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トガリ  作者: 吉四六
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かつてこんなに早く瞬間移動が可能になる物語があっただろうか?

「この辺で良いか。」

 俺はそう言って止まる。

「どうしたの?トガリ?急がないとホノルダが攻められちゃって、トガリとオルラと一緒に旅が出来なくなっちゃうよ?」

 トンナにとってはホノルダが攻撃されることより、オリラオが用意した書類、所有権移譲対象物が無駄になることの方が問題なのだ。

「ああ、そのことなら大丈夫、ちょっと試したいことがあってね。」

 トンナだけではなく、オルラも訝し気に俺を見る。

 俺はドラネ村にいる時から気配をどれだけ伸ばせるか試していた。

 広範囲には伸ばさず、街道沿いに長く、長く、伸ばしたところ、二百キロメートル以上に及んだ。宿場町で言えば、五カ所分だ。

 各宿場町ではオリラオに渡されたヤート帯同許可証に宿場役人長の捺印が必要となる。したがって、ヤートの所有権を伯爵から正式に移譲させるには、この宿場町をとばすことは出来ない。

 まずは、次の宿場町、テノラード宿場だな。

『まあ、多分大丈夫だろうが、一応、オルラの許可は取っておけ。また心配させるかもしれん。』

 ああ、そうだな。

 イズモリの提案に俺はオルラに向き直る。

「オルラ、試したいことってのは、魔法のことなんだ。」

 ああ成程ね。と、オルラが頷く。

「もし、上手くいけば、俺は一旦消えて、また、此処に現れるから。ちょっとの間、此処を動かずに待ってて欲しいんだ。」

「危なくないのかい?」

 オルラが心配そうな顔をするが、トンナはワクワク顔だ。俺が失敗するとは微塵も考えていないのだろう。

「うん。多分そんなに危ないことにはならないと思う。」

「そうだよ。オルラ、トガリがやるんだ。失敗することなんて絶対ないよ!」

 トンナ、援護してくれるのはいいが、もっと理論的に援護してくれると助かる。実際オルラの心配顔が酷いことになってる。

「大丈夫だよオルラ。そんなに心配しなくても。」

 俺はオルラの腰に手を置いて、オルラの顔を振り仰ぐ。

「そうかい?無茶はするんじゃないよ?」

 俺が大きく頷き、トンナが「大丈夫!トガリがやるんだから間違いないよ!」と、援護射撃を大きく外す。

 俺は二人から離れて、伸ばした気配、マイクロマシンを確認する。

 焦点を絞る。

 場所は次の宿場町、テノラード宿場から二キロメートル程手前の街道だ。マイクロマシンにその地点の安全を確認させて、俺は肉体の情報を保存する量子情報体をその地点へと飛ばす。

 量子情報体はマイクロマシンであり、その質量と物質的な摩擦係数の低さから非常に高速で飛ぶ。

 この世界は幽子に満たされており、我々は幽子のプールに浸っている状態なのだとイズモリは言う。

 幽子はエネルギーであり、物質世界に大きな影響を及ぼしている。

 物質の質量、この質量を創りだしているのは、幽子と触れ合うことによって起こる抵抗が原因だということだ。

 俺の知る、現代日本で言われているヒッグス粒子とヒッグス理論に似ている。

 幽子で満たされた世界を継続して高速飛行する量子情報体は一瞬で目標地点に到達する。

 目標地点で俺の量子情報体を確認して、俺達は確信を得る。

『実証実験は成功だな。本番だ。』

 ああ、やるぞ。

 俺は目を閉じる。

 自分の構成元素を記録保存。

 自分が身に付けている物質をカテゴライズして、それぞれの構成元素を記録保存。

 元素分解を開始。

 俺の体が白い光に包まれる。

 目標地点に高速移動。

 光が消える。

 目を開くと、今まで見ていた風景とは全く違った景色が見える。

 開けた草原。

 草が波打ち、風を運ぶ。

 轍を刻んだ街道に沿って、大きな岩が転がっている川が流れている。

 草原を囲むように遠くに森が見える。その森の向こうは緑に包まれた山だ。

 そしてその山の向こうにホルルト山脈が見えている。

「成功した…」

 理屈のわからないテレポーテーションではない。

 しかし光速に近い速度、亜光速で移動したのだ。

 人間の感覚で言えば、瞬間移動と変わらない。

 しかも粒子にまで分解してから移動したのだから、ある程度の物質をも透過することが出来る。

『実感としてはテレポーテーションと言っても差し支えないな…』

 お前の世界では当たり前のことじゃなかったのか?

