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トガリ  作者: 吉四六
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やっぱ猪人がヒロインなんすか?何とかならないっすか?

 日が暮れ、地面に小さな穴を掘り、穴の側壁を石で覆って、ヤート式の掘り炬燵擬きを作る。小さな焚火が三人を照らす。

 トンナは起きない。

 目覚めているのに起き上がって来ない。俺は、焚火の火を消して、その上に三角座りでコルルを纏い、眠る。

 オルラも同じように眠る。

 そうして、やっとトンナは起き上がった。

 顔を歪めている。

 月光と星明りだけだ。

「手当てが必要かい?」

 俺が話しかけるよりも先にオルラが話し掛ける。

 トンナは首を振る。

「この子は特別だよ。」

 トンナが顔を上げる。オルラは独り言のように言葉を続けた。

「この子の力は魔法だろうけど、魔法とも、ちょっと違うように思える。まるで、…そうだね、森羅万象の理に直接働きかけるような、そんな力を持ってる。だから、この子と戦うということは、きっと、この世界の理と戦うということなんだろうさ。」

 オルラが顔を上げる。トンナがつられて、月を見る。

「月は月としてそこにあるだけ。月を何とかしようとしても、どうにもなりはしない。それと同じことさ。」

 オルラは再び膝に顔を埋めた。

 トンナはオルラの言葉を噛みしめるように「月は月としてそこにあるだけ。」と繰り返し呟いていた。

 俺は頬を赤くして、黙り込んだままだった。

 そんな俺のすぐ傍にトンナが顔を寄せる。

 荒い鼻息が俺に掛かる。

 ちょっとヤバいような気がする。ショタか?ショタに目覚めたのか?

「起きてるだろ?」

 小さな声。

 囁き声ではなく、自信のない小さな声だ。

 薄く目を開ける。

 間近にトンナの真剣な目があった。

「ちょっと、向こうまで付き合ってよ。」

 目を眇める。訝しいと思っていることを隠さない。

『フラグが立ったな。』

「大丈夫。変なことはしないよ。ちょっとだけでいいんだ。婆様のいるところじゃ話が出来ないんだよ。」

 真剣に懇願しているトンナにほだされて、俺は溜息を吐きながら立ち上がった。

「ありがとう。向こうのちょっと離れた所で良いんだ。」

 トンナの後をついていく。

 オルラに声を聞かれない適当な所まで来るとトンナは俯きながら振り返った。

「あんたに殴り掛かって申し訳なかったよ。ごめんね。」

 案外しおらしい。

「いいよ。俺はもう気にしてない。」

 頬を少し緩めて「そう言って貰えて助かったよ。」と言いながら、指をモジモジさせる。

『マジで告られるんじゃないか?』

 おいおい。勘弁しろよ。今まで告られたことなんてないのに、初めてが豚さんからって、何だよそれ。

「それで、厚かましいかもしれないけど、お願いがあるんだ…」

「うん。厚かましいから断る。」

 目を見開き、口をポカンと開けるトンナ。その顔だとトンマだ。

「いやいやいやいやいや。話し。話しくらい聞いて?ね?聞こう?」

 首を傾げながら必死の説得だ。

「聞いたら断るのも大変そうだから聞かない。」

 そう、女性からのお願いは断りづらい。女性は願い事をする時、必ず、女性として願い事を言う。はい。ここ大事。女性として、という部分。ここが大事。

 言外に「お前、男なんだから女の願い事くらい何とでもしてやるわ。」ぐらいの気概を見せろやゴルァ。という意味が込められる。

 したがって、その願いを断った場合、「男として情けないと思わんのかゴルァ。」となって、交渉という行為そのものが男性に不利になるようにできているのだ。

 願い事とは、叶えて欲しいけれども、叶えてもらえなくてもしょうがないことなのだ。

 本来ならば。

 それが、女性が使うと、願い事ではなく、半ば強要になるから恐ろしい。

 だから、女性の願い事は聞かない。それが最も適切な対処法だと俺は信じる。

「そんなこと言わないで。ねっ?お願いだから聞いて?ね?」

 俺の手を取り、懇願する。

 な?女性らしさを使ってお願いされたら、断りづらいだろう?

