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トガリ  作者: 吉四六
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オルラ

 朝、あんなに(だる)かった体が嘘のように軽い。

 精神体と霊子体そして肉体は密接に関係している。

 心が定まれば、自然と体も軽くなる。

 全てを整理する時が来たのかもしれない。いや、その時が来たのだろう。

「おはよう。」

 小さな声で、トンナが俺に挨拶をする。

 トンナの腹の上に座って、俺はトンナの顔を振り返る。

「おはよう。」

 俺の挨拶を受けて、トンナが涙ぐむ。涙ぐみながら大きく笑う。

 トンナが俺を勢い良く抱き締める。

 昨夜のように優しくじゃない。強く抱き締めてくる。トンナが喜んでいるのがわかる。

 うん。わかるんだけどね?わかるんだけど、死ぬよ?力一杯抱き締めたら、俺、死んじゃうからね?


 朝食を終えて、オルラに時間を貰う。

 無縫庵の一室、オルラの部屋で、オルラと真正面に座る。

 真直ぐに見詰めて、オルラに話す。

「実は、オルラ義母さんには黙ってたことがあるんだ。」

 オルラが片眉を上げて「なんだい?改まって、まさか、お前の中にいるマサトだったか、イチイハラって人のことかい?」とオルラの方が切り出してくる。

「え?」

 俺は思わず、声に出す。表情にも驚きが出ていただろうと思う。オルラには話したことはないはずだ。今、この場で話そうと思っていたことだ。

「なんだね?気付いてないと本気で思ってたのかい?嫌だよこの子は。」

「え?いや、だって、そんなこと…」

「トガリって子は怖い子だったよ。」

 オルラの一言で、俺は黙り込んでしまった。

 その通りだ。気付かない筈がない。俺がトガリとなる前から、オルラはトガリのことを知っているのだ。

「小さな時から、ヤートらしいヤートの子だった。人を殺すことに躊躇(ためら)いがなかったよ。」

 俺の知らないトガリの一面が語られる。

 トガリの記憶は持っているが、全てではない。確かに、トガリが人を傷つけた記憶はあるが、殺したような記憶はなかった。

 やはり、これも精神体が波状量子で出来ているせいか。

「隣の、ああ、トガリにとっちゃ隣の集落で、あたしにとっちゃあウチの集落なんだけどね。ウチの集落の子とトガリが(いさか)いを起こしたのさ。」

 記憶で見たことがある。

 何が原因かはわからないが、トガリが怒っていることはわかった。そして、木刀を使った稽古で決着を付けようということになったのだ。相手は十一歳、トガリは五歳の時だ。

 トガリがあっという間に相手を打ち据えたシーンが記憶に残っている。

「その時に、トガリは相手の子を殺したのさ。」

 まさかと思う。

 トガリは平常心だったぞ?何の動揺もしていなかった。だから俺は、相手の子供が死んでいないと思ってたんだ。

「あの子は平然と言ったさ。死ぬ奴が悪い。ってね。そんなトガリが、殺すなってトンナ達に言ってるんだ。馬鹿でもおかしいと思うさ。」

「いつから、そのことに…」

「そうだね。お前の後を追い駆けて、すぐにおかしいって思ったんだよ。小さなころから殺気を纏った子だったからねぇ。それが、あたしと気配を合わせられるんだから、あの時は驚いたよ。でも、はっきりとわかったのは、トンナと出会ってすぐだね。お前がトンナとやり合ってるのを見て、すぐに思ったよ。この子は変わった、違う子なんじゃないだろうかってね。」

「そんなに前から…」

 オルラがフワリと笑う。

「トンナにカマを掛けたら一発だったよ。あの子達は気を付けなきゃいけないね。口が軽過ぎる。」

 おれも思わず、笑顔になる。

 オルラが膝立ちになって、俺を抱き締める。

「お前の中に何人の人間が居ようとも構やしないさ。居なくったっていいさ。お前は、あたしのトガリで、一緒に旅してきた優しいトガリだ。」

 オルラの言葉に涙が出る。

「辛かったろう?力があるから、何でもお前に背負(しょ)い込ませて、そのままにしちまった。辛けりゃ逃げちまえばいいさ。お前だって、ずっとそう言ってるじゃないか。だから、この、二、三日は、いつでも皆で逃げられるように、お前を絶対に一人にするんじゃないよってトンナ達にキツク言っといたんだよ。」

 知っていてくれた。

 オルラは俺をそのままに知っていて、愛してくれていた。

 トンナは獣化して、俺と一緒に寝てくれた。

 カルザンとの会食では、あんなに楽しみにしていた料理を俺に食べさせた。

 馬車の中でも優しかった。

 普段と変わらないように俺に接してくれていた。

 こんなに俺を愛してくれている。

「お前は、いつも戦ってるよ。生きるために戦ってる。戦わなきゃ、生きることは叶わないのさ。生きるだけで、それは戦いなんだよ。だから疲れたら、あたし達に凭れ掛かれば良いのさ。お前にはあたしだけじゃない。トンナだって、アヌヤだって、ヒャクヤだっている。コルナもトネリもアラネだって支えてくれる。だから、疲れたらあたし達に凭れ掛かって休めばいいさ。」

 そうか。

 俺は、俺の女達に生かされてるのか。

 この愛すべき女達がいるから戦えるのだ。

 死を共に覚悟できる女達。

「泣けるなら、思いっきりお泣き。お前は、まだ一〇歳の子供だ。あたしにとっちゃ、まだまだ子供のトガリなんだ。大声上げて泣いたって恥ずかしいことじゃないさ。」

 俺は、オルラの言葉通りに大声を上げて泣いた。

 雄叫びのように泣いた。


 その夜。

 全員を集める。

 オルラ

 トンナ

 アヌヤ

 ヒャクヤ

 コルナ

 テルナド

 ロデムス

 トネリ

 アラネ

 そして、俺は全員に宣言する。

 俺が誓うべきは神にではない。

「俺は、神を殺す。」

 俺は目の前の女達に神殺しを誓った。

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