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トガリ  作者: 吉四六
30/147

第四副幹人格

 俺は速足で歩いていた。

「くそっ。」

 心に溜まったどす黒いものが口をつく。

「くそっ!」

 何なんだ。何故こんな目に合わなければならない。俺達が何をした。

 店に入ってテーブルに座っただけだ。

 只それだけだ。

「くそっ!!」

 奴らの腕や足を消してやった。残飯を食わせてやった。だから何だ。

「くそっ!!」

 怯えさせてやった。俺の命令に従わせた。だから何だ。

「くそだ!!」

 俺は立ち止まり。天を仰ぐ。

「俺がくそだ!」

 店を出るまでは有頂天だった。ざまあ見ろだ。

 イズモリもイチイハラも何も言わなかった。

 店を出て最初に目に入ったのが、トンナとオルラの怯えた視線だった。

 今も二人は俺の後を何も言わずに付いて来る。

 俺が怖いのだ。

 俺に逆らえば何をされるかわからない。そんな奴と一緒にいるのは俺だってごめんだ。

 俺は立ち止まったまま、俯いた。

 重い腕がまわされる。

 強くだが、優しく抱き締められる。

「大丈夫だよ。トンナはトガリの下僕だから。ずっと一緒だよ。」

 頭が優しく撫でられる。

「大きな力を持ってしまったからね。使い方がまだわからないのさ。」

 何だよ。俺が怖くないのかよ。

 二人は何でこんなに優しいんだよ。

 涙が出る。

『僥倖だよ。』

 何だ。今まで黙ってたくせに。

『ああ。観察させてもらってた。』

 観察だと?いい加減にしろよ手前!

『これは秘匿回線を使ってる。』

 …第七副幹人格か?

『ああ、大分疼かせたな。奴を刺激しすぎだ。』

 そうか。残酷な仕打ちだったからな。シリアルキラーには、堪らないよな。

『ああ。奴は俺ならこうする、何で店内の人間全員にこうしないと喚いてやがった。』

 今は?

『今は完全に静かになってる。』

 そうか。

『でも注意しろ。お前の感情の振り幅に奴は同調するぞ。俺達もそうだが、お前が第二次性徴期を迎えれば第五副幹人格は間違いなく、お前にも認識できるようになる。お前の精神体の状態如何で奴らと混じることになるからな。』

 混じるのは確定なのかよ。

『確定だ。お前、気付いてないのか?やたら計算が速くなったり、論理的に物事を考えたりするようになっているのは、お前が俺達と混じっているからだぞ?』

 そう言われて気付いた。思い返せば、確かに異常な計算能力だった。トサを助けるためにトネリと走っていた時、俺は三平方の定理を使って平方根を計算していた。

 山の中を全速力で走りながらだ。

 要点を押さえた理路整然とした話し方もそうだ。俺は日本にいた時から、そんな話し方をしていたか?

『わかったみたいだな。お前は混じりやすくなっている。だから俺達と上手くやれるんだ。それを自覚しろ。』

 じゃあ、一体何が僥倖なんだ。

『自制するコツがわかったことだ。』

 コツ?

