カルザンとは友達になるんだから、カルザンを慮るのは当然でしょ?
城門の手前から、民衆ではなく、兵士が並ぶ。
銀のフルプレートメイルに、左手には剣を携え、その左手を後ろに回して、頭を垂れている。跪く騎士達の姿は、俺達に対して、最大限の敬意を表しているように見えた。
いや。実際に敬意を表しているのだ。
俺達の馬車が通り過ぎると、跪いていた騎士達が、やおら城外へ向けて立ち上がり、剣を右手に持ち替え、体の正中線に沿って、真直ぐに剣を立てる。
騎士の壁が道を閉鎖するように立ち並ぶ。
一糸乱れぬその動きに、騎士達の練度の高さを窺い知る。
城門を潜り、帝城の前庭に差し掛かり、トンナが消失させた城の破損個所を左手に見て、胸を痛める。
くっ。まともに見られねえよ。
二つ目の巨大な門を潜り抜け、中庭に入り、宮殿へと辿り着く。
帝城の中心に位置する宮殿は、やはり美しい庭に囲まれていた。
宮殿へと続く道は白い石畳で、轍の跡もない。
雨に濡れた様々な花が、しっとりとした色を周囲に放ち、その香りを、より強いものにしていた。
宮殿までの距離を取って、宮殿に対して馬車が横向けに停まる。
宮殿の前には華美な服装の儀仗隊が数十人待機していた。
その中央から、マントを翻した男が一人、前に出る。
「サアアアアアアアアアアアア。」
その男が高らかに、節を付けて、声を上げる。
「オオオオオオオオオオオオオオオ。」
後ろに控える数十人の儀仗隊から、厳かな、歌とも思える節をつけた声が上がる。
「セエエエエエエエエエエエ。」
マントの男が再び声を上げると、儀仗隊が斉一に優雅に動き出す。
マントの男を中心に、二列横隊の儀仗隊が二手に分かれ、一方の二列が馬車列に平衡に並び、もう一方が馬車列に対して直角に並び、宮殿への道をつくる。
「捧げえええええ。」
儀仗隊は黒塗りの竿を手に持っている。
その竿の先には布が縫い付けられており、その布は各儀仗隊隊員の持つ竿に繋がっている。
「サセエエエエエエエエエ。」
マントの男の号令に従い、二列で並んでいた儀仗隊が、距離を取り、その竿を勢いよく掲げ上げる。
竿の先の布が大きな音を立てて広がり、溜まっていた雨の雫を弾き飛ばして、長大な天幕となる。
「エエエエエエエエエエエ。」
儀仗隊の全員が節をつけて声を上げる。
御者が降り、荷台から三段の踏み台を馬車の扉前に置いてから、その扉を丁寧に開け、その踏み台の脇に頭を垂れて控える。
俺達が馬車を下りると同時に儀仗隊の声が止まる。
儀仗隊も御者も天幕の中には入っていない。
隊員の顎先から雫が垂れている。
瞬きもしていない。
微動だにしないその姿勢はピンと張りつめた緊張感を保っていた。
そんな彼らを見て、ふと、現代日本での生活を思い出す。
消防隊員も同じように訓練礼式をしていた。
姿勢を正し、真直ぐに、ただ立つだけの訓練をしていた。
雨であっても、雪であっても、その姿勢を崩すことなく、号令がかかるまで、立ち続ける。
自然と妻と娘を思い出す。
そんな俺をトンナが抱え上げる。
ドレスを着たトンナが俺を肩に乗せる。
現代日本の思い出が急速に遠ざかる。
黒い上着の二人が、俺達の前へ、赤い絨毯を広げてくる。
俺達は絨毯が足元まで伸びてくるのを待ち、宮殿へと視線を向ける。
カルザンが満面の笑みで俺達の方を見ていた。
ああ、そうだ。
俺はこいつと友達になろうとしてたんだ。
トンナが一歩を踏み出す。
何故だ?
