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トガリ  作者: 吉四六
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ヤート族って本当に差別されてるね

 ドラネ村の前でオルラが立ち止まる。

「トンナ、いいかい?よくお聞き。」

 先頭を歩いていたトンナを呼び止め、厳しい顔でトンナに言い含める。

「あんたは獣人だから、この村には自由に出入りできる。でも、あたし達ヤート族は忌避族だから、すんなりとは入れない。だから、まずはトンナが村長にあたし達が入れるように話をして来るんだ。あたし達が入れたら、その後の交渉事はあたしに全て任せな。トンナはリーダーらしく踏ん反り返って、相手が首を縦に振らなかったら怖い顔をしてやりな。」

「うん、わかった。とにかく偉そうにして、時々怖い顔をしてやればいいんだね?」

 満足そうにオルラが頷く。

「じゃあ、村長の所に行っておいで。」

 オルラに向かって頷いた後、真剣な表情で、俺の方を見て頷く。

「大丈夫だ。俺の魂と繋がってるんだ。心配することはない。」

 そう言うとトンナは安心したのか、満面の笑みで、もう一度、大きく頷いた。

 村の境界には腰高の石垣が設けられている。

 石垣から外側は、下草も木も伐採され、隠れる所がないように、綺麗に整備されていた。

 石垣の内側は幅が三メートル程の濠が掘られており、その向こう側には高さが二メートル程の木の柵が建てられている。

 石垣をはじめとする、それらの防衛施設はかなりの周長で村を囲っていると思われた。

 柵の向こう側には畑や田圃が広がっている。

 つまり、農業用の土地も村として囲っているのだ。

 それなりの周長になるのも当然だった。

 俺は石垣の上に座り、濠の中を覗き込む。綺麗な水に水草が揺れているのが見て取れた。俺の影に気付いた魚がその水草の中に隠れる。

 春撒き小麦の畑は、今は農閑期で土の色しか見えていない。

 田圃も干上がり閑散としたものだ。

 所々に緑の地面が見えるのは、季節に合わせた野菜の畑だろう。

 右手に見える緩やかな山の斜面には、綺麗な牧草が広がり、牛が草を食んでいるのが見える。

 牧草地から、その斜面に見合った緩やかな風が頬を嬲る。

 俺達はトンナが消えた、曲がりくねった道の先を見ていた。

 白い花を満開に咲かせた街路樹の梢を、上空を走る風が揺らしている。

 風の吹く方を見れば、牧草地の向こうに陽炎のように天を突き刺す白い山脈が聳えていた。

 ホルルト山脈。

 不揃いな鋸の刃のように並んだ山脈は標高一万メートルに達し、雲の中にその頂を差し込んでいた。

 もうすぐ此処が戦場になるのか。

 トガリの集落を襲った者達は、トガリが目指す街に向かっているだろう。

 街を陥落させるため、このドラネ村から向かうはずだった別動隊と、街の手前で合流する手筈だったのだろう。

 でも、その別動隊は街には行けない。

 トネリとトガリの手で壊滅させられた。

 背後を襲われる訳にはいかない彼らは、このドラネ村を襲撃するはずだ。機動力を優先させて、金剛を置いて来るか、大型の馬車を使って、運搬するのか。

 どちらにせよ、あまり時間はないだろう。

 伸ばしていた気配に人を感知する。

 俺とオルラは頷き合って、鞄からツカムリを取り出し、頭に括る。

 ツカムリとは歌舞伎の黒衣(くろご)が着ける、顔を隠す布製の前垂れのことだ。

 ヤートのツカムリは黒衣のように絽にはなっておらず、完全に視界を奪う。表には所属を明らかにするために、管理する伯爵と村の文様が、白地に黒く染め抜かれている。

 此方に向かって来る人影が見える前に、荷物を脇に置き、右膝を地面につけて首を垂れる。

 右手を右膝に、左手を後ろにまわして、腰に当てる。

 右利きの者は右膝をつき、左利きの者は左膝を地面につくのが習わしであった。

 ツカムリが不自然な形で下に垂れる。

 どのように動いても、目の部分が捲れ上がらないように、裁断縫製されているのがツカムリ最大の特徴だ。

 ヤートは穢れその物であるため、入村を固く制限されている。

 ヤートが見た作物は穢れると言われ、ヤートの声が空気を穢すと言われている。

 入村する場合は、必ず、このツカムリを着けなければならなかった。

 二人の男が前に立つ。

 俺には見えている。

 二人ともに体格のいい四十代前半のようだが、この時代の見た目は、俺の感覚を狂わせる。もしかしたら三十代とも考えられた。

 口髭を蓄えた黒髪の男と眼鏡を掛けた黒髪の男だ。どちらもアジア系のモンゴロイドに見える。