『そうだ。オルラとトンナを大事にしろ。それにトネリやアラネ、トドネもそうだ。彼女達のことを大切に考え、彼女達が望む方向性を選択肢の中に織り込め。』

 そうか、彼女達を怖がらせないためには、どういう風に行動すればいいのかを行動指針の中に織り込めってことだな。

『そうだ。そうすることで、奴と混じっても自制が効くはずだ。』

 俺はトンナとオルラの手に触れて、目を閉じる。

 俺が俺でいるために、彼女達を大切にしよう。

 俺の両手に収まる人だけは大切にしよう。そうすれば俺は俺のままでいられる。

「明日、もう一度あの店に行くよ。」

 二人が俺の顔を覗き込む。

「心配しなくても大丈夫だ。あの三人を元通りに治してやるんだ。」

 俺がそう言うと二人はニッコリと微笑んだ。


 宿舎に戻って、俺達は、あの店の料理を食べた。

 店で料理を分解した時、そのまま記録保存して宿舎まで持って帰って来たからだ。

 あの店の料理かと思うと、今一箸は進まなかったが、料理は料理。料理に罪はないとのイチイハラの意見から俺達は結局、美味しく頂いた。

 明日には元に戻しに行くんだから良いだろうとも思ったからだ。

 店自体は酷い待遇だったが、料理はそこそこに美味しかった。一々、イチイハラが批評してくるのが鬱陶しかったが、トンナはそんな批評にうんうんと頷いていた。

 宿舎の部屋は職員が生活用に使用しているために結構広い。

 特にこの部屋は家族用とのことで、部屋が三室ある。一室はリビングダイニングで、一室は夫婦用の寝室、もう一室は子供部屋だ。

 俺が子供部屋に向かうとトンナがそれに付いて来る。

「ベッドは一つしかないけど?」

「うん。一緒に寝ようか?」

「いや。二人で寝るにはベッドが小さすぎるでしょ?」

「じゃあ。あたしの上でトガリが寝なよ。」

 トンナが自分のお腹をポンポンと叩く。

 うん。やっぱり、選択肢がなさそうだ。

「トガリ、どっちにしろトンナにはベッドが小さすぎる。こっちで、ベッドを並べて寝たらどうだい?」

 オルラがトンナと俺をワンセットで考えるようになってきた。

 慣れって怖い。

 オルラに言われて確認すると、どのベッドもトンナには小さいことがわかった。

 夫婦用の寝室でベッドを二つくっ付けて、トンナ用のベッドにする。オルラは子供用の寝室で寝るようだから、俺もそれに付いて行こうとすると、両脇を掴まれ、ヒョイと持ち上げられてトンナ用のベッドに座らされ、服を脱がされる。

 トンナと二人、木綿の下着姿になったところで「寝よっか。」とトンナに正面から抱きかかえられる。ぬいぐるみのように俺を脇に抱えて、ベッドに横になってから、俺を一旦、持ち上げて、腹の上に乗せる。

『ようにじゃなくて、完全に、ぬいぐるみ扱いだな。』

 だな。

 俺はトンナの胸に顔を乗せ、腹ばいで横になっている。

 まだまだ夜は冷えるが、トンナは暖かい。

 俺の顔が埋まらないように毛布を掛けてくれる。

「トガリ、お休み。」

「お休み。」

 嬉しそうに笑うトンナ。何だ、本当に可愛いじゃないか。そう思いながら俺は目を閉じた。

「やあ。」

 いつもの白い空間だが、知らない奴がいる。

 イズモリとイチイハラは椅子に座っているが、そいつは座っていない。イズモリはフレームレスの角ばった眼鏡を掛けているが、こいつは、丸眼鏡だ。長い髪を後ろで纏めて、顎に薄い髭を生やしている。

 第何人格だ?

「第四副幹人格。」

「初めまして、マサト君。」

 はじめまして。

「俺の名前は奏寺(かなでら)紘一(こういち)よろしくね。」

 よろしく。っでお前は何が得意なんだ?

「うわ~何か、その慣れ慣れ感が台無し。」

 いやもう、一々リアクションするのも面倒だから。

「何かショック~。俺の力がいよいよ必要かと思ってたのに。」

 必要?カナデラの力が?

「そうだな。お前、結構、マイクロマシンで物を創ったろ?」

 イズモリに言われて思い浮かぶのは、料理と家ぐらいだが?

「料理は俺のお陰だよね?」

 イチイハラが手を挙げる。

 そうだな。イチイハラのお陰で分解前に記録保存と再構築ができた。

「こう言っちゃあ何だけど、家は俺のお陰なんだよ。」

 カナデラが、遠慮気味に手を挙げる。

 そうか。じゃあ、お前は建築家か何かの統合人格?

「いや。建築だけじゃないんだよね。」

 後頭部を掻きながら照れたように笑う。

 じゃあ、他にも?

「そう。俺達の場合、統合された人格が最も多いんじゃないかな?」

 へえ。何人ぐらい?

「そうだな。全体の六割近く?ぐらい?」

 そいつは多いな。

「そう。第五副幹人格のイチイハラが大体三割だから、かなり多いね。」

 へえ。じゃあイチイハラとカナデラの二人格で、ほぼ九割じゃないか?イズモリ消えるんじゃね?

「そんな訳あるか。自我の強度が違う。」

 で、カナデラは建物以外に何ができる訳?

「ああ、うん。俺の場合は人工物に関しては、ほぼ全般ね。」

 えっ?

「俺達は物欲の塊でね。服やフィギュア、車にバイク、刃物に軍用品。まあ、とにかく、職人、芸術家、コレクターとオタクの集合人格なわけ。」

 マジか?これまたチートな人格が出現だよ。

「確かにね。イズモリとカナデラが組んだら大抵の物は構築出来るんじゃないかな?」

 ですよね~?

