狩りに行こうぜ!!
俺はギュスターに向き直り、二人の、この処遇に問題があるかを問う。
ギュスターは首を横に振って「被害者のあなた方がそれで良いならそうしましょう。ただし、人権剥奪処理はしっかり行います。」と言ってくれた。
俺は二人を見下ろしながら、小便だけを分解消去して、立てと命令する。
「こっちに来て、一緒に話を聞け。」
そう言って、俺はトンナに近づくが、トンナが怖い顔をしている。何だ?何を怒ってる?
「どうした?トンナ姉さん、怖い顔して。」
ムスッとしながらも俺を膝の上に乗せる。心なしか俺を抱える両手の力が少し強い。ってか、強い。ちょっと痛いですけど、トンナさん?
『あ~あ。トンナちゃんにヤキモチ焼かせちゃったねぇ。』
ええ?どこにヤキモチを焼く要素があった?
『トガリの方から二人を奴隷にしちゃったでしょ?トンナちゃんの時はあんなに嫌がってたのに。』
いや、あれとは違うだろ。今回は魂を結んでないよ?
『その辺は関係ないんじゃないかな?純真な乙女心には。』
何それぇ。純真な乙女心じゃなく、理論的な乙女心プリ~ズ。
「トガリ、この二人をどうするつもりだい?」
イチイハラとの会話に割り込むようにオルラが怪訝な顔で聞いてくる。
「この二人は馬鹿だが、銃の腕は良い。今回の討伐に使える。」
オルラが溜息を吐きながら「やれ、やれ。」と言う。
「とっ討伐?」
黒猫だ。
俺は頷いてから「お前らに協力してもらう。」と宣言する。
黒猫も白猫も「にゃっ!」と驚いて瞳孔を縦にすぼめる。
「お前達、名前は?」
「あたしはアヌヤ。テルナ族のアヌヤなんよ。」
黒猫が俯きながら答える。
「ウチはヒャクヤ。同じテルナ族なの。」
白猫も追随する。
猫人、キャットノイドと呼ばれる人種である。短毛、長毛、トラ柄、三毛柄と体を覆う毛並みには様々な種類があるが、全て同じ人種である。耳の位置は人間と同じだが、その形状は大きく違う。
「アヌヤとヒャクヤか。俺の名前はトガリ。こっちがトンナ姉さんで、向こうがオルラ義母さんだ。」
アヌヤとヒャクヤが二人に口を窄めながら、軽くお辞儀をする。
「俺達は、今、この町の自警団から討伐依頼を受けてる。討伐対象は、体長約五メートルの犬型の魔獣だ。」
アヌヤとヒャクヤが口を窄めながら、お互いの目を覗き込む。
「お前達、この魔獣を知ってるのか?」
黒猫が俯きながら答える。
「はあ。」
歯切れが悪いな。
「ちゃんと答えろ。」
黒猫が顔を上げて「はい。」と返事する。
「その魔獣はアギラと言って。雷を使うんよ。雷を身に纏って、額の角から雷を人に向けて撃つんよ。」
「よし。俺達の観察結果と同じだな。ところで、お前ら、あの魔獣のことをよく知ってるな?どうしてだ?」
黒猫と白猫が再び俯きながら、今度は白猫が答えた。
「ウチら、あのアギラを討伐してくれる魔狩りを探してたの。」
その答えを聞いて、俺達は「うん?」となる。
「ちょっと待て。お前ら魔狩りじゃないのか?」
「違うんよ。」
「違うの。」
俺の質問に二人は揃って首を横に振った。
「あれ?えっ?いや、ちょっと待て?えっ?」
俺が混乱する横でオルラが二人に問いかける。
「前の宿場町であたし達に喧嘩を売ってきたのは、どういうつもりだったんだい?」
すると二人が勢いよく首を左右に振る。
「売ってないし。全然そんなつもりはなかったんよ。」
と黒猫が言うと。白猫が話を続ける。
「そうそう。ウチら、ハガガリを討伐した魔狩りが居るって聞こえたから、その時の話を聞いて、それから依頼しようと思って声かけたら、教えないよ馬鹿って言われたから、どの程度強いのか確かめたかっただけなの。」
何だそれ。
「いや、お前。まともに俺に撃ってきたじゃないか?当たったら死ぬよ?」
黒猫のアヌヤが下を向いて答える。
「当たるような奴じゃ使いもんにならないと思って…」
おいおい。使い物にならないからって見ず知らずの子供を殺すか?どうなってるこの世界の感覚。
「っしたら、アヌヤがちょっと切れちゃって…」
自分の所為にされたのが気に食わないのか、アヌヤがヒャクヤを睨む。
「お前だって、殴り倒されて、頭に来てたんじゃないよ!」
「あのライフルはアヌヤの物なの!」