 ウールで織られた生地を、ズボンやシャツに仕立てている。毛皮のジャケットに靴はブーツ。靴の底は分厚い。

 服飾関係だけでも、ヤートとの生活水準の違いが顕著に現れている。

「立て。」

 口髭の男が俺達に命令して、右手に持った棒を差し出し、俺の右手に触れる。

 視界を奪われているヤートを連れて行くために棒の端を握らせて先導するためだ。

 俺とオルラには必要なかったが、握らなきゃ、ツカムリに穴が開いているのかと疑われるから、素直にその棒を握る。

 俺は口髭の男に、オルラは眼鏡の男に先導されて、入村することとなった。

 道を曲がりきったところで、小屋の前に立つトンナが見える。

 村の出入り口からは見えなかったが、この小屋は村の見張り番が常駐するための小屋だ。 

 一時間おきに見回りをして、この小屋で、一時間、待機する。二人で常駐し、一人が見回りに出ている間、一人が待機する。

 ヤートは、この見回りに、まずは見つけてもらわなければ入村出来ない。

 意地の悪い村人に当たってしまうと、ヤートがいることに気付いても声を掛けてくれないこともある。逆にそんなことはざらにある。村人はなるべくヤートと接触したくないのだ。

 ホッとした顔で俺とオルラを出迎えるトンナ。


 イチイハラ、トンナに表情を崩さないようにと。


 俺はイチイハラに、心の中でトンナに注意を促すよう頼んだ。

 イチイハラに言われたのだろう。

 トンナの表情が引き締まる。

 むう。何だか傀儡にしてるようで心苦しいが仕方がない。

 眼鏡の男がトンナに対して頭を下げる。

「お客人、それでは、村長の元へとご案内いたします。」

 その言葉にトンナが頷く。

 イチイハラに言われたのだろう。表情を崩すことなく、黙って会釈している。

 眼鏡の男が先頭を歩き、トンナがそれに続く。

 オルラは棒の長さの分だけ、その後ろを歩く形になっている。口髭の男はトンナの隣を歩き、俺は更に後ろだ。

 歩く順番にも明確な身分制度が現れる。ヤートが他の民族の前を歩くことは許されない。横切るなど以ての外だ。

 昔、村人の前を横切ったという理由だけで、三歳の子供が六日間も村の牢に押し込められ、衰弱死したこともあった。

 トガリに与えられた教育は、身分制度に関するものがそのほとんどだ。トガリの命を守るために仕方のないことでもあるが、現代日本に生きてきた俺にとっては、承服しかねるものばかりであった。

 当然、イズモリやイチイハラにとっても同様で、そういった身分制度から派生する差別的待遇を目にする度に『ちっ』という、割と感情を露わにした舌打ちが聞こえてきた。

 それでも俺が我慢しているのは、これが、この世界の当たり前であり、その常識を、俺が覆した時、どのような災厄がヤート族に降りかかるか予想できなかったからだ。

 櫓の組まれた木造の柵の手前で男が止まる。

「お客人。しばし此処でお待ちを。ヤートに禊をさせますので。」

 眼鏡の男がトンナに頭を下げると、俺とオルラを連れて櫓脇の小屋に入る。

 今まで歩いたエリアは農地エリアで、此処から先は居住エリアとなる。

 木造の柵には馬返しが設けられ、同じ木柵状の門がある。その門の両脇に櫓が建てられ、弓を携えた見張りが立っていた。

 その櫓の一方に小屋があり、その小屋が禊小屋として使われていた。俺とオルラは、その禊小屋に押し込められる。

 ツカムリを外し、俺とオルラは服を脱ぐ。

 中は、冷たい石畳の床で、空の桶と、水を六分目まで満たした桶が二つずつ用意されていた。

 俺とオルラはそれぞれに空の桶の中に立ち、水で体を濯がなければならない。濯いだ際の水は床に溢さないように自分が立っている桶の中に溜めなければならない。

 俺はマイクロマシンを使って、水の分子を高速振動させて、水をお湯に変えてやった。

 オルラは目を見開いた後、フッと微笑んだ。

 禊が終わらなければ、話すことが許されないため、二人でニッコリと笑い合う。

 オルラの裸体は異様だった。

 顔、手、足などの身体の末端部分には皺と弛みが見られるのに、他の部位はかなり引き締まって、弾力を持っている。

 四十代と思えない若々しさだ。

 顔は六十代で、体は三十代。アンバランス極まりない。

 俺達は体の隅々を洗い、髪を解いて、残った湯に髪を浸す。解しながら髪を洗う。頭を桶の中に突っ込んで、頭の地肌をゴシゴシと擦る。

 気持ちいい。

 久しぶりだった。沐浴程度のことだが、それでも気持ち良かった。

 髪の毛を桶から抜き上げた時、気持ちの良さに納得する。

 桶の湯が真っ黒になっていた。

『マジか…』

『寒気がするってこういうことを言うんだ…』

 お前ら。代表が話すっていう取り決めは何処に行った?

