魔狩りと黒猫と白猫
「やっぱり、服装を変えて正解だったよ。」
オルラに町での様子を報告しながら、ベッドに下着を並べる。
こうして並べると、下着泥が捕まって、窃盗品を写真撮影されてるテレビ報道を思い出す。
俺は二人に服を脱いでもらって、下着のサイズ調整をする。排泄時にズボンを脱ぎたくないという二人のリクエストに合わせて、ボディスーツをメインに改造を施す。
膝上から胸までを覆う形で、肩紐は可動性を考慮して、背面で肩ひもが交差する、レーシングバックに整える。
布自体は、吸水性と温度調整を考えて、メッシュを使った複合積層構造だ。股間部と背中のホックで留めるようにして、胸部分のカップを調整して終了だ。
俺はボクサータイプのパンツを作って、終了。
麻を使っていた裏地を買って来た綿のシャツとパンツで、綿素材に張り替える。
「トンナ、調子はどうだい?」
トンナが首をぐるりと回して肩も回す。
「うん。もう大丈夫だよ。」
その言葉を聞いて、出発しようという合図になる。
トンナが単独で役場長に宿舎を借りた礼と出発の挨拶を済ませてくる。
「今から出発すると、次の宿場町には今日中に到着できませんよって、心配されちゃった。」
案外いいオッサンだな。
「ありがとうって言っといたけど、あたし達には関係ないもんね。」
トンナがはしゃぎながら、俺に向かってウィンクする。
う~ん。最近、トンナのことが娘のように可愛くなってきたので、トンナが可愛い子ぶっても平気かと思っていたが、やっぱり微妙にムカつく。そう思っていると意外な所から突っ込みが入る。
「トンナ、気持ち悪いから、その可愛い子ぶってる振りはお止め。傍で見てて、あまり気持ちの良いもんじゃないよ?」
オルラがズバッと言った。若返ってから何だかトネリっぽくなったような気がするが、気のせいか?
『いや気のせいじゃないな。』
『俺もそう思うなあ。』
『右に同じくね。』
トンナが腰をくねらせながら、困ったように眉を顰める。
「え~。ト、…あたし、ぶってないも~ん。これが素だも~ん。」
自分のことをトンナと呼びそうになって頭痛がしたようだ。
頭を押さえながら、言い切った。
オルラは溜息を吐きながら「トガリをご覧。」と言う。
トンナが俺の方を見て、顔を青褪めさせる。
「うん。これからは可愛い子ぶらないから。ねっ?トガリ、そんな目であたしを見ないでよ。ねっ?止めよう?その目は止めとこう?」
俺はよっぽど冷たい目をしていたようだ。トンナ半泣き状態である。
「普通が一番。」
「うん。うん。普通。普通が一番だよね?」
俺の言葉にトンナが必死に同意する。
ハガガリと熊の毛皮が無くなり、かなり身軽になった俺達は、宿場町を出る前に調味料を幾つか買い込み、昼食を食べようと宿屋の一軒に入る。
一階がレストランで、二階以上が宿泊施設だ。
テーブルに座ると、直ぐにウェイターが注文を取りに来る。
昨日とは大違いだ。
ウェイターはオルラをチラチラと見ながら大量の注文を書き留めている。俺は気になったので、ウェイターに聞いてみる。
「連れの格好が珍しいのかい?」
俺の言葉に「これは失礼しました。」と、お辞儀をする。
「お客様が被っておられる兜があまりに珍しいので、何の素材をお使いなのかと思いまして。不躾をお許しください。」
成程、と頷く。
「彼女が被ってるのはハガガリ。魔獣のハガガリの頭骨だよ。」
俺が答えやると、ウェイターは、目を見開き、大きな声で「ハガガリの?」と聞き返す。オルラとトンナが満足そうな顔で頷く。
ウェイターの声を聞いた店内の人間が、若干、騒めいたような気がしたが、全員がこのテーブルに視線を向けているので、気のせいではないようだ。
「それでは、お客様は魔狩りをご生業になさっておられるのですか?」
俺が、いやそんな大したものじゃ、と、言おうとしたら、トンナが堂々と割り込む。
「そうだよ。」
さっきまでの可愛い子ぶりっこは、どこ行った?結構ドスの効いた声で喋ってるぞ、この姉ちゃん。
「あたし達は魔狩りのパーティーさ。ハガガリぐらいチョロイもんさ。」
ハガガリを狩ったのは俺とオルラで、お前はいなかったけどな。
もう一度言うけどお前は狩ってないからな。
トンナの言葉を受けて、店内から「おお。」とか「それは凄い。」とか賞賛っぽい声が聞こえる。トンナは調子に乗って、俯き加減に口の片方だけを歪めて「フフッ」と笑う。
役者だねえ。
『調子に乗ってるな。』
『まあまあ。昨日のこともあるから、ここは大目に見てあげようよ。』
『そうだねぇ。昨日は酷い目にあったから、その反動ってことで。』
店内の隅の方で椅子が大きく音を立てる。
俺はマイクロマシンを町中にばら撒いている。当然この店の中もだ。だから誰が立ったのか直ぐにわかる。
獣人だ。
二人の獣人が同時に立ち上がった。
真っ白い毛並みに赤い瞳、真っ黒な毛並みに金と緑のオッドアイ。
二人とも、頭頂部から項に掛けて鬣のように一際長い毛が逆立っている。
唇と鼻頭だけに毛が生えていない。
胸元と各関節にだけ鎧が装着されている。指先が露出した革手袋、その指先から爪は見えていない。背後に見える長い尻尾は細く、しなかやかに揺れている。
猫科だな。
右目で見れば赤い粒子が体内から溢れている。
『超やる気モードだな。』
黒いのは銃らしきものを腰のホルスターに、白いのは長剣を背負っている。
二人がトンナの前に立つ。
黒猫が顎をしゃくって、トンナを見下ろす。
トンナは座りながらも、踏ん反り替えって、相手を見下ろす。
黒猫の唇が、嫌らしくひん曲がる。
「ハガガリがチョロイって?」
「ああ、チョロイね。」
スゲエ。何がって?嘘をここまで堂々と言い切るのがスゲエ。
「後学のために教えてもらいたいんよ。どうやって狩ったんよ?」
挑発的な黒猫の言い方。さあ、どう出るトンナ、お前は実際には狩ってないんだ。どう切り返す?
トンナは上体を前のめりにし、片肘をテーブルに乗せて、黒猫の目を睨み据えながら唇を歪める。
「誰が教えてやるもんか。バーカ。」
流石だ!実際、狩ってないからな!答えられる訳がない!答えられなきゃ、答えなきゃ良い!流石だ!
黒猫と白猫の瞼がピクリと動き、牙を剥きながらニヤリと笑う。
「表に出なよ。実際に手前の腕前を確かめてやんよ。」
トンナが音もなく立ち上がる。
「お待ち。二対一でやるつもりかい?」
おっ!オルラ参戦!オルラ&トンナVS白猫&黒猫!
「こっちは二対三でも構わないんよ?」
黒猫が爪を出した人差し指を招くように、機敏に動かす。
オルラがフッと笑い。
「トガリ、手加減するんだよ。」
と宣った。
『…』
『…』
『…』
「えっ?俺?」
オルラの方を見ると艶然と笑っている。
トンナの方を見ると嬉しそうに笑っている。
黒猫はあからさまな嫌悪感を目に浮かべている。
白猫は目を眇めて俺を睨んでいる。
ウェイターは事の成り行きにワクワクしている。
いや。ウェイターはどうでもよかった。
「しょうがねえなあ。」
俺はそう言って立ち上がった。




