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トガリ  作者: 吉四六
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行け!国体母艦!ちょっとだけね

 朝食を終えて、いよいよ、ヒラギ族の里へと向かう。

 王都上空にはヘルザースの航空母艦、一番艦を残す。当初はヘルザースを連れて行くつもりだったが、地上のギュスターが、行政院第一席の肩書を王都に残して欲しいと言い出したので、しょうがない。ハルディレン王子の相手が大変なのだそうだ。

 ヘルザースは、俺と一緒にカルザン帝国に行くと駄々をこねたが。罰として、残るように申し付けた。罰というのは、航空母艦に勝手に名前を付けたからだ。

 カナデが乗りこんでいる航空母艦四番艦に勝手にイカヅチという名前を付けたので、カナデに対抗心を燃やすヘルザースは、一番艦にジンライという名前を勝手に付けやがった。

 どいつもこいつも、勝手に名前を付けやがって、イカヅチにジンライ、あと、雷系の名前ってどんなのがあるんだよ。

『デンコウ、イナズマ、ヘキレキ、ライコウ、イナビカリぐらいか?』

 なんだよ。六番艦まで付けられるじゃねえか。ちっ。

 大体、ヘルザースは、結構、独断専行しすぎるんだよな。航空母艦に名前を付けるのは良いけど、国名に勝手に神州って付けやがったからな。

 航空母艦に勝手に名前を付けやがったから、そのことを思い出して、思わずイラっと来て、残れって、言っちゃったよ。

 ヒラギ族の里へ向け、国体母艦が移動を開始するが、あまりの巨大さに、動いているようには見えない。

 全長五十四.六三キロメートルの国体母艦が船首を百八十度旋回した場合、その距離は約八十五.七七キロメートルになるのだ。

 前を向いていた国体母艦が、後ろを向くだけで、船首部分は八十五キロメートルの距離を移動するわけだ。

 馬鹿げてる数字だ。自分で作っておいてなんだが、本当にとんでもない巨体だ。船首部分が時速八十五キロメートルで動いて、一時間かかるんだよ?どう思う?

 したがって、国体母艦の通常航行速度は約五百キロメートルだ。

 マッハを超えることも可能だが、地上への影響がとんでもないことになりそうなので、高高度に達する位置でしか、マッハを超えさせることは出来ない。

 それでも成層圏内でマッハを超えると、気象に影響が出るので、自重することが肝要だ。

「全国民に告ぐ。これより、トガナキノ国国体母艦はカルザン帝国へと向かう。全国民は緊急時対応マニュアルを再読し、緊急事態に備えておくことを厳命する。」

 国が移動するのだ。どのようなことが起こるか想像もつかない。だから俺は、緊急時対応マニュアルを作成しておいた。

 この緊急時対応マニュアルを熟読することは全国民の義務であり、国民のS.C.Cにも焼き付けてある。

「城塞都市甲板、免震機能最大、霊子質量方向変換調整開始、城塞都市甲板加重方向上方修正プラス三、城塞都市加重方向下方プラス一固定します。城塞都市気体磁界強化を確認、磁界固定を完了。気圧一、安定しております。」

 イデアの声が総指揮ブリッジに響く。

 国体母艦の城塞都市を安定させるために、城塞都市の基盤となる甲板には、霊子による質量方向変換機能がある。

 街が丸々移動するのだ。地震どころの騒ぎではない。

 また、国体母艦は、通常、水平を保っているが、有事の際にはそんなことを言ってられない可能性がある。仰角十度でも地盤から根こそぎ傾くのだ。城塞都市に暮らす人々にとっては、堪ったものではない。

 解決策として考えたのが、城塞都市甲板は、国体母艦本体から分離した状態で、常に水平を保った状態で浮遊させておくというものだ。

 国体母艦は水平プラスマイナス十度の傾きまでで制限し、それ以上は、傾けようと操作しても傾かない設定にしてある。

 国体母艦の傾きが十度以内であれば、分離している城塞都市は、水平を保てるようできている。

 で、次の問題が発生する。

 城塞都市甲板を国体母艦本体から分離した状態を保つためには、城塞都市甲板の質量方向を上方向にする必要がある。しかしそれでは、城塞都市を乗せたまま、甲板はどこまでも上空へと昇って行ってしまう。さようならぁぁ、だ。