トンナが先頭を歩き、皆が、その後に続く。
帝国の皇帝だからだ。
トンナが前に進む。
カルザンは幼いままに帝国を背負っている。初めて会った時、カルザンは、一瞬、一瞬だが、死を望んだ。
幼いカルザンには重過ぎる荷物。その荷物を背負い続けることに耐えられなくなったのだと俺は悟った。だから、脅した。
死への恐怖を刷り込んでやろうとした。
そして、友達になろうとしたんだ。
トンナが階段を上がる。
トンナは大きい、階段の途中でも、カルザンと俺との視線の高さは同じだ。
俺はトンナの肩から跳んで、カルザンの目の前に降り立つ。
満面の笑みを湛えていたカルザンの目に怯えの色が走る。
「よう、カルザン。俺と友達になってくれよ。」
蓮っ葉な言い方で、俺はカルザンに声を掛ける。
カルザンがニッコリと笑い「はい。」と応える。
俺もニコリと笑う。
そして、カルザン皇帝との会食が始まった。
「今日は怖がってないな。」
カルザンの対面に、トンナが座って、俺は、やっぱり膝の上だ。
礼儀どころか、威厳もくそもないが、もう、なんだか諦めモードだ。
これが定番なんだと周知の事実で、帝国側は、変わった風習もあるもんだと納得しているのか、誰も突っ込みを入れてこない。
そりゃそうだ。
ズヌークやローデルが、トンナのしたいようにさせているのだから、帝国側からすれば、このスタイルがトガナキノ国のスタンダードなのだと理解するしかない。
会食では各国のプロトコルが優先される。ある程度の決まりごとはあるが、宗教上の理由などが優先されるのだから仕方がない。
何と言ってもトンナはトガリ教の信者だからな。
「ええ、勿論です。朕を救ってくれた友人を怖がったり致しませぬ。」
カルザンが、オードブルを口に運ぶ手を止め、伏せがちに答える。
自分のことを朕と言うが、俺に対しては敬語か。
「へえ、友人か。その割には敬語なんだな。」
フォークとナイフを置いて、俺の方を見る。
「はい。尊敬すべきお方ですので、敬語になります。おかしいでしょうか?」
頷く俺の口に、トンナが料理を無理矢理に捻じ込んでくる。
「ん。うん。まあは、うん。ひょっと待って。」
喋ろうとしているのにトンナが俺の口に料理を運ぶ。
喉を鳴らして料理を呑み込む。
「そうだな。俺としては、友達と敬語で喋るのは、あぐ、ん、うん。ひょっと待って。」
今度は、アヌヤが話してる最中に無理矢理、料理を捻じ込んで来た。
こいつら、ホントにやりたい放題だな。
なんで、ズヌークとローデルが止めないんだ?
料理を呑み込んで、話そうと口を開けると、ヒャクヤが料理を放り込んで来る。
カルザンの方に手を上げ「ちょっと、待ってね。」と、仕草で伝える。
トンナの手元を見ると、次の料理が既にスタンバってる。
アヌヤの手元を見ると、やっぱり、次の料理がスタンバってる。
ヒャクヤの顔を見ると、真剣な表情で、料理を俺の口に捻じ込むタイミングを見計らってるようだ。
コイツら、何か?俺に料理喰わせる勝負でもしてるのか?
