後輪、いや、降臨、神の使徒だって、テヘッ
薄いプラチナの鎧。
鎧の各装甲の縁には、金でエングレービングを施し、白いマントに白い翼を備え、頭の後ろには、発光する機能を持ったマイクロマシンで光の輪を形作る。
光り輝くマイクロマシンの靄の中から、天使の姿をした俺が…俺が現れるんだけど、どうよ?どうなのよ?悪魔の変装より、天使の変装の方が照れるってどうなのよ?
「主よ。私の声をお聞きくださり、感謝いたします。」
跪いて、両手で祈るコルナが、白々しくも俺に頭を垂れる。
瞬間移動で現れた部屋は、アンダル個人の執務室だ。
赤い絨毯を踏まずに、俺は空中に静止したまま、コルナに向かって、薙ぐように手を振る。
『アンダルよ。』
俺は口を開くことなく、マイクロマシンで空気を振動させて発声する。
「はは。」
アンダルが、自分の名前を呼ばれて、慌てて跪く。それを見ていたアンダル直下の文官達も跪く。
『帝国最後の時は近い。其方らは二度に渡って、悪魔の現身であった我を拒絶し、退けた。この疫病は最後の試練である。』
「はは。」
もう、ヤダ。
『この疫病からカルザン帝国を救うには、神に忠誠を誓い、その証を立てる必要がある。』
「如何様にも致しますれば!」
どんな条件を出せばいいんだよ?
『ヤート族の復権と獣人解放で良いんじゃないのか?トガナキノ国の国王はヤート族なんだし。』
そうか。そうだな。そうしよう。
『ヤート族と獣人を解放せよ。さすれば、カルザン帝国の証となろう。』
「承知いたしました。速やかにヤート族と獣人を解放いたします。」
俺は頷き、更に言葉を続ける。
『カルザンの元へ近習の者達を招集し、我をその場へと案内いたせ。』
「はは。」
アンダルが傍に控えていた文官達に、至急、カルザン皇帝の寝所へと、執政官達、全員を招集させるように檄を飛ばす。
『では、其方もカルザンの元へ向かえ。さすれば、我は、カルザンの元へ現れる。』
「はは。」
アンダルが返事をした後、跪いたまま、器用に後退る。ドアを開ける時にだけ立ち上がり、後ろ手でドアを開き、頭を下げたまま、後退りで部屋を出て行った。何とも器用なことをする。
コルナと二人きりになったところで、俺はコルナをジロリと睨む。
「なんだ?その目は。上手くいったではないか?」
小声で、コルナが抗議の言葉を口にする。
「天使になるなんて、俺の予定にはなかったんだよ。」
「仕方なかろう?ズヌーク閣下が国体母艦のことを神州トガナキノ国であると宣言したのだから。」
俺は思わず、項垂れながら溜息を吐く。
「主よ、その姿で溜息を吐くのは止めてくれ。本当に世界の終末が始まりそうで、空恐ろしくなる。」
そう言われても、テンションがダダ下がりになるのは仕方がない。この後、カルザンと、この姿で会うなんて、気が滅入って仕方がないよ。
アンダルがカルザンの元に到着し、他の執政官達が続々と集まって来ている。
「頃合いだな。コルナ、お前は国体母艦の方に戻ってろよ。」
コルナがキツイ眼差しを俺に向ける。
「トンナが納得したのは、主に単独行動を諫めさせる私がいたからだぞ?その私を、さっさと国体母艦に帰してどうする?」
何だよ。さっきまでの淑かさは何処に行ったんだよ?まったく、どいつもこいつも下僕っぽくねえなぁ。
「わかったよ。じゃあ、お前は俺の従者ってことで良いよな?」
「何を言ってる。私はお前の下僕だ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。死した後も魂で仕えると誓ったではないか。」
うわ~。ついにお前呼ばわりされちゃったよ?
仕える気あんの?
「うん。そうだよね。コルナは俺の下僕でしたっ。忘れてたよ。」
「それは困る。私は主の下僕でいることに誇りを感じているのだ。よろしく頼む。」
やっぱり下僕っぽくないよな?そう感じるのは俺だけじゃないよな?
