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トガリ  作者: 吉四六
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やっぱ、魔狩りは無理かも

 俺達は街道下の森へと入る。

 オルラを先頭に魔獣の足跡を追う。魔獣の体が大きいため、俺達でも楽々と通れる獣道が出来ている。五分程歩いたところで、感知する。

 オルラの足も止まる。霊子を喰っている、正体不明の獣。

 距離にすれば二キロメートル、方向は南南西、風向きは北西だ。風が巻かなければ気付かれない。

 気配、マイクロマシンを引き戻し、俺はその手に二つの双眼鏡と一つの照準器を構築する。双眼鏡をオルラとトンナに渡し、俺は照準器でその方角を見る。

 木々が邪魔をして、その姿を捉えるのが難しい。

「寝てるね。」

 オルラは捉えたようだ。

 俺がオルラに近寄ると、オルラは左手で双眼鏡を空間に固定したまま、俺に双眼鏡を譲る。オルラが支える双眼鏡を覗き込むと見えた。

 灰色の巨大な体躯を下草の中に埋もれさせるように眠っている。

 背中を此方に向けているため、顔が確認できない。

 足は体の下に折り込んでいる。確認できるのは大きな体躯と長い尻尾だけだ。

 あまりの大きさに周囲の下草や木々の縮尺がおかしく見える。

 俺に続いてトンナが確認する。俺は南に六メートルほど移動して、自分の照準器で魔獣を確認する。

 耳が確認できる。狙撃するポイントとして耳下から頭部に抜ければ、内耳を破壊されて、直ぐには反撃できないだろうと思われる。

 位置としては見上げる形になって、標的の着弾面積が小さいため難しいか?

 この位置からでも狙撃すれば、当てることは出来るだろうが、致命傷とはなりにくいだろう。しかし出来れば標的の全体像を掴んでおきたい。

 カウンターに備えた上で狙撃するか。このまま奴が起きるのを待つか。

『後者だな。』

 やっぱりそうだよな。俺は皆の位置に戻って、魔獣が起きるのを待とうと提案する。全員が同意するが、ギュスターには帰ってもらうよう頼む。

 責任者として、この場に残ると言い出すが、トンナに「あんたがいると邪魔なんだよ。」と言われて引き下がる。

 実際、邪魔だ。いざという時、瞬間移動で逃げるつもりなのに、ギュスターがいると瞬間移動で逃げられなくなる。

 俺は瞬間移動を秘匿したいと考えている。

 瞬間移動とは言っても、原理は自分自身を元素まで分解して、高速移動後、特定のポイントで再構築しているだけなのだ。高速移動が亜光速なために瞬間移動のように見えているだけだ。

 問題は高速移動中だ。この間、俺は危険を察知することが出来ない。それどころか自我さえない。特定のポイントをマイクロマシンに設定して、その場所まで俺を運ばせて、再構築するのだ。元素状態の俺は何も出来ないし、何も考えられない。高速移動から再構築されるまでは全て、マイクロマシンに任せている状態だ。

 獣人や魔獣のように量子である幽子を喰らう存在が確認できているのだ、自分を元素状態でほったらかしにするのは十分に危険な行為だと考えられる。

 俺のように粒子を見ることが出来る者なら、簡単に瞬間移動の原理に辿り着くだろう。

 だから、このメンバー以外には瞬間移動を見せるつもりはないのだ。

 長期戦になることを考慮して交代で観察することにした。二人がその場に伏せて、休み。一人が跪いて魔獣を観察する。時計がないので、テグサを使おうかとトンナが言うが、魔獣に気付かれる可能性を鑑み、疲れたら交代しようということになる。長時間、双眼鏡を覗き続けるのは結構なストレスがかかる。

 まずは、トンナが観察するということで、俺とオルラは伏せて待機だ。

『放電は厄介かもしれんな。』

 どうして?

『マイクロマシンを無効化するかもしれん。』

 そうか。マイクロマシンに走らせている命令が電磁波によって阻害されるか。

『放電の対抗策を練っておいた方が良いだろう。』

 マイクロマシンで放電現象を発生させることは可能なのか?

『可能だ。』

 静電気?

