果てにある者
お読み頂き、ありがとうございます。最終章、神への反逆使徒編です。よろしくお願いいたします。
白い空間。
見知った空間だ。
俺はマサトの姿のまま、その白い空間に横たわっていた。
首だけを動かし、周りを見回す。
カナデラ、クシナハラ、タナハラ、イチイハラも倒れている。
トーヤだけが立って、俺達を見下ろしている。
頭の方から俺を覗き込む男がいる。
知らない奴だ。
知っているが見たことのない奴。
俺と同じ顔をしているのに、見たことのない顔だ。
お前、イズモリか?
「そうだ。」
随分と老けたな。
俺の目の前には、年老いたイズモリの顔があった。
「ふふ。この姿が私の本来の姿だよ。」
私?
「気付いたかな?そう。私だ。私は、私のことを私と言う。」
俺の知ってるイズモリじゃない。
「そう。君の知っているイズモリは、私の代用品、四十五歳の時に複製したイズモリだよ。」
俺は無理矢理、上体を起こす。
「ほう。驚きだな。流石は表出人格。もう動けるのか?」
老人のイズモリがカナデラの額に右手を乗せる。
カナデラが、イズモリに触れられた額から消えていく。まるで、イズモリに吸収されたかのように。
何をしている?
「人格の統合だよ。精神体の統合と言い換えても良いがね。」
やめろ。
「やめる訳がないだろう?このために、色々と御膳立てしてやったんだからな。」
老人の顔が醜悪に歪む。
「酷いな。醜悪だなんて。私と君は同一の存在なんだ。もっと仲良くやろうじゃないか?」
老人がクシナハラの額に触れて、クシナハラが消える。
やめろ。殺すぞ。それ以上やったら、本当に殺す。絶対に殺すっ!
「面白い。やってみろ。」
老人の手がタナハラの額に触れて、タナハラが消える。
体を起こそうとするが、力が入らない。
「力のない者が、力ある者に逆らおうとしても無理なことだ。貴様はそこで、ジッとしていろ。貴様を吸収するつもりはない。」
うるさいっ!そいつらは俺だ!俺自身なんだ!そいつらを返せ!
「そう。貴様自身だ。そして、私自身でもある。貴様は私で、私は貴様でもあるが、たった一つ違うことがある。」
老人が俺に向き直る。
「私は、この世界では神であり、貴様は私に召喚された神の使徒であるということだ。」
狂ってる。
「いいや。狂っているのではない。事実を述べている。」
老人が笑う。
「話してやろう。いや、話したかったのだよ。誰でも良い。誰かに話したかったのだ。私の話す内容は荒唐無稽すぎて、誰も信じてくれないが、貴様だけは違う。貴様なら信じてくれるはずだ。いや。信じざるを得ないだろう。」
そんなことはどうでも良い。お前が吸収した奴らを返せ。
「そうだな。どこから話そうか。そうだ。まずは、自己紹介だな。」
イズモリだろうが。そんなことはどうだって良いんだよ。奴らを返しやがれっ!
「いいや。良くはないぞ?確かに私の姓はイズモリだが、貴様の知っている何森宗太ではない。」
なに?
「私は何森宗太のオリジナル。何森源也だ。」
別の世界のイズモリ?
「いいや。この世界がオリジナルで、貴様達は所詮、分岐世界の私なのだよ。」
…分岐世界…
「そう、この世界は悲惨な世界だった。人は、人として生きることを許されず。戦争に明け暮れ、人を殺すことが是とされた世界だったのだよ。」
想像は出来る。
生体兵器の数々と魔法使いの存在は、戦闘に明け暮れた名残だということを匂わせている。
「ホルルト山脈とゴーラッシュ山脈、奇妙な山脈だとは思わなかったかね?」
なんだ?何の話をしている。
「あの山脈は人為的に創られたのだよ。超巨大質量兵器によってね。」
…
「言葉もないか。標高一万メートルの山脈、あの山脈は、超巨大質量兵器の落下跡、クレーターの縁なのだ。」
老人が話し出す。
この世界の成り立ちと結末を。
俺は、怒りを忘れて、いつの間にか聞き入っていた。
切っ掛けは、日本におけるマイクロマシンの開発だった。
飛躍的に科学技術が進展し、同時に笊のような機密保持システムから、世界中にその技術が広まった。
結果として起こったのが、混乱と戦乱であり、人々の暴走であった。
俺の出来ること、俺がマイクロマシンを使って、今までやって来たことを、世界中の人々が、規制されることなく行ったのだ。
弱い人を隷属させ、己の意のままにコントロールし、分解を駆使して犯罪立証を不可能にする。
死した人を蘇らせ、自分の構成組織をマイクロマシンへと置き換えて不死身となる。
隷属させた人間を獣人に、動物は魔獣へと変貌させて、兵器として扱う。
「マイクロマシンによって、死ぬことが無くなった人々が、戦争を繰り返す結果というものが、如何に悲惨なものだったか、貴様に想像できるか?」
戦争の規模が大きければ、大きいほど人口が減る。
飢餓が起こり、疫病が蔓延し、人口が激減するのが戦争だ。
マイクロマシンが、逆の現象を引き起こす。増え続ける人々は戦場へと投入され、殲滅兵器や、ジェノサイド兵器が跋扈する世界。
超巨大質量兵器が降り注ぎ、惑星その物が破壊され、気候が変動し、海流が変動し、環境が激変するが、それでも人類は生き残る。
毒素を含んだ空から鳥が消え、汚染された大地から動植物が消え、波の止まった海から魚が消えても、マイクロマシンによって不死身となった人々は生き残る。
死ななくなった人々は、お互いを殺すことに心血を注ぎ、遂には精神体だけを分解消去する究極のマイクロマシンを完成させる。
量子は波の状態で存在し、人間が観測することで物質化する。