『…』
スルーかよ。クソ。
「じゃあ、一緒にカルザンの寝所に向かうか。」
「うむ。そうしてもらおう。」
偉そうだよなぁ、やっぱり。
俺達が、瞬間移動でカルザンの寝所に到着すると、アンダルが、まず跪き、それに倣って十八人の執政官が一斉に跪いた。
俺は、この場にいる十九人の執政官を空中から睥睨し、カルザンが眠るベッドの天蓋を分解してから、カルザンの頭上へと移動する。
カルザンの額へ向けて手を翳し、発光するマイクロマシンで、それっぽく演出しながら、マイクロマシンをカルザンの中へと侵入させる。
『初期の症状だな。』
ウイルスを除去すれば、一晩で回復するだろう。
俺は、跪く執政官達を振り返り、一人一人に俺のマイクロマシンを侵入させる。執政官達に常駐するマイクロマシンとウイルスを除去するマイクロマシンだ。
『聞け。』
俺の言葉に、跪く執政官達が更に深く頭を下げる。
『カルザンは救われた。其方らが、神への忠誠を誓えば、あの空に浮かぶ神州トガナキノ国が必ずやカルザン帝国を救うであろう。』
跪いていた執政官達が正座に座り直し、額を床に擦り付ける。
ゾッとするよ。
トンナが見てたら、今度こそ、俺を神様呼ばわりするよ。
俺はコルナを連れて国王専用政務艦へと戻った。
その日の内にヤート族と獣人に対する解放令が布告され、カルザン帝国側から、トガナキノ国への正式会談の申し入れがされた。
俺は、その報告を国体母艦、安寧城のブリッジで聞いていた。
驚くべきスピードである。神の力、絶大。
まあ、この世界なら、こうなるわな。それにしても騙されてるとは思わないのか?
『結果が良ければ何だって良いのさ。検証する術を持たないんだからな。』
そりゃそうか。
「総員に告ぐ。」
俺は安寧城のブリッジから、国民全員に呼び掛ける。
「カルザン帝国はトガナキノ国の要求を受け入れ、カルザン帝国内でのヤート族、獣人の解放と権利復帰を布告した。よって、トガナキノ国はカルザン帝国との約定に従い、現在時より、カルザン帝国に蔓延する伝染病を駆逐する。司法院ローデル第一席の指示に従い、各員、総力を持って伝染病を駆逐せよ。」
ブリッジにいる主要メンバーに視線を向ける。
カナデ、カノン、クノイダもエダケエの構成員を入国させ、国体母艦へと戻って来ている。
この場には、ヘルザースを除いた主要メンバー全員が待機している。その全員が、頷き、即座に行動を開始する。
国体母艦に係留されている各艦艇が一斉に飛び立ち、帝国内の主要都市へと分散、国体母艦に残存している国民は酒呑童子を装備して、帝都へとマイクロマシン薬を搬送し始める。
トンナを始めとした魔獣狩りのメンバーも同じく、帝都へと降下を開始する。
修道院、病院、公共施設、そして、各家庭と、くまなく巡り、マイクロマシン薬を配給する。
現在、俺のマイクロマシンの散布状況は帝都の面積をカバーするのでギリギリだ。主要都市を回っているトガナキノ国国民には、独自に罹患者を検索してもらう必要がある。
この伝染病は劇症型だ。
突然の発症は意識の混濁を伴い、急速に容態を悪化させる。
潜伏期間は当初のイズモリの見立て通り、五日から十日の間だ。
通常なら最低でも十日間は治療に回る必要があるが、マイクロマシン薬は身体内の異物を除去するのがその役割だ。副作用もないし、特定の病気にだけ作用するというものでもない。
潜伏中のウイルスであろうが、細菌であろうが、極端な話、癌さえも除去してしまう。
発症していない帝国民にもマイクロマシン薬を投与すればいい。
マイクロマシン薬の活動期間は三日だ。
『三日。三日が勝負だな。』
イズモリの言葉を信じて、三日間、俺達は必死で治療にあたった。
そして、その結果は、惨憺たるものとなった。
抗体の出来上がった帝国民達は新種の黄熱ウィルスに罹患することはなくなったが、別の伝染病に罹患した。
俺はトンナ達を治療に送り出し、俺自身は安寧城のブリッジにいた。
総指揮ブリッジの最奥に設えた玉座。その玉座で項垂れる俺の姿を、トンナ達に見せるわけにはいかない。
『最悪だ。』
まったくだ。この三日間は何だったんだよ?