 そうなっては困るので、城塞都市を乗せている甲板には、下方向への霊子質量方向変換も必要になる。

 なんだ、この矛盾。

『要はバランスの問題だ。』

 とは、イズモリの話だ。

 城塞都市その物の荷重と質量方向変換によって生じる上方向への荷重、これが、空中で静止するように調整する。

 つまり、城塞都市が乗っている基盤、これを第一基盤として、強度のみに着目し、とにかく頑丈に造る。

 その下、第二基盤を造り、その第二基盤には質量方向変換機能を持たせ、城塞都市を上へと持ち上げる。

 そして、更に、その下には第三基盤を造り、この基盤には磁力によって、国体母艦から離れないようにした。

 どこまでも上昇しようとする第二基盤を城塞都市と第一基盤が、その重さによって上から抑えつけ、第三基盤で引っ張ると同時に国体母艦の動きから離れないようにさせる。と、いう仕組みだ。

 各建物で過剰に生み出される電力のほとんどは、この磁力を生み出すために使っている。

 しかし常時、莫大な電力を消費するというのも馬鹿らしいので、国体母艦を空中で静止させている時に限って言えば、城塞都市は、普通に国体母艦の上に乗っているだけだ。

 と、言うのも、国体母艦は停止していても、かなりの電力を消費する。

 気圧と気流の関係だ。

 国体母艦の移動で発生する気流の乱れから、城塞都市部分を守るのは勿論だが、国体母艦が停止していても、天候によっては、かなりの風が吹く。

 だから、城塞都市の気体をマイクロマシンと磁界で固定する。所謂、電磁シールドだ。

 その電磁シールドで城塞都市内の空気の拡散を防ぎ、城塞都市内の気圧を地上と同じ気圧に高める。高空の気圧は低いので、高気圧の城塞都市に激しい風が吹き込んでくることはない。

 まあ、電磁シールドで守られてるから、城塞都市は、ほぼほぼ無風なんだけどね。人が暮らしてるから、その影響で若干の対流が起こるぐらいだ。

 で、移動準備として、城塞都市を乗せた甲板が国体母艦から完全に分離して、電磁シールドが強化されたわけだ。

「トガナキノ国国体母艦、発進。」

 俺の合図とともに、国体母艦が姿勢を変えないまま、上昇を始める。時速にして五百キロメートル。高速だ。巨大な山脈が、時速五百キロメートルで上昇しているのだ、外から国体母艦を見ている者にとっては、ゆっくりだろうが、俺達がいるブリッジから見える景色は、急速に変わっていく。