『まさか。自分の肉体構造と衣服の構造、元素構成から遺伝子情報の諸々、それらを全て記録保管して、目標地点で再構築するなんて、人間の脳の演算能力を完全にオーバーしている。複数の脳が存在して、その演算能力が桁違いな、このトガリだからこそ可能な力だ。』

 成程。凄い力だな。

『ああ、凄い力だ。』


「トガリ!」

「トガリ~!」

 元の場所に戻った時、オルラとトンナが同時に声を上げる。

 トンナは俺を抱き締め、抱き締めって、死ぬ!トンナ!死ぬ!

 トンナの腕をタップする。

「トンナ!これ!お放し!トガリが苦しんでるよ!」

「ごめん!ごめんなさいトガリ。」

 慌てて俺から離れるトンナ。

「いや、まあ、心配かけて悪かったよ。」

 俺は喉を押さえて咳込みながら、二人に笑顔で応える。

「それにしたって、どうしたんだい?一体何が起こったのか説明しておくれ。」

 俺は頷いて、口で説明するよりも実際に体験して欲しいと言った。

 そして、二人から髪の毛を一本もらい、それぞれの指先を少し切って血を貰う。

「いいかい?今からするのは魔法の儀式だから。絶対変なことじゃないから。」

 と、念を押す。

 二人が頷いたのを確認して、オルラの血を舐めて、オルラの髪の毛を呑み込む。

『よし婆様の遺伝子情報は確認した。』

 イズモリの答えを聞いて、俺はトンナの血と髪の毛も呑み込む。

『いいぞ。獣人の遺伝子情報も解析した。』

 驚き顔の二人の手を取る。

 二人が何か言う前に実行する。

 光に包まれ、その光が消えた時、周りの風景が一変していた。

 二人はキョトンと俺の顔を見ているが、辺りを見回して、驚愕に目を見開く。

「ど、何処だい?!ここは?!」

「…」

 オルラは防御本能が働いたのだろう腰の小太刀に手を掛けて、周囲を見回し、急速に気配を伸ばす。

 トンナは理解不能のフリーズ状態でボケーと口を開けたまま固まっている。

「オルラ、大丈夫だから。此処はテノラード宿場から二キロメートル程手前の街道だよ。」

 俺の言葉を聞いたトンナとオルラの二人は一拍後に二人声を揃えて、ええー!!と絶叫した。

 混乱状態から復帰するのは意外にもトンナの方が早かった。

「凄いよ!トガリ!あたしも色んな魔法を聞いたことがあるけど、こんな魔法聞いたこともないよ!やっぱりトガリを…にして良かった…。」

 最初はテンションの高かったトンナだが、俺のことをご主人様と言いそうになったのだろう。魂との契約で補正が掛かって、言葉に出来ず、多分頭痛がしたんだろう、頭を抱えながらもセリフを最後まで言い切った。

「でも魔法にしたってこんなことが出来るもんなのかい?」

 オルラはまだ信じられないようだ。

「でも出来るんだから説明のしようがないよ。」

『説明できるが、この世界の人間では理解できないだけだ。』

『また、そんな意地悪な言い方をする。』

 お前ら俺の頭の中で漫才するなよ?

『ふん、随分器用になったじゃないか。俺達と会話しながら、オルラ達とも会話できるなんて。』

 お蔭さんで、随分慣れてきたよ。

「でも、トガリ、どうして此処に?」

「ああ、それは…」

 俺はトンナの疑問に答えながらイズモリ達と違う会話をする。

『体も綺麗になったし、洗濯の必要もないな。便利なもんだ。』

 まったくだ。持って来ていた着替えが無駄になったな。

「宿場町に入る前にもう一つやっておきたいことがあってね、だから、宿場町から見えないこの地点を選んだんだ。」

『そうは言っても、まさかこんなことが出来るなんてね。出発前にはわからなかったことだよ。』

 これは、イチイハラだな。

 そうだな。テレポーテーションのついでに、体や服に付いていた汚れを分解して、そのまま廃棄できるなんて、確かに考えてもいなかった。

「試したいことって何?」

「今からそれを見せるよ。」

『ほう分子構成の再構築か?何を作るつもりだ?』

 そっちも黙って見てろって。好い物造ってやるから。

「また変なことをするんじゃないだろうね?」

 心配そうなオルラにも、イズモリ達に言ったように心配するなと声を掛ける。

 俺は街道傍の河原に転移する。

 オルラ達が俺を探すだろうと思って、オルラ達に向かって「こっちだよ。」と声を掛けながら手を振る。

 俺は大きな岩を選んで、分子構造を記録して分解する。

 河原で適当な広さの場所を選んで、一旦、河原の石を分解し、平らに整地。

 整地した後に、分厚い土台と柱を、分解した岩を使って再構築する。

 今度は森にテレポーテーションし、木を分解して、元の河原に持ち帰る。

 そこで、木の元素を壁と屋根として、再構築する。

『成程これは好い物だ。』

 だろ?キシリア様に送らなきゃいけない物だろ?

