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トガリ  作者: 吉四六
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何が納得できないのか、俺は再び夢を見る

「おい、起きろ。」

 一番奥深くに残っている記憶は、そんな一言だったか。

 目を開けると眩しい光が差し込んでいた。

「もうすぐ着くぞ。」

「ああ。」

 俺の隣に座る鹿野守(かのもり)補佐が、俺を起こしたのだ。

 ジャンボジェットの客席。

 細かな内装まで見ることが出来るのに、妻と娘の顔を思い出すことが出来ない。

 鹿野守(かのもり)補佐と、二、三、言葉を交わして、俺は窓外を見る。

 やはり、主翼からジェット燃料が漏れ出している。

 俺は上着のポケットから手帳を取り出し、鉛筆を用意する。

 堕ちるのは海だろう。

 インクでは消えてしまう。

 燃料が燃え上がるのを待つ。

 もしかしたら、燃え上がることなく、このまま、沖縄に到着するかもしれない。

 そうすれば、電話ででも妻と娘の声が聴けるかもしれない。

 爆発音と閃光が俺の目を射抜く。

 俺は必死に妻と娘へと遺書を書く。

 愛している。

 元気に生きてくれ。

 シッカリと生きてくれ。

 俺はそんな願いを遺書に込めて、海に堕ちた。


 荒い呼吸音が聞こえる。

 俺の呼吸だ。目を見開き、無縫庵の天井を見詰める。

 カルザンとの会食は良い雰囲気で終わった。あくまでもカルザンとのだが。

 獣化したトンナの手が、俺の肩を抱く。

「眠れないの?」

 俺はトンナの上で眠っていた。

 最近は、トンナは人化しているので、トンナの上では眠っていない。トンナの腕枕で眠っている。

 それが、今日はトンナが獣化して、俺にその上で眠るように言ってきたのだ。

 すんなりと眠りに入ることが出来た。

 そして、夢を見た。

 現代日本で俺が死ぬ夢だ。

 何森源也と出会ってから二度目の夢だ。

 内容は何も変わってはいない。

 沖縄に向かう飛行機の中で、漏れる燃料を発見し、直後に爆発、俺は必死で遺書を書く。

「トガリ?」

「ああ、嫌な夢を見たんだよ。それで、目が覚めた。」

「どんな夢?」

 答えられない。

 その一瞬の間を感じ取ったのか、トンナの両手が俺の肩を優しく抱く。

 きっと、トンナ達は気付いている筈だ。

 俺の中から、イズモリ達がいなくなっていることを。

 イズモリは、コルナとテルナドと。

 イチイハラは、トンナと。

 カナデラは、アヌヤとヒャクヤと。

 それぞれが、それぞれに繋がっていた。

 その繋がりが、今はない。

 溜息を吐いて、額の汗を拭おうとして、手の中に小さな紙を握り込んでいることに気付く。

 俺は「トイレ」と、声を掛けて、トンナから下りた。

 トイレに入って紙を開く。

 皺を丁寧に伸ばして、ミミズののたくったような字を読む。

 俺は壁に背中を預けて、しゃがみ込んだ。足に力が入らなかった。

 両手を床について、もう一度、紙を見る。

 遺書だ。

 俺が現代日本で書いた遺書。

 生きろ。そう書いてある。

 シッカリと生きろ。

 そう書いてある。

 妻と娘に宛てた遺書の筈だった。

 でも、この紙に書いてある名前は違う。

 トンナの名前が書いてあった。

 オルラの名前が書いてあった。

 アヌヤの名前が書いてあった。

 ヒャクヤの名前が書いてあった。

 コルナの名前が書いてあった。

 トネリの名前が書いてあった。

 アラネの名前が書いてあった。

 ロデムスの名前が書いてあった。

 そして、生きろと書いてある。

 俺は膝を付いていた。

 何故だか涙が溢れてきた。

 嗚咽が漏れる。

 自分でもわからないが、何故だか泣けてきた。

 幾つもの涙が、落ちた紙に染みとなって残る。

 目を瞑ると、女達の笑う顔が浮かんでくる。

 女達が笑いながら俺の方を見ている。

 今の俺には、その笑みが、何を意味して、何のために向けられているのか、わからなかった。


 一頻(ひとしき)り涙を流して、深い所から息を吐く。

 ゆっくりと立ち上がって、俺は、手の中の紙を見る。

 分解しようかと思ったが、俺は、その紙を丸めて、口に放り込んだ。

 呑み込む。

 捨てても、分解してもいけないような気がしたからだ。

 何故、そう思ったのかもわからない。

 何をしているんだか、そう自嘲気味に笑う。イズモリが居れば、何か言うだろうか?言うだろうな。難しい言葉を使って、俺を理解不能だと言うだろうか?

 埒もない。

 いない者の声を望んでも聞こえる筈がない。

 妻と娘もいないのだ。

 いない者の声を望んでも聞こえる訳がない。

 静かにトイレを出る。トンナがベッドに座っていた。

 立ち尽くす俺をトンナが迎えに来る。抱き締められて、優しく、ベッドに運ばれる。

 トンナの上で目を閉じる。

 トンナは俺を護るように両手で包んでくれた。

 そして、眠る。

 トンナに包まれて、俺は眠る。

 フワフワの優しいトンナに包まれて、俺は、再び、夢を見る。


「おい、起きろ。」

 一番奥深くに残っている記憶は、そんな一言だったか。

 目を開けると眩しい光が差し込んでいた。

「もうすぐ着くぞ。」

「ああ。」

 まただ。

 また、同じ夢だ。

 俺は隣の鹿野守補佐の方を見る。

 少年が座っていた。

 トーヤのように見える。

「しっかりしろ。目を覚ませ。」

 キミマロのように見える。

「もうすぐだ。」

 何が?

「もうすぐ終わる。」

 だから、何が?

「窓の外を見ろ。」

 窓外に視線を移す。

 魔獣がいた。

 長い首を真直ぐに起立させて、大きな口を目一杯、開けている。

 首の鰓から炎が噴き出し、閃光と爆音が飛行機を揺らす。

 狩ったはずだ。

 何故、ここに恐竜型魔獣がいる?

 閃光が収まり、イデアがそこに立っていた。

 飛行機の中だったはずだ。

 レーザーが降り注ぎ、再び閃光に包まれる。

 閃光が収まると、地面一杯に人が倒れていた。

 赤黒い空には、月も星も太陽も見えない。ただ、渦を巻くような黒い雲が、血のような赤い光を受けている。

 遥か彼方の、地平線の向こうにまで人が倒れている。

 ヤートの集落。

 父が死んでいた、その風景のようにも見えるが、その数が尋常ではない。

 折り重なって、人が死んでいる。

 地平線の向こうまで人が死んでいる。

 血に塗れた死体でできた大地。

 その地平線の向こうから光が溢れてくる。その光に触れた死体が緑へと変わっていく。

 川になり、山になり、木々へと変わり、空が明るく照らされる。

 迫る光に包まれて、俺は再び声を聞く。


「おい、起きろ」

 何度も聞いた同じ台詞。

 目を開いて眩しい光を目に受ける。

 飛行機の中だ。

 窓外に目をやれば、やはり、燃料が漏れている。

 俺は諦めの境地で、胸ポケットから手帳を取り出し、鉛筆で、遺書を書く。

 書き上がった遺書を見て、目を見開く。

 そこには、誰の名前も書かれていなかった。

 生きろとも書かれていなかった。

 ただ一言。


「戦え」


 その文字を見た瞬間、俺の胸の奥で火が灯った。

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