変わる世界に俺だけが影を落とす
カルザンとの会食にあたって、俺は、神の使徒らしく、白い服を用意しようと思うが、それが出来ない。
トーヤは、白い空間に行かなくては、話し掛けても応えてもくれない。
騒がしい奴らがいない。
部屋を出る。
トンナ
オルラ
アヌヤ
ヒャクヤ
コルナ
ロデムス
トネリ
アラネ
ズヌーク
ローデル
そして、イデアがいる。
俺はイデアに視線を留める。
何森源也がイデアの所有権を有しているだろう。そのイデアは、味方なのか?
唇が緩み、自然と笑いがこみ上げる。
味方?
味方も敵もあったもんじゃない。何森源也は自分の望んだ世界に、この世界を創り変えようとしてる。その世界は俺が創ろうとした世界と同じだ。
奴にとっては俺はコピー品で、敵でも味方でもない。ただの部品で、ただの道具だ。
奴にとっては俺とイデアは同じ部品。部品同士が噛み合うのを拒む持ち主はいない。
「イデア、会食用に白い上品な服が必要だ。再構築してくれ。」
俺の言葉に、イデア以外の全員の顔が驚きの表情を浮かべる。
「ど、どうしたの?トガリ、やっぱり調子が悪いんじゃないの?」
「そうだよ。あんまり無理するんじゃないよ。会食には別の者が出たって良いんだ。」
「チビジャリ、寝とくんよ。調子が悪い時は食って寝とくのが一番なんよ。」
「そうなの。変態チビジャリマスターが病的変態大王にクラスチェンジしちゃうの。」
「主よ。其方の体は一人の物ではないのだ。今や国民全てのためにあるべき存在なのだ。無理をしてはならぬ。」
「うむ。無理はいかんのう。」
「なんだい?調子が悪いのかい?なら、寝ときな。無理をしちゃ、酷くなる一方だよ。」
「トガリ…」
「陛下、ご無理なら日程調整いたします。名代を立ててもよろしいかと思いますが。」
「左様でございます。私とズヌーク閣下でも対応は可能でございます。何卒、ご無理はなさらないよう。」
皆が心配してくれる。
ありがたいことだ。
今となっては、俺のことが心配なのか、それとも国の行く末が心配なのか。
俺は首を振って、思考を振り払う。
何を考えてるんだ?
国の行く末?
そんなものをトンナ達が心配する訳がないだろうが。
何森源也の所為で、俺の思考がおかしな方向に流れる。イズモリ達がいなくなった影響もあるかもしれない。
気を付けろ。不用意な発言はしちゃダメだ。
「大丈夫だ。霊子回路に負荷をかけ過ぎたんでな。今は休ませときたいだけなんだ。」
俺はイデアに向き直り、再度「白い服を。」と、頼む。
「承知いたしました。」
イデアが恭しく頭を下げて、俺の服が黒から白へと変わる。
青味がかったグレーのスタンドカラーのシャツに金色のボタンがズラリと並んだ白いベストに燕尾服。白いズボンに白い靴。白い絹の手袋を上着の胸ポケットに挿し、露わになった左手の中指にはトンナと同じダイヤモンド製の指輪がはまっている。
「イデア、魔狩りのメンバーにもドレスを頼む。」
「承知しました。」
イデアが再び頭を下げると、オルラは黒のドレスにトンナはピンク、アヌヤは薄いパステルグリーンに、そして、ヒャクヤは薄いパステルブルーのドレスへと変わる。
俺はズヌークに目をやり「さあ、それじゃあ、行こうか。」と声を掛ける。
あくまでも、元気よく。
そうだ。カルザンとの会食だ。
カルザンとは友達になりたかったんだ。
さあ、行こうじゃないか。カルザン帝国帝城へ。
まずは、帝都郊外に国王専用政務艦を着陸させる。
帝都上空に国体母艦が停泊しているから、敢えて、離れる形で着陸させることになる。
形式だけの問題だが、帝国の許可を得て、入国しなければならないから、当然の処置と言える。