『あっ。流石ファースト世代だね。そのネタをぶっ込んで来る?』

 俺は分解と再構築を駆使して建てた家に入り、更に内部の造作を行う。

 分子構造から弄れる俺が造った物には、繋ぎ目などは一切ない。素材が同じなら、全て一体構造だ。形も強度も思いのまま。当然、その素材が持つ強度を超えた強度を持たせることは出来ないが、それでもかなり分子的結合力は強くなる。

 分子配列を変えれば炭素からダイヤモンドも作ることが出来るのだから。


 俺は一軒の小屋を完成させて、二人を呼び寄せる。

 最初は驚いていた二人だったが、もう俺の魔法は何でもありなのだろうと理解したようで、すっかり呆れ顔だ。

「まったく、お前には呆れちまうよ。世の中の職人達はお前の魔法を知ったら自殺したくなるか、お前を殺しに来るだろうねぇ。」

「トガリ凄い!」

 物騒なことを言いながら感心ひとしきりなのは、当然オルラだ。

 俺は早速、二人を室内に案内する。

 靴を脱いで上がった室内には木の香りが充満している。

 俺は、やおら服を脱ぎだし、作り付けの棚にその服を置いていく。髪を頭頂部に纏め上げ、オルラに向かって振り返る。

「婆様!これが風呂だ!」

 すっぽんぽんで宣言する!!風呂は正義であると!

 タオルがないので、隠すこともできない。しかし隠す必要もない。俺は一〇歳の子供なのだ!現代日本なら小学校中学年だ!

 宣言する!隠す必要はない!!