 それにしても、また人格が表出するのか、益々現実世界での会話がややこしくなるな。

「仕方あるまい。俺達はお前の感情の振り幅や行動原理に左右される。お前が必要な力を使えば使うだけ、俺達はお前に認識されやすくなる。」

 成程。結構、再構築してたからなあ。

「そうそう。だから俺があんたに認識されたの。」

「まあ諦めろ。トガリの成長に合わせて、七人格全員が顔を揃えるのもそう遠くない。」

 パンクしそうだよ。

「でも俺の使い勝手は良いよ?服の素材構成を変えたり、合成したりしてヤートってバレない服装に変えられるからね。」

 そうか。そいつは便利だな。役所に出向く時は元に戻せば良い訳だし。

「そうそう。便利でしょ?」

 じゃあ、明日はそれをやってみよう。

「ああ。色々試してみるといい。」

 うん。じゃあ、他に用がなければ、俺はそろそろ休ませてもらうよ。

「ああ。いいぞ。お休み。」

「お休み~。」

「お休みなさい。」

 段々チート具合が振り切ってきたなと思いながら、俺は意識を眠りへと切り替えた。

 朝、目が覚めると、まずはトンナを起こす。

 そのままオルラを呼びに行き、二人をリビングに座らせると、オルラに相談する。

「トンナが魔法使いに勝てるように、強くなりたいと言ってる。」

 トンナに視線を送るとトンナが力強く頷く。

「俺の魔法で、強くなることは可能だが、多分、トンナの体に負担が掛かると思う。」

 オルラが心配そうに、命に係わるのかい?と聞くが、俺は首を横に振る。

「そんなことにはならない。激しい痛みがあるかもしれないけれど、命には係わらない。」

 ハッキリと言うが、オルラは心配そうだ。

「やっぱり、心配だよね。」

 オルラが頷く。

「そりゃあねぇ。」

 トンナが苦しみ出したら、オルラが心配する。だから、オルラの許可が必要だ。

「トンナ。今以上に強くなりたいのかい?」

 オルラの言葉にトンナは力強く頷く。

「だって、トガリと一緒に生きてくんだもの。あたし、トガリの足手まといになりたくない。」

「そうかい。」

 オルラが諦めたように俯く。

「しょうがないね。じゃあ。その魔法、あたしにやってみておくれ。」

「えっ?」

 オルラの申し出に俺が驚く。

「お前だって、その魔法は初めてなんだろう?だったら、あたしで試してみればいいじゃないか?それとも失敗するかもしれないのかい?」

 俺は両手を前に出して、力一杯振る。

「いやいやいや、失敗なんて絶対しない。」

「じゃあ良いじゃないか。まずは、あたしで試してごらん。」

 俺は口をへの字に結んでイズモリに問いかけるが、イズモリからは、意外な返事が返って来る。

『良いじゃないか。婆様で試そうぜ。』

 でも、かなり負荷が掛かるだろう?