着陸予定地点には、既に馬車が用意されており、その馬車に順次乗り込み、帝都へと入洛、一旦、迎賓館へと迎えられ、式典の段取りの説明を受ける。
式典とは言っても、急なことなので、あくまでも略式となる。俺達の対応をしてくれた大臣と儀典長は略式となることに、こちらが気の毒になるぐらい、非常に恐縮していた。
あとは、トガナキノ国の国旗について聞かれたり、出席者の役職、主賓となる俺とオルラ、トンナ達、魔狩りメンバーの関係が問われた。
これは、多分席次を決めるためだろうと思い「オルラ義母さんと、他は全部、俺の嫁さんになるんだよ。」と答えたら、アヌヤとヒャクヤが俺の肩を思いっきり何度も叩いてきた。
嬉しいのはわかるんだが、素の一〇歳児に獣人パワーで叩くのは止めてもらいたい。
イヤ、マジで痛いから。
他にも宗教、食事に関する制限と、結構細かく聞かれたが、全てはこちらをもてなすためだ。一つ一つに丁寧に答える。
最後に俺は「ドレスコードはこれで問題ないのか?」と聞いたところ「ご心配には及びません。我が君が陛下に合わせられるでしょう。」とのことだった。
しばしの間、この迎賓館にて待つ。
こんなこと、現代日本に生きていた時は考えもしなかったし、経験できるとも思っていなかった。
緊張でガチガチになるかとも思っていたが、そうでもない。
カルザン帝国には二度も乗り込んでいるし、知らない仲という訳でもない。
カルザン帝国の方が俺達を正式に迎えることで、ガチガチに緊張しているだろう。
どうせ、俺はヤートで、魔狩りだ。
しかも、今となっては、俺は神の使徒だ。
他の面々はどうかと思って、チラリと視線を向ける。
全員、緊張のキの字もしていない。堂々としたもんだ。流石は死線を潜り抜けて来ただけのことはある。
「なあ、ズヌーク、肉は出るんかよ?」
アヌヤの問い掛けに、ズヌークが眉を持ち上げ「はあ、多分、メインディッシュに出るとは思いますが。」と答える。
「お代わりって出来るの?」
ヒャクヤが訳のわからんことを聞いてる。あれ?コイツって、たしか村出の嫁で、その辺の教育は受けてるよな?アレ?俺の勘違いだったか?
「それは、あまりヨロシクないかと思います。カルザン帝国のもてなし不足であると、暗に、ほのめかしているようなものですので。」
「ちぇーなの。」
ヒャクヤが唇を尖らせる
まあ、この二人に行儀良くしろなんて、思ってもいないから良いんだが、それでも若干の不安が芽生える。
そうなんだよなぁ。コイツらって、結構、口が軽いんだよ。
また、俺の犯罪履歴暴露大会とか開催しねえだろうな。
そんなことを考えていると、訪いが告げられ、俺達はいよいよ帝城へと正式に招待されることとなった。
十数台の馬車の行列。
華美な装飾の施された馬車の行列が帝都の道路を帝城へと向かって進む。
石畳の道路は綺麗に清掃され、その両脇にカルザン帝国の国旗が並べられている。
何故、カルザン帝国の国旗だけかと言うと、トガナキノ国の国旗がないからだ。
むう。あったとしても、こんな短時間で大量の国旗なんて作れる訳ないだろうしな。
そんなことよりも驚いたのは帝国民の歓迎ぶりだ。
道路の両脇に犇めくようにして人々が手を振っている。帝都の人間が、全部集まったんじゃないだろうかと思える人数だ。
建物の窓は、全て閉じられ、見下ろしてくる人間は一人もいない。
俺達の馬車を認めるや否や、全員が絶叫しながら、大きく手を振ってくる。
聞こえる声は、そのほとんどが感謝の言葉だ。
こんな時でもトンナは、俺を膝上に乗せている。そのトンナが呟く。
「こんなに沢山の人を、トガリは救ったんだね…」
そうか。
…
そうなのか?
俺は何森源也のコピーで、疫病を撒き散らしたのは何森源也だぞ?
