アギラ
朝を迎えて、俺の心臓は少しばかり高鳴っていた。
俺は、一人で、狙撃ポイントに向かっていた。
トンナとオルラは一緒に行くと言い張ったが、俺がそれを押し止めた。アヌヤとヒャクヤの緊張の度合いが桁外れだからだ。
それぞれのペアをケアするように指示して、俺は町を出た。
狙撃ポイントで、俺は周囲に漂うマイクロマシンを出来るだけ収集して命令を走らせる。
この森一帯を俺のマイクロマシンで覆い尽すつもりで、マイクロマシンを大量に集める。
空を見上げる。
灰色の雲が渦を巻いている。
俺は溜息を一つ吐いて、元来た道を帰ることにした。
宿屋にて、五人で飯を食い、小太刀などの近接武器の手入れをする。
服も同じように手入れする。ベルトが切れかけていないか、破れはないか、糸のほつれなど、細かく点検する。
日が傾きだして、俺達は立ち上がる。
「行こうか。」
俺を先頭に、俺達は狙撃ポイントに向かった。
山の斜面を右手に、俺達は街道を西へと進む。間もなく狙撃ポイントというところで、霧が辺りを覆う。
「トガリ、拙いよ。これじゃあ狙撃できないかもしれない。」
オルラの心配を他所に、俺は自信を持って答える。
「大丈夫だよ。この程度なら心配ない。」
「でも何だか息苦しい、トガリは平気?」
トンナが不安そうに訴える。
「大丈夫だよ?緊張して、そう感じるんじゃないかな?」
少し歩くと、霧が晴れる。霧が晴れた所で、丁度、狙撃ポイントに到着する。俺はアヌヤとヒャクヤに山側の斜面に狙撃地点を設定させる。街道がアヌヤとヒャクヤの前を横切る位置だ。
俺は二人に今回の狙撃の難しさを伝える。
「いいか。アギラの群れは、この街道を真直ぐに東に向かって走る。スピードはかなり速いだろう。横移動している標的に当てるのは難しいだろうが、バイタルゾーンを狙う必要はない。体のどこかに弾が当たればそれで良い。落ち着けば必ず当たる。」
二人は頷き、事前打ち合わせの配置に向かう。
その二人を追って、オルラとトンナもそれぞれのペアの隣に腰を落ち着ける。
俺は、街道のど真ん中で、伏せてライフルを構える。体とライフルを街道と同じ色をした布で覆う。あとは待つだけだ。引き金を引くその時を。
俺は静かに息を吐いて、その時を待った。
『マイクロマシンの散布状況は良好だ。この森の中は、今、幽子の枯渇状態だ。早い段階で奴らは移動してくるはずだ。』
霧のように、肉眼で見えるほどの濃度でマイクロマシンを散布してある。幽子を喰い続けなければならない奴らは、この、唯一、霧の晴れた場所に来るはずであった。
暗い空が広がる。
既に日は傾き、灰色の雲が、更に周りの風景を暗くしている。
来た。
俺のマイクロマシンが食われている。
杉の木を回り込むように、ゆっくりと巨大な体躯が街道へと現れる。
灰色の毛並みには艶があり、濡れたように光っている。
一頭のアギラが首を左右に振って辺りに異常が無いかを確かめる。風は大量のマイクロマシンで調整している。西から東へと大量のマイクロマシンが飛んでいるのだ。物理的な移動によって空気が動き、それが微風となって、奴らに臭いを感知させない。
太陽の差し込まない灰色の雲。これも大量のマイクロマシンだ。
地面の陰影を消し、金属の反射を失くす。
仮初の安全を確認したアギラは他のアギラを呼ぶ。
十頭のアギラが、全て、街道に姿を現す。
俺は先頭のアギラを標的に引き金を引く。
アギラの体側の体毛が僅かに弾け飛ぶ。命中はしているが、アギラがそのことに気付く素振はない。
アギラは銃声を聞いて、初めてこちらの存在に気付く。
