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トガリ  作者: 吉四六
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猪人がヒロイン候補って…マジっすか?

「ねえ。お肉ちょうだ~い。」

 幹を揺する。大木の幹を。

 揺れる。

 揺れるはずのない大木が大きく揺れる。

「待て!今降りる!降りるから!揺らすな!」

「本当?!」

 揺れが治まる。

「ああ。今降りるよ。」

 俺とオルラが、スルスルと木から降りる。

 睫の長い、吊り上がり気味の大きな目。癖のある金色の長髪。白い肌に赤らめた頬。可愛い唇にモジモジとした仕草。大きな胸にグラマラスなヒップ。

 太い首デプ~ン。

 太い腕ブル~ン。

 太い腹ボ~ン。

 太い足ブルル~ン。

 表現する擬音全てに濁点が入るって、どうよ?

 ある意味、清々しいわ。

 微妙に可愛らしいモジモジとした仕草に、微妙に腹が立つ。

 何だろう。この男の視線を明らかに狙ったような仕草は。

 俺は基本的に男性受けを狙ったあからさまな態度は嫌いではない。男性に好かれようとする努力の末にそういう仕草をしているのだから、それはそれで認めるべきだと考える。

 だって、オナラを我慢するにも結構根性いるんだぜ?女の子が女の子らしくしようとするんだって、結構努力してるんだぜ?頑張ってるじゃない。

 でも、この場合は何だろう?何だか微妙に腹が立つ。

「良かった~。お肉を持ってる人が優しい人で~。しかもこんなに可愛い男の子なんて、もう、君も食べちゃうぞ。」

 そう言いながら俺のオデコをこつんと突く。

 わかった。

 可愛くなろうと努力もしてないのに、可愛くぶろうとしてるからだ。

 それが、微妙に腹が立つ。

 ゲテモノ系のオカマが、ネタとしてやることを素でやっているから腹が立つ。しかも、此処まで堂々とやっているということは、素で自分のことを可愛いと思っているんだ。

「でっそのお肉は何のお肉かな~?鹿さんかな~?熊さんかな~?それとも猪さんかな~?やだ~猪さんだったら、あたしと同族。同族だけにどうぞ(・・・)食う(・・)?なんて、キャハ!」

 ブチっとな。

「何か腹立つから、やらねえ。」

 俺は、豚さんを避けて横を通り過ぎようとした。

 がっしりと掴まれる左腕。

「あれあれ?おっかしいぞ~?何かな?何かな?なんでかな~?」

 声も可愛らしい。喋り方も可愛らしい。

 額に汗して、本気の困惑顔でなけりゃあな。

「どうしたのかな~?何でそんなに怒った顔してるのかな~?トンナわかんないな~?」

「そうかい。わかってもらわなくて結構。俺達はこのまま行かせてもらう。」

 自分のことを自分の名前で呼ぶな。

「まあ。トガリ、そんなにツンケンしなくて良いじゃないか。」

 オルラが、何故か優しい。いや。相手が豚だから優しいのか?

『オルラも女だねえ。』

「わあ。おばあちゃん優しい。」

 両手を拝むように合わせる仕草が、また、何かムカつく。

 オルラは自分の荷物を下ろして、葉に包んだ熊肉を取り出した。

「どうぞ。良かったら、塩もあるよ。」

 両手で受け取り、「ありがとう」と言うが早いか、齧り付く。一キロはありそうな熊肉があっという間だ。

 無言のまま、オルラの手にあった熊肉が全て食べれらていく。

「美味しくって、足りな~い。」

 俺の方を見る。意地汚い奴だ。オルラが俺に頷くので、溜息を吐きながら荷物を下ろすと、女、トンナが声を上げる。

「あっ!その骨!」

 俺は昨日、狩ったハガガリの毛皮と頭骨を担いでいた。その骨を指さし、驚いたような声を上げる。

「ハガガリ!」

 荷物を手にしたまま、俺は「そうだよ?」と答える。

「えっ嘘!どうして?どうして、ハガガリの毛皮と角を持ってるの?あんた達って魔狩り?」

 魔狩りとは、魔獣を狩ることのできる猟師という意味で、一般の狩人と区別するために付けられた呼び名だ。

 俺達は二人揃って首を振る。

「ふ~ん。」

 トンナの目が眇められて、俺達を不躾に、舐めるように見る。「ふん。ふん。」と頷きながら「わかった。」と言う。

 何がわかったのやら。碌でもないことを言いそうだ。

「あたし達、パーティーになりましょ。」

 胸を張って、頭に蛆でも湧いたのかと思えるようなことを言う。

『ブハッ!』

 今まで、くぐもった笑い声を出していたイズモリが、遂に耐え切れなくなったのか吹き出した。

「何で?」

 何がどうなって、そうなった?