こんなに沢山の人を苦しめて、沢山の人を殺して、その後始末をしたのが、この俺だ。
何森源也が火を放ち、何森源也のコピーである俺が消火した。
なんだ。
俺が、今までヘルザース達にしてきたことと、変わらないじゃないか。
「どうしたんよ?流石のチビジャリも、こんなに歓迎されると泣けてくるんかよ?」
ああ、泣けてくるよ。
罪悪感で一杯だよ。
子供も大人も男も女も老人だって叫んでる。
俺達への感謝の言葉をだ。
叫ぶなよ。
ありがとうなんて言うな。
お前達に嬲り殺しにされたって、俺は文句も言えないんだ。
だから、そんな笑顔で俺に呼び掛けるんじゃない!!
「トガリ?」
トンナの声も何だか現実味がない。
「トガリ?どうしたの?やっぱり調子が悪いの?」
「…いいや…どうしてだい?」
「だって、手が…」
トンナに言われて、俺は自分の右手を見下ろす。
俺はトンナの手を握っていた。
大きなトンナの手を小さな俺の手が握る。
トンナの手の周長にまわりきらない俺の手はトンナの手の甲に爪を立てていた。
トンナの皮膚を突き破り、俺の爪がトンナの肉に食い込んでいる。
俺は、慌てて、手を放し「ご、ゴメン。」と謝る。
「ううん。そんなことは良いの。それよりも大丈夫なの?何かあった?何かあったんなら話して欲しいの。あたしはトガリのトンナよ。トガリのためだったら何だってしてあげる。だから、何かあったんなら、話して欲しいの。」
ダメだよ、トンナ。
今そんなこと言われたら、俺、トンナに抱き付いて泣き叫んじゃうよ。
俺は、今、国王として、神の使徒として此処にいるんだぞ?そんなこと出来る訳ないじゃないか。
俺は泣きながら笑う。
「カルザン帝国の、帝都民の歓迎っぷりが凄すぎてさ、興奮したんだよ。それより、手当てしなくっちゃな。トンナ、その手を…」
一瞬の不安が過る。
もし、トンナの手を変な形に再構築してしまったら?
鼓動が高鳴り、体が硬直した。
トンナが俺の頭を抱える。
「いいの。トガリが付けてくれた傷だもの。このままにしておきましょう?あたしの宝物が出来ちゃった。」
「ああああああ!!トンナ姉さん!!なにしてるんよ!このどさくさに紛れて!なにしてるんよおお!!」
「ダメなの!!こんな公共の場所で!そんなハラスメントなことしちゃダメなの!!」
俺の首根っこをアヌヤとヒャクヤが引っ張り、トンナから無理矢理、俺を引き離す。
勢いあまって三人共々、引っ繰り返る。
それを見ていた帝国民の一部が笑い声を上げる。
「まったく、お前達こそ何してるんだい?皆に笑われてるじゃないか。」
トンナが俺を助け起こし、再び、その膝上に乗せる。
「だって!トンナ姉さんが、チビジャリに変なことするからじゃんよ!」
「そうなの!!既成事実を公表するなんて、許しがたい暴挙なの!!」
「ふふ~ん。既成事実も何も、トガリから指輪を貰ったのは、まだ、あたしだけだからね。だから、変なことでも何でもないんだよ。」
やいのやいの、姦しい。
でも、そんな三人に俺は救われる。
今は笑っているわ。
以前トンナが俺に言った言葉だ。
そうだ。
良いじゃないか。
トンナ達が笑って過ごせる世界になるんだ。
その世界を創り上げるために俺は頑張ったじゃないか。
それでいい。
今度、ちゃんと、ヘルザースとローデル、そして、ズヌークに謝ろう。それで、許されるとは思わないけど、それでも、ちゃんと謝らせて貰おう。そして、感謝しよう。この愛すべき奴らが俺と一緒にいてくれることに。
ちゃんと、ありがとうって言おう。
そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように雨が降り出した。
帝城まで、あとわずかという距離だ。
小糠のような雨粒は、霧のように風に流され、開いた窓から俺達の袖を濡らす。沿道に並ぶ帝都民は、誰一人として、建物内に入ろうとはしない。
雨だぞ?
もう良いよ。
濡れるだろうが。
家に入れよ。
再び、胸に鉛を押し込まれたような気分になる。
それでも、俺は前を向く。
踏ん張りどころだ。ここまで来たのだ。
トンナ達が笑って過ごせる世界が、もうそこまで来ているのだ。
抑えつけられるような感覚を味わいながら、俺は前を向いて、無理矢理、口角を上げて笑った。