 俺は二人をその場に残し、脱衣場奥の開き戸を開けて「ヒャッハー!!」と奇声を上げて飛び込んだ。

 大きな一体型の浴槽には、大体、四十二度くらいにまで熱した湯が張ってある。

 俺は、木製の桶で湯を汲んで、頭から湯を流す。

「風呂だ!」

 急激に風呂の実感が沸き、ここでも大声が出る。

 一〇歳の子供だ。マナーもくそもない。俺達だけの大浴場だ。俺は何の躊躇いもなく浴槽に飛び込んだ。

 脱衣場の方から大きな笑い声が聞こえる。

 女性特有の姦しい笑い声だ。

 ひとしきり笑った後、オルラが裸で浴室に入って来る。

「まったく、安心したよ。お前も一〇歳の子供なんだってね。」

 オルラは湯に掛かりながら、目じりを人差し指で拭っていた。

 オルラは俺の隣で湯船に浸かり大きく息を吐き出した。

「お前は大したもんだ。こんな物まで作って、大喜びして。でも、この方がよっぽど子供らしくってあたしは好きだよ。」

 浴槽に背中を預けて、心底、嬉しそうに言う。

 きっとオルラは心配だったのだろう。子供らしくない言葉使いに、子供らしくない行動、そしてこの力だ。

 中身が四十五歳だから仕方がないが、オルラの立場と性格からすれば、心配だったろうなと慮れる。

「トガリ…」

 脱衣場の方から顔だけを覗かせて、トンナが小さな声で俺の名前を呼ぶ。

「どうしたの?」

 声を掛けてもトンナは恥ずかしそうにしている。

「その…笑わないでね。」

 よっぽど自信がないのだろう。

「笑わないよ?」

 両手で前を隠しながらトンナが静かに入って来る。

 まあ普通の体格でも隠し切れるものではないが、トンナの場合、その隠せない面積が大きすぎる。

 腕も大概に太いが、体は更に太い。

 顔を真っ赤にしながら湯に掛かる。

「一〇歳の子供相手に何をそんなに赤くなってんの。」

 俺の言葉にトンナが更に赤くなる。

「ちょ、ちょっと、向こう向いてて。」

 浴槽に入ろうとして、動きを止める。俺に見られるのが恥ずかしいそうだ。

 俺は素直に視線をそむける。すると大きなうねりと、音を立てて浴槽から湯が溢れ出す。

 子供の俺はそのうねりに体ごと流されて、浴槽が揺れたのかと錯覚する。

「ぷふー。」

 トンナの鼻から大きく息が吐き出される。

 すげー。胸って浮くんだ。どんなに大きくても浮くんだ。

 トンナの胸を避けて、浴槽の端に移動しようとすると、トンナに両脇を掴まれ、トンナの膝の上に座らされる。

 女の子座りをしているトンナの膝の上に座ると、肩が外に出るので、無理やり胸の方に凭れさせられ、抑え込まれる。

 何ともシュールな絵面が出来上がる。

『何か罰ゲームっぽい気がするのは俺だけか?』

『いや~トンナちゃん、すっかり俺達のことペット扱いにしてるねえ。』

 俺の顔を挟んでトンナの巨大なオッパ~イが浮いている。

 背中に当たる傾斜はトンナの腹だ。もう、パンパンだ。段腹にならずにパンパンに張っている。

 普通、十八歳の女の子にこんなことされたら、一〇歳の子供でも、とんでもないことになってしまうのに、小っさなマイサンは大人しいままだ。

 母ちゃんを思い出すなあ。

『ああ確かに…』

『トンナちゃんには、そんなこと言っちゃだめだよ?』

「ねえ、トガリ、タオルって作れないの?」

 洗う気満々だな。

「う~ん素材があればな。綿の布を再構築して創れるんだが、手持ちの綿の素材って下着ぐらいだろ?下着を使うのは抵抗があるからなあ。」

 俺は上を向いて、トンナの鼻の穴に話しているような気になる。

「そ、そうね。あたしの下着で洗うのは、ちょっと嫌ね。うん嫌だわ。」

 トンナは顔を赤くして、頬を押さえる。トンナの下着なんて言ってないのだが、変態補正が入ってる?俺のこと変態だと思ってる?

「良いじゃないか。タオルで洗わなくたって、心が洗われるよ。」

 オルラは上機嫌だ。

『そうだ。オルラを若返らせろ。』

 おい。

『ええ?ここで?』

 おい、限りない悪意を感じるぞ。

『良いじゃないか。折角のチャンスだ。体はそこそこ綺麗なんだ。顔が若返ったって良いだろう?』

 いや、風呂でやる必要はないだろう?

『そうそう。女性に対して失礼だよ。』

 そうだ。オルラに悪いと思わないのか?

『ふん。後で後悔したって手遅れだぞ?いい子ちゃんぶりやがって。』

 いい子ちゃんで良いんだよ。オルラに対しては。

『そうそう。』

 全員がリラックスして、液状化している。

 俺は頭を傾けて、トンナのオッパ~イに凭れて目を閉じてしまっている。

「さあ、そろそろ、あたしは上がるよ。あんまり長湯すると湯あたりするからね。」

 オルラが風呂を上がると言うので、俺も体を起こして、上がろうとするが、トンナが俺を放さない。

「いや、トンナ、オルラの体に付いた水気を魔法で分解しないと、オルラが風邪をひいちゃうから。」

 俺がそう言うと、仕方なしにトンナが俺を放す。少し寂しそうだったので「また戻るから。」と言うと、嬉しそうに「うん。」と頷いた。

 俺は言ったとおりにオルラの体に付いた水分を分解すると、再び風呂に入ってトンナの膝の上に座る。もう、俺はトンナの膝上がデフォだ。

「トガリって凄いよね。」

 おもむろにトンナが呟く。

「トンナだって凄いじゃないか?」

 俺の言葉にトンナが首を横に振る。

「あたしは何にも出来ないもの。」

 俺はトンナの大きなオッパ~イをペチペチと叩いて、見上げる。

「この大きな体で、あんなに動けるんだ。単純な格闘戦なら誰にも負けないんじゃない?」

「でも、トガリみたいな魔法使いには勝てないよ。」

 ムッ!本気で悩んでいる感じだな。

『そうなんだよ。でも、なんか良いアイディアが無くってね。』

「う~ん。トンナの格闘術ってどういうものなんだろ?」

 トンナが首を傾げる。

「どういうものって?」

 俺は長湯になってきたので体を起こそうとするが、トンナが俺を引っ張る。仕方なく、俺は両肘をトンナの両方のオッパ~イに乗せて肩を出す。

 何か悪役の因業爺みたいになってるな。

「トンナって魔力は全然ないの?」

「ないよ。」

 これがおかしいのだ。トンナの全身にはマイクロマシンが仕込まれていて、霊子回路もちゃんと機能している。現在は最新の霊子回路で、俺の霊子と繋がって、膨大な量の霊子を使うことが出来るようになっている。

 消費した霊子は周囲の幽子を摂り込んで、無限に霊子を使用できるシステムが構築されている。

 でも魔法が使えない。

『マイクロマシンの使用権限がないんだな。』

 使用権限?