「あたしねえ。この先の村から、ハガガリ討伐の依頼を受けてきたの~そしたら、二人がハガガリの骨と毛皮を持ってるじゃない。このままだと、あたしは依頼料も、ハガガリの毛皮代金も魔石代も手に入らないじゃない?」

 可愛い仕草を入れながら、クネクネとこれまでの経緯を話すトンナ。もういい。その先を話すな。わかったから。

「じゃあ、あたしと二人がパーティーを組んだことにして、ハガガリ討伐完了ってことにしちゃえば、お互いにウィンウィンでしょ!」

 両手の豚足をVの字にして、何をほざく。ブヒブヒ言ってろ。

「何をほざく。ブヒブヒ言ってろ。」

 あ、後半声に出てた。

「ああっ!?」

 トンナの表情が一変する。

「お前さあ。ガキだと思って下手に出てりゃ、好い気になってんじゃないよ、ヤート風情がさあ。どうせ、お前らヤートじゃあ、何処に持って行っても買い叩かれるのを、あたしが交渉代行してやろうって言ってんだよ。感謝しろよお前。」

 カッチーン。である。

「おい豚。ヤート族相手でも霊長類の人間様に偉そうにモノを喋るな。人の獲物を横取りしようなんざ、ハイエナみてえな真似しねえで、豚は豚らしく、そこらの残飯でも漁ってろ。」

 トンナの拳が俺の眼前で止まる。

「面倒だねえ。ガキをぶちのめしても、婆をぶちのめしても後味悪いが、いっぺん、世の中の仕組みってものを教育してやらなきゃいけないようだ。」

 ドスの効いた声で俺とオルラを見やる。‘教育してやらなきゃ’というのは、オルラに言っているようだ。

『カッチーン。』

 それまで、傍観者だったイズモリだが、オルラに対する教育不足だぞゴルァ!というのに、脳天に来たようだ。

「オルラ、ちょっと、この豚を躾けるよ。」

「トガリ。大丈夫かい?」

 オルラの言葉に頷いて、俺は街道へと一歩で飛び退いた。

「ふ~ん。有利な森から出て、やろうっての?つくづく…」

 トンナが両の拳を握り締め、口元を嫌らしく歪める。

「つくつぐ舐めてんじゃないよ!!」

 トンナの足元で土煙が上がり、巨体が一気に俺との間合いを潰す。

 森から街道へは、傾斜が付いている。

 その傾斜がトンナに落下速度を与える。均された街道がトンナの巨体を支えることが出来ず、クレーターを形成する。

 人の目には捉えることの出来ない拳が、俺の眼前に迫る。

 トンナは何が起こったのか、わからなかっただろう。

 拳を打ち出した姿勢のままにトンナは空中で半回転し、背中で地面にクレーターを作り出す。

 肺の空気を吐き出し、大きく脳を揺らすトンナ。

 その鼻頭に俺の小さな拳が触れて、止まる。

 キョトンとしたトンナに意識が追いつくのを待つ。

「次は潰す。」

 トンナの目が怯えを宿したことを確認して、俺は拳を引いた。

 俺はオルラの元に戻って、荷物を担ぐと、オルラに目配せして、悠々と街道へと出て行った。俺が街道に出ると、トンナは肩をビクッと振るわせるが、もう相手にしない。路傍の石だ。