『基本はそうだな。ただマイクロマシンでやる場合はもっと簡単だ。原子内の電子を取り除けば正の電位となるから、電位差をつくりだすのが簡単だ。その上で空気の絶縁破壊を起こさせる。一般的に言われる雷の発生と同じだ。』

 パワーがありそうだな。

『空気の絶縁破壊を起こさせる時点で相当のパワーが必要だ。空気の絶縁破壊が起きるイコール大きなエネルギーだ。』

 そうか。雷ってのは空気の絶縁破壊を発生させるほどの力を持っている現象ってことか。

『そうだ。』

 じゃあ。あの魔獣はどうやって電気を発生させるんだ?

『放電方法は不明だが、電気を発生させる原理は、恐らく、毛皮下、表皮の直下にあるだろう。』

 表皮の直下?

『電気を発生させれば自身も感電するから、全身を覆う絶縁体の上を、更に覆う、薄い筋肉、発電板と同じ役割を持った筋肉が覆っているだろう。発電板で発生した電気は表皮側の毛に伝わり、帯電する、もしくは放電する仕組みだな。』

 発電板って?

『電気ウナギとかが持ってる、筋肉が元となる発電器官だ。』

 成程。で、帯電するかもってことは、触ると感電するってこと?

『そうだ。触ると感電する。』

 常に帯電してるのかな?

『確証は持てんが、常にとは考えにくいな、発電板は筋肉が元になっているから発電するには筋肉を動かさなければならん。帯電状態を維持しようとしても地面に触れていれば電気は逃げていくから、常に帯電させておくよりも、意図的に帯電させる方が効率的だ。』

 じゃあ。寝ている今は帯電していない?

『恐らくな。恐らくだぞ。あくまでも。』

 どうやって、帯電させたり、帯電しなかったりするんだ?

『これも恐らくだからな。多分、毛を逆立てると皮膚の下で毛根部分が発電板に接触するようになっているんだろう。薄い筋肉で出来た発電板が動くことで、電気を発生させると同時に毛を逆立てるんだろうな。』

 で、強力な電磁波を纏うことで、マイクロマシンの命令その物を破壊するってことか。

『そうだ。』

 俺とは相性が悪いな。

『最悪の相手だな。』

 接触不可で、マイクロマシンも奴に接触したら稼働停止になるんだろう?

『帯電中は接触できないな、物理攻撃では魔獣を活動停止にはできん。霊子を喰わなければ。体内の霊子を喰うには接触する必要がある。ハガガリの時もそうだったろう?』

 帯電中はってことは、帯電してなければ、マイクロマシンを侵入させることができるってことか?

『侵入させても無駄だぞ。』

 なんで?侵入させて、魔獣の動きを操作すれば、チョロいだろう?

『魔獣の動きを操作するには魔獣のマイクロマシンをハッキングする必要がある。』

 うん。わかってるけど?

『つまり、魔獣のマイクロマシンのプログラムの上書きだが、それができない。』

 なんで?俺たちの霊子回路じゃスペック不足なのか?

『そんな訳あるか。思考言語が違うからだ。』

 は?

『俺たちのマイクロマシンは人の言葉でプログラムが走ってるが、奴のマイクロマシンは、獣の思考でプログラムが走ってる。』

 あっ。

『お前が、獣の言葉を話すことができるって言うならマイクロマシンの上書きは可能だがな。試してみるか?』

 なんだ。にっちもさっちも行かないじゃないか。

『まあ観察した結果、そういう結論になるかもな。』

 トンナと交代する。

 日が落ちて暗くなっている。

 俺がトンナと交代して、二分程が経過したところで、魔獣が動き出す。

「起きた。」

 小さな声で呟く。

 オルラとトンナが起き上がり、それぞれが双眼鏡と照準器を手に同じ方向を見詰める。

 魔獣は起き出すと体を波のようにくねらせ、大きく伸びをする。一瞬、白く発光する。

『帯電した。』

 起きて直ぐに?

『帯電することで表面のゴミを焼いたんだろう。』

 今は発光してないから、帯電は一瞬だけ?