首を此方に向けて、喉の奥から威嚇音を発している。俺は構わず、銃身の耐久性を無視して、二発目を二頭目にぶち込む。
ボルトアクションで空の薬莢が跳ね飛ぶ。
二頭目が動く。
ゆっくりと俺に向かう。
俺は三頭目のアギラに三発目の弾丸をぶち込む。
三頭とも痛みを感じていないはずだ。
十頭のアギラが俺の方を見る。
トンナ、今だ。
俺からイチイハラを通してトンナへと合図が送られる。
アヌヤが、俺が撃ったアギラ以外を標的にして、撃つ。
銃声のした方向にアギラの注意が逸れる。
アギラに一番近い位置にいるヒャクヤが、また別の標的を撃つ。
更にアギラが動き、俺に横っ腹を見せる。
無傷の六頭目を俺が撃つ。
再度、アギラが俺に向き直る。
ヒャクヤが七頭目の体を撃つ。
アギラは戸惑っているはずだ。痛みは感じないが、触られている感覚はある。大きな銃声で、自分達に触れている者の存在はわかっている。しかし、何をされているのかが判らない筈だ。
アギラは群れで行動する。
幼獣を三頭連れている。
今も幼獣を中心において、警戒しているのみだ。幼獣を守ろうとする本能がアギラの動きを封じている。
俺は弾倉を抜き取り、薬室から使用していない弾丸を排出する。排出した弾丸は弾倉に込め直し、殊更、その存在を主張するように、俺は覆っていた布をはためかせながら剝ぎ取った。
魔獣の目が一斉に此方に向けられる。
薬室に新たな弾丸を構築する。
構築と同時に引き金を引く。それまでの銃声とは違う、砲撃のような銃声を轟かせ、初速十キロメートル毎秒の弾丸が一直線に飛ぶ。
「ギャン!!」
幼獣の叫び声。
一瞬で、俺は敵と認識された。
膨大な殺気を放つアギラが姿勢を低くすると同時に走り出す。
五頭のアギラが噴煙のごとき土煙を上げながら、俺に向かってジグザグに走り寄る。一足で十メートルの距離を潰す高速移動だ。
俺は排莢することなく薬莢を分解、薬室内に新たな弾丸を構築、引き金を引く。
先頭のアギラの左を掠めて弾丸が飛ぶ。
距離は既に百メートルを切っている。
飛び道具を警戒してアギラが帯電行動を実行する。
「ギャンッ!」「ガアアッ!」
走っていた五頭のアギラが地響きを立てて一斉に倒れる。
細かな痙攣を繰り返し、口々に泡を拭いている。
幼獣を守るために残っていた二頭のアギラが口からマイクロマシンを吐き出している。
俺はこの場に充満している俺のマイクロマシンを魔獣のマイクロマシンに接触させる。
奴らのマイクロマシンは、荷電された吸着型だ。俺のマイクロマシンに接触すれば、奴らのマイクロマシンは目標である俺に接触できなくなる。電撃誘導用のマイクロマシンが使い物にならなくなって、奴らは混乱している。
所詮は人間を餌としてしか見ていない獣だ。
次手の組み立てが遅い。
俺は新たに構築した弾丸を撃ちながら、マイクロマシンをアギラに纏わりつかせる。
「ギャンッ!」
俺の撃った弾丸が別の幼獣を撃ち抜く。
成獣の二頭が俺に向かって走り出す。
特攻にも似たその動きは、俺に向かって真っすぐに突き進んでくるというものだった。
やはり遅い。そして、単純だ。
俺は落ち着いて、一頭に的を絞って、新たな弾丸を構築する。
山の斜面からトンナが飛び出し、走り来る一頭の魔獣に体当たりを打ちかます。
正面から、残るアギラの顔に弾丸をぶち込む。
アギラはもんどりうって俺の左を転がり抜けていく。
俺は腰から小太刀を抜き放ち、転がるアギラを追いかける。
仰向けに倒れたアギラに向かって跳ぶ。
一直線にただ一点を目指して。
起き上がろうとしたその瞬間。
俺はアギラの目に小太刀を突き入れた。
小太刀は左の目から入り、右目を貫いて切っ先を露出させる。
