イズモリ君、フラグを立てるのは止めたまえ
その日は、森の中での野営となった。
村に到着するのは、やはり、明日の朝になりそうだった。
体の大きなトンナには、難しいのではないかと思いつつ、枝の上で眠ると、トンナに言うと、トンナは一つ頷いて、三角跳びの要領で大木の枝に飛びついた。
トンナは見た目に反して身も軽いことがわかった。
俺とオルラはいつもどおりにスルスルと木を登る。
オルラがトンナの少し上の枝を選び、俺はトンナの隣の枝に行こうとしたら、トンナに両脇を抱えられて、胡坐をかいた膝の上に座らされる。
「いや、トンナ。」
流石に四十五歳のオッサンが膝の上に座らされるというのは恥ずかしい。
「暖かいでしょ?」
トンナは鎧を外しており、俺を、ぬいぐるみのように抱きかかえる。
トンナが俺を抱えたいのだと理解する。
「そうだな。」
俺が答えるとトンナが「ふふっ」と笑う。
俺はトンナの胸に凭れ掛かって、そのまま目を閉じた。
姉とは違って、いい匂いがした。
「トガリ。」
「うん?」
「ちょっと臭いね。」
そうだよな。やっぱ臭いよな。
臭いと言いながら、トンナは俺を放そうとしない。
「村に着いたら風呂に入りてぇなあ。」
「洗ったげるよ。」
楽しそうな声。
でも俺は眉を顰めて、瞼を開く。
「…えっ?」
「頭も、背中も、全部あたしが洗ったげるよ。」
いや、四十五歳のオッサンが、十八歳の女の子に全身を洗わせるって、どんな犯罪よ。
女の子に全身くまなく洗浄罪?
「いや、洗うのはもとより、一人で入るから。うん。その方が健全ですから。」
「洗うよ。」
「いや、俺の話、聞いてる?」
「うん、ちゃんと聞いてるよ。だから、洗うよ。」
あれ?俺一人で入るって言ったよね?
「いや、だから、洗わなくていいよ?」
トンナがキョトンとした顔をしている。何言ってんだ、こいつ。ちゃんとわかる言語で話せよ。ていう顔だ。
「うん。絶対に洗うから。」
もしも~し。この子とは言葉が通じないのか?もしかして、俺って別の言語で話してる?
「いや、しっかり聞いてよ?いい?洗わなくてもいいの。俺を洗う必要はないんだって。」
「うん。わかった。洗ったげる。」
うん。わかった。俺が言ってることは、わかってるのね。俺が洗わなくていいって言ってることをわかった上で、洗うって宣言してるんですね。そういうことか。理解した。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
「うん。任せて。」
好い顔で笑うんだよな。そう思いながら、俺は眠った。
イズモリとイチイハラがいる。
「よう。おデブちゃんとラブラブだな。」
何言ってる。娘と一緒にいる気分と変わらねえよ。
「でも、まあ好い感じだよね。トンナの感情も安定したし。」
そうか?でも、こっちは結構気を遣うぞ?
イチイハラが首を傾げながら腕を組む。
「要は慣れだと思うんだよね。トンナは全部を俺達に投げ出しちゃってるから、それに対するのに、こっちが慣れてないだけで。」
顔を歪めるイズモリ。
「俺はどっちかというと慣れたくはないね。」
う~ん。意見が違うな。同じ俺なのに。
「そうかい?俺はトンナをちゃんと面倒見ようって思ってる。」
「俺は適当に一緒にいてやれば、それでいいと思ってる。」
成程。トンナの面倒を見ようと思ってるベクトルは一緒で、接し方のスタンスが違うだけか。さすが自分、方向性が一緒ってのはありがたい。意見がバラバラでも見てる方向が一緒なら多角的な意見が出てくるな。
イズモリが俺を指さす。
「決定権はお前だ。お前が間違えたら何でもおじゃんだ。そこ、忘れるなよ。」
俺は両手を上げる。
「また傲慢な言い方で責任放棄する。悪い性格だよ。状況判断して、意見言って、失敗したらお前のせいだ。」
「俺の意見を採用せずに失敗したらな。」
「本当かな?どうせ、そん時も適当に煙に撒いちゃうんだろう?」
イズモリが、ニヤリと太い笑顔を見せる。
で、今回は何で呼んだんだよ。
「別に。暇だから。」
イズモリの言葉にイチイハラが頷く。
あれ?カチンと来たぞ。
「はは。やっぱり怒った。」
「ええ?何で?」
予想通りの反応だと笑うイズモリに対してイチイハラは疑問に首を捻る。
俺は眠りたいんだよ。
「ああ、わかった。眠っていいよ。悪かったな、呼びつけて。」
「じゃあ、お休み。」
二人して嬉しそうに笑いやがって。俺に対して嫌がらせをするのに、嬉しそうにつるみやがって。
朝、目が覚めると、頭の奥で鈍痛を感じた。
何故だ?
