避難民が下船するにあたって解せんと言ってる…エヘッ
ギュスターと話したその日の深夜に、ギュスターが、自警団の幹部を連れて、カナデを訪問し、自警団、全員のリスト持って、全員が禊を受けると申告してきた。
深夜にもかかわらず、カナデは全員を施療院に連れて行き、並ぶ避難民をかき分け、自警団全員にS・C・C作成用のマイクロマシン薬を配った。
三十六万六十八人の治療には、今しばらくかかるが、そうではない避難民の下船作業が始まった。
ギュスター達自警団は、王都側の受け入れ態勢を整える者達と王都へ送り込む者達と半数に分かれて仕事を分担している。
トガナキノ側に残った自警団の者たちは、随時、S・C・C作成用のマイクロマシン薬の配給を受け、そのタイミングで王都側と交代することになっている。
現場で動ける人間が増員されたことになるが、それでも、なんせ、九十四万四千六百八十九人だ。九十五万人近い人間を下船させるのだ。数日に分けなければ、とてもじゃないが無理だ。
乗船させる時は国体母艦を着陸させたが、下船についてはそうもいかない。
国体母艦を着陸させれば、再び別の避難民が乗り込んで来ようとするからだ。それに混じって、一旦は降りた避難民が、再び、乗り込もうとして来るので、どうにもこうにも困ったものだ。
降ろそうとしてるのに乗り込んで来られては意味がない。しかも、性質が悪いことに詐病を使ってくるので、一般の兵士達は、つい絆されてしまう。
倫理観の無理な矯正が祟ってのことだが、まあ、俺は好ましいと思ってるから埒もない。
再乗艦を防ぐシステムなり、ハードを構築するしか対策の練りようがない。
で、出来た対策が、避難民を、一旦、航空母艦に乗船させて、高度十メートルぐらいで停止、そこから、酒呑童子で一人づつ抱えて降ろすというものだった。
これが酷く効率が悪い。
避難民を一度に沢山降ろそうと思ったら、沢山の酒呑童子を積載しなければならない。そうなると、避難民を沢山乗船させられない。酒呑童子の数を減らせば、その分、時間がかかるし、降りたくない避難民を抑えられない。
なんだこの矛盾。
納得しない避難民なんかは、徒党を組んで酒呑童子に襲い掛かって来るし、火を着けるし、もう、俺達の国を奪う勢いだよ。
避難民達には二日分の食料を渡して下りてもらうのだが、下船途中の航空母艦で、他人の食料を奪う奴までいる始末だ。
こりゃ駄目だってことで、少しでも効率化を図ろうと、ヘルザースとズヌークの領民だけでも選別しようか、と、いうことになった。
ヘルザースとズヌークの話によると、自分の領民ならば、禊を受けなさいと二人が言えば、素直に禊を受けるはずだと言い切ったから大したものだ。
で、ヘルザースとズヌークが避難民に自領の民は名乗り出よ。と、言ったもんだから、また一悶着だよ。
我も我もと、領民ではない、王都の人間まで名乗り出た。
それで集まった人間は約六万人だ。
ヘルザースの領民の人口が約十二万人だから、その半分が避難民になってたって計算になる。
そんな訳ねぇだろ。
ヘルザースの領地は一番被害が軽かったんだぞ?
急遽、ヘルザースとズヌークが駆逐艦に乗って、自領に戻り、大量の戸籍謄本を持った数十人の文官を伴って、国体母艦に帰国した。
で、その文官達には、禊を受けさせていない。
禊を受けた人間は情に絆されやすいことがわかったので、冷酷無比な文官に審査させて、キッチリと線引きをさせるためにだ。
まず、出身地と現在の在席地を申告させ、その申告内容に従って、戸籍謄本を調べる。
名前があれば領民だが、名前がなければ王都民だ。
でも、困ったことに、戸籍を出していない領民も結構いるのだ。
その取扱いには、冷酷無比な文官が活躍した。「自業自得である。」とバッサリだ。
しかしながら、領民である可能性も捨てきれないので、領民であると申告して来た者は、全て、申告内容に沿った、ヘルザースの領地に下船させることになっている。
こうなると困るのは、領民だと申告してきた王都民だ。
見知らぬ土地で、知り合いもいない土地に放り出されるのだ。潮を引いたように嘘の申告をしていた者達が一斉に申告を取り下げた。
領民だと判断できた者たちには、この国に残るかどうかの説明、つまり、禊を受けることと、王様がヤートだという説明だな。まあ、説明と言うか、強制と言うか、今後、ヘルザースとズヌークの領地は領主不在となるため、無法地帯となり、トガナキノ管理の下、人の居住は禁止するっていう、うん、説明だな。うん、説明。まあ、そういう説明をして、降りる?って聞いたら、みんな、即答で、残ると言ってくれた。
選択肢は、残したよ?だって、経済基盤を失うけど、他領に行ったってイイし、農具とか、資産を没収するわけでもないしさ。大変だと思うけど、やり直し、できるでしょ?