「神州トガナキノ国には、お珍しい風習があるのですね。」
カルザンの言葉に「違うよ?」と答えようとするが、トンナに料理を捻じ込まれて「ひがぶお?」と言ってしまう。
聞き取れないカルザンが、小首を傾げて、ニコリと笑う。
すぐに、アヌヤが俺の前に料理を差し出して来ているので、流石に顔を避けながら「ちょ、ちょっと待てアヌヤ。」と声を掛ける。
「どうしたんよ?カルザンの料理が美味くないんかよ?」
いや、だから、そういうことを言うなよ…
「そんな訳あるか!美味いよ。美味いけど、カルザンと話せなウグっ」
やっぱり、料理を捻じ込まれる。
「美味いんなら食うんよ。チビジャリは目が覚めてから、なんにも食ってないんよ。だから、一杯食うんよ。」
「そうなの。満腹ロリ好きマスターになっとかないと、元気が出ないの。」
なんだよ。お前ら優しいなぁ。もう、断り辛いじゃねぇかよ。
「陛下は話せそうな状況ではございませんので、私の方から、二つ、三つ、事前にお考え頂きたいことを、提示させて頂いてよろしいですかな?」
ズヌークが、カルザン帝国の摂政、ルドフィッシュに話し掛ける。
「は、あ、ハイ。結構ですな。どうぞ、承ります。」
ルドフィッシュも、俺とアヌヤ達の遣り取りに目を奪われていたため、ウロのきた受け答えになってる。それでも、ズヌークは何事もなかったのように頷き「では、」と、ルドフィッシュの言葉を引き継いだ。
「まずは、ヤート族と獣人の解放及び復権の布告は重畳でございました。もう、おわかりになられているとは思いますが、我が国の国王はヤート族に出自をお持ちでございますので。」
ルドフィッシュが笑顔で頷く。
「今回、カルザン帝国に赴きましたる目的は三つございます。」
カルザン帝国側の雰囲気が変わる。
そりゃそうだ、俺達が此処に来たのは、神の試練を与えるためだけと向こうは思ってるのに、いきなり、他にも目的があるんだよ。って言われたんだからな。
「一つは、もう、皆さまがご存知の通り、神の試練を与えるためです。」
ズヌークが、カルザン達を一通り見回す。
「もう一つは、我らが神州トガナキノ国とカルザン帝国の友好条約を締結するためでございます。」
カルザン側の雰囲気が一気に和らぐ。
「もう一つはヒラギ族を我が国に迎え入れるためでございます。」
「ひ、ヒラギ族をですか?」
ルドフィッシュの言葉にズヌークが頷く。
「はい。そちらにおわすコルナ様も、我らが陛下の后となられることが決まっております。従来の慣習にとらわれますなら、身分を揃えるために、コルナ様に養子縁組などを行い、カルザン帝国の一貴族にご身分を直って頂いた後に、陛下に嫁いでいただくのが、正当な道筋でございます。しかしながら、我が国に身分制度はございません。血縁関係にて、同盟を結ぶこともございませぬ。ですから、我らはコルナ様の血縁、ひいては、その一族が身分を直して頂き、カルザン帝国での保証を得る術を持たないことになります。ですので、ヒラギ族が人質となっては後顧の憂いとなります。よって、我が国はヒラギ族を我が国の一員として迎え入れるのです。」
コルナの一族が、確固たる地位を築いた貴族なら、コルナの輿入れはカルザン帝国とトガナキノ国の友好の印となるが、ヒラギ族は貴族ではない。
カルザン帝国がその気になれば、ヒラギ族を全員捕縛し、コルナに対する脅しに使える。
すなわち、トガナキノ国に対する脅しに使えるのだ。
「それは、今すぐには、お答えできかねまする。ヒラギ族は、我が国の重要な機関を任せている一族でございますれば、その全てをトガナキノ国に引き渡すというのは、あまりにも、損失が大きくなりまする。」
たしかにな。ヒラギ族の里にあった、あの病院設備を鑑みれば、カルザン帝国は、決してヒラギ族を蔑ろにはしていない。
「申し訳ございませぬが、ヒラギ族を神州トガナキノ国に迎え入れるのは、目的と申しました。私が申します、二つ、三つ、事前にお考え頂きたいこととは別のことでございます。」
うん。だって、ヒラギ族は、もうトガナキノ国にいるんだからね。
「別のこと、で、ございますか。」
ズヌークが涼しい顔で頷き、エゲツナイことを言った。
「我が国と友好条約を締結しない場合は、帝国内各属国と独自に友好条約を結ばせていただきます。もし、我が国と友好条約を結んでいただけるのであれば、次のことを条約条項に入れて頂きたい。」
カルザン側の顔色が一斉に変わる。
