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トガリ  作者: 吉四六
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第五副幹人格と下僕契約

 見たことのない俺が片手を上げる。

「よう。」

 俺はイズモリの方を向く。

 第何人格?

「第五副幹人格だ。」

 イズモリは眼鏡を掛けた俺。第五副幹人格は茶髪の俺だ。

 主幹人格の俺とは初めましてだな。

「ああ。初めましてだ。」

 第五副幹人格の俺は結構気さくで、明るい性格のようだ。

 俺の名前は更科正人。お前の名前は?

「俺の名前は(いちい)原太和(はらやすかず)。よろしくなマサト。」

「さて、問題が発生した。」

 イズモリが話し始める。

「そうそう。問題発生。」

 イチイハラが楽しそうに笑う。

 問題ってのは?俺にわかるように説明してくれ。

「まず。トンナの霊子回路の拡張を試したが失敗した。新規霊子回路の設置と旧霊子回路の接続で何とか保たしてる状態だ。」

「でも問題があるんだよな。そのままじゃ。」

 イズモリは難しい表情だがイチイハラはヘラヘラと笑っている。対照的な二人の表情に訝しむ。

「新規霊子回路を稼働させ続けるには霊子のパワーが足りない。」

「そうそう。そこで俺の出番なんだな。」

 イチイハラの?

 イズモリが頷き、霊子回路のワイヤーフレームが映し出される。

「俺達の霊子の持つ周波数はかなり幅が広い。当然だ、同一人物とは言え、違う世界に存在していたんだ、多少の差異は生じる。その差異が、若干ではあるが周波数の違いを生む。」

 イズモリの説明に納得し、頷きながら目で先を促す。

「その周波数帯でトンナに最も近い周波数の霊子を持っているのが、イチイハラを代表とする第五副幹人格だ。」

 イチイハラが俺に向かって手を振る。

「イチイハラをトンナに常駐させて、霊子供給を行う。」

 うん。そうすることで、トンナの新規霊子回路が起動して、トンナが助かると。何が問題なんだ?

 頭を掻きながら、首を傾げる。

「問題はイチイハラを常駐させることで、俺達とトンナに強烈なリンクが出来るということだ。トンナが死んでも俺達には大した影響はないが、俺達もしくは第五副幹人格が死んだ場合は、トンナの霊子回路も停止する。それと、トンナがイチイハラを受け入れるかどうかだ。」

 道連れ強制システムか。そうだな。それよりも、俺達をトンナが受け入れるかどうかだな。人格が増えるってのは嫌だろうなあ。

「おいおい。お前がそれを言うなよ。」

 イチイハラが面白そうに突っ込む。

 とにかく、トンナを起こそう。話はそれからだろう。

 イズモリとイチイハラが頷く。俺はトンナに近づき体を揺する。

 意識を取り戻したトンナが上半身を勢いよく持ち上げ、呆けた顔で周囲を見回す。

 気が付いたか。トンナ、状況を説明するから起き上がってくれ。

 介添えしながら、トンナを起こす。

 トンナは女の子座りで、俺達の顔を順番に見ながら、「此処は?」と聞いてくる。

 俺達は揃って、イズモリの方を向く、イズモリが、この空間を上手く説明できるだろうと思ってのことだ。

「此処は、人類共通の無意識層で、霊子の周波数を合わせている俺達だけが存在を認識することの出来る周波数帯だ。」

 駄目だった。

 専門用語だらけで、理解させる気がゼロだ。

 此処は、魔法で作り出した、トガリとトンナを繋ぐ空間だよ。

 ポカンとしたトンナに俺が適当に説明する。

「そうだ。トガリ。トガリは何処?トガリと繋がってるならトガリは何処にいるの?」

「俺達がトガリの人格だ。此処は無意識層から作り出した空間だから、それぞれの人格が持つ外観イメージが表出される。」

 トガリの外見は一〇歳の子供だけど、実は、俺が魔法でトガリの姿になっているのさ。この二人は、俺の兄弟で、一緒にトガリの中で生きている。

「ええっ?じゃあ、一〇歳のトガリの中には、あなたが入っていて、あなたがあたしと闘って、あたしと話してたの?」

 俺は頷き「そうだよ。」と答える。感心するトンナに俺は続ける。

 いいかい?トンナ。君は今、非常に危険な状態だ。俺と契約したろう?

 俺の言葉にトンナは頷く。

 契約の内容はどんなものだい?

 下顎に人差し指を当てて、俯いたトンナが答える。

「その、あたしが、トガリの下僕になるって契約で、トガリにあたしの命を捧げたんです。」

 俺達は眉を一斉に八の字に歪めた。

 捧げたって…具体的にはどういうこと?

 一つ頷いて「えっと、例えば…」とたどたどしい説明を続ける。

 その説明で分かったことは、三つ。

 一つ 魂が結ばれる。

 二つ 下僕の生殺与奪権を主人が持つ

 三つ 主人の命令に背けば下僕は苦しみの果てに死ぬ

 以上の説明を聞いたイズモリが納得したように頷く。

「成程な。霊子回路と霊子の同調、同期は一つ目の契約が原因で発生、トンナの霊子回路拡張が失敗したのは二つ目と三つ目の契約が、霊子回路への直接の干渉を拒絶したのが原因だな。」

