拡散する世界と集束する世界
狂気の沙汰だ。
老人の話す内容は、正にイズモリが以前話していた、マッドサイエンティストの成れの果てだ。
心を欠損した科学者の熟れの果て。
熟し切って腐り落ちた果実のような老人。
その老人が、内包する狂気を俺に向かって吐き出す。
「私は自分の精神体のコピーを沢山の子供に植え付けた。その結果、判明したのは、私の遺伝子を多く含む子供ほど、その同調率が高いのだ。」
霊子にも独自の周波数帯がある。精神体も同じだ。
「同調率の高い肉体ならば、私の精神体が発狂することなく、定着した。」
精神体を定着させる必要が何処にある?
「過去を変えるために必要なのだ。」
過去を変える?
「精神体の複製を、私の遺伝子保有者、つまり過去の自分に送り込み、定着させるのだ。」
鳥肌が立った。
「どの時点の自分に定着するか、わからない状態での実証実験だったのでな。あの頃は盲目的に実験を繰り返したよ。」
老人が自嘲気味に笑う。
「最近知ったのだが、二十三回の実証実験が、計六十四万八千二百五十二回も分岐していたとは、自分でも驚きだ。」
背筋を寒気が走る。
六十四万八千二百五十二回の分岐だと?
「そうだ。六十四万八千二百五十二回だ。」
俺の量子情報体と同じ人数だ。
「二十三回もの実証実験を行ったにも関わらず、未来予測を覆すことは出来なかった。私は悩んだよ。一体何がいけなかったのか。そもそも、タイムリープその物が成功しているのか?とな。」
老人の唇が歪に笑う。
「それで、矛先を変えてみたのだ。過去ではなく、未来にタイムリープすれば、どうなっているのか。」
老人が白い空間の遥か先を見詰める。
「驚いたよ。多元宇宙が本当に存在するとは、思ってもみなかった。未来に飛ぶことで、その宇宙が集約されるなんて、誰が想像できる?」
老人の饒舌が止まらない。
バタフライエフェクト理論。
一つの選択が未来を大きく変える。
一つの事象が未来を大きく変える。
選択することで未来が変わるなら、選択されなかった世界の未来はどうなるのか。消滅するのか。
選択されなかった世界など存在しないのか。
「存在するのだよ。選択されなかった未来も、選択した未来もな。」
分岐し続ける世界は、増殖を続け、破綻した世界は停滞する。
存在する物が無くなれば、分岐することはなくなり、世界という概念のみが残り、無の世界となって停滞する。
生物がいなくなれば、それだけ、分岐回数が減少し、多元宇宙は増えなくなる。
「存在そのものがエネルギーを消費する。多元宇宙は無限に増え続けるのか?そうではない。増え続ける一方で停滞し、消滅する多元宇宙も存在するのだ。私のこの世界、この世界も、その消滅するべき世界だったのだ。だから、未来はなかった。量子情報体は過程を知らずとも、その結果を私に提示していたのだ。」
老人が、過去に自分の精神体を飛ばした時点で、世界は分岐している。
過去の自分に精神体が定着した時点で、世界が分岐する。
「そう。私は、自分の世界を変えたくて、過去に自分の精神体を飛ばしていたのに、過去に飛んだ時点で、世界は、私の世界から分岐していたのだ。過去に飛ばしたところで、私の世界が変わることなど、ありえなかったのだよ。」
未来へのタイムリープで、多元宇宙の存在を確認したのか。
「そうだ。最初は一分間だけ、未来に飛んだ。私の精神体の複製を飛ばしたのだ。そうすると何が起こったか、想像できるかね?」
デュアルになったのか?
