やっぱり猫人もファンタジーっぽくなかった
メインストリートで対峙する。
西部劇みたいだな。
見物人が周囲を取り巻く。
巻き込まれたら死ぬぞ?
黒猫はホルスターに収まった銃把に手を掛けている。
白猫は長剣を抜き放っている。
右目で見ているとよくわかるのだが、銃にも剣にも霊子が収束している。
周囲の幽子を身体内に摂り込み、霊子に変換して、筋繊維中のマイクロマシンに供給しながら、それぞれの武器にも供給している。
銃の中では、霊子の命令を受けたマイクロマシンが高速回転中で、剣の方は高速振動中だ。
剣は高周波ブレードで、銃は、コンパクトなレールガンと言ったところか。
『剣はともかく、銃の方は面白いな。』
『ちょっと、欲しくなるねぇ。構造と組成をしっかり解析したいから、貰ってよ。』
無茶言うなよ。
『そんなこと言わずにお願いだよ~。何とか頼むよ~。』
しょうがねえなあ。
「おい、黒いの。」
「はあ?」
真っ当に怒ってるな、黒いの。
黒いのと言われてカチンと来てるんだろうな。
俺は右手を差し出して「その銃、俺にくれ。」と言ってみた。
黒猫が怒りながら、微妙に驚いている。器用な表情をつくる奴だ。
「お前、舐めてるよな?うん。完全に舐めてるじゃんよ。」
「いや。舐めてるんじゃなくて、お願いしてる。だから、くれ。」
俺は右手を差し出したまま懇願?命令?を繰り返す。
「舐めるんじゃないよ!」
その言葉と同時に黒猫が銃を抜き放つ。
一発の銃声しかしないのに、三発の銃弾が飛ぶ。当然、俺には飛んでくる銃弾など見えていない。俺の目前で弾丸が分解されたのが三カ所で確認できただけだ。
「なっ!!」
黒いのが、何が起こっているのか理解できない様子で驚く。
黒猫が握っている銃は、自動拳銃と言われる形態に似ていた。バレルが長く、排莢するスライド部分の下に回転するホイールが取り付けられている。
ホイール部分が回転しながら、所々に青白い光を発していることから、霊子で高速回転させて弾丸を射出しているのだろうと思われる。
薬莢は、引き金が引かれるまで、弾丸が射出されないように銃本体内につなぎ留めておく役割があるのだろう。
音を発生させる火薬を使用しているのは、パーティー内のメンバーに撃ったことを知らせるためか?それとも、霊子の消費を抑えるためか?
『排莢させるためじゃないかな?』
成程、納得。
火薬と高速回転するホイールの力で射出された弾丸は、バレル内で更に加速されて、標的を撃ち抜く。
原理としてはそんなところか?
まあ、目で見えなくても分解できることは実証できたし、近づいてやったらどんな反応をするかと思って歩き出す。
その横では、白猫が高周波ブレードでトンナに斬りかかっていた。
「ハアッ!!」
とか言ってる。
トンナにしてみれば高周波ブレードがどんな物かは知らないはずだが、その刃を易々と素手で受け止めている。
そりゃそうだ。高周波ブレードと言っても鉄の刃を高速振動させて、斬れ味を増しているだけの代物だ。発生させた振動による共振作用で物を斬る訳じゃない。だから、鉄で斬れない物は、どんなに頑張っても斬れない。
トンナの表皮はマイクロマシンを常駐させている。
体に含まれる炭素の分子配列を一瞬で並び替え、ダイヤモンドに作り変える。だから、鉄で斬れることはない。
高速で振り降ろされる剣を的確にダイヤモンドに変質させている掌で受け止めている。
これは、トンナの毛髪と頭皮に常駐しているマイクロマシンのお陰だ。
俺はトンナの毛髪を幽子の動きを感知するアンテナに仕立て上げた。
この世界は幽子で満たされたプールの中のような状態だ。粒子や量子が動けば幽子にその動きが伝わる。
その動きを感知するアンテナの機能をトンナの毛髪に加えたのだ。
トンナは白猫の動きを的確に捉えて、その攻撃を見事にいなしている。
「余裕だな。」
トンナの方を見て俺はそう呟く。
イチイハラがイズモリから教えられたマイクロマシンの使い方をトンナに伝えているのだ。あの程度の武器なら、トンナの身体能力で捌くのは簡単なはずだ。
「来るんじゃないよ!!」
トンナの方を見ながら、黒猫に近づいていたのだが、その黒猫は既に恐慌状態で銃を撃ちまくっていた。
