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トガリ  作者: 吉四六
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この世はヤートにとって生き辛い

 全員が風呂から上がって、俺は浴場施設だけの小屋を分解し、元の位置に木と岩を再構築、綺麗に原状復帰させて、トンナにヤート帯同許可証と所有権移譲対象物、二通の書類を出すように指示する。

 俺はその書類を確認して、所有権移譲対象物に関してはトンナに返し、ヤート帯同許可証だけを地面に置く。

「どうするんだい?」

 オルラが心配そうに聞いてくる。

「このまま宿場町に入ると、書類上の問題が出るからね。」

「問題?」

 トンナもわからないようだから、俺は二人にわかるように一つの欄を指さす。

「ヤート帯同許可発行年月日?」

 オルラは文字が読めないから、トンナが声に出して読み上げる。

「この日付は今日になってるだろ?ドラネ村で今日発行されて、宿場町に今日到着って拙いでしょ。流石に。」

 A五判を半分に切ったような紙に俺は手をかざす。

 日付部分に焦点を当てて、インク成分を記録、他の数字に焦点を変えてインク成分をマーキングして、字体の形状を記録、日付のインクを分解。マーキングした字体を使用して、分解したインクを再構成する。

 オリラオの字体で、三日前に発行された偽造書類が出来上がる。

 ちょっとだけ後ろめたい。

「ふ~ん。何でも出来ちまうもんだねえ。」

 オルラのリアクションも大分薄くなってきた。慣れてきた証拠だ。

「それにしても、トガリ。お前、字を読めるのかい?」

 どちらかと言えば、そっちに驚いたようだ。

「読めるよ。書けるし。」

 俺は日本語しか無理だが、イズモリとイチイハラは、統合された人格の中に英語の出来る人間がいるのだろう。俺に教えてくれる。

『俺は英語とフランス語、中国語もできる。』

 そいつは失礼しました。

 初めての宿場町。

 思ったよりも賑わった宿場町であった。マイクロマシンで、ある程度は検索していたが、実際に町の中に入ると、結構、活気がある。

 道路は、ホノルダに通じる街道がメインストリートで、東西を貫くその街道を中心に整然と網目状に広がり、中型の馬車が通れるように区画整理されている。

 建物は木骨造りで壁体は石積み漆喰で固められている。瓦葺がスタンダードのようで、この町にはかなりの生産力があるようだった。

 清潔感は今一つだが、文明レベルがワンランク上がったような印象を受ける。

 俺達は一軒の宿屋に入るが、ヤート連れだということで、素気無く追い出される。

 街道沿いに多くの宿屋が軒を連ねているが、全部に追い出される。

 仕方がないので、まずは宿場町の役場に向かう。

 役場でもヤート連れというだけで、順番は飛ばされるわ、応対はいい加減だわ、たらい回しにされるわと、散々であった。

 結局、ホノルダ連絡依頼の用紙とオリラオが用意した、封蝋された書簡を提示して、やっと役所長との面会が叶う。

 そこでも、役所長につらつらと今までの経緯を説明せねばならないのだが、トンナは十八歳。宿場町の行政の長である役所長とスムーズに会話できる訳もなく、無駄に時間が過ぎて、ついに「トンナさんの仰る意味が今一つ理解できませんな。」と言われてしまう。

 で、オルラにタッチ交代。発言の許可をもらって、トンナと意味は同じだが、わかりやすく説明すると、「わかりました。」とヤート帯同許可証に捺印と日付の記入を貰う。

 ヤート帯同だと泊まれる場所がないので、何とかなりませんかと聞くと、それならと役所の宿舎を紹介してくれる。

 一日浪費して、できたことは、ヤート帯同許可証に判子を貰うことと、今晩の宿が決まっただけという、何とも疲れる一日となってしまった。

 外は早や夕暮れだ。宿舎に向かうよりも、昼飯を食っていないので、まずは飯を食おうということになり、俺達は、飯を食わせてくれる店を探すこととなった。

 トンナがドラネ村に向かう際に、入ったことがあるというレストランで席に着くが、誰も注文を取りに来ない。

 トンナは前に来たときはこんなことはなかったと、席を立って、ウェイトレスに声を掛けるが、誰もがこのテーブルを無視する。

 我慢できなくなったトンナは店の奥へと向かい、大きな声で怒鳴り始めた。

 店は四人掛けのテーブルが六つに二人掛けのテーブルが窓際に三つ。奥に長めのカウンターがあり、固定式の椅子が六つ並んでいる。そのカウンターの横に厨房へと出入りする扉があるのだが、トンナがそこで怒鳴り出すと、あからさまに迷惑そうにした客が数人、俺達に侮蔑の視線を送ってから出て行った。

 近くに森があったから、そこで狩りでもしようかと、俺とオルラが話していたところにトンナが意気揚々の体でテーブルに戻って来る。

「奴らに役所でのことを話してやったんだ。あたし達はドラネ村に頼まれた大事な連絡依頼を受けてるんだぞってね。」

 もうすぐ、一番の料理が来るから此処で食べようとトンナが満面の笑みを浮かべる。

 テーブルにウェイトレスが来る。

 かなりの美人だ。スタイルも良い。でも表情は憮然として、眉が忌々しそうに歪められている。ウェイトレスは一言も発することなく、乱暴に皿を放り出すようにして料理を置いた。