『いや。オルラには身体強化じゃなく、若返ってもらおう。』

 ああ成程。しかしお前、そこに拘るねぇ。

『そりゃそうさ。あの若い体に、この皺だらけの顔だろ?アンバランスにもほどがある。』

 俺はオルラの方に向き直り、真剣な眼差しを向けて問いかける。

「どんな結果になっても怒らない?」

「ああ。お前のやることだ、失敗してもそんなに酷いことにならないだろうからね。」

 俺は頷いて、オルラの両手を取る。

「ちょっと、手を握ってくれない?」

 眉を八の字に傾げながら「はあ?」と言うオルラ。わかる。そのとおりだ。あんたの反応は間違ってない。

「まあまあ。可愛い甥っ子が頼んでいるんだから。」

 オルラは「魔法の儀式かい?」と言いながら、両手に力を入れる。

『目を閉じさせろ。』

「じゃあ。ちょっと目を閉じて。」

 ここまできたら、観念したのか。黙って俺の言うことを聞いてくれる。眉は困ったように八の字を描いていたが。

『若い頃のオルラをイメージさせろ。』

「婆様は若い頃ってどんな感じだったの?」

 目を開けて「はあ?」と再度、俺に抗議の声を上げる。

「いやいや。婆様は昔どんなだったのか知りたくて、良いから、目を閉じて、思い出してよ。」

 大きく溜息を吐いて、再び目を閉じるオルラ。そりゃそうだ。訳わかんねえよな。

「髪の毛は今よりも黒かった?」

「そうだねえ。今よりも量は多かったねえ。」

「肌の色は?今よりも白かった?」

「ああ。白かったよ。昔はこれでも、ヤート族一の美人だって言われてた時期もあったからねえ。」

『何だ。婆さんノリノリじゃねえか。』

 確かに若干、頬が上気している。

「スタイルも良かった?」

「何を言ってるんだい、この子はもう。そりゃ、ヤート族一の美人なんだ。スタイルだって良かったよ。バインバインさ。」

『やっぱノリノリだな。』

 ノリノリだ。

「バインバインだよ。」

 いや。それは聞いたから。嬉しそうに、皺くちゃの顔でそんなこと言わないでくれ。聞いた俺が悪かったから。

 イズモリは、霊子体から直接オルラの肉体に接触し、その肉体を改造するための準備に取り掛かる。

 前にテレポーテーションでオルラの遺伝子は記録、解析しているため、準備にはそう手間はとられない。

 遺伝子から細胞寿命を特定し、オルラの細胞から老廃物を選別し、再構成する。

 主な原因は食糧事情の悪さと身体の酷使だと判明したので、細胞に必要な構成要素を周囲の原子から取り込む。元素になって俺の周囲で保存されていた食べ物が消え去るが、気にしない。

 細胞分裂をしていく上で、必要な構成要素が足りないために正常な細胞が生まれなくなっているのだとイズモリは言う。

 ならば、必要な構成要素を取り込めば良いという訳だ。

 俺の目の前で、オルラが若返る。

 本来の年齢に見合った外見へと変貌する。曲がった腰は修復されて真直ぐに伸び、軟骨が再形成されたことで身長も伸びる。

 肌から皺が消え去り、髪の量が増えていく。

『拙いな。婆さん結構、体を動かしたり、霊子体を鍛えてたりしてたから、年齢よりも若くなっちまうかもしれん。』

 拙いんじゃない?それは。村に帰れなくなっちゃうんじゃ…。

 そう思っていても、もう無理だった。かなり若返っている。

『仕方ない。やっちまったもんはどうしようもない。後は任せた。』

 いや~。これはどうだろう?四十代っていうより二十代だよ?この姿は絶対拙いって。

 恐る恐る、手を離す。

 トンナが目を極限まで見開いている。

 そりゃそうだ、目の前で若返りを見せられたんだから。

「何だい。もういいのかい?」

「いいよ。目を開けても。」

 若干、声が弱い。俺の声が。

「何だったんだい?」

 と、言って、オルラが不思議な顔をする。きっと視点が高くなったため不思議に思ったのだろう。

「何だい。腰が伸びてるね。」

 そう言いながら、自分の手に皺がないことに気付く。

「えっ?」

 両手を何度もひっくり返し、確かめる。

「えっえっ?」

 ‘え’が増えてますよ婆様。

 やおら、胸元の留め具を外し、胸元をはだける。

 バインバインじゃないけど、普通に張りのある胸が露出される。

「えっ!!何だいこりゃー?!」

 俺が、何じゃこりゃーだよ。

 確認するのにそこか?そこなのかと!

「トガリ!お前、何をしたんだい!」

 いや。その前に胸を隠そうよ婆様。

 俺はトンナを振り返り、「トンナ、鏡、持って来て」と頼む。

 トンナは口も目も開きっ放しで大きく何度も頷きながら洗面所へヨロヨロと向かう。

 盛大に木の板が壊れる音がする。

 ああ。手鏡を持って来て欲しかった。

 トンナが呆けた表情のまま、壁から剥がした大きな鏡を持って来て、オルラの前に鏡を向ける。

「なっ!!」

 オルラが固まる。

 顔を右手で触り、両手で弄るように触る。

 鏡を自分の手に持って。叫ぶ。

「えええー!!」

 怒るなとは言ったけど、驚くなとは言ってないからね。

「とにかく、婆様には負担が掛からないように、若返ってもらうだけにしたけど、トンナの場合は神経系統と皮膚全体を弄るから、結構、痛いと思う。」

 オルラが俺に向かって手を向ける。

「トガリ。」

 何か拙いことでも言ったかと、ドキリとする。

「これからは義母さんとお呼び。」

 そこか~。

『そりゃそうだ。見た目から言ってもその方が不自然じゃない。』

「わかったよ。義母(・・)さん(・・)。」

 オルラが腕を組んで大きく頷き、「おっと。」と言って慌てて胸を整える。

「とにかくお前の魔法がどんなものかは、よくわかったよ。で、トンナは痛がるんだね?」

 俺は頷く。

 オルラがトンナの両手を取って、顔の前で強く握る。

「トンナ。大丈夫だよ。トガリの魔法は…良いものだ! 良いものだ…良いものだ…良いものだ…」

 何かエコーがかかってますけど?山彦?