どこをどう狙っても弾丸は分解されて、俺には届かない。
金属分子を分解するように命令を走らせたマイクロマシンが、俺の周囲を完全に覆っているからだ。
撃鉄が空撃ちの音を立てる。慌てて、マガジンを入れ替えようとするが、遅い。
俺はバレルを握って、銃の構造を記録、保存そして分解する。
「ああっ…」
黒猫が泣きそうな顔と声で、無手になった右手を見る。
後ろの方では金属が折れる音と共に、聞いたことのない女性の悲鳴が轟いている。
トンナも片付けたようだ。
「でっ?」
俺は黒猫にこれからどうする?と、聞いてみるが、当然回答はない。
「じゃあ、終わりってことで。」
俺はニッコリ笑って、トンナの方を振り向いた。
トンナの足元に、白猫がぐったりと倒れている。
黒猫が懐から単発式の銃を取り出す。
俺を後ろから撃つつもりだ。
しかし俺には見えている。俺の周囲は、イヤ、この町全てが、俺のマイクロマシンで覆われているのだから。
獣人がマイクロマシンを喰ってしまっても構わない。喰われても、マイクロマシンは、そのまま獣人の体内に存在し続ける。消費されるのは、あくまでも霊子だけだ。プログラムを走らせ続けるマイクロマシンは、黒猫の体内を駆け巡る霊子を消費して実行する。
俺の命令を。
黒猫は動きを強制的に止められ、手の中の銃は、分解で消失する。
俺は黒猫を一顧だにすることなく、トンナへと歩き続けた。
トンナが俺に向かってニッコリと笑う。
「こっちも終わったよ。」
気軽な声。緊張も何もない。
足元の白猫を見ると、左頬にトンナの拳の跡がくっきりと残っている。
痛そうだ。
金玉がキュッとなっちまったぜ。
「じゃあ、昼ごはんにしようかね。」
オルラが何でもないように言う。でも、その話し方、何とかならないか?婆臭いぞ?
興奮さめやらぬ見物人の間を抜けて、俺達はレストランに戻り、元のテーブルに着く。
さっきのウェイターが、注文しておいた料理を直ぐに並べ始める。
レストランの外では黒猫が白猫に駆け寄って、白猫を揺さぶっている。
見物人は既に、ただの通行人に変わり、二人の猫型獣人は路傍の石と同様の扱いだ。
俺達が料理を平らげたのを見計らって、ウェイターが「こちらは当店からでございます。」と言いながら、デザートとコーヒーを持って来た。おっと、俺にはミルクだ。
俺達が優雅に食後のデザートに舌鼓を打っていると、黒猫が街道の向こうから、こちらを狙っている姿を捉える。
大口径の対物ライフルのような銃だ。距離にして約六十メートル。
街道の向こう側から斜めに俺を狙う位置取りだ。
巨大な銃身を見た通行人は、ギョッとして慌ててその場を立ち去る。
射線上に人がいなくなった瞬間にそれが火を噴く。
音は聞こえない。恐らく音速を超えているのだろう。
そんな超音速の弾丸であってもレストランの窓さえ破ることは出来ない。
俺は銃声を聞きながら、何事もなかったかのようにデザートを食べ終え、ミルクを飲む。オルラとトンナが銃声を聞いて表の方を覗くが、俺が「気にしなくても良いよ。」と、言うと再び腰を落ち着けた。
全員が食事を堪能し、会計を済ませて表に出る。
再度、大口径ライフルが火を噴くが、結果は変わらない。
オルラは外に出た時から、その殺気を感知して黒猫の方を見ていたが、トンナは銃声を聞いて、黒猫の方を見る。
「あたしが伸してこようか?」と俺に聞くが、「いいよ。何にも出来ないからほっとけば。」
と、右手を振って、さっさと出発しようと二人を促す。
町を出るためにメインストリートを西に向かう。黒猫の銃声は俺達が町を出る時まで鳴り響き続けた。
町を出て、人気のない所を求めて歩き続けて約一キロメートル。
気配を伸ばすということが出来ない獣人のトンナが「トガリ。」と呼び止める。
俺はトンナを振り返り、わかってる質問内容に困った顔で待ち構える。
「前みたいにパパッと宿場町に行かないの?」
オルラが大げさに溜息を吐く。
「あの二人が付いて来てるんだよ。」
オルラも気配を伸ばしている。勿論、俺のように細かな情報を取得することは出来ないが、それでも魔獣と同じように霊子を食っている者が二人、町を出てから、ずっと追って来ているのだ。町で出会った獣人だとわかるだろう。