幽子と霊子は、量子を物質化する力場を形成するが、幽子は指向性を持たない。幽子だけでは、量子は波の状態を保持し続ける。
指向性のある幽子。つまり、霊子に接触することで、初めて物質化する。
人間が物質でなければ認識できないため、認識しようとする指向性を霊子に与える、その力場を受けて、量子は波から物質化する。
「精神体とは光子と同じ、質量を持たない粒子なのだ。しかも、指向性を持った霊子と接触しても物質化せずに、波の状態を保持し続けた。そんな精神体を構成する粒子を分解することなど夢物語だったのだが、私は完成させた。長年の人類の夢であった波状マイクロマシンをな。」
精神体を破壊された人は、指向性エネルギーである霊子体とマイクロマシンで構成された肉体だけの存在となり、暴走を開始する。
敵国内で精神体を分解消去された人々は、ゾンビのようになって、霊子を消耗し尽くすまで、人々を襲い続けた。
「どうやって精神体を破壊すると思う?どうだ?知りたくなったろう?いいぞ。教えてやる。」
俺の知らないイズモリが、俺の見たことのない表情を浮かべて、俺の理解できない言葉を吐き続ける。
「そもそも、記憶とはどういった物なのか、肉体が記憶したデータは、本来、正確な物であるべきなのだ。それが、各個人の意図によって書き換えられ、改ざんされて記憶される。思い違いという現象だ。第三者視点と主観の違いと言い換えてもいいかもしれない。」
何森源也が俺の方に視線を送る。
「何故、記憶があやふやなものになるのか。その原因は精神体が波状であったからだ。」
何森源也が口角を捻じ曲げて、笑う。
「精神体における、波が一定の物なら記憶が改ざん、改変されることはないのだが、精神体では様々な部分で波長の違う波が生まれる。その為に各波が影響し合って、記憶が改変されるのだよ。つまり、精神体が、こうであって欲しい、こうであった筈だ、という、願望、欲望を波として発生させ、その波が脳に保存されている記憶データに干渉するのだ。」
何森源也が俺に、その顔を近づける。
「心には様々な感情が湧き上がるだろう?波のようにな。」
何森源也が笑う。
「では、その波を止めてしまえばどうなるか?わかるだろう?」
何森源也が笑う。口角を吊り上げて。
「私の波状マイクロマシンは精神体で発生している波を打ち消してしまうのだよ。そうすることで、精神体を消滅させるのだ。」
何森源也が尊大に胸を反らせる。
「以降は、波状マイクロマシンをコントロールするために、如何に演算能力の高いコンピューターを作り出せるかに、戦いの中心はシフトした。」
そんな中、ロシアと中国が開発した生体直列システムが、高い能力を発揮する。
人口が元々多い中国人民の脳を直列で繋ぎ合わせ、波状マイクロマシンの支配権を確立させたのだ。
こうなってくると人口の多さが物を言う。
「私の完成させた波状マイクロマシンが支配された時の絶望感は、今でも記憶に新しいよ。しかしね、私も黙って見ていた訳じゃない。予測できていたからな。波状マイクロマシンが乗っ取られるかもしれない、とね。」
何森源也が、再び、俺に顔を近づける。
「波状マイクロマシンは精神体と同じだ。だから、精神体を破壊することが出来た。では、その周波数を個人の精神体と同じにすれば、情報その物を記録、保存することが出来るとは思わないかね?」
まさか…
何森源也が吐き気を誘う笑みを浮かべる。
「量子情報体とは、波状マイクロマシンのことなのだよ。」
量子の状態で演算することが出来る量子情報体。
波状マイクロマシンが、人の精神体と同じ周波数を持つことで、演算能力を有するようになる。その量的な問題を解決すれば、甚大な演算能力を生み出す。
「当然、量子情報体は波状マイクロマシンで破壊することが出来た。しかしね、肉体に収まっているからこそ、精神体を標的とすることが出来たのだよ。波状マイクロマシンを使って、量子情報体を破壊しようとすれば、その場にいる人間の精神体まで破壊してしまう。」
何森源也が顎に手を当て、笑う。
「滑稽だったよ。敵国に量子情報体をばら撒いて、波状マイクロマシンの支配権を奪い取ってやったのだ。すると奴らはどうしたと思う?量子情報体を破壊するために、新たに生産した波状マイクロマシンを自国で使用し、自国民をゾンビ化させたのだ。笑えるだろう?波状マイクロマシンを使用しなければ、量子情報体が増え続け、波状マイクロマシンの支配権を奪われ、結局、その国の国民はゾンビ化する。」
何森源也の言葉が止まる。
「しかしね。この惑星全土に広がった量子情報体は高確率で確定的な未来予測まで行ったのだよ。そう、私に絶望的な未来を見せてくれたよ。」
資源、マイクロマシンで構築することの出来る資源がなくなるまで、戦いは続き、人類は、人類として餓死する世界が訪れる。
「子供でも予測できる未来だった。その未来を変えるために、色々なシミュレートを行ったが、変更されることはなかった。」
確定された未来。
結果が絶望的なものではなく、結果を変えることが出来ないという事実が絶望的だと老人は話した。
「どこで間違ったのか。マイクロマシンの開発そのものは間違いではなかったのだ。マイクロマシンの管理システム、管理システムにもっと力を注いでいれば、もっとマシな未来が創造できた筈なのだよ。」
光子と同じ、質量のない精神体を構成する粒子。
「私は気付いたのだ。質量のない精神体の粒子ならば、タイムリープが可能なのではないか、とね。」
狂気だ。
この男は狂気に取り付かれてる。




