前に会った人のことを思い出せないって困るよね?
俺達だって疲れる。現場は三交代の当番制にしているが、人手が足りないのも事実だ。俺はすぐに自警団を結成したという人物に会うことにした。
カナデに案内して貰って、こちらから出向くことにする。
「ボスが、出向くんですか?」
カナデは驚いているが、皆が働いているのに、俺だけゆっくり休むなんて出来る訳がない。だから「そうだよ?行くよ。」と答える。
俺の今の仕事は、S・C・C作成のためのマイクロマシン薬の調合?創薬?ま、なんにせよ、それぐらいだ。怪我人や、病人の治療は、イデア管理の下、国の施療院で行われてる。
ただ、その治療にも、かなりの時間が取られているのも事実だ。
まず、施療院に設置されている設備の取り扱いに熟達した者がいない。
当然のことだから、仕方がないのだが、治療するに当たって、患者の遺伝子採取にも手間取る始末だ。
だから、全てを機械化できるように、イデアが治療の合間に、設備のバージョンアップに勤しんでいるのが現状である。
そんな中でも、禊の済んだ者たちは、なんとか、治療の一助になるようにと頑張っているのだから、俺としても、何かしておきたい。
救助、治療の現場で当番にあたっていない者には、しっかりと休養を取らせるように申し付け、気楽な格好でトンナの肩に乗って、アヌヤ、ヒャクヤを連れて向かう。
城塞都市の様子は何だか変な感じだった。
閑散としているのに、人の気配がヒシヒシと感じられる。
避難民の収容には、学校、武道殿、公民館、役所、観劇場など、大きめの建物だけでは足りず、結局、事前に用意していた城塞都市のアパートメントも開放することになった。
僅かな日数で、かなり荒れた雰囲気になっている。所々で落書きが見られ、ゴミが散乱している。
建物の壁には小便の跡があり、路上に寝転んでいる者も多い。
やっぱり、倫理観が低い。
救助現場でも、遺体から衣類や装飾品を剥ぎ取っている一般市民を沢山見かけた。
取る物も取らず、逃げ出して来た者もいれば、両手に抱えきれない程の物を持って、逃げて来た者もいる。
このまま、この国に残る者と去る者を篩にかけて、残る者に禊をしても良いのだが、そうなると、優先権を持つヘルザースとズヌークの領民達との間に軋轢を生む。
現在、この国体母艦を動かしているのは、ヘルザースとズヌークの兵、そしてセディナラ達、筋者なのだ。
その兵達には、故郷に親族がいる。その親族よりも先に、王都の避難民を優先させれば、間違いなく争いが起きる。
まずは、ヘルザースとズヌークの領民を説得し、禊を受けさせてから、均等に建物と食料を配分し、この国での仕事に就かせる。結果が出るのは、一月後か、二月後か。動き出さないと予測も出来ない。
そのような状況で、先に王都の避難民を定住させてしまったら、ヘルザースの兵達から、絶対に反発が上がる。
反発は、軋轢となって、争いを生む。
だから一旦、避難民を全員降ろす。
ヘルザースとズヌークの領民を先に定住させて、国としてのシステムを稼働させてからなら、避難民を受け入れられる。
でも、現状、あまりに忙しすぎて、すでに殺伐としてきてるからなぁ。現場の方では人員が不足してるだろうから、自警団を取り込んで、禊を受けさせ、ヘルザースかズヌークの兵士にしてしまうか?
信用できる奴ならそれも有りだが、まあ、ヤートが王様ってことで、すぐに出て行くって言うかもしれないしなぁ。
まあいいか。その時はその時だ。
「トガリ。」
トンナの呼びかけに、俺は「うん?」と聞き返すと、トンナが自分の指先を眉間に当てて「皺になるよ?」と言ってきた。
俺は大きく溜息を吐いて「難しいねぇ。王様って。」と、思わず愚痴を呟いてしまう。
「トガリ、嫌になったんなら辞めれば良いのよ。」
トンナがすんなりと、超無責任なことを言う。
「そういう訳にはいかないだろう?」
トンナが、肩を揺すって、俺の座りを直す。
「良いのよ。だって、トガリは神様なんだから。嫌になったら辞めれば良いのよ。そんなに悩むようなことは、ヘルザースやローデル、ズヌークだっているんだから、アイツらに任せれば良いのよ。」
トンナの話を聞いていたカナデが、こちらに顔を向ける。
「そりゃそうだ。ボス、トンナ御嬢の言うとおりだよ。ボスは踏ん反り返って、下の者が右往左往してるのを見てれば良いんだよ。」
俺はトンナの脇の下に、片足を引っかけ、そのまま後ろに逆さになってぶら下がる。
「でもこの船を造ったのも俺だし、国の