そりゃそうだ。友好条約を締結しないなら帝国を瓦解させるぞってことだからな。
「カルザン帝国の領空権の放棄とその領空権の神州トガナキノ国への移譲。」
ルドフィッシュが口を半開きにする。
俺も思わず、半開きになりそうになったよ。
「カルザン帝国から、神州トガナキノ国への年三回の帝国官吏の出向でございます。」
うわ~。トガナキノ国に入国するには、禊を受けなきゃならない。
仕事となったら、禊を受けなきゃしょうがない。
きっと、禊のことは言わねえんだろうなぁズヌークの奴、内側からカルザン帝国をトガナキノ国化するつもりだ。エグ~。
「年三回の出向でございますか?」
ズヌークが、ルドフィッシュの言葉を受けて、頷く。
俺の右目が教えてくれる。ルドフィッシュが、喜んでいるのがわかる。
神州トガナキノ国の技術、仕組みを盗めるチャンスだ。喜んで当然だろう。でも、罠なんだよねぇ。ヒデエなズヌーク。
「朕も、神州トガナキノ国には行ってみたいと思うっておったのじゃ。ルドフィッシュよ。領空権の放棄は良いではないか。友好条約を結べば、神州トガナキノ国の脅威に怯えることなく、逆に神州トガナキノ国に空を護ってもらえるではないか。我らには、どうせ空を飛ぶ技術などないのじゃ。龍からカルザン帝国を護って頂けると考えれば、我らには、何も損失は無いと思うが、如何じゃ?」
ズヌークが満面の笑みを持って頷く。
「皇帝陛下の仰る通り、友好条約の中には、魔獣災害からカルザン帝国をお守りするとの条項を盛り込みましょう。」
「うむ。」
カルザンが良い笑顔で頷き、ルドフィッシュが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「カルザン、いっそのこと、神州連邦に入っちまえばどうだ?」
「な、何を仰られるのやら。仮にも我が国は十四の属国を従える帝国でございますぞ。その帝国が連邦麾下に組み込まれるなど、帝国その物の否定でございます。」
ルドフィッシュが慌てて割って入る。しかし俺は、そんなルドフィッシュを無視して、カルザンの方をしっかりと見据えて話し掛ける。
「カルザン、お前は幼いながらによくやってると、俺は、思う。お前は賢しくはなく、利口なんだよ。摂政の言うことをよく聞き、自分の立場と重責をよく理解している。血の繋がりに縛られ、その細く、小さな肩で、よくぞここまで帝国を支えてきたと俺は思う。俺とお前は、同じぐらいの年だろう。でも、お前は普通の人間だ。俺とは違う。だから、お前の気持ちは俺には理解できないだろうけど、お前の心持は察することが出来るよ。眠れない日々は、お前から何を奪った?弱さを見せることが出来ない日々はお前に何を与えてくれた?」
俺は目に力を籠める。
「カルザン。」
俺は前のめりになって、俺の言葉がカルザンに届けと願う。
「俺がお前の前に現れた。だから、もう、肩肘張って、皇帝なんてしなくて良いんだ。俺を見ろ。俺は、王としての仕事なんてしない。今も、お前と友達になるためだけに来たんだ。」
カルザンが唖然とした顔で、俺の方を見る。
テーブル上はシンと静まり返り、誰も身動き一つしようとしない。
そんな静寂を打ち破ったのはズヌークだ。
「仕方がありませんな。正直なところを申し上げましょう。」
全員の視線がズヌークへと集中する。
「皇帝陛下、今、我が君、トガリ国王の仰られたことは真でございます。」
ズヌークが溜息を吐く。
「陛下は、先日、我ら各閣僚の前で、宣言されたのですよ。俺は仕事はしない。神州トガナキノ国の国王は仕事をしなくても良いと発布なさいました。まったく、そのような事実を他国に知られるのは、恥以外の何ものでもありませぬが、陛下御自身が仰られたのです。ここは、素直に本当のことを申し上げます。」
カルザンが視線を俺へと転ずる。
俺はカルザンに向かって頷く。
「人は強かだ。上に立つ者が変わっても、大地から恵みを収穫し、営みは営々と続く。俺達は、そんな理の上では、オマケのようなもんだ。」
「辞めても良いのですか?」
カルザンが独り言のような小声で呟く。
俺はシッカリと頷く。
「俺は、もう半分以上、王様なんて辞めてるようなもんだ。そんな仕事、他のやりたい奴に丸投げしちまえばいい。」
俺はルドフィッシュの方を見る。
ルドフィッシュは眉を顰めて、俺を見詰める。
俺はカルザンの方に再び視線を戻して、ニッコリと笑ってやった。