 オルラは少し心配そうにトンナを見て、俺と一緒に村へと歩き出した。

「一体どうやったんだい?」

 オルラが俺に聞く。オルラにもわからなかったろう。当然だ。俺は何もしていないように見えるはずだ。

 実際、俺はトンナに触れていないし、動いてさえもいない。

 俺はいつもどおりに気配を伸ばし、トンナに俺のマイクロマシンを食わせてやっただけだ。

 俺の命令を走らせた大量のマイクロマシンを。

 魔獣もトンナも息をするように幽子と霊子を食っている。いや、その理屈から考えるに呼吸と同義であろうと思われる。その副産物として霊子を走らせたマイクロマシンも食う。

 俺の命令は、他のマイクロマシンを俺の命令を伝播させるように上書きせよだ。

 俺はトンナの霊子に周波数を合わせているから、トンナの体組織に組み込まれたマイクロマシンは俺とトンナ両方から命令を受ける状態になっている。しかし、俺の命令は暗号化されて、ロックされるため、一旦、俺の命令を受けたマイクロマシンは、トンナの命令を受け付けなくなる。俺の支配下のマイクロマシンに接触することで、全てのマイクロマシンは俺の支配下となる。

 本来なら、マイクロマシンへの支配力は、肉体外に比べて肉体内の方が強い影響力を持つ。

 しかし、俺の霊子回路はイズモリ達が設計した特別性だ。通常の霊子回路の数兆倍の演算能力を持つ。仮に俺の霊子回路が現代日本のスパコンならば、通常の霊子回路は電気計算機並みだ。より演算能力の高い霊子回路で命令、プログラムを走らされたマイクロマシンは、他のマイクロマシンの影響を受けにくくなる。従って勝負になるはずがない。

「あの女の体を操ったのさ。」

 オルラへの説明はこの一言で終わりだ。

「成程、魔法ってのは恐ろしいねえ。」

 魔法って便利だな。説明も簡単に済む。

『まあ、実際に出来るかどうかは賭けだったがな。』

 これはイズモリの冷静な意見だ。

 イズモリは殺し合いにまでは発展しないだろうと踏んで、試験実証のためにトンナのマイクロマシンにハッキングを仕掛けた。

 でも、トンナのあの拳が当っていたら、俺は、一度は死んでいたろう。やっぱり酷い奴だ。

『直ぐに修復されるから、死んだことにはならない。』

 やっぱり酷い。

 街道をしばらく進んだ所で、俺達に声が掛けられる。

「お待ち!!」

 振り返ると、声の主、トンナが地面を掴むように立っていた。

「もう一度だ。」

 地の底から響くような声。

「もう一度だ!」

 言うと同時に俺に襲い掛かる。

 スピードが乗っている。数メートルの間合いを一気に潰す。

 しかし、結果は同じだ。

 トンナは勢いを殺すことなく、自分で大きく転ぶ。

 トンナの周波数は既に検知特定している。その作業が省ける分、素早くトンナのマイクロマシンを乗っ取ることが出来る。

「まだだ…まだだ!」

 トンナは何度も起き上がって、俺に襲い掛かる。そして何度も自分で転ぶ。

 俺に乗っ取られたトンナのマイクロマシンは、トンナの霊子を消費しながら、俺に命令を書き換えられて、体外からの幽子、霊子の供給を止められている。

 トンナは自分の霊子を削りながら、俺に何度も殴り掛かっては、転んでいる。

 無呼吸運動を延々と繰り返しているようなものだ。

 それでもトンナは力を振り絞って拳を振るう。

 やがて、トンナのマイクロマシンは、安全装置が働いて、自ら霊子の摂取を断って、活動を停止した。

 素の力のみで、拳を振るうが、既にトンナに力はない。

 俺は緩々と近づくトンナの拳を左手で受け止めた。

 それを見たトンナは一瞬、驚いた表情を見せて、ニッコリと笑うと、その場に(くずお)れるようにして倒れた。

 俺は抱きとめることはしないで、倒れるままに、倒れさせてやった。

 清々しい顔でトンナは倒れた。

 そんなトンナを、何となく抱きとめてはいけないように思ったからだ。

 トガリの中でトンナを戦士と認めたのかもしれない。

 精一杯戦う。そんなトンナには何だか好感が持てた。

 俺は、オルラの方を向いて、少し困ったように笑った。

 オルラは俺の顔を見て、微笑みながら、頷いた。

 今夜の野営地が決まった。

 居心地は悪いが、今夜の野営地は街道のど真ん中だ。

 トンナの倒れるこの場所。

 俺達は肩を落として、溜息を吐き、野営の準備を始めた。

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