何か魔狩りっぽくなってきた
デルケード宿場
先のテノラード宿場と大した差異は見られない。デルケード宿場の先にも、俺はマイクロマシンを飛ばして確認しているが、各宿場に、大きな違いはあまり見られない。
違いと言えば、宿場町同士の距離が近い場合だ。
近接した宿場町の中間地点には、軍の使用する駐屯施設が設けれらており、そこは砦としても機能するように建築されている。
駐屯地では馬が多数飼育され、機動力に重点を置いていることが伺える。
ドラネ村からホノルダまでには十八の宿場町が存在するが、軍の駐屯施設は全部で六カ所存在する。駐屯施設は関所も兼ねているため、無視して通り過ぎる訳にはいかない。
宿場町に並ぶ建物は大体が住居兼店舗の構造で建築されている。
メインストリートに、そういった店舗兼住居の建物が軒を連ね、町の外周には農家が点在する形だ。したがって町の外縁部には農地が広がっているんだが、村の農地と比べると、あまり大きくはない。開墾する人員が少ないこともあるだろうが、地形的に農地に向いていないのだろう。
河川は北側のホルルト山脈から南へと流れている。河川と直交するように伸びる街道。その街道沿いに宿場町が存在するため、農業用水を入手できる宿場町は限られる。
結果、農業を営む者が減少、もしくは制限されることとなる。
このデルケード宿場も他の宿場町同様、農業、畜産は盛んではない。
俺達は一軒の宿屋に入る。ヤート連れだとバレないので、すんなりと泊まることが出来た。すんなりどころか、オルラお気に入りのハガガリの兜を見ただけで「魔狩りのお方ですね。」と言って、勝手にランクの高い部屋をあてがわれる。料金は据え置きでだ。
これがヤートの魔狩りだとわかったら、どんな対応になるのだろうと考えてしまう。
「魔狩りってだけで随分と優遇されるんだね。」
部屋のソファーに座って、俺はオルラに話しかけた。
「それだけ魔獣を狩るのは難しいってことさ。あたしの聞いた話だと、昔、五十人からの人間を動員して魔狩りに挑んだけど、誰一人として帰って来なかったってこともあったらしいからね。」
「へ~魔獣ってそんなに強いんだ。」
「トンナ、お前が魔狩りなんだろう?俺達の中じゃ、魔狩りになるって決めてたのはお前だけだぞ。」
真面目な顔で感心するトンナに、俺も真面目に突っ込む。
「いや~。あたし、まだ狩ったことがないから。」
舌をペロッと出して「えへへ。」と笑う。ムカつかないから素の態度だな。よしよし。
オルラが兜を下ろして、うなじを擦りながら、首を回す。
窓の方をチラリと見る。オルラ達は知らないが、この宿場町、実は一つの問題を抱えている。
この宿場町と次の宿場町、ドンザネ宿場までの街道で魔獣の目撃情報が報告されている。
魔獣の詳細については把握できていない。
今も宿屋の下を武装した自警団が数人、西へ向かって走って行く姿が見えた。
『来るだろうな。』
『そりゃ来るでしょう。』
『来るよねぇ。』
来ない方がおかしい。
部屋の扉がノックされる。
討伐依頼が来た。
鎧を纏った二十代後半の青年が宿屋の主人と一緒に尋ねてきた。
「先ずは、不躾な来訪に応じていただき、心からの感謝を。」
丁寧なお辞儀を受けて、俺達も返礼する。
「私は、この宿場町で自警団の団長をしております。ギュスター・ラングルと申します。」
「ツキナリのトンナよ。」
リーダーが自己紹介だ。
俺とオルラのことはどうでもいい。紹介の必要はないだろう。
トンナが俺の両脇を抱えて膝の上に座らせる。
ペット可の宿屋でしたっけ?