 惑星の丸みが露わになり、成層圏の境界が目に見えてハッキリとしてくる。

「ほう…」

「うわああ~。」

「ひゃあ~。」

「にゃああああ~。」

「これは…凄いね…」

「凄い…」

「なんてこったい…」

 総指揮ブリッジにいる全員が、口々に驚きの言葉を漏らす。

 ヒラギ族の里を目指して、国体母艦が、下降を始める。

 軌道は放物線だ。

 斜め上方へと高度を上げて、斜め下方へと高度を下げる。時間にして僅か六分ほどの移動だが、大きさが大きさだけに、それで、十分に距離を稼げる。

「雲海に突入します。避雷針伸展、電圧調整、誘導雷マイクロマシンを散布。磁界シールド電位調整。」

 雲海に突入する際には、大気中に露出する国民を雷から守るために、雷を避雷針へと誘導するマイクロマシンを散布する。

 マイクロマシンが雷の通り道を形成し、両舷の船腹に設置した五百六十億本の避雷針へと誘導、蓄電を行う。

 雷鳴が轟く雲海を抜けて、日の光を背負った国体母艦が、その影を正面の雲へと投げかける。

「イデア、城塞都市の方はどうだ?異常はないか?」

 俺の声にイデアが振り返りながら返事する。

「異常はありませんが、国民全員が外に出ています。」

「モニターできるか?」

 イデアが魔獣の管理権限を剥奪される直前に、システムから切り離しておいた魔虫が、カメラとなって国民の顔を映し出す。

 国民全員が、外の風景に見入っている様子が、前面の大型モニターに映し出される。

 呆けたように全員が口を開き、目を見開き、静かに周りを見回している。

 その驚きの表情が笑顔へと変わる。

 紺色の空のドームが虹と星に彩られ、丸い海の向こう側へと、透き通った水色を流し込んでいる。

 雲は滲みのない白のまま眼下に広がり、そのさらに下には碧に覆われた大地が覗く。

「カルザン帝国上空に到着いたしました。」

 国民の顔を見ていた俺に、イデアからの報告が届く。

「ヒラギ族の里、上空五百メートルに固定、政務専用一番艦、離岸準備完了しております。」

 俺はイデアに向かって頷き「よし」と、返事する。

「政務専用一番艦には俺とコルナ、トンナ、アヌヤ、ヒャクヤが乗船、ヒラギ族の里に降下する。国体母艦は政務専用一番艦が離岸した後、カルザン帝国帝都上空三百メートルにて、政務専用二番艦を離岸、政務専用二番艦にはオルラ、ズヌークが乗船、ローデルは駆逐艦十番艦にて政務専用二番艦の護衛にあたれ。ズヌークは、先触れの使者として、カルザン皇帝との交渉テーブルのセッティングだ。」

 俺に呼ばれた面々が、口々に了承の返事を寄越す。

「陛下、戦術シミュレーション訓練を実施してもよろしいでしょうか?」

 ローデルの具申に俺は少しばかり考える。

 帝都上空での戦術シミュレーション訓練か。脅しにはなるな。

「よし、許可する。航空母艦六番、ライコウの使用許可を与える。カルザンの度肝を抜いてやれ。」

 ローデルが「ありがたき幸せ。」と頭を下げる。

「陛下、航空母艦に名前をお付けになられたのですね?」

 ズヌークがにこやかに話し掛けてくる。

「ああ、ヘルザースとカナデが勝手に付けたからな。一番艦から、雷にちなんで、‘ジンライ’‘デンコウ’‘イナズマ’‘イカヅチ’‘ヘキレキ’‘ライコウ’だ。」

「良い響きでございますね。では、駆逐艦にも命名されるのを楽しみにしております。」

「ああ、その内にな。」

 まあ、その予定もその気もはないが、もしも、万が一、何かの切っ掛けで、偶々、何となぁぁく、その気になったら付けてやろう。

「じゃあ、皆、頼んだぞ。」

 全員の返事を背中に受けながら、俺は政務専用一番艦へ向かう。

 通路を歩きながら、コルナに問い掛ける。

「ヒラギ族の族長はどんな人物だ?」

 コルナが俺の隣に並ぶ。

「私の祖父が族長だ。里を護ることに執心する、気のいい爺様だ。帝国に対する忠誠心よりも里の存続を優先する。」

 コルナの言葉から、人物像を想像する。

 気のいい爺様?そんな訳あるか。コルナにとってはそうかもしれないが、里を存続させるためにコルナを帝国に差し出す祖父だ。狐狸の類に違いない。

 しかしそれならば話は通しやすいだろう。大筋的には、トガナキノ国の国民になる筈だが、問題はどのような要求をしてくるかだ。

 俺達は転送用ゲートが並んだ部屋、国体母艦内移動システム室に到着する。

 国体母艦を操船するのに必要とする人員は、イデアのお陰で、非常に少数で済む。

 しかし少ない人員だけに、至る所に移動する必要がある。

 全長約五十四キロメートルの国体母艦内を端から端まで移動しようと思えば、かなりの労力を必要とする。そりゃそうだ。時速五十四キロメートルで走行する車に乗って一時間かかるんだから。艦内に車を走らせなきゃ間に合わねぇよ。