『本当に、そう思ってるのか?』
…
まあ、そういう説明をしたらさ『スルーか。』うん。で、みんな残るって言うから、じゃあ、禊をどうぞ、ってことで、今は避難民の下船作業とヘルザースとズヌーク領からの領民に対する説得と説明を行い、トガナキノへの引き揚げ作業をしてもらっている。
負傷者については、遺伝子タグを付けていたので助かった。
救助現場と要救助者の整合性を図っていたので、治療時に負傷者の遺伝子を記録し、それをタグにして、様々な情報を記録していたのだ。
回復した負傷者は、順次、駆逐艦で下船させている。まあ、下船の時は、揉める揉める。こんなことなら助けて欲しくなかっただの。最後まで面倒見ろだの言いたい放題、やりたい放題だった。
お前ら、税金も払ってないどころか、ウチの国民でもないからな?
「元は同じ臣民でしたが、こうして、他国の視点で見ると、ハルディレン王国の国民は程度が低いですな…」
「まったく、見ているこっちが恥ずかしくなってきます。」
「話によると、避難民の中には、既に娼館を開いておった豪の者もいるそうで。」
船底近くの窓から下船の状況を見ていたヘルザース、ローデル、ズヌークが渋い顔で、その様子を眺めている。
「俺達の国民にはあんな風になってもらいたくないもんだ。」
「おお、光を齎す者、聞いておられたのですか?」
ヘルザース達が俺の方を振り返る。
「ああ。もう、見てられなくてな。兵士達が口汚く罵られてるのを見てたら、皆殺しにしてやろうかと思えてくる。」
「光を齎す者でも、忍耐の限界ですか。そうでしょうな。」
ヘルザース達が、再び船外へと目を向ける。
「悲しいが、これも人間の側面の一部だ。真実だが、これが人間の本当の姿だとは思いたくないな。」
ヘルザース達が頷く。
「左様ですな。せめて、我が領民は、違った側面を見せてくれるものと信じております。」
ふん。
コイツら、なんだかんだ言って、やっぱり善い領主じゃねえか。
三人の元貴族をその場に残し、俺はトンナと共に最上甲板の都市部に移動する。避難民に汚された都市を綺麗にするためだ。
下船作業は各区画ごとに行われており、空になった区画を順次、綺麗にしなければならない。
都市の最後尾に俺の城、安寧城があり、安寧城から水が供給されている。
安寧城には、雲から水を精製するマイクロマシンが放出されており、そのマイクロマシンが、浄水槽に水を溜め込む。浄水槽には、当然、浄水用のマイクロマシンが放出されている。
霊子バッテリーを備えたポンプが稼働し、都市部に水を送っている。逆に、電力は、各建物から安寧城へと送られている。
各建物には霊子モーターを備えた自家発電システムが組み込まれており、各建物で過剰に発電されている。その余剰分を各公共施設と安寧城へと送電しているのだ。
道路中央が、グレーチングを蓋にした溝になっており、その溝に、上から送電線菅、上水道菅、雨水管、下水道管の順で、縦に収まっている。作業員がメンテナンスしやすいように、その配管の両横には、人が二人通れる通路も完備だ。
都市内の道路の構成は、網目状に走っており、周回道路を横糸とするなら、軽いスロープとなって、中央後方、安寧城に向かっている道路は縦糸だ。
道路は霊子エンジン搭載の乗物、車と人力の乗物、自転車、そして歩行者の専用道路に分けられている。
トガナキノ国は国体母艦に造営された国だ。
都市は城塞都市と称しているのだから、その外縁部には、当然、軍の施設が集中する。全ての道路は、その軍の施設から、巨大な森林公園を隔てて、都市へと繋がっている。
都市の構造は階層型で、全部で八層の階層に分かれており、上層へ上がるに連れて、徐々にその階層基盤が小さくなっている。一番下、つまり国体母艦の最上甲板にあたる部分なのだが、この最下層は、居住空間ではない。
建物自体には柱や壁の役割を持たせながら、駐車場としての役割も持たせている。車が走れるのは、この最下層だけだ。車を利用する者は目的地の駐車場に車を止めて、あとはエレベーターか、エスカレーターを使って上階へと上がるようにしてある。
二層目からは自転車と歩行者専用の道路となる。自転車は歩道と分けるために一段下がった構造となっており、明るいアンダーパスや暗渠をイメージしている。
交差点では自転車は完全に暗渠に入る形だ。しかし最も特徴的なのは自転車道に限り、路面が超硬質のガラスで出来ている点だ。雨水による滑走転倒防止のためスリガラスにしてあるが、これは、下の階層に光を届けることを主目的としている。