アギラは痛みに反り返ろうとした。
俺はそのまま下へと小太刀を走らせた。
眼窩から下顎を斬り飛ばされたアギラが情けない声と血飛沫をまき散らす。
首を無茶苦茶に振りながら立ち上がるが、帯電しようとして、他のアギラと同様に痺れて動かなくなる。
俺はトンナの方を振り返り、それと同時に走り出す。
トンナも傷をつくっているが、アギラの方が出血している。
放電そのものは俺に阻害されているため、純粋な近接戦闘になっているお蔭だろう。
トンナに咬みつこうと牙を剥くが、トンナはお構いなしにアギラの牙ごと拳を打ち抜く。
鉄拳ならぬ、ダイヤモンドの拳だ。
牙を折られて、溜らず帯電しようとして、勝負はついた。
トンナの足元で一頭のアギラが悶え苦しむことになっていた。
残された三頭の幼獣は俺達の接近を察知して、帯電しようとして成獣たちと同様に倒れる。
こうして、アギラ討伐は終わった。
町に戻ったのは深夜になっていた。
俺達は、十頭のアギラの皮を剥ぎ、頭は角付きのまま骨に剥いて、魔石を取り出す作業。つまり捌くのにかなりの時間が掛かったためだ。
アギラの皮は発電板の筋肉と絶縁組織を剥がすのが結構大変な作業であった。
発電板と内臓と脳味噌と、全て一口ずつ喰わされたのには閉口したが、収穫は大きかった。マイクロマシンの製造器官が発見出来たことと、高性能の絶縁組織が手に入ったことだ。
俺達はホクホク顔で町に戻ってきたが、町の雰囲気は、俺達を歓待するというものではなかった。
町への出入り口は閉鎖され、出入り口付近の建物の二階から銃口が此方を向いている。
俺達の姿を認めた自警団らしき人物が、町の中の方へと走って行く。
「やっぱりな…。」
俺が呟くと、そのことに同意して頷くのはオルラだけだ。
門前でしばらく待つと、門の内側にギュスターと見知らぬ人物が現れる。
「宿場長だよ。」
トンナが俺とオルラの耳にそっと囁く。
「ご苦労。ヤートにしては上出来のようだな。」
その宿場長が口を開く、まるで使用人に対するように。
「なんだい、その口のきき方は。こっちはアギラ十頭を仕留めて来たんだ。宿屋で休ませな!」
トンナが怒りを隠すことなく宿場長に申し立てる。
「後ろに背負ってるのが、その証拠か?」
「そうだよ!だから、さっさとここを開けな!」
宿場長が下を向いて笑う。
「そうか、そうか。では、その収穫物を置いて、さっさと次の宿場町に向かうと良い。」
「なっ!何だって!」
「知っているだろう?ヤートは何物も所有してはならないと。お前たちのことはギュスターから聞いている。実質的なリーダーはトンナさんじゃなくて、そこの、ホレッそこの小汚いガキだそうじゃないか?だったら、貴様らはヤートの集団となる。したがって貴様らには、その収穫物の所有権はないということだ。わかるか?わかったなら、そこに収穫物を置いて、さっさと行け。」
宿場長が俺達を追い払うように右手を振る。
ギュスターは黙ったまま、俯いている。
「ギュスター。」
俺は静かに声を掛ける。
ギュスターの肩が跳ねるように動く。
「お前は、これで良いと思っているのか?」
ギュスターの肩が震える。
「俺の力を知っているお前は、これで良いと思っているのか?」
ギュスターが伏せていた顔を上げる。
「良いんだな?お前が黙っているのなら、俺の好きにするぞ?」
ギュスターが目を閉じて眉を顰める。目を開いた時に見えた光は覚悟を決めた印だ。
「わかった。俺の好きにする。」
俺は右手を開いて前へと差し出す。
一斉に分解が始まった。
その日。
宿場町が一つ消えた。
あとには服を着たギュスターと裸の住民だけが残された。