 そうなってくると、城塞都市から駆逐艦に乗艦するだけでも大変だ。だから、俺は、要所、要所に粒子化分解移動を実行できる魔獣転送用のゲートをイデアに設置させた。

 本来、生物を粒子にまで分解させて、光速移動後、事前に登録した座標に生物を再構築するシステムだが、そうすると、イデアの演算能力が、全てそちらに振られてしまう。

 そこで、生物を粒子にまで分解し、移動させるゲートと分解された粒子を受け取り、再構築するゲートを設置させた。

 禊の段階で、各国民の遺伝子情報は戸籍登録のために、登録、保存してある。

 トガナキノの国民であれば、誰でもが、転送用のゲート間を亜光速移動できるのだ。

「じゃあ、俺は先に乗船してるから。」

 トンナに向かって声を掛け、俺は、俺自身の力で、粒子化分解光速移動で政務専用一番艦に乗艦する。

 この政務専用一番艦は国王専用艦としてデザインしてある。

 まあ、これも、ヘルザースとローデルからのお叱りの結果なのだが。

 なんでも、外交上、国王専用艦を用意することで、トガナキノ国の国威を相手に知らしめることが出来るのだそうだ。

 どこにでも国体母艦で行って、こんにちはって訳にはいかないからなぁ。国体母艦で行けば、国威もくそも関係ないのだが、そんなことをしてたら、電力消費が間に合わねぇもん。

 国体母艦はマッコウクジラ、航空母艦はナガスクジラ、駆逐艦はシャチ、強襲揚陸艦はイトマキエイ、他の政務専用艦はイルカと、もうネタがねえよ。と、思っていたが、カナデラが『トビウオにして、帆船的なデザインにするよ。』と言ってきた。俺に否やはないので、「じゃあ、それで。」と応えておいた。

 すると、他の政務専用艦は全長二百メートルなのに対し、俺の専用艦だけが全長百メートルにされてしまった。「何で?」と聞くと、『安寧城に接岸させるには、デザイン的にこの大きさ以下でないと無理なんだぁ。』との回答だった。

 まあ、大きさ云々かんぬんは別に良いけど、ヘルザースが「少しばかり小さすぎますな。」と、眉を(ひそ)めていた。


 国王専用艦の操船ブリッジに全員が揃い、トンナがブリッジ前方、中央のメイン操艦席に座る。アヌヤが、トンナの左隣の砲塔管理、ヒャクヤがトンナの右隣のサブ操艦席、コルナがトンナの後ろに位置する索敵管理で、俺は当然、最後方の艦長席だ。

「艦橋閉鎖、気圧一を確認したの。」

「霊子エンジン、出力三パーセント、国体母艦から離岸、前進。」

「霊子エンジン出力上げるの。」

「出力五十パーセント、レーザー光帆を展開。」

 う~ん。獣人三人娘に命を預けるというのも、中々に根性がいるな。

 ヒャクヤもトンナもマニュアル通りにしてるけど、やっぱ、今一、恐怖というか不安が募る。何といってもロデムスが「獣人は、ちょっと頭が足らんのじゃ。」と、言ってたからな。ちなみに、ロデムスはトドネにいたく気に入られて、今も無縫庵でトドネの相手をしてる。

「トンナ、レーザー光帆は、何で広げたの?」

 唯一マニュアルにない操艦だよね?

 俺の問い掛けに、トンナが頬を紅潮させて振り返る。

「うんっ!カッコイイから!」

 ね?