各建物は自転車道と歩道で階が違ってくるので、自転車用の出入口と歩行者用の出入口を設けてある。自転車用の出入口は、駐輪場へと繋がっており、建物の三平方メートル当たりに一台の割合で、駐輪できるようにしてある。
歩行者用の出入口は階段からアパートメントへと繋がっており、その階段の横には店舗用の部屋を誂えた。
アパートメントは三階までに抑えて、日当りを考慮してある。城に近付けば近づくほど、都市基盤の階層が重なり、最上層の八層では、建物は最低でも二十五階、最高で二十七階建てということになる。
都市基盤の七層から下の部分にあっては都市の中心部として、各階層基盤の下になり、当然、暗くなるので、光ファイバーを再構築して、光を送り届けるようにもした。
少しでも明るくなるようにと自転車道の路面を超硬質ガラスにしたんだが、その光ファイバーと、都市の構造体となる建物以外は二階建てにしたので、結構、光が入って来た。つまり、余計な心配だったってことだ。
城の近くには、大きな建物を集中させている。武道殿を始めとする国民の娯楽施設、中央省庁、裁判所、あまり活躍して欲しくない監獄など、役所関係の建物だ。まあ、そういった建物も城の一部だと言えるんだが。
城には、そのような物は必要ありません。と、ヘルザースに一括されたので、あくまでも、そういう建物は城じゃないのだ。
ヘルザースに言わせると、この都市構造では敵に攻められた時、防衛が難しくなるそうだが、誰が空の上にまで攻めて来るんだよ?と、聞き返したら、それ以降は黙ってしまった。この国体母艦の強みは空中に浮いているということだ。
ただ、それが唯一の弱味であるというのも事実だ。
国体母艦の全高だけでも三.七三キロメートルもあるのだ。メートルに直すと三千七百三メートル。それが、上空三百メートルに浮かんでいれば、都市部は四千メートル上空に存在することになる。
気圧だ。
富士山の頂上でも、かなり気圧が低いのに、それを遥かに超える高空で生活するのだ。慣れれば大丈夫かもしれないが、慣れるまでが大変だ。
そこで活躍するのが、やっぱりマイクロマシンだ。気圧調節用のマイクロマシンが、都市部を覆っており、常に気圧を一定に保っている。
攻め込まれる不安のない国体母艦だが、内からの攻撃には非常に脆い。
マイクロマシンの操作システムを崩す。
霊子システムを崩壊させる。
このどちらかでもやられたら、この国体母艦は崩壊する。
中枢となる霊子システムとマイクロマシン操作システムをコントロールする部屋には出入口がない。入ることの出来る人間は俺だけだ。
俺以外だとイデアのみ。
俺が中枢室に入っている時は、パスワードを入力するので、地下にあったセクションを構成する極小マイクロマシンで出来た壁、天井、床が、その配列結合を変えて、電流を流すようになっている。これで、瞬間移動でも出入り出来なくなる。
こうなると、俺以外の人間がメンテナンス出来ないので俺は絶対に死ねない。禁治産者になるような事態も絶対に避けなければならない。
国民、入国者全員を信用できるようになれば、こんな心配はしなくても良いんだが。
しかし、空になった区画で、そんな考えは吹き飛ばされる。
汚れた自転車道にはゴミが放り込まれ、そこら中で排泄物の匂いがしている。
憩いの場所として造った広場の公園では、花は手折られ、トイレは詰って、機能しなくなっている。ベンチの周りには、煙草の吸殻が放置され、ゴミが散乱している。
「酷いね…」
トンナが呟く。
「そうだな…」
子供の頃、砂場で山を作っていると、それに加わって来る奴がいた。山は城になり、基地になり、最後は怪獣に壊された。
友達という名の怪獣にだ。
ふと、そんなことを思い出す。
『珍しいな。マサトの子供の頃の思い出なんて。』
ああ、そうだな。こんなこと、久しぶりだよ。
「何だか、ここまで酷いと寂しくなるね。」
「そうだな。」
俺はゴミと排泄物を分解する。
荒らされた花壇を整え、掘り返された土を元通りにする。
焚火の跡に残された炭を分解、建物のメンテナンスに移行する。
落書きを消し、捲られた床板を元通りにする。
綺麗にした区画に、残った避難民が入り込まないように壁を作る。
岩の一体成型、コンクリートと同じ壁だ。壁はツルツルに整形し、昇れないようにする。
「壁、作らないとダメなんだよね。」
「そうだな。」
「トガリ、大丈夫だよ。きっと、この国に来る人達はこんなことしないよ。」
トンナの言葉に、俺は微笑を浮かべる。