「どうぞ。お掛けになって。」
悠々とした態度だな。でも緊張してるのが俺に伝わって来てるぞ。ああ、だから俺を膝の上に座らせたのか。
そうとわかれば、俺も太々しく構えようと、トンナの膝上で斜めに座って膝を組む。右肘をトンナの腹に置き、頬杖をつく。
オルラも雰囲気を出すためか、ソファーの肘掛けに座って、足を組んでいる。
俺がトンナの膝上で太い態度になったため、トンナもそれに合わせて座り方を変える。低い背もたれの向こう側に右手を垂らし、オルラが座る肘掛けとは反対側の肘掛けに左肘を置いて、その手で俺の頭を撫でてから、軽く俺の頭頂部にキスをする。
俺の髪にキスをしながら、上目遣いに脅すような視線をギュスターに向ける。
「で、ご用は何かしら?」
おお、マフィアの女ボスみたいだな。凄いぞトンナ。腹がでかいのもプラスになってるぞ。
現にギュスターも宿屋の主人もビビり気味だ。イケ!イケ!トンナ!
「実は、最近、この街道の先で魔獣の目撃情報がございまして。」
俺の髪に頬擦りしながら、トンナがニッコリと笑う。
「あら、それはお困りでしょうね?」
イケ!イケ!トンナ!
「はい。その魔獣というのは、体長が五メートル近い犬科の魔獣でして。」
イクナー!イッテハダメダ!イクナー!トンナ!イッテハダメダ!!
「まあ、それは大変ですわね。そうですねぇ。体長五メートルでしたらかなりの大物、お高くなりますけど、構わないかしら?」
行ってしまった。トンナは俺の手を離れ、遠くへと行ってしまった。たとえ失敗しようとも、受けねばなるまい。体長五メートルの犬ってなんだよ、犬って。そんなデカいのが立って歩くことが出来るの?普通に考えれば出来ないでしょ?勘弁してくれよ。
ギュスターはホッと溜息を吐いて、安心した顔で言葉を続ける。
「今はまだ犠牲者は出ておりませんが、近い内に少なくない犠牲が出ると予測できます。トンナ殿には、できる限り、早い段階で動いていただきたいと思う次第で、お願いできますでしょうか?」
トンナが艶然とした笑みを浮かべる。完全に自分に酔ってるな。
「ふふ。よろしいのかしら、さっきも言いましたけど、あたし達は高くつきましてよ?」
ほら酔っ払ってる。しかも、性質の悪い酔い方だ。
「申し訳ありません。何分、魔獣の出現も初めてなら、魔狩りの方に依頼するのも初めてなため、相場がわかりません。率直なところ、お幾らになりますでしょうか?」
トンナが下唇に指をあてて「そうねぇ~」と考える。駄目だ。また、適当なことを言ってドツボに嵌る。
「先ずは、偵察行動をするから、前金として十万。魔獣の戦力如何では、依頼を断るかもしれないから、その点は承知してくれ。仮に討伐可能と判断できても、現状戦力で討伐するか、援軍を要請してからの討伐になるかの方針を出す。偵察の結果次第だな。偵察の結果、依頼を断るとした場合も前金の十万は返却しない。偵察だけでも命懸けだからだ。」
俺が横から、いや、下から早口で受諾条件を言う。
これで、討伐不可能と判断できれば、そのままトンずら出来る。
「わかりました。前金の十万ダラネ。直ぐにご用意いたします。」
ギュスターは偉そうな一〇歳児の言うことを真面に聞いて頭を下げる。
あれ?怒って、この話はなかったことにって言わないのね。チョット期待したのに。
『セコ!』
『セコイぞ!』
『セコイよ~、それは。』
トンナが頷き、ギュスターからの討伐依頼は一旦終了だ。
ギュスター達を送り出し、トンナはソファーに深々と腰かける。俺はデフォの膝上で寝っ転がってソファーの肘掛けに頭を乗せる。
「ば、義母さんは体長五メートルの犬の魔獣って知ってる?」