 宇宙空間で広げて、太陽風を受けるレーザー光帆を大気中で広げるんだもん。カッコイイから。

「トガリ、最高速度で飛ぶ?」

「いや、飛ばなくていい。」

「変態飛行マスター、宙返りしてみたいの。」

「絶対するな。」

「チビジャリ、主砲の威力を試したいんよ。」

「今、する必要はないよな?」

「主よ馬鹿とハサミは使いようと言うが、馬鹿にハサミを持たせたら、事故にしかならぬぞ?」

 コルナの言うとおりだが、グッと唇を噛み締める。

「あら、コルナ、上手いこと言うじゃない。そうよね。馬鹿にハサミを持たせちゃ危ないわよ。」

 何の疑問も抱かずに、トンナがコルナの話に乗っかる。

「そうなんよ。自分で自分の指を切っちゃうんよ。」

 コイツもだ。

「嫌なの。馬鹿にハサミを持たせる奴が悪いの。」

 はい。私です。私が馬鹿にハサミを持たせてます。

 俺はググッと唇を噛み締め、口を開きたい欲求を抑え込む。

「トガリ、ちょっと、カルザン帝国を一周しちゃう?」

 トンナ、楽しそうだなぁ。

「ヒラギ族の里、上空三十メートルで停船して。」

「そう?一周してからでも大丈夫だよ?」

 イヤ、何が大丈夫なの?大丈夫かどうかは俺が決めるから。

「ヒラギ族の里で停まって、お願いだから。」

「うふふ~ん。トガリにお願いされちゃあ仕方ないかなぁ。」

「トンナ姉さん、いい加減にするんよ。今から嫁さん気取りなんて、結構、本気でムカつくんよ。」

「ホントなの。チョオオオオオオオ~目障りなの。」

「あっ、ゴメンねぇ。」

 アヌヤとヒャクヤは、結構、本気で怒ってるが、トンナは余裕だ。

「まったく、主は仕事として、ここに来ているのだぞ?公私混同を繰り返せば、トンナであっても、婚約が破棄されるぞ?」

 コルナの厳しい一言にトンナが振り返る。

「なあああ~に?嫉妬?妬いて…」

 俺の冷めた目付きが、トンナの視界に入ったようだ。

「…も、勿論よ。公私混同なんてしないわよ。ね?トガリ?ホントよ?ちゃんと、お仕事するよ?ね?だから止めよ?そういう冷めた目付きは止めよ?ね?」

「ザマアなんよ。」

「調子に乗るからなの。」

 慌てるトンナを見て、アヌヤとヒャクヤが口角を歪めて笑う。コイツら、悪い顔で笑いやがるな。

 姦しい声を耳にしながら、ヒラギ族の里に到着する。

 山に囲まれた農村風景。

 森が多く、野菜が沢山実っている。家畜には鶏、牛、そして、豚が見える。

「さあ、到着したよ。アヌヤ、ヒャクヤ、降下準備して。」

「待て。」

 トンナが降下を促すが、俺が止める。

 様子がおかしい。

 家畜の鳴き声がするのに、人の気配がない。俺はマイクロマシンをばら撒き、ヒラギ族村落周辺のマイクロマシンを高速で俺の支配下へと取込む。

 コルナが立ち上がる。

「主よ。全員、一か所に固まっている。」

 索敵担当のコルナにはわかったようだ。

「ああ、病院だな。一族の人口は何人だ?」

「全部で七百人ほどだ。」

「そうか。」

 俺が確認できた人数は五百二十三人だ。

 イズモリ、マイクロマシンは何か情報を拾えているのか?

『ウイルスだな。』

 空気感染の恐れは?

『ある。対策用マイクロマシンの身体常駐が必要だ。』

 潜伏期間と症状は?

『黄熱病ウイルスとインフルエンザウイルスに似てる。多分、五日から十日が潜伏期間だろう。症状は初期でインフルエンザに似た症状、血液の混じった嘔吐に黄疸が出るだろう。』

 黄熱病とインフルエンザに似てる?

『そうだ。あくまで、見た目が似てるだけだ。それで、潜伏期間と症状を当てはめた。まったく違うことも予想される。』

 それって…

『未知のウイルスだ。黄熱病ウイルスならば、人から人への感染、空気感染はないが、インフルエンザウイルスとも、微妙にだが、形状が似てる。空気感染能力を持っていると考えて行動した方が良い。』

 ウイルスの駆逐は?