 俺が一番ドン引きだよ。

 ヘルプ石鹸。

 もう石鹸が欲しいじゃなくて、助けて石鹸マン!だよ。

 どんだけ汚いんだ。

 当然、体を拭く布など用意されていない。

 俺はオルラに付いた水分をマイクロマシンで分解させて、自分も同じように体と髪を乾燥させる。

 一旦さっぱりすると、今まで着ていた服に袖をとおすことに抵抗を覚える。

 俺は、すんなり服を着ようとしていたオルラを手で制止して、オルラの木綿の下着を手に持つ。

 木綿の素材を傷付けないように、付着している汚れを分解する。他の服を綺麗にすると村人に怪しまれるので、綺麗にするのは下着類だけで妥協する。靴も肌に触れる内側だけは洗浄する。

 身なりを整え、ツカムリを仕舞い。俺達は自分達の使った、()の入った桶を抱えて、小屋の外へ出た。

 小屋の脇に掘られた井戸のような石組みの中に桶の水を捨て、桶を元の小屋の中に戻す。

 井戸のようなそれは、井戸ではない。

 ヤートが使った物、今回は水だが、水に限らず、ヤートが使った物を捨てるために専用に掘られたゴミ捨て場だ。

 周りの土に混じらないように、底まで石で囲われ、腐らせる。腐ったゴミが溜まれば、ヤートに引き取りに来させて、持ち帰らせる。

 ヤートの使った物が土に混じれば、その土は穢れるからだ。穢れた土で収穫した作物は穢れているから、村人は食わない。ここまで徹底されると、差別されているという感覚からズレを感じる。

 ヤートは汚染されている?

『ふむ。面白い着眼点だな。ヤートは遠い過去に何かに汚染されていたのかもしれん。』

 にしても風評被害も甚だしいな。

『まったくな。』

 とにかく、ヤートは、この禊を済ませないと村人の居住区に入ることも出来ないし、ツカムリを外すことも許されない。

 トンナの隣には眼鏡の男だけが残っていた。

 俺とオルラは男に対して深く頭を垂れる。男はそれを無視して、トンナに向き直り「お客人こちらです。」と、先頭を歩きだす。

 俺達は荷物を担ぎ、後に続いた。

 案内されたのは木柵沿いに建てられた細長い粗末な建物だった。

 村の労力として、出稼ぎに来ているヤート専用の集合住宅だが、現状はタコ部屋だ。

 その玄関を入って直ぐの部屋に俺達は招き入れられる。

 十畳ほどの板の間で、部屋の出入り口の反対側に窓が三つ。中央に六人掛けのテーブルがあり、眼鏡の男はトンナを奥の椅子に座るように勧める。

 トンナが盛大な軋み音を立てて、椅子に座る。椅子の座面から肉が半分くらいはみ出しているが、とにかく、椅子は耐えた。

 頑張れ椅子。

 トンナは座ることを勧められるが、俺達はトンナの後ろに立ったままだ。

「お客人、こんな所で申し訳ありませんが、ヤートを村中で連れまわすと、色々と面倒がございますので、此方でご辛抱のほどをお願いいたします。」

 眼鏡の男が出て行って、給仕のヤートが、お茶を持って来る。

 身形は綺麗にしているが、口にマスクをして、手袋をしているのでヤートであるとわかる。トンナを客として扱っているが、最低限の客としての対応だ。上等な客に対する時は、ヤートを使わない。

 扉がノックされ、男が笑いながら入ってくる。

 額から頭頂部に掛けて禿げ上がった、恰幅の良い男だ。

 服装は眼鏡の男と大差はないが、その体格が男の経済力を示している。

 男は座る前にトンナに右手を差し出し、握手を求める。握手をしながらニコリと笑って「ご苦労様でした。」と頭を下げる。

 トンナと男は座りながら、お茶をトンナに勧め、自分も眼鏡の男が用意したお茶を啜る。

「助かりました。この一月ほどで村人が六人も食われまして、どうしたものかと思っていたのです。まさか、こんなにお若い女性が、こんなに早く魔獣をお狩りになるとは、思いもよりませんでした。さすがですな。」