婆様と言いかけて、慌てて義母さんと言い直す。
オルラが首を振る。
「いや。聞いたこともないねえ。」
「あたしも知らない。」
うん。トンナ、わかってるから。お前が知らないのはわかってる。
「よし。じゃあ、とにかく準備をしておこう。」
俺は膝の上で起き上がり、まずは、いつでもトンずらできるように、先の宿場町で貰ったヤート同行許可証の日付を偽造し、トンナに宿場長の所に行って、ヤート同行許可証に署名捺印を貰ってくるように指示する。
俺とオルラは、トンナとオルラ用に、双眼鏡を買うため、宿屋を出る。宿屋の主人には、ギュスターが来たら、金を預かるか、一階のレストランで待つか、どちらかにするよう言伝る。
先の宿場町で俺達を襲い続けていた黒猫が持っていた双眼鏡の構造を記録保存済みだが、再構築するための元素素材がない。双眼鏡の部品を構成する素材さえあれば、幾らでも作り出せるのだが、なければ買うしかない。
刀剣銃砲店に入るが、あるのは腐った照準器だけだ。宿場町には光学系の専門店などある訳がなく、眼鏡を置いている店舗にも双眼鏡や望遠鏡は見当たらなかった。
仕方がないので、腐った照準器を十二個購入する。
レンズのコーティング剤は諦めるが、これだけあれば大口径の双眼鏡と照準器が構築できるだろう。他にも特殊低分散レンズや内筒の塗装など、諦めなければならない部分は多いが、距離を稼げる双眼鏡と照準器があればいい。
そう考えると、黒猫達が持っていた銃器に照準器、双眼鏡に長剣は、いずれも高性能だった。どうやって手に入れたのか吐かせれば良かったかと少し後悔する。
宿屋に戻ると、レストランにギュスターとトンナが俺達を待っていた。双眼鏡は分解済みなので俺達は手ぶらだ。
早速、件の魔獣が目撃された場所に索敵してみようということで、俺達四人は出発する。
宿場町を抜けて、街道に出る。山の斜面を這うように街道は敷設されており、曲がりくねった状態で伸びている。
観測には不適だが、相手がここに現れるなら仕方がない。
俺とオルラは気配を伸ばして周囲を確認しながら先を進む。三キロメートル程進んだ所で、ギュスターが止まり、山側の森に視線を向ける。森と街道の境界に大きな杉の木が生えていて、その杉の木を指し示す。
「あの大きな杉の木がわかりますか?あの杉の木の向こうから街道に現れ、街道下の森へと入って行ったそうです。」
頷いて、その杉の木に向かって歩き出す。
「何日前のことだい?」
オルラがギュスターに問いかける。
「三日前の夕暮れ時だと報告されております。」
「ふむ。」
オルラが頷き、杉の木周辺の地面を探る。
「これだね。」
俺達はオルラの見詰める地面を覗き込む。
巨大な獣の足跡が確認できる。その面積と地面の窪み具合から『大体二トンはありそうだな。』とイズモリが言う。
俺は視線を上げて、杉の木を見上げる。
「オルラ、毛がある。」
高さ二メートル程の所に、灰色がかった毛束が杉の幹に付着している。
トンナが手を伸ばして、毛束を取って、俺に渡す。
俺はその毛束を躊躇なく口に放り込み、そのまま呑み込む。途中、食道に引っ掛らないよう、マイクロマシンで胃まで運搬させる。
ギュスターがあからさまに嫌そうな顔をする。
『ナノチューブ構造だ。電極が仕込まれているから、毛先から放電させるかもしれないな。』
体長五メートル、肩高二メートル体重二トンで放電能力あり。
何それ?化け物じゃん。
『魔獣だろ?』
『モンハンとかで出てきそうだよね?』
『放電させる原理は電気ウナギとかそういうのと一緒かな?』
駄目でーす。議論にもなりませーん。全員、完全に他人事でーす。