『勿論できる。マイクロマシンの本来の使用用途だ。俺達が精製したマイクロマシン薬品で駆逐できるが、人数が多すぎる。』

 対応は困難だが、可能ってことか。

『そうだ。』

 約七百人の人口が約五百人に減少してる。二百人が死亡してる。急がないと、間に合わなくなる。

 俺は手の中にマイクロマシン薬を再構築する。体内異物を細胞レベルで除去するマイクロマシンだ。体内の霊子によって、三日間、活動を続ける。それ以上の期間になると自然と体外へと排出される。

 白い粉末の入った大人の小指ほどの大きさのガラス瓶を五本。

 四本をトンナ達に渡し、俺も手の中の一本を飲む。

「こ、これは…」

 コルナも入国の際、検疫のために飲んだ薬だ。当然、今、ヒラギ族の里で何が起こっているのか想像がつく。

「未知の伝染病が蔓延してる。飲め。」

 俺は、わざと冷徹な声でコルナに命令する。

 全員が俺に続いて、薬を飲み干す。

「急ぐぞ。瞬間移動する。」

 粒子化分解光速移動は、遺伝子情報に基づいて、目標座標で体を再構築する移動方法だ。だから、マイクロマシン薬を体内に存置しておくには不向きな移動方法になる。それは、国体母艦内の移動用のゲートでも同じことが言える。

 従って、マイクロマシン薬にマーキングして、体の再構築時には、体内に残るように設定しなければならない。

 ゲートにはそのように設定されているから問題ないが、俺は普段、そんなことをしていない。面倒だが、タラップを降ろす(いとま)も惜しい。

 即座に、ヒラギ族の集まる病院に到着する。

 鼻を突く()えた臭い。アンモニアの刺激臭と腐臭が混じっている。

 俺達は病院の中、ロビーに瞬間移動したが、そのロビーにも人が溢れている。全員がグッタリと横になり、口からは苦しそうな喘鳴音(ぜいめいおん)がしている。

 遺体も幾つか確認できる。

「コルナ、お前の家族を探せ。」

 俺の言葉を受けて、コルナが走り出す。

 族長でもない。コルナにとって、最も大事な人物。最悪、その人物さえ助けることが出来れば上出来だ。

 山間の病院とは言え、流石は帝国の庇護を受けている病院だ。その規模は大病院と言っても差し支えない。

 ロビーには、数十人の患者に混じって、数人の看護師と医者が倒れている。

『現状から予想できるが、劇症的な発症だな。突然の意識混濁が推測できる。』

 最も、症状の軽そうな医者は?

『医者は死んでる。カウンター向こうの看護師が一番マシだな。』

「トンナ、全員で遺体と生存者を選別して、遺体は外へ、いや、逆だな、生存者を外へ搬送してくれ。」

 トリアージに取り掛からなくては、手の施しようがない。生存者は汚染された建物内より、屋外の方が良いだろう。

 俺はカウンターを乗り越えて、黄疸が出ていない、一番症状の軽そうな看護師に目星をつける。

 看護師を抱き起し、上体を揺する。

 呻き声を発するが、意識が混濁してる状態だ。看護師の口を開いて、無理矢理マイクロマシン薬を経口投入する。

 三十代前半、女、体重は四十三キロ、身長は百五十二センチメートル、血圧六十の四十二、頻脈、頻呼吸、瞳孔散大、充血あり、舌が赤い。口腔内歯茎部分に出血あり。リンパ節に腫れ、熱は四十二度。躊躇なく看護師の服を全て分解する。