 恐らく、さすがの後には獣人種という言葉が続くのだろう。この男、獣人にも偏見があるようだ。

 男の言葉に返答せずに、不機嫌そうに黙ったままのトンナに、男は少しばかり戸惑いの表情を見せて、話題を変える。

「ところで、そのヤートはどうされました?ヤートをお連れでなければ、村のちゃんとした応接間をお使いいただけたのですが?」

 トンナが現状の待遇に不満なのだと思ったようだ。

「オルラ、話してあげな。」

 トンナは男を見つめたまま、ワザと偉そうに聞こえるような話し方で、オルラに話を振る。実際は、オルラが描いた絵図面だ。

 オルラが深いお辞儀をして、男の方を見る。

「ドラネ村、村長オリラオ様、ヤートのオルラに発言のご許可を。」

 男は二重顎を埋めるように頷き「うむ。許可する。」と言う。

「此方におります甥のトガリは、」と俺の肩に手を置き、今までの経緯を話し始める。

 ヤートの集落が二カ所、金剛を運用するヤート族の襲撃を受けて壊滅したことと、ドラネ村管理のヤートの集落を襲った者達はトネリと俺が殲滅したこと。殲滅した襲撃者の中にはヤート族以外の民族が四名いたこと、トガリを管理しているコード村は既に襲われているかもしれないことだ。

 そして、ここからは虚実を綯交ぜにしての嘘だ。

「このトガリが申しますには、この襲撃は従来の紛争ではなく、ディラン・フォン・コーデル伯爵領を奪取するための王国への反乱行為ではないかと。」

 男の眉が顰められ、組んだ腕に力が入る。

「取り急ぎ、私は、当事者であるトガリを連れて、村長にご報告をと思い、此方に向かったのですが、運悪く魔獣のハガガリに襲われ、殺されそうになるところを、こちらにおわすトンナ様に救われたのでございます。」

 そう言うとオルラは再び深々とお辞儀をする。

「そうか。」

 男は厳しい目でオルラを見詰めて確認する。

「集落が襲われたのはいつだ?」

「七日前になります。」

「七日か…」

 難しい顔で男は呟くと、俺の方を見る。

「トガリと言ったか。殲滅したヤートと金剛のある場所まで案内できるか?」

 俺は声を発することなく頷く。声を発することは、この男の許可がなければならない。

「スーガ、コード村からの狼煙は?」

 眼鏡の男が首を振って「いえ。」と答える。

「よし、スーガ、この子に魔法使いが死んでいる場所まで案内させて確認を。それから、ツナグリに狼煙の用意とコード村と街へ向かう用意をさせてくれ。」

 男、オリラオは、スーガと呼んだ眼鏡の男に向かって、矢継ぎ早に仕事を言い付ける。しかしそこで待ったが掛かる。

 トンナだ。

「お待ち。トガリもオルラもあたしのもんだ。勝手に使うことはあたしが許さないよ。」

「えっ?」

 オリラオが驚きの表情をあらわにしてトンナを見る。スーガと呼ばれた男も腰を浮かしたまま止まってしまう。

「いや、しかしヤートは我々が管理を仰せつかっておりまして、そのようなことを言われましても…」

 戸惑いからかオリラオの語尾は弱々しいものになっていた。

「オルラ。」

 トンナがオルラに説明しろと言う。そりゃそうだ。説明できるのはオルラだけだからな。

 再びオルラが深々とお辞儀して話し始める。

「私共二人は、魔獣に食われるところをトンナ様に救っていただきました。これは、トンナ様が、一旦、我ら二人の生殺与奪権を所有したことを示しております。我らヤートは、本来、王国の所有物であり、我らを所有するには王国に許認可の申請を致さねばなりませんが、その法律に例外がございます。」