「そう。察しが良いな。私は二人になったのだよ。分岐することなく、二人分の精神体が、そのままに重なって存在したのだ。時間は関係ない。タイムリープを行う回数だけ、私は重なって存在したのだ。」
老人が大きく笑う。
「それでわかったのは、精神体の重要性だ。二人分の精神体を有することで判明したのは、肉体と霊子体が有する能力を飛躍的に向上させるという事実だ。」
ああ、それならわかる。俺もそうだからな。
俺の言葉に老人が満足気に頷く。
「そして、私の能力の向上に伴って、世界の変貌が始まったのだ。いや、能力にブーストがかかった私が世界を変貌させたのだよ。」
老人は語る。
世界を如何に変貌させたのかを。
量子情報体との直結作業から、量子情報体で構成された波状量子コンピューターの量産と波状量子コンピューターの改良、直列適正化に始まり、霊子回路からS.C.Cへの改良、AIプログラムを組み込んだマイクロマシン製のアンドロイドの作製。
遺伝子プールからの動植物の復活、世界の復活に、己が如何に献身し、どのような成果を上げたのか、今まで出来なかったことが、デュアルとなることで、どのようなことが出来るようになったのかを饒舌に語る。
そうして、創り上げられたのが現在の世界なのだと語る。
「しかし、人間を効率的に管理することが難しいのだ。」
老人が、その顔に影を落とす。
「Bナンバーズによって、人口の調節は行えるが、人間そのものの社会構造を変革しなければ、人間は争うことを止めない。また、争いが無くなれば、増える一方となり、惑星その物がもたなくなる。」
老人が俺を見る。
「適正な管理者が必要なのだ。」
老人の目が愉悦に歪む。
「現に、大和民族は波状マイクロマシンを開発した民族として、人を狂わせた実績からヤート族と呼ばれ、未だに忌避され、蔑まされている。私の本意ではない。人間の行動を管理監督しようと試みるが、何とも不可思議なことに、計算通りに管理できないのが現状なのだ。」
老人が俺の目の前にしゃがむ。
「私には、世界に直接、手を入れることの出来る管理者が必要だった。しかし適任となる者がいなかった。私がもう一人いれば、肉体を持った、もう一人の私が居れば、と、切望したのだよ。」
老人の目が歪に曲がる。笑っているのか、泣いているのか判別できない。
「そこで、一人の赤子を見つけたのだ。私の遺伝子情報を大量に保有する、トガリという奇跡の赤ん坊をな。」
老人が、大きく口を開けて笑う。毒々しい赤い舌がのぞく。
「私自身が未来へと飛ぶのではなく、四十五歳の時に造った私の精神体の複製を、私の遺伝子情報を多く保有するトガリに飛ばした。」
老人が笑う。
「しかし世界の構造とは不思議なものだ。ここでも私の予測を裏切った特別の事象が発生する。」
老人の目が三日月を象ったように歪む。
「過去に飛ばした二十三人の私が六十四万八千二百五十二人の私へと分岐し、そしてトガリへと集束されて、私の元へと帰って来るなど、誰が想像できる?」
目の前で醜怪な俺が笑っている。
「まあ、大きな誤算だったよ。まさか、貴様がトガリの表出人格になるとはな。トガリを見つけた時は、歓喜したのだ。私の遺伝子情報を、これほど多く保有したままの子孫が現存しているなど、正しく神の奇跡だと思ったのだから。しかし同一の遺伝子情報など関係なく、貴様がトガリの表出人格となった。このことには何か理由があるのかな?貴様に思い当たる点はないのか?」
六十四万八千二百五十二人の総意だろ。
「理論的ではないな。まあ良い。貴様には今後、神の使徒として、人間の管理監督をしてもらう。現実世界に戻ったら、私からの指示を待て。」
老人がつまらなそうな顔で立ち上がり、イチイハラの額に触れて、イチイハラも消える。
「あの、トーヤとかいう小僧は残しておいてやる。好きに使え。それと、アクセスワードとパスワードをお前の脳に刻んでおく、カナデラ達を失ったからな。今後は、好きに力を使えなくなるだろう。力を使いたくば、私にアクセスして、パスワードを答えろ。」
老人が消える。
俺は横たわったまま、動くことも出来ずに白い空間に放置されていた。