『体中に仕込まれているマイクロマシンに関しては使用権限が与えられているが、それ以外のマイクロマシンは使用権限を持っていない。だから魔法を使えない。もしくは、オルラ達と同じだな。』

 マイクロマシンを認識していない?

『そうだ。この世界の人間たちはマイクロマシンの存在すら知らないだろう。ドラネ村の人間がそうだったろう?』

 そうだな。

 俺がドラネ村で気配を伸ばした時、誰一人として、その気配に、というかマイクロマシンに気付かなかった。オルラにしてもそうだ。

 オルラは気配を伸ばすことは出来るし、気配を察知することもできる。しかしマイクロマシンを認識していない。

 気配、魔力と呼称しているが、それが一体何なのかわからないままに使用している。それが、現状なのだ。

 多分、俺の戦い方が特殊なのだ。

 マイクロマシンという存在を知っていて、マイクロマシンのエンジニアがいる。

 だから、俺はそのマイクロマシンで戦おうとする。

 この世界の魔法使いは、恐らく、マイクロマシンの副次的結果、マイクロマシンが引き起こす事象で戦うのだろう。

 俺が行う分解も他の魔法使いが実行する場合、超音波などを使った共鳴振動によって、物体を分解することになるだろう。

 つまり、マイクロマシンを振動させて、物体が共鳴振動する振動数を検知、特定、それから同一振動をマイクロマシンに発生させる。

 それに対して、俺はマイクロマシンに分子結合を分解させる。これだけだ。

 見た目は同じでも、過程も結果も全く違う。

『オルラが以前言っていた、森羅万象の理に、直接、働きかけるって言葉。案外、的を射てるな。』

「トンナ、腕、上げてみて。」

 俺に言われてトンナが両腕をお湯から出す。前に差し出し、真直ぐに伸ばす。

「これでいい?」

 俺は頷いて、じっくりと右目でトンナの両腕を見る。

 トンナと一緒にテレポーテーションした時にトンナの身体構成は記録している。マイクロマシンで獣人の身体構造を確認することはできないが、俺の右目は粒子、量子を見ることができる。その右目を使って、霊子がトンナの血管を移動しているのが確認できる。

 マイクロマシンは筋繊維に常駐しており、血管から霊子を受け取っているシステムだ。

 トンナの腕を下げさせて、俺はトンナの両膝の上に立ち、トンナの頭を両手でしっかりと挟み込む。

 トンナの霊子回路を確認する。

 霊子回路は普通の神経と血管で脳と繋がっている。脳からの霊子が神経を通じて霊子回路に流れ込み、霊子回路から血管へと出力されている。

 血管から出力された霊子は心臓から肺に、そして心臓から全身へと流れている。

 脳静脈だな?

『ああ、脳動脈に霊子を乗せれば、脳から発信した霊子が、霊子回路を通って、再び脳へと帰ることになる。そうなると、霊子に無限に命令が上書きされて、トンナは起動不能状態となる。』

 成程。理屈はわかった。

 僅かな違いだろうが霊子の経路が悪い。

『霊子の経路を神経系統に乗せれば、激痛が全身に及ぶぞ。経験済みだろ?』

 表皮を経路に使うのはどうだ?

『表皮?だと…』

 そうだ。一部の神経系統から表皮内部にマイクロマシンを仕込んで、表皮内部を霊子が走るようにする。

 そうすれば…

『そうすれば、外的物理衝撃には劇的に強くなる。出力的にも筋繊維と外骨格型アクチュエーターの複合出力化か。』

 霊子経路を神経系統に乗せるより、痛みは少なくなるだろう?それに対魔法防御にも使いやすくなるんじゃないか?

『そうだな。試してみる価値はあるかもしれん。』

 俺はトンナの目を見詰める。

「トンナ、痛みを伴うが、お前を強くしてやることが出来る。」

 俺の手に挟まれたまま、トンナの目が輝く。

「強くして!」

 即答だ。

「いや、だから、結構、痛い目に合う…」

「強くなる!」

 俺の説明を聞く気がないようで。

 俺は頷いて「よし。じゃあ、トンナパワーアップ作戦の実行だな。」と宣言する。

「それより、トガリ…仁王立ちするのはどうかと思う…」

 トンナの眼前で、腰に手を当て、仁王立ち状態の俺。トンナは顔を真っ赤にしながらも俺の股間を凝視していた。

 静かにトンナの膝から降りる。

 俺は、そそくさと浴室を出て行った。

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