『そうじゃない。今度の伝染病はエボラに似てる。』
エボラって…
『致死率八十パーセントの最悪の伝染病だ。』
再度、俺達は治療に駆けずり回るが、また違う伝染病が蔓延することが考えられる。
どう考えてもおかしい。
伝染病を駆逐したら、別の伝染病が発症する。併発することなく連続で発症するのがどう考えても理屈に合わない。
意図的なものを感じる。いや、誰かが意図して発症させているとしか思えない。
そもそもが超兵器に分類されるべきウイルスだ。誰かの攻撃だと判断するべきだ。
「イデア、感染源の特定は出来るか?」
ブリッジに戻った俺はイデアにウイルスの検査と感染源を探査するように命じていた。
「超兵器Iナンバーズと推測されます。」
「魔虫だと?」
「はい。本ウイルスはエボラウイルスとインフルエンザウイルスの特徴を兼ね備えております。しかしながら、エボラウイルスはフィロウイルス科に属しており、第五群、オルトミクソウイルス科のインフルエンザとは全くの別種になります。その別種のウイルスを合成させ、新たなウイルスを生み出しております。」
「マイクロマシン技術で生み出されたウイルスだと言いたいのか?」
「そうです。したがって、Iナンバーズのモスキートタイプ1013の介在が推測されます。」
イデアの言葉に俺は顔を顰める。
王国で魔獣災害が発生して、その直後に帝国では魔虫災害の発生だ。やっぱり意図的なものを感じる。
「イデア、じゃあ、ウイルスを駆逐しただけでは、この伝染病は治まらないと?」
「はい。現行のマイクロマシン薬の治療では、また別のウイルス、細菌を散布される可能性があります。よって、Iナンバーズを殲滅する必要があります。」
「現在の魔虫の分布状況は?」
「帝都内に五十三万四千五百六十二匹存在します。」
「他の地域には?」
「Iナンバーズは群体特性を備えておりますので、一地域にしか存在致しません。」
「群体特性?」
イデアの説明では、蚊型の魔虫は、キバナリと同じく再生分化能力を有しており、一定数に減ると勝手に増殖を繰り返すとのことだった。
「一定数ってのはどれぐらいだ?」
「五十万匹を割り込みますと各個体が一匹のIナンバーズを増殖させ、定数五十万匹に達するまで、増殖を繰り返します。」
俺は愕然となる。
マイクロマシンの通用しない魔虫だ。一匹でも残せば、増殖を繰り返して、五十万匹にまで増える。最悪なのは四十万匹とか、中途半端に残した場合だ。
残った四十万匹が一気に倍の八十万匹に増える。
「魔虫の増殖速度は?活動可能期間、活動可能気温はどうなってる?」
「増殖速度は減数割合に応じており、最速で〇.三秒です。活動可能期間は、標的となっている生体が存命の限り活動を継続します。活動可能気温は摂氏マイナス三度から四十五度です。」
まさしく魔虫だ。
「殲滅用の超兵器として設計されております。永続的に活動を続けるマイクロマシン薬の開発を推奨いたします。」
体外に排出されないマイクロマシン薬を作成すれば、如何なウイルスも細菌も排除できる。
それどころか、体内の細胞をマイクロマシンに置き換えていけば、人間は死ぬことが無くなる。
その終着点は人類の死だ。
人ではなく、人類の静かなる死。
「仮に永続的に活動を続けるマイクロマシン薬を開発したとしたら、魔虫はどうする?」
「帝都から移動します。」
世界中を回って、不死の人間を創りまくるのか?
無理だ。
じゃあ、同じ無理なら、俺のやりたい方の無理をする。
『まあ、やってみろ。その代わり、揺り返しがキツイぞ。』
承知の上だ。コルナの娘、テルナドを蘇生させた時も、かなり消耗したからな。
『あんなもんじゃ済まんぞ。』
『でも、やらないと。』
『そうだねぇ。やらないとねぇ。』
『男だからな!』
『男なら、一回ぐらい皆とやっとこうぜ?』
クシナハラはホントにブレねえな。
「イデア、魔虫を全てマーキング出来るか?」
イデアが首を傾げて返事する。
「はい。出来ます。」
「マーキングしろ。そのまま、俺と同期しておけ。」
俺はイデアに指示を出し、通信機を使ってトンナ達を呼び戻す。
「トンナ、アヌヤ、ヒャクヤ、コルナ、アラネ。安寧城の総指揮ブリッジにまで戻って来てくれ。」
安寧城の総指揮ブリッジ、その最奥に設えられた玉座に俺は座る。
そして、五人の女達が集まってくれるのを静かに待った。