 やっぱりトンナには理解できないようだ。

 トンナ。このままじゃ君は死んでしまうんだ。俺達の魔力は強力すぎて、君の体じゃ受け入れられないんだ。だから、契約を破棄しないと。

 トンナは首を強く振った。

「それは絶対嫌。あたしはトガリの下僕になる。それに、一度結んだ契約はあたしが死ぬまで破棄されない。」

 強い口調で拒絶を訴える。まあ。破棄できないならしょうがないのだが。

 じゃあ。このまま君を下僕にするとして、君が助かる方法は一つしかない。

 トンナは振り仰ぎ、その表情が明るくなる。頬も紅潮して両手を祈るように結ぶ。

 そのトンナにイチイハラが近付き、目線を合わせるようにしゃがんで頭を優しく撫でる。

「俺が君の頭の中で一緒に暮らすんだ。」

 キョトンとするトンナに俺が更に説明する。

 君との絆をより深くしないと君は死んでしまう。だから、俺の一部である俺の弟を君の中に送り込むんだ。そうすれば、君は生きていられるし、俺も嬉しい。

 ちょっと長めの説明で、煙に巻き、耳障りの好い言葉だけを拾ってくれれば、納得するはずだ。狡いかもしれないが、トンナにはこのまま死んで欲しくない。

「うん。わかった。こっちのトガリ(・・・)と一緒になるんだね。」

 死んでも一緒にいると言われたのだ。言った方はそれなりの覚悟を持っているだろう。だから、言われた方の俺も、それなりの覚悟を持ってトンナに狡しよう。

「なんだ。案外すんなり納得したな。」

 ああ。お前が途中から黙ってたお陰でな。

「さて、話は終わった。さっさと戻らないとオルラが心配する。」

 イズモリの言葉に俺達は頷く。イチイハラがトンナの両目を左手で覆い、声を掛けている。多分、目覚めさせるために何か声を掛けたのだろう。

 白い空間が一気に離れていく。真っ暗な空間に身を置いて、瞼の感覚を取り戻す。真っ暗な先に、瞼の向こうから射す明かりが見て取れる。戻ってきたことを実感する。

「トガリ。大丈夫かい?」

 心配そうなオルラの顔。俺は、トンナの体に押し潰されていた。いや。潰れてはいないが、トンナの体が覆い被さっていたので、身動きできなかったのだ。

「うん。大丈夫。だけど動けない。」

 オルラもトンナの腕を持って、体をずらそうとしているが、びくともしない。

 顔が下敷きになっていなくて良かった。窒息死するとこだ。

「トンナ!トンナ!!起きて!トンナ!」

 唯一自由になる右手でトンナの肩をタップする。

「ううう~ん。」

 声だけは悩ましく、トンナが巨体を起こす。直ぐにトンナの下から抜け出す。しゃがんでトンナの顔を両手で挟み、「大丈夫かい?」と確認するが、目の焦点が合っていない。

 ああ駄目だなこりゃ。

『新たな霊子回路を増設したからな。少し休ませないと無理だろう。』

 俺の時もかなりの頭痛を感じた。トンナは頭痛どころか脳自体が機能してないのではないだろうか?

 俺とオルラは二人でトンナを焚火の傍まで引き摺って行き、やっと、眠ることができる。

 時々、オルラがトンナの様子を見に行っている。その気配で薄っすらと目が覚める。

 焚火の傍で大の字になって眠るトンナは、大きな陰影を地面に作っている。

 額には大きめの鉢金を巻いて、籠手に手甲、大きな胸当て、蛇腹の胴、胴からは細かな鉄板が縫い付けられた厚い布が股間を覆うように垂れている。脚絆は鉄板製で、足の甲は、やはり蛇腹の鉄板で覆われている。

 フルプレートメイルではないが、要所、要所を防御する形だ。

 武器らしいものは携行していない。

 爪のせいか?

 トンナの指は太い。

 第一関節から先は、ほぼ爪で出来ている。爪の内側、手の平側に薄く皮膚が張り付いているだけのように見える。

 それとも、ただ単に無手が得意なだけか…。

「下僕か…。」

 一体何のつもりで、そんなものになりたがったのか。俺には理解できん。

『まったくだな。理解の範疇を越える。』

『いやいや。案外、女の子ってそういうところがあるよ?』

 おいおい。イチイハラか?

『そうだよ?やっと喋れるようになったねえ。』

『それよりも、さっきの話。女の子にはそういうところがあるのか?』

『あるある。俺の知ってる子なんかもトンナちゃんと一緒でね。亭主関白な男の言いなりなんだよねぇ。ちょっと引くぐらい言いなり。』

『ほう。そういうものなのか?』

 …

 …

『マサト無視か?』

 えっ?今の俺に聞いてたの?すまん。俺に聞いてたとは思わんかった。

『むう。やはり、三人で会話というのは難しいか。』

 そりゃ『そりゃ…』

 どうぞ。

『ごめんよ。そりゃあね。マサトはこっちが見えないからな。』

 そ『そ…』

 どうぞ。

『そ、そうだな。』

 …

 …

『今後はマサトと話す時は協議制にして、その代表が話すということで。』

 そうしてもらえると助かる。

 でも丁度いい。イチイハラに聞いときたかったんだ。

『何を?』

 トンナってどんな子なんだ?

『ん~。ハッキリ一言で言うと。コンプレックスの塊?みたいな感じ?』

 全然ハッキリしてないじゃないか。

『いや。子供の頃は蝶よ花よで大事に育てられた記憶が鮮明に残ってるのよ。ところが十代の頃からチョット読み取りにくいんだよね。多分本人に聞いてもハッキリ答えられないんじゃないかな?』

 ふ~ん。複雑そうだな。

『そうだね。』

 まあ。俺の下僕宣言したんだ。普通じゃないのは織り込み済みだな。しばらく付いて来るだろうし、おいおい聞いてけばいいか。

『そうそう。気楽に一緒にいれば、その内わかってくるって。』

 第五副幹人格は随分気楽だな。

『そう?』

 まあいいや。そろそろ俺も眠るよ。昨日から、あまり寝ていないから…。

『ああ。お休み。』

 お休み。

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