 ここでオリラオは呻く。知っているのだ。その例外を。

「ヤート個人の生殺与奪権を所有した者に、当該ヤートの所有を認めるという例外でございます。そして、トンナ様は我ら二人を従者にすることをお望みでございます。」

 オリラオは顔を伏せ、オルラを睨むように見上げる。

「我らヤートの掟にも、命を救われた者はその恩義に報いるべく、全身全霊を持って応えよ、とございますれば、我ら二人に否やはございませぬ。」

 そこまで言うとオルラは深々とお辞儀をする。

「成程。では、ヤートの所有がトンナ殿に移ったことを証明する書類が必要になるが、その証拠となる物はあるのか?」

 オリラオの言葉にオルラが頷き、ハガガリの頭骨と毛皮を出す。俺は懐から魔石を取り出す。魔石を見た途端に村の二人が「おお。」と呟く。

 オルラは毛皮を広げながら、毛皮の二カ所を指さす。

「この二カ所の刺し傷は、私とトガリの小太刀によるものですが、ご存じのとおり、魔獣は剣や刀を刺しただけでは死にませぬ。」

 そうだ。俺の小太刀が突き刺さったまま必死にもがき、抵抗していた。

 俺が奴の霊子を食ったから死んだのだ。

 恐らく、魔獣を物理的に殺すのは、かなり難しい。

 魔獣を殺すには、幽子を摂り込ませないで、霊子を消費させなければならないだろう。

 獣人は霊子を摂り込むから、魔獣と闘う場合は物理的攻撃に加えて、霊子を食い合わなければならないのだ。逆に言えば、獣人だからこそ、魔獣に勝てる要素があると言える。

 スーガが毛皮の傷を凝視し、オリラオに向き直る。

「確かに片刃の刺し傷です。ヤートの使う刀で間違いないかと。」

 その言葉を確認してオルラが頷く。

「この毛皮に我らの使う小太刀の刺し傷があるということは、我らが、この魔獣と戦っていたということの証左、そして我ら二人が、こうしてオリラオ様の前に立っているということは、こちらにおわすトンナ様が救ってくださったということの証左となります。」

 オリラオは毛皮を睨みながら「むう…」と唸り、目を瞑って考える。

「わかりました。それでは、早急にヤート二人の所有移譲の書類を用意いたしましょう。しかしながら、トンナ殿、ドラネ村にはヤートの管理占有権が委任されているだけでございます。したがって、所有権の移譲にはホノルダに行っていただき、十二統括役所にて、その書類を提出していただかなくてはなりません。」

 トンナがゆっくりと頷く。

 わかってないだろ絶対。

 ホノルダとは、この地方一帯を統括管理する街のことで、俺が目指している街だ。

 各村は二十四を区切りに組を作っている。組の長は各村の持ち回りで、組長を務める。

 六つの組で連を構成し、その連を纏めるのは連長町と呼ばれる町だ。

 ドラネ村は、サテネ連のベータ組に属する。

 その連を十二ごとに統括管理するのが群中央街である。十二の連とその街を総合して群と呼び。その群が四つ集まって都となる。

 ホノルダの正式名称は、ホノルダ群統括中央府である。そして、ホノルダ群は、デリノス都に属し、デリノス都を含む五つの都でコーデル伯爵領は構成されている。

「そこで、トンナ殿に依頼を受けていただきたく思います。」

 トンナの眉が歪む。

 知らない者が見たら、厄介ごとを頼むのかよ。と渋っているように見えるだろうが、違う。

 ‘予定外のセリフだよ’ってことで困ってるんだよな。

「今回の襲撃。そのことをホノルダに連絡していただきたい。」

 諾だな。

『諾だ。』

『諾ね。』

 イチイハラがトンナに了承するよう伝える。

「わかったわ。なるべく早くその書類を作成して頂戴。それと連絡依頼の後金の支払いはホノルダ群に支払ってもらうから、その旨を記した書類もお願い。」

 オリラオがニコリと笑って、頭を下げる。

「それでは、書類の方と今回のハガガリ討伐金とホノルダ連絡依頼の前金を用意させていただきます。その間に、そこのヤートに襲撃現場の確認をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、いいわ。トガリン説明できる?」

 こら。トガリンって何だ。

 声を出せない俺は頷くが、困った顔をトンナに向けて、抗議にかえる。

「ああトガリンというのか?構わん。発言を許可する。」

 ゴルァ禿!さっき、お前もトガリと言ってたろうが!

 沸いてんのか?直射日光当り過ぎて沸いてるんですか?

 俺はお辞儀をして「私の名はトガリでございます」と前置きしてから「地図がありましたら」と答える。

「よし。スーガ、地図を。」

 オリラオの指示を受けたスーガが即座に部屋を出る。

「トンナ殿、それでは、私も用意をさせていただきますので、一旦失礼をさせていただきます。御用がありましたら、ヤートを一人、ここに呼びますので、その者に。」

 そう言ってオリラオも出て行く。

 部屋の扉が閉められて、トンナの肩が下がって大きな溜息を吐く。

「ご苦労様。上手くできていましたよ。」

 オルラがトンナを労って、優しく微笑みかけると、トンナは一つ頷いて、俺の方を振り返る。

 目が、もう褒めて褒めてと言っている。

「トガリン禁止な。」

 涙目トンナの一丁上がりである。

 俺とトンナのやり取りを見ていたオルラが溜息を吐いた。

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