「そのライフルでお前もぶっ放したんじゃないよ!」
「あれは、アヌヤが観測手になるから、ウチが撃たなきゃしょうがなかったんじゃないの!」
「もういい。止めろ。」
俺は二人の言い争いを止めて、トンナの方をチラリと見る。
トンナはあらぬ方を向いて、知らん顔だ。ガン無視だ。
「まあ、とりあえず、そのアギラを討伐するから、お前たちも手伝え。」
俺がそう言うと二人は項垂れて「はい。」と答えた。
改めて、俺はギュスターに向き直り、契約の変更を伝える。
「討伐対象が一頭から十頭になった。三百万じゃ割に合わない。」
その言葉に、ギュスターは、当然だと言わんばかりに頷く。
「討伐対象の十頭の内、体長五メートル以上の魔獣は一頭につき四百万、それ以外の魔獣は一頭三百万だ。どうだ?支払えるか?」
ギュスターが俯いて黙考する。
当然だ。十頭全部を討伐すれば、全部で三千七百万ダラネだ。
しかし別の考え方もできる。何頭か討伐して、そのまま帰らぬ人となる可能性もあるから、その場合はアギラの数が減って、タダで済む。
仮に、生きて逃げ帰って来ても、アギラの残数を把握できる上にアギラ討伐の証となる物品を持ち帰れないだろうから、そのことに対しても抗弁できる。よって安く済む。
「町からの人員は出せません。防衛するのに手が取られるためです。それでも構わないのでしたら、その金額でお願いいたします。」
どうやら、ギュスターは後者を選んだようだ。
別に、俺達はこのままトンズラしても良いんだけどね。まあ、見張りを一人ぐらい張り付かせるだろ。
「じゃあ。トンナ姉さん。契約成立ってことで。」
トンナが頷き、ギュスターが宿屋の主人に、紙を二枚とペンとインクを持って来させる。
宿屋の主人を立会人に、俺がトンナの膝上で紙に契約書をしたためる。期限は明日からの三日間。トンナとギュスターに契約書を渡して、確認してもらう。宿屋の主人に立会人欄に署名してもらって、最後にお互いが署名して、契約書を懐に収める。
「ありがとうございました。これで我々は町の防衛に専念できます。」
そう言ってギュスターは立ち上がり、深々とお辞儀して出て行った。
「さて、それじゃあ、俺達も飯にして、明日に備えますか。」
オルラとトンナが頷き、宿屋の主人に飯を注文する。
「あの、あたし達のご飯は?」
アヌヤが侘しい顔で侘しい声を出す。
「?奴隷って飯食わさなきゃいけないの?」
オルラに聞く。
「さあ、あたしは奴隷を持ったことがないからね。」
「あたしも知らない。」
トンナもオルラも冷たい。
アヌヤもヒャクヤもショボーンと項垂れる。
「嘘だよ。冗談。そこに座って、お前らも注文しろよ。」
二人とも表情を一変させて、飛び上がって椅子に座る。矢継ぎ早に出される注文は、メニューに書かれている物全部の勢いだ。
まあ此処の宿泊代も食事代もギュスター持ちだから別に良いけど。
テーブルに皿が乗りきらないなと思っていたが、料理が来る尻から消えていく。宿屋の女将が給仕してくれたのだが、料理が出来上がって、持って来ると、空の皿を引き上げるといった体で、息つく暇もなさそうだった。
トンナの食事量も半端じゃないが、二人の食べる量も半端じゃない。
『熊一頭でも、この三人なら一回の食事で終わりだな。』
イズモリも感心している。
「お待たせ。」
トンナが、遅れて部屋に入って来て、全員が揃う。
宿泊している部屋で、俺達はアヌヤの持参した対物ライフルを囲む。
俺は手をかざして、対物ライフルの構成元素、分子配列、各部品の構成を記録、保存する。生物の場合は遺伝子情報を確認するため、イズモリに食えと言われるが、無機物はそんなことしなくてもわかる。右目が粒子の動きを捉えているし、マイクロマシンが解析するための情報をもたらしてくれる。
俺は鍛冶屋で仕入れた鉄と一塊の鉱石を再構築して、対物ライフルの横に並べる。
イズモリの指示に従って俺は対物ライフルをコピーする。鍛冶屋で貰った鉄を分解、再構築を繰り返し、その形を整えていく、部品によっては、鉱石からの元素を組み合わせる。
イズモリ曰く、この鉱石は鉄マンガン重石と言われるもので、タングステンの原料であるとのことであった。