 オルラがトンナを説き伏せてる風になってるけど、逆だからね?俺達がオルラを説得してたんだからね?あれ?オルラが若返って性格変わった?何か、脳筋の姉を思い出すのは俺の気のせいか?

「じゃあ、トンナ。もう一度向こうのベッドに。」

 俺は、トンナが剥がした鏡を元通りに戻して、三人で昨夜トンナと眠った部屋へと戻る。

「トンナ。裸になってベッドに仰向けで寝てくれ。」

 トンナは俺の要求に躊躇しない。

 全裸になって、ベッドに寝転ぶ。

「いいかい。トンナ。これからやるのは、トンナの皮膚を劇的に強化する。普通の剣も槍も貫けないどころか、大抵の魔法さえも弾き返す皮膚になる。しかも、力とスピードも格段にアップする魔法だ。」

 俺はトンナの頭側に回り込み、両手でトンナの頭を挟み込む。

「その代りに体中の皮膚に痛みが走る。皮膚には痛覚といって痛みを感じる神経がある。この魔法を受け入れれば、その痛みは多分、一時間に及ぶだろう。風が吹いただけで痛みが走る。だから、服を脱いでもらった。衣擦れさえも痛みになるからだ。だから良いね?痛みを感じても、なるべく動かないようにするんだ。そうすれば、痛みは最小限で済む。」

 トンナの喉が上下に動き、小さく頷く。

「目を閉じて、それを合図に始める。」

 開始の合図をトンナに任せる。

「やって。」

 緊張していたトンナから、意外なほど静かな声が出る。

 俺はマイクロマシンを走らせる。

 霊子回路に接続。

 完全同調。

 神経線維に霊子回路を接続。

 神経線維を選別、最も近い顔面の皮膚に通じる神経を特定。

 表皮内にマイクロマシンを送り込む。

 全身の皮膚へと拡散、定着。

 筋繊維内のマイクロマシンと同調、同期。

 頭皮内のマイクロマシンにあっては、幽子検知特定機能を設定。

 霊子周波数変換プログラム起動。

 毛根部分の改変、幽子アンテナ機能を付随。

 トンナの頭から手を離す。同時にトンナが細かく震えだす。

 体中に力が入っているのが目に見えてよくわかる。

 オルラの顔が険しく歪む。

 太い唸り声が静かな振動となって俺の腹を打つ。

 歯を食いしばるトンナの顔が歪む。

「うう~っ!!」

 言葉にならない獣の威嚇音のような声に窓ガラスがビリビリと震え、ベッドが悲鳴のような軋み音を立てる。

 俺とオルラは見守ることしかできない。

 痛覚を遮断すれば、筋繊維に常駐するマイクロマシンと皮膚のマイクロマシンは同期することが出来ない可能性がある。

 筋繊維と皮膚を同期しなければ、皮膚の硬化が体の動きを阻害する。また、皮膚その物が稼働して、パワーアシスト機能を持たせるためにも筋繊維と皮膚の同期は必須だ。

 トンナの体中から汗が噴き出すが、拭うことは出来ない。拭おうとすれば、それは激痛となってトンナを襲うからだ。

「トンナ!しっかりおし!トガリと一緒に生きて行くんだろう!」

 オルラの言葉にトンナは目を開ける。恐ろしいまでの精神力だ。目を開くことさえ痛みを伴っているだろうに、トンナは目を動かして、俺を探す。

 俺はトンナの顔を覗き込み、視線に意思を込める。伝わらなくても良い。俺の自己満足かもしれない。それでも俺は俺の想いを視線に込める。

 トンナの皮膚は真っ赤になり、古い皮膚が急速に剝がれていく。火傷に近い痛みを感じているだろう。

 それでもトンナは俺の目を見ながら、笑う。

 歯を喰いしばって、俺に心配いらないよと笑いかける。

 喰いしばった歯が獰猛な笑いに見せる。

 笑いながらトンナは痛みを嚙み砕いているように見える。

 トンナは一時間後、痛みを嚙み殺す。

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