『ああ、多分な。』

 魔獣の額には角が二本、縦に並んで生えている。上に反り上がったサイのような角だ。

『あの角、放電しそうだな。』

 ああ如何にもな感じだ。

 首も四肢も太い。狼のような面貌に長い犬歯が上顎から覗いている。耳が左右に動いて、音を探っている。索敵器官は、鼻と耳、もしかしたら、弱電での索敵器官も持っているかもしれない。

 上空を仰ぎ、鼻をひくつかせている。

 魔獣が口を開いた時、イズモリが声を上げる。

『マイクロマシンだ!』

 俺の右目も捉えていた。魔獣が天を仰いで、口を開いた時、大量のマイクロマシンを吐き出したのだ。

『なんてこった。奴らが使えるのは体内のマイクロマシンだけじゃなかったのか?』

 いや、しかし考えてもみろよ。体内のマイクロマシンだって永久に稼働できる訳じゃないだろ?老朽化したり、壊れた場合のことを考えれば、奴らはマイクロマシンを体内で製造できるんじゃないのか?

『そうか、その可能性は考えてなかった。体内で製造したマイクロマシンを周囲に吐き出し、…』

 …吐き出したマイクロマシンで何をするんだ?

 吐き出されたマイクロマシンは魔獣の周りで無軌道に飛んでいるだけだ。

『どうしてマイクロマシンを吐き出せる?』

 えっ?

『奴らは俺達のマイクロマシンを食ったじゃないか、何故、マイクロマシンを体外に吐き出せるんだ?』

 口から吐き出されたマイクロマシンは魔獣から約三メートル離れた周回を無軌道に飛んでいる。

『俺達のマイクロマシンは、奴らに食われた。なぜだ?』

 マイクロマシンに含まれた霊子もしくは幽子を食うためだ。

『そうだ。奴らの体内に幽子と霊子は取り込まれ、マイクロマシンは残る。命令が走っていればマイクロマシンは体内の霊子を消費しながら命令を実行する。』

 だが、体外に放出はされない。

『放出させるやり方はあるが、魔獣が製造したマイクロマシンはどうやって放出された?』

 イズモリ、何に疑問を抱いてるんだ?

『マイクロマシンを放出しようとすれば、霊子もしくは幽子を消費する。しかし、魔獣は霊子と幽子を逃がさない。だから、放出することが出来ない筈なんだ。』

 ああ、成程。と、いうことは、霊子以外のエネルギーを使ってるってことか?

『そうか。電気か。マイクロマシンの製造過程において、決まったプログラムを持ったマイクロマシンを製造し、電気によって作動させている。だから、放出されたマイクロマシンは魔獣から距離をとって飛んでいるのか。』

 距離って関係あるのか?

『恐らく、あの魔獣が幽子を食う圏内は、魔獣自身を中心に三メートルほどの範囲なんだろう。その距離を保持していれば、マイクロマシンは霊子を奪われることなく活動できる。』

 つまり、最初は電気で作動していたマイクロマシンが魔獣から三メートル離れると幽子で作動し始めるってことか?

『そうだ。あのマイクロマシンに俺達のマイクロマシンを接触させてみよう。』

 俺は、魔獣のマイクロマシンに俺のマイクロマシンを接触させる。接触した瞬間に白い発光と共に接触したマイクロマシンが焼失する。

『焼かれた。』

 下の長い方の角、あれも発光したな。

『プラスかマイナスの電荷は不明だが、あのマイクロマシンは電荷している。』

 イズモリの解説によると、あのマイクロマシンは正か負のどちらかの電荷になっており、照準に合わせて、物体に吸着し、魔獣の角から放電される逆の電荷を受け止めるのだろうということだった。つまり、落雷を任意の標的に正確に落とすための照準器ということだ。

 しかし、照準器よりも性質が悪い。

 あのマイクロマシンに吸着されたら、百パーセントの確率で落雷に合うのだ。

 あの魔獣にとってはマイクロマシンとの接触は日常茶飯事なのだろう、自分の周囲で起こった放電現象に興味を示すことなく歩き出す。

 俺達は魔獣の姿が見えなくなってからも、しばらくそこから動かなかった。俺とオルラが気配を伸ばし、周囲一キロ以上に奴の気配を感知しなくなってから俺達は宿屋に帰るべく、動き出した。

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