 全身に発汗と発疹あり、腹腔内に腹水あり。

 皮膚にこびり付いた汚物と排泄物を確認する。両方に出血あり、ウイルス混在。

 生理食塩水の入ったボトルを再構築して、無理矢理、看護師に飲ませる。発汗と出血で、脱水症状も併発している。

 マイクロマシンの薬効で、みるみる回復しているが、体力的な回復はしばらく時間がかかる筈だ。それでも意識の混濁が治れば、話を聞くことが出来る。

 看護師の汚れを始末して、服を綺麗な状態で再構築してやる。

「オイ、話せるか?」

 一瞬、看護師が目を開けるが、再び閉じる。やっぱり無理か。看護師を静かに横たえさせて、俺はカルテのある場所を探す。

 マイクロマシンが病院中を駆け巡り、カルテを発見する。

「主よオオオッ!!」

 コルナだ。

 俺はカウンターを飛び越え、空中で粒子化分解、コルナの元へと瞬間移動する。

 コルナの元に、到着と同時に、発見したカルテを再構築して手に握る。

 コルナが俺の姿を見て、叫ぶ。

「主よ!この子を助けてくれっ!お願いだ!何でもするっ!下僕ではない!奴隷にでも、なんにでもなるっ!お願いだ!この子を救ってくれっ!」

 死臭の充満する病室に、所狭しと死体が並んでいる。そんな中からコルナは自分の娘を見つけ出していた。

 コルナが()(いだ)く女の子の額に手を置く。

 コルナの顔はどんな表情でもない、歪んでいる。

 獣化し、羽毛に覆われた少女の胸に左手を置く。

 呼吸はない。

 心臓も動いていない。

 硬直なし、壊死もない。羽毛に覆われているため、わかりにくいが、チアノーゼは顔面のみ、死斑もない。しかし脳細胞の死滅は始まっているはずだ。

「コルナ、この子の真名は何だ?」

 コルナが答えない。

「コルナッ!!」

 俺の怒鳴り声にコルナが意識を俺へと向ける。

「この子の真名を教えろ!」

 生きていれば、マイクロマシンで知ることが出来る。しかし、この少女は死んでいる。

「ハレトロスト・ヒラギ…この子の真名だ…」

 霊子体とマイクロマシンを少女の体内へと侵入させる。

 霊子回路に侵入し、周波数帯を検知、マイクロマシンは霊子回路を起動させ、心臓へのマッサージを開始する。同時にウイルスの除去と各臓器の修復作業を開始。

 ウイルスのコピー速度が尋常じゃない。

 体内にマイクロマシンを常駐している獣人が、ウイルスごときにやられるなんて、おかしいと思っていたが、俺たちの中に侵入しているウイルスとは、別物かと思えるほどの増殖速度だ。

『獣人の遺伝形質に過剰反応しているな。』

 マイクロマシンを体内に常駐させている獣人に対応してるウイルスってことか?

『そうだ。超兵器の一種だな。』

 じゃ、トンナたちも危ねぇじゃねぇか!

『アイツらは、俺たちと繋がってる。俺たちの演算能力なら問題にもならん。こっちに集中しろ。』

 俺は気を取り直して、コルナの娘に集中する。

 酸素を取り込んだマイクロマシンを使って、各臓器へと、特に脳への酸素供給を集中させて送り込む。

 更に大量のマイクロマシンを送り込み、ウイルスを体外へと排出、ウイルスの再侵入を防ぐ。

 俺の霊子体を少女の肉体へと侵入させる。

 俺の霊子体を使って、少女の霊子体と繋がり、混じることで、少女の肉体へと霊子体を引き止める。

 その為にも霊子体の同調作業、下僕の契約が必要だ。

「ヒラギのハレトロストにヤートのトガリが命じる。トガリ心臓の左手、ヒラギのハレトロスト命の右手に誓え。ヤートのトガリの命令は、ヒラギのハレトロストの血肉となりて、命を握るヤートのトガリに両手を捧げよ。」

 下僕契約のアクセスワードとパスワード。

 これで、少女の霊子回路は俺の霊子体と少女の霊子体を無理矢理同期させる。霊子回路を新規に近い形で作り変える。

 俺は、急速に白い空間へと精神体を飛ばす。

 イズモリが以前言っていた。

 この白い空間は人類の無意識界なのだと。

 全ての人類に繋がる無意識界。

 その空間で周波数帯を近しくする者だけが話をし、姿を見ることが出来る空間なのだ。

 だから、キミマロやクシナハラとは最近まで会うことも話すことも出来なかった。

 