「そうだな。こんなことはしないだろうな。でも、俺が今考えていたのはそんなことじゃないんだ。」
トンナが不思議そうな顔でこっちを見る。
「人間がこんな風にするのも、人間の一面なんだ。だから、理解できてしまう。勿論、同じ立場になったからと言って、俺はこんなことをやろうとは思わないが、避難民になった時、人がこうしてしまう、こうなってしまうということが、理解できるんだ。」
トンナが首を捻る。
「俺は、そんな一面を無理矢理、抑え込もうとしてる。まるで、心の中に檻を作るようだと思ってな。」
「うふっ。」
トンナが笑う。
「変なの。」
「そうか?」
「そうよ。」
トンナの笑顔が大きくなる。
「禊が、トガリの言う檻だって言うのなら、この国に入る人は、皆、檻の中に入りたがってるのよ。だって、檻の中に入れば、安心だもの。」
「檻の中に入れば、自由を失うぞ?」
「まさか。檻って言っても、誰も閉じ込めたりしないわ。だって、この檻には、外側に鍵はかかっていないもの。」
トンナの言葉に、俺は空を見上げる。
空が近い。
「トガリは神様だからわかんないのよ。人間って、トガリが思ってるより、随分と強かよ?」
「そうか。」
「そうよ。だって、今、あたしは、こうしてトガリと一緒に笑ってるもの。」
俺はトンナに視線を戻す。
トンナが大きく笑う。
白い歯を見せて。
そうか。笑ってるな。笑えるなら良いな。
『チビジャリ。』
アヌヤから通信が入る。カナデラを使わないということは、緊急ではないということだ。
「どうした?」
『ちょっと甲板空港まで来て欲しいんよ。』
「ああ、行くのは構わないが、どうした?」
甲板空港とは、国体母艦の甲板上に造ってある空港だ。国体母艦の船首に近い甲板に、建築してある。
トンナが、その空港まで歩き出そうとするが、俺は目の前に霊子バイクを再構築する。
『造って欲しい物があるんよ。お願いなんよ。』
トンナが俺を霊子バイクのキングシートに乗せて、トンナがクィーンシートに跨る。霊子バイクの霊子エンジンが、すぐに静かな唸り声を上げる。
「何を造るんだ?」
霊子バイクが浮き上がり、急激な加速で空港へと飛ぶ。
『大き目のお盆なんよ。』
「オボン?」
「何それ?あの子達、変わった物を欲しがるのね。」
トンナが訝し気に呟く。
霊子バイクの高速移動だ。すぐに空港が見えてくる。
まだ、飛行機を運用していないので、二人は、滑走路上で、それぞれの竜騎士を背後に跪かせて、俺達の到着を待っていた。
空港に着いて、トンナが「トガリを呼びつけてまで、一体何をお願いするのよ?」と、ちょっと魔獣モードだったので、俺が「まあまあ、良いじゃない。」と宥める。
で、頼まれた大き目のお盆とは、巨大なお盆のことだった。いや、何言ってるのか俺もわかんないよ。
大き目じゃなくて巨大だったんだよ。
幅二十メートル、長さ三十メートル、縁の高さは三メートル。
「あたしのヨルムンガルドとヒャクヤのルビーちゃんで、両端を持って運ぶんよ。だから両端に取手を付けて欲しいんよ。」
俺は、頭を押さえて「え~と」と頭の中で話を整理する。
「やっぱり、全然、何の為に造るのか、さっぱりわからん。」
「わかんないなら、わかんないままで良いの。大事なことなの。だから、早く造ってなの。ウチ等は竜騎士に乗って、待ってるの。」
ヒャクヤがそう言って、さっさとルビーちゃんに乗り込む。アヌヤは既にヨルムンガルドに乗り込んでいる。
「良いの?何ならあたしが躾けてこようか?」
う~ん。まあ、良いか。カナデも信用だけじゃなく、信頼しろって言ってたからな。
「いや、まあ、普段は何にも強請らないからな。これぐらいしてやるよ。」
とにかく、それだけ巨大な物となると、強度、耐久性にも気を使わなくてはならない。
俺は、タングステンの細長い板を縦にして、格子を組み、その上にカルビンでお盆を組む。格子のフレームの内、二本は取手として使えるように、縁から突出させてから輪になるように接合、何を載せるのかは知らないが、これで良いだろうと、二人の竜騎士を見上げる。
『オッケー。これで良いんよ。』
そう言って、アヌヤのヨルムンガルドが左手でお盆の取手を握る。
『じゃあ、ちょっと、下船の手伝いに行って来るの。』
そう言ってヒャクヤのルビーちゃんが右手でお盆の取手を握る。
二人が飛び立つのを俺は手を振って見送った。
ん?
ヒャクヤの奴、何て言った?
下船の手伝いって言った?
え?あの巨大お盆を持って?下船の手伝いって?え?