『ブハっ!』

 また、吹き出しやがった。

 肩を落として、溜息を吐く。

「聞くだけ聞くよ。」

 その言葉に、一気に顔を明るくさせるトンナ。そんな顔をされたら、どんな内容でも頷いてしまうじゃないか。

「あたし達、獣人にはね、真名があるの。」

「マナ?」

「うん。トンナっていうのは仮の名前で、真実の名前が真名。」

「うん。」

「で、真名を隠しているのは、その名前を知られると、その人の言うことを何でも聞くようになっちゃうからなのね。」

 展開が読めてきたぞ。

 手を出してトンナの話を遮る。

「真名というものが何かはわかった。しかし、トンナの真名は決して聞かないから安心しろ。例え、天地が裂けようとも俺は聞かない。」

 宣言する。俺の正ヒロインは豚さんじゃない。西遊記だって猪八戒は、おちゃらけの脇役だ。戦隊ものなら、キレンジャー、カレーを食え。決してヒロインにはならない。

「ちょっと。それどういうことよ。ちょっと今のはカチンと来たんですけど。」

 ほらな、願い事を聞かないと、こっちが悪い風な雰囲気になるだろ?

「うん。よし。カチンと来たならこれで終わり。話すことはないな。それじゃ。俺は寝るよ。」

 踵を返し、元の場所に戻ろうとすると、手をがっしり掴まれる。

「ちょっと。ガキんちょ。あんた一体幾つよ?」

「一〇歳だけど。それが何か?」

 本当は四十五歳ですけど。

「あたしは十八歳よ!八歳も年上よ!そのお姉さまが恥も外聞もなく頭を下げて、真剣にお願いしてるのに!それをふざけた調子で断るなんてどういう了見よ!」

 うわ~面倒癖ぇ~。泣きそうだよ俺。と思っていたら、トンナの両目に涙が溜まっていた。何にせよ、トンナは真剣なようだ。しょうがない。四十五歳の余裕というものをお見せしよう。

「わかったよ。トンナ、悪かった。真剣だったんだな。でも、俺は一〇歳の子供だ。俺に期待するのは過剰だと思う。多分、俺に真名を教えようとしてたんだろうけど、もっとよく考えてからの方が良いと思う。トンナが言ったように俺は一〇歳のガキんちょだからな。」

 突然、大人のような回答を口にした俺を見て、トンナは驚いている。

 俺は手を添えて、トンナの手をほどく。今度は俺がトンナの手を握る。

「よく考えて。勢いで結論を急いじゃ駄目だ。」

『あっ落した。』

 えっ?

 トンナが俺の手を握り返す。強く。

「あんたの名前は?」

 強張った声。

 真剣だ。断れば殺すと、声が伝えている。

「トガリ。ヤートのトガリ。」

 トンナは俺の左手をその右手に握ったまま、両膝を地面についた。

 跪いても、まだ、トンナの顔が高い位置にある。

 そのトンナが真直ぐに俺を見下ろし、言葉をつづる。

「ヤートのトガリ、心臓の左手、ツキナリのヤーガ、命の右手にツキナリのヤーガは誓う。ヤートのトガリの命令はツキナリのヤーガの血肉となりて、命を握るヤートのトガリに両手を捧げる。」

 やられた。

 俺の霊子が手を通してトンナの霊子を同調させる。霊子回路を同期させ、ネットワークを構築する。

 頭の奥で、鈍痛が響くが、トンナに握られた手の方が痛い。トンナは呻き、苦痛に耐えながらも、俺の手を握っている。俺よりもはるかに苦しんでいるのが、その様子でわかる。

『拙いな。トンナは死ぬかもしれん。』

 なに?

『計算機がスパコンと同期できないだろう?』

 助けてやれ!

『出来るかどうかは、わからん。』

 構わん!やれよ!

 互いの手を通して、俺からマイクロマシンが送られる。

 トンナ!今からお前を助ける!俺の言うとおりに言われたモノを想像しろ!

 届いているのかどうかは、わからない。それでも必死に呼びかける。

『空いてる方の手も握れ!額を突き合せろ!接点を増やせ!』

 ええい!まどろっこしい!

 俺は体ごとトンナに飛び込んだ。短い腕で大きなトンナを抱え込む。

 左手だけで無理なら、右手も、両手で足りなければ、頭も、それでも駄目なら全身で。

 俺の体とトンナの体を覆うように量子情報体が、飛び交い、うねりを創りだす。

 必死の思いが、形振り構わぬ必死の思いが、量子情報体に共鳴し、輝きを増す。その輝きは肉眼でも捉えることが出来た。

 心配したオルラが俺達の傍で、その輝きに驚きの表情を見せる。

 トンナ!何でもいい。助かってくれ!

 量子情報体の輝きが限界まで煌めいて、一瞬にして視界が白くなる。地面も空気も感じない白い空間に俺とイズモリ、倒れたトンナと知らない俺が立っていた。

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