「やっぱりあたしが伸してこようか?」
イチイハラと繋がっているから、トンナに任せても良いとは思うが、黒猫の方は俺の担当だしなあ。
「いや。頃合いを見計らってチョチョッと片付けるよ。」
俺は話しながら、二人を促し、歩き出す。
「そお?別に構わないよ?あたし、トガリのお陰で随分強くなってるし?」
トンナが俺の隣に並びながら、下僕根性を覗かせる。
「いいよ。次撃ってきたら、裸にひん剥いて、街道に晒してやるから。それに、歩いて行くのも良いじゃないか?風景を楽しみながらさ。」
「そうだね。お前の移動方法だと、風景は楽しめないからねぇ。」
オルラがのんびりとピクニック気分で言う。
「そっか。急がなくても良いもんね。トガリがいるし。」
暢気な会話をしている尻から黒猫達が撃ってきた。
俺の頭のすぐ後ろで弾丸が分解消失する。
三人が一斉に溜息を吐く。
俺と黒猫の射線上にトンナを立たせる。第三者が見れば、トンナが俺を庇ったように見えるはずだ。
俺は黒猫達の死角で、自分を分解、元素の状態で黒猫達の背後に移動、再構築を実行する。
街道脇の茂みで、伏せ射ち姿勢の白猫が「ちっ!あの豚!邪魔なの!撃っちゃう?」と呟けば、観測手役として伏せた黒猫が「駄目なんよ。このまま撃てば、こっちのポイントを割り出されるんよ。」と、双眼鏡越しに答えている。
いやまあ、後ろに居ますけど。
俺は後ろから黒猫の尻を思いっきり蹴り上げる。
「ギャンッ!!」
尻を押さえて寝転がったまま俺の方を振り返る黒猫。白猫は銃床を肩に置いたまま、俺を振り返る。
驚きながらも銃を抜き撃ちする反射は流石だ。二人して合計十八発もの弾丸を撃ちやがった。一〇歳の子供を殺す気満々だなオイ。
「ハイ。終わりにしようか。」
俺はそう言うと、二人の体中に仕込まれたマイクロマシンを乗っ取り、命令を発する。
「二人とも立って。」
二人は何が起こったのか理解できないまま、俺の命令に従う。
「な、な、な、何してるんよ!このガキ!」
これは黒猫。
「きっき貴様!呪ってやるの!可愛い猫の呪いは恐ろしいって知ってるの?!呪ってやるの!祟られマスターになるの!良いの?!」
これは白猫。
殺そうとしておいて、何を言ってやがるだ。
街道まで出ると、俺は適当な木を見繕って、二人の荷物からロープを引っ張り出す。
「なに人の荷物漁ってんよ!泥棒!」
これは黒猫
「手前!あたしらの自由を奪って変なことするつもりなの?!思春期まっしぐら帝王!!」
これは白猫。
変なこと?しない、しない。
二人の服を分解。真っ裸にする。
「何しやがるんよ!この変態!」
これは黒猫。
「手前!ガキのくせに獣人抱こうっての?!この、おませチャンピオン!」
これは白猫。
さっきから、この白猫ちょっとおかしくない?
大体、毛で覆われてて、まったく、全然、裸っぽくないんですけど?
二人の足首にロープの両端をそれぞれに括りつける。
黒猫は右足、白猫は左足だ。
ロープの中間地点を一旦分解、木の枝を越える形でロープを再構築、後はロープその物の長さを調整してやる。
「ニャッ!!」
「ヒャア!!」
ロープの長さが突然短くなって、二人は枝に逆さに吊るされる。
ギャアギャア喚く二人を尻目に俺は二人の荷物から、弾丸だけを分解消去して、ナイフを取り出す。
俺がナイフで二人の顔をピタピタと叩いてやると直ぐに黙った。
「体の自由を戻してやる。」
そう言ってナイフを地面に突き刺し、ロープはそのままに、体を自由にしてやる。
「じゃあ、俺は行くけど、二人とも達者でね。」と別れを告げる。
ナイフは、吊るされた二人には、微妙に届かない。
一人が、ロープを伝って、枝まで登ってしまえば直ぐに解放されるのだが、今の二人はそのことに気付くかどうか。
完全に頭に血が上って「待つじゃんよ!こら!」とか「変態チキンヤロー!」とか「くそ!届かねえじゃんよ!」とか「嫌がらせマスター!」とか言ってるので、しばらく吊られてなさい。
俺はオルラとトンナの傍に戻って、周囲に人の気配がないことを確認して、次の宿場町までテレポートした。