タングステンは金属のうちでは最も融点が高く、比重が大きく、高い硬度を持つため、ライフルの薬室、銃身、作動カ所に使用するとのことであった。
宿場町で売られていた銃は現代日本で知られる銃と同じだが、アヌヤの所持している銃は、霊子を使用するため、それらの銃とは構造が違う。
霊子は指向性のエネルギーのため、純粋にエネルギーとして使えるが、エネルギーとして稼働させるには使える物が限定される。
まずは、マイクロマシンだ。超小型の原子核サイズのマイクロマシンは量子と同じ状態で空間を飛んでいる。しかし指向性のある霊子に観測されると粒子となって、霊子に刻まれた命令を実行する。
そして、マイクロマシン以外にも、霊子をエネルギーとして使用できる物が、もう一つ存在する。
イズモリが霊子金属と呼ぶ、結晶化した霊子回路だ。
俺はこれを一つ持っている。
ハガガリから取り出した、この世界では魔石と呼ばれる物だ。
この霊子金属は霊子に刻まれた命令を忠実に実行する。
アヌヤの銃は、この霊子金属が使用されていた。
薬室の前方に、上下を挟む形で、弾頭と同径の間隙が出来るようにホイールが設置されている。
このホイールが、それぞれに前方向に高速回転することで弾頭を加速し、射出する。
ホイールは、霊子を送り込まれていれば、常に回転するため、弾丸の薬莢がストッパーとしての役割を果たす。撃針で雷管を叩き、弾頭を発射、高速回転のホイールに接触加速、銃身内には薄く伸ばされた霊子金属が螺旋状に張られ、ホイールと同じく高速回転している。これによって、加速された弾頭は、回転しながら、さらに加速される。イズモリの理論値では初速が秒速で十キロメートルに達するとのことだ。
この霊子式対物ライフルとも言える銃を二丁構築する。
これで、アヌヤが元から持っていた物と合わせて、計三丁だ。
トンナとオルラは慣れたものだが、アヌヤとヒャクヤは驚きに声も出ない。
「アヌヤ。お前、ショットシェルを持ってるな。それを貸せ。」
「あっはい。」
そう言ってアヌヤはお尻の方からズボンに手を突っ込み、何やらモゾモゾとしている。
何をしてるんだ?と思ってると、イズモリが声を上げる。
『成程。弾は全部、分解消去したのに何でショットシェルなんて持ってるのか不思議だったが、そこに入れてたのか。』
そうか。普通の銃弾は、この宿場町で購入したのだろうが、対物ライフルの口径に合うショットシェルなんて売ってないもんな。
「んっ。」
と声を上げてアヌヤが俺に「はい。」とショットシェルを差し出す。
「洗って来てくれる?」
あえて、どっちから出したのかは聞かないが、とにかく洗って欲しい。
「にゃっ?汚くないんよ?」
「いや。気分の問題だから。」
そう言われて、アヌヤは「汚くないのに…」とぶつぶつ言いながら、トイレで洗って持って来る。
俺はそれを受け取り、同じように解析、記録、保存する。
「ありがとう。」
と言って、アヌヤに返すと、アヌヤは、またズボンに手を突っ込み、尻の方でモゾモゾする。
やっぱりそこに戻すのか。と、思いつつアヌヤを冷ややかに見ていると、それに気づいたアヌヤが「にゃ?汚くないよ?」と、同じことを言う。
ヒャクヤもアヌヤの言葉にうんうんと頷いているので、同じことをしてるのだろう。
俺は手持ちの材料で霊子ライフル用のショットシェルを作り出す。
合計で二十発。
一頭に対し、二発しか使えない。心もとないが仕方がない。そもそも、霊子ライフルの耐久性が不明なのだ。七発も撃てないかもしれない。
アヌヤとヒャクヤに七発ずつ渡し、俺は六発を霊子ライフルに装填する。
俺は四人に作戦を教える。
俺を含めたアヌヤ、ヒャクヤの三人が狙撃手として三方向から狙撃、トンナはアヌヤと、オルラはヒャクヤとペアを組んで、近接戦に備えると同時に観測手をする。
決行は明日の夕方。
場所は、昨日、アギラが眠っていた場所につながる街道。オルラの報告では、今日も同じ地点で街道を横切り、同じ場所で同じ時間に群れで眠っていたそうだ。
俺達は明日に備えて眠ろうということになり、俺はデフォのトンナの上、オルラは一人でベッドの上に、アヌヤとヒャクヤは狭いながらも三人掛けのソファーと一人掛けのソファーを器用に組み合わせて、二人で抱き合って眠った。