 その料理を見てトンナの顔が青褪める。

「この店からのお恵みだ。食いな豚。」

 大皿に盛られた残飯。

 箸もナイフもフォークもない。

 トンナが俯いて、手を震わせる。

 俺はトンナの手をそっと握る。

 世界はヤートにとって生きにくい。

 そうか、こういうことか。

 差別とは、こういうことなのだ。見ず知らずの人間から身に覚えのない悪意を向けられる。

 今日一日で、そのことを散々に思い知らされた。

 誰もが俺達とは目を合わせない。俺達と一緒にいることでトンナまでもが差別の対象になる。

 そうか。

 世界が俺達をそこまで嫌うなら、俺はお前たちに好かれなくても良い。俺は俺のやりたいようにやる。

 残飯を運んできたウェイトレスが声を上げて転ぶ。

 扉の継ぎ目が消え、壁と一体となり、窓は石造りの壁へと変わる。

「キャー!!」

 転んだウェイトレスが、自分の足が消えたことに気付き、悲鳴を上げる。

 足が消えたことによる痛みは発生しない。消えた足は量子情報体として形は変えているが、ウェイトレスの足として、そこ(・・)()存在(・・)し続けて(・・・・)いる(・・)からだ。

 店内の客は一斉に叫び声の方に目を向けるが、オルラとトンナは俺に視線を向ける。

 俺は天井を睨んだまま、他のテーブルに並んだ料理を消していく。

「何だ?」「どうした?」と一気に店内が喧騒に包まれる。

 ウェイトレスの声を聞いたシェフが厨房から飛び出し「どうした?」と声を掛ける。

 ウェイトレスの足が消失していることに気付き、慌ててウェイトレスを助け起こそうとして、そのシェフも叫び声を上げる。

 シェフの両腕が消失していたからだ。

 俺は、見詰めていた天井からテーブル上の残飯に視線を移し、天井を二階の床ごと消し去る。二人の女と一人の男が二階のあった場所から落下してくる。

「オーナー!」

 五体満足なウェイトレスが二階から落ちてきた男に駆け寄る。

 俺はオーナーと呼ばれた男に向き直り声を掛ける。

「お前がこの店のオーナーか?」

 男は四つん這いのまま俺を睨みつける。

「何だ!貴さ…ゲフっ!」

 男は最後まで話すことが出来なかった。両手を消されたために支えていた上半身を床に放り出してしまったためだ。

 店内が静まり返る。

「店内にいる者、俺とテーブルを同じくする者以外に宣告する。俺の許可なく声を発することを禁ずる。」

 淡々とした声が響く。

「俺の許可なく動くことを禁ずる。」

 店内にいる者、全員が俺に注目する。

「おい。お前。発言を許可する。お前がこの店のオーナーか?」

 両腕を消されて、もがきながら起き上がろうとする男に再度、同じ質問をする。

「そ、そうだ。」

 声が震えている。

「立て。」

 それまで、立つことが出来なかった男が、俺の命令を受けて、すんなりと立ち上がる。

「これがテーブルに運ばれて来た。俺達の舌には合わない。お前が食え。」

 俺はテーブル上の残飯を指し示し、男に命令する。

 男はフラフラとテーブルに近寄り、顔を残飯に突っ込み、残飯を食いだす。

 両足を失ったウェイトレスに視線を向けると、ウェイトレスは顔を横に振る。

「お前は俺の同席者を豚と言ったな?」

 女は顔を横に振る。

 俺は男が食っている皿を掴み、放り投げる。残飯が床に散らばりながら女の前で皿が割れる。男が床に散乱した残飯を舐めるように食う。

「女。お前も食え。」

 女は首を振りながら、床に落ちた残飯を口だけで食い始める。

 男も女も目を閉じて、泣きながら残飯を食う。

 皿の破片もお構いなしに貪るように食っている。

 静まり返った店内に残飯を食べる音だけが鮮明に響く。

「さて。此処にいる諸君に問う。諸君はヤートの俺が、魔法を行使したこの現状を目撃したわけだが、諸君の処遇をどうするか、それを決めなくてはならない。」

 俺は店内をぐるりと見回す。誰もが俺の一挙手一投足に目を見張る。

「できれば穏便にことを済ませたい。此処で見たこと、聞いたことは全て忘れて、俺達のことも全て忘れてもらいたい。」

 俺は出入り口だけを元通りに再構築し、席を立った。二人を促して、外に出ようとして、立ち止まり、振り返る。

「その残飯を調理したシェフは誰だ?俺だと思う者は声で示せ。」

「わ、私です。」

 一人のシェフが答える。表情が語る。意思に反して声が出たと。

 両腕の消失したシェフであった。

「そうか。両腕が無くなったらシェフは難しいな。生きにくくなったかもしれんが、生きてるんだ。頑張って生きろ。」

 俺はそう言って店の扉を閉めた。

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