『俺だ。』
イズモリの声がする。
どうした?
『すまんが、勝手に俺との専用回線を繋げさせてもらった。』
ああ、それで、この頭痛か?
『そうだ。この回線は秘匿回線だ。俺とお前にしか繋がらん。だから、お前もこの回線のことは他の人格には話すな。』
何で?
『俺達は、お前も含めると八つの人格が存在する。』
ああ。
『その人格の中にはヤバいのも混じってる。イチイハラがお前と話せるようになったんでな。そいつらが、お前と話せるようになったら厄介ごとが起こるかもしれんと思って、この回線を接続した。』
ヤバい奴って?どんな奴よ?
『第三副幹人格と第七副幹人格だ。第三副幹人格は性欲の権化でな。女男関係なし。全年齢対応可能、肉体的快感を得られるなら全プレイ対応可能な超変態。全人類が性欲の対象だな。』
何それ?
『今も子供の姿で、トンナとのプレイが出来ないかと虎視淡々と狙ってる。』
マジか?
『マジだ。そして、もっとヤバいのが第七副幹人格だ。』
もっとヤバい?どんだけだよ。
『第七副幹人格はシリアルキラーだ。』
は?
『快楽殺人鬼。人を殺すことで快楽を得る。今もトネリ、アラネ、トドネそしてトンナの殺し方を考えてる。』
はあ?!
『お前はトガリと混じったせいか、混じりやすい。奴らと話せるようになったら混じる切っ掛けになるかもしれん。十分注意しろ。』
マジで?ちょっと、これって何ゲー?フラグ立ってんの?勘弁してくれよ~!
『落ち着け。お前のフォローをするために、この回線を接続したんだ。俺のアドバイスはしっかり聞け。いいな?わかったな?』
ああ、わかった。気を付ける。
そうして、イズモリとの秘匿回線は切られた。
朝から最低の気分だ。
ある日を境に。て、ことはないだろうが、俺がそういう風に変化していく可能性があるということだ。
「トガリ、起きてるの?」
トンナが俺を抱き直しながら、俺の顔を覗き込む。
「おはよう。」
少しばかり動揺しているが、それを必死で押し込んで、トンナに笑いかけると、トンナも満面の笑みで挨拶を返してくる。
「下りるよ。」
そう言ってトンナから離れようとするが、トンナは俺を抱いたまま、枝から跳び下りる。
膝のバネを効かせて、音もなく着地する。その体術に俺は内心で舌を巻く。
本来の力量で言えば、俺はトンナの足元にも及ばない。
俺がトンナに勝てるのは、マイクロマシンというチート能力があるからだ。
遅れてオルラが下りてくる。
俺は、鞄から出した笹の葉をクルリと捻って、昨日の朝飯を、その笹の葉の中に再構築して、二人に渡す。
時間短縮のために、歩きながら食べるのだが、トンナの食べる量が半端ではない。
直ぐに「お替わり。」と言う。
何度目かのお替わりで「これで最後だから。」と言うと、酷くショックを受けたようだった。
「ちょっと、食べ物を調達してこようか?」
オルラを覗き込みながら、心配そうに言うトンナだが、オルラに「まだ食べるのかい?」と返されて、トンナは顔を赤くして「オルラがまだ食べるかと思って…」とゴニョゴニョ言っていた。
「もうすぐ、村に着くよ。」
オルラの言葉どおりに俺達は村に着いた。
俺達ヤート族を管理するドラネ村だ。




