい?」

 その後、オルラから語られた内容は、魔法に関する法規制についてだった。そもそも、魔法使いは、人口比率としては非常に少なく、ヤート族を除く、全ての国民は、五歳の時に魔法適正の検査を受ける。イズモリ風に言うならば、霊子回路があるかないか、霊子回路を使えるかどうかという検査だ。霊子回路があっても、使えないのであれば、不可だ。

 魔法を使える人数が少ないので、管理は容易だ。魔法使いは、全て、国登録されている。なんか、こう言うと、国登録の文化財みたいだが、実際に文化財級の扱いだろう。

 魔法適正で合格した者は、厳しい修行の末に、貴族の元に送られ、高い基本給を貰って、管理監督されているそうだ。

 したがって。

「魔法使いが犯罪を犯したことなんてないんだよ。勢力争いで、相手を呪い殺したり、戦場で攻撃魔法をぶっ放すなんてことはあるけどね。」

 とのことだった。

 犯罪立証、立件されたことがないから、魔法犯罪に関する法規制が整備されていても、実行力を伴っていないのが現状とのことで「安心していいよ。」とオルラに言われた。

「ただねぇ、ヤート族の子供が魔法を使ったってことと、魔法修行を受けてない子供が魔法を使ったってことの方が問題だねぇ。」

「そうか。確かに、そっちの方が問題だね。」

 国が徹底管理している、その網を潜り抜けている者が存在するのだ。そんな魔法使いが多数いれば、国の存続問題になる。

「もしかしたら、宮廷魔術師団が動くかもしれないね。」

 宮廷魔術師団。やっぱ、あるのかそういうのが。

「そいつらって、ヤバいの?」

 オルラが首を横に振る。

「さあ、どうだろうねぇ。でも、お前ほどじゃないだろうさ。なんたって、人だけを残して、宿場町一つを消しちまうような力があるんだ。そんな魔法使い、聞いたこともないよ。」

 俺は頭を掻きながら、問題はそこじゃないんだけどなぁ。と、考える。

『まあ、俺達がやったとは立件できないだろうから、あまり気にするな。魔法の痕跡が、マイクロマシンに走らせている命令プログラムのことを指すなら、暗号化してあるから、読み取ることも出来ないだろうからな。』

 心配いらないってことか?

『追跡されても、そいつらの脳に侵入して、記憶の改ざんを実行すれば、対処出来る。俺達に気付かれずに追跡するなんて不可能だからな。』

 じゃあ、取敢えずは、ひとまず安心か?

『気にするようなことじゃない。』

 言い切りやがったよ。スゲエな、イズモリ。

 俺は、肩の上でクルリと体ごと振り返る。クルリと回る瞬間にトンナが、まだ「うふっ。お願いだって…。」とブツブツ言っているが、気持ち悪いのでスルーだ。

 二人の猫はトンナの教育の賜物か俺と目を合わせようともしない。

「お前ら、これからどうするんだ?」

 二人が同時に顔を上げるが、口を開いて、また噤む。

 アヌヤがトンナの前に回り込み、トンナの左手を持って振り回しながらトンナの名前を呼んだ。

「トンナ姉さん。トンナ姉さん。あたしら話していいんかよ?どうなんよ?」

 おお、そういうことか。えらくトンナの教育が行き届いてるな。暴力って怖い。

「ん~?誰と話するの?」

 夢見心地のトンナは話の流れが見えてない。

「いいよ。俺がお前らと話したいんだから、話せよ。トンナ姉さんの許可はいらないよ。」

 俺がそう言うと、アヌヤが元の位置に戻って、俺に顔を向ける。

「あたしらは、奴隷だから、その、トンナ姉さんの肩に座ってるチビの言うことを聞くしかないじゃんよ。」

 俺のことだよな?チビって。

「ウチも奴隷だから、トンナ姉さんの肩の上で偉そうに踏ん反り返ってるドチビイカレ野郎の言うことを聞くの。」

 ああ、わかった。こいつら俺のことをディスリたいんだ。

「いや、もう奴隷とかはいいから、お前ら好きにしろよ。」

 二人は顔を見合わせ、頷き合って俺の方を向く。

「トンナ姉さんに、あたしらは、一生、チンチクリンの奴隷だって言われたから、しょうがないじゃんよ。」

「ウチもトンナ姉さんに、しっかり変態チビの世話をしなさいって言われたの。」

 ああ。腹が立つのに、トンナとのやり取りを知ってるだけに怒りづれえ。

「いいから、お前らは好きな所に行けよ。俺の世話なんかしなくていいから。それと、俺のことはトガリと呼んでいいから。」

 いい加減、苛立たしい気持ちを隠さず言ったのだが、二人は涼しい顔して言い返してくる。

「トンナ姉さんから許可を貰わないと、そんなこと出来るわけないじゃんよ。」

「そうなの。トンナ姉さんは絶対なの。」

 あれ?こいつら、トンナの奴隷?俺の奴隷?どっち?

「トンナが勝手に奴隷契約の署名をしちまったのさ。」

 オルラが俺の表情を読み取って、割って入る。

「ええ?いつの間に?そんな時間あった?」

「ほら、この子らのライフルを部屋で見てたろう?そん時、トンナが遅れて来たじゃないか。」

 ああ…そう言えば、アギラ討伐の前日、アヌヤの対物ライフルをコピーする時…そうだ。トンナは遅れて部屋に入って来た。その時に奴隷契約書に署名してたのか。なんて奴だ。油断も隙もない。

「そんな事より、チビジャリに聞きたいことがあるんよ。」

 スゲエな此奴、自分が奴隷にされたことをそんな事って斬って捨てたよ。サムライか?

「何を?」

 真剣な表情で、切実な声で俺に問いかける。

「アギラを討伐した、その方法を教えて欲しいんよ。」

「ああ、そのことね。」

 オルラが立ち止まり「そいつは、あたしも聞きたいね。」と言うので、わかり易く話そうと考える。

 皆が立ち止まっているのにトンナだけが呆けたまま歩き続けるので、「トンナ!止まれ!止まれよ!」と額をタップする。

「あっごめん!…トガリ…」

 トガリ教に嵌ってる目に、若干、乙女が混じっているが、まあ良い。

「トンナ。あっちの木陰でコルルを広げて、朝飯にしよう。そこで、皆に説明するよ。」

 追跡される可能性も無きにしも非ずだが、イズモリが大丈夫と断言したのだ。ここは開き直ってやる。

 畜生。これからは、もうちょっと慎重にならねば。

 そう考えながらも、俺は街道脇の木陰を指さし、そこで休もうと提案した。

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