 やあ。

 俺は、少女と白い空間にいた。チャンネルが繋がった。

「誰?」

 俺の名前はトガリ。君のお母さんの友達だ。

「そんなの知らない。」

 でも、俺は君を知ってる。

「嘘。」

 君の真名はハレトロスト・ヒラギだ。

「何故…あたしの真名を…?」

 ホルルストロ・ヒラギ、君のお母さんから教えてもらった。

「母さんの真名まで…」

 そう。お母さんと一緒に君を迎えに来たからね。

「迎えに?」

 もう、お母さんと離れて暮らさなくていいんだ。お母さんも仕事を止めて、皆と一緒に暮らせるようになったんだ。

「そう…」

 俺は少女の前にしゃがむ。

 オジサンと一緒に元の場所に戻ろう?

 少女が首を振る。

 どうして?

「あたしは…母さんみたいになれないから…」

 母さんみたいになりたいのかい?

 少女が頷く。

 そうか。君の母さんは君にとって、どんな人?俺にとっては凄く強そうな人に見えるんだけど?

 少女が頷く。

「凄く強い。でも、凄く怖いの。」

 俺は少女の言葉にニッコリと笑う。

 そうか。凄く怖いのか。どうして怖いんだろう?

「あたしが、何にも出来ないから…」

 そう。何も出来ないことは悪いことなのかな?

「そうなの。何も出来ないから、生きていけないの。」

 確かにこの世界では生きていけないだろう。

「この先、あたしが大きくなっても村出の嫁にもなれないって…」

 大丈夫。村出の嫁にならなくても大丈夫なようにお母さんがしてくれたよ。

 少女が顔を上げる。

「ホント?」

 俺は大きく頷く。

 本当さ。もう、そんなこと心配しなくて良いんだ。お母さんは、きっと、もう、怖くないお母さんになってるよ?

 少女が躊躇いがちに俯く。

 大丈夫。強くて怖いお母さんは、きっと、君を守ってくれる。

 少女が再び顔を上げる。

 俺は少女の手を優しく包み込み、立ち上がって、さあ、行こう。と、声を掛けた。

 少女が何の抵抗もなく歩き出した。


 俺は目を開く。

 少女が呼吸を始める。

 心臓が自分の力で拍動を始める。

 俺は大きく溜息を吐きながら、後ろにへたり込んだ。おっと、遺体の上だ。慌てて、立ち上がるが、少しフラつく。コルナの肩に手を着き、体を支える。

 コルナが俺の方を振り仰ぐ。

「…主よ…」

 俺は項垂れたまま応える。

「もう大丈夫だ。霊子回路を作り変えたから、意識は(しばら)く戻らんが、もう大丈夫だ。」

 俺の言葉を聞いたコルナが、少女を抱き締めながら、慟哭する。太い声で泣き出す。俺はコルナに凭れ掛かりながら、コルナの頭を撫でる。

(あるじ)よ、主よっ!感謝いたします。我が命、我が体、我が魂、その全ては主のためにっ!死した後も我が魂で主に仕えることを我が全てで誓うっ!」

 コルナの言葉を受けて、俺は口だけで、声を出さずに笑う。

「俺のためじゃなく、娘のために使ってやれヨ。」

 トンナが、俺の両脇を抱え持ち、俺を持ち上げる。

「まったく、アンタの叫び声を聞いて、慌てて来てみたら、油断も隙もあったもんじゃないわ。」

 トンナが、俺を抱きながら、コルナを睨む。

「下僕のくせに、トガリの凄さをわかってなかったなんて、あなた、死刑にするわよ?」

 そして、トンナが笑う。

 トンナの両隣りに立つ、アヌヤとヒャクヤも同時に笑う。

 その笑顔を受けて、コルナも緩やかに笑う。

 腐臭の充満する部屋で、女達の笑顔は清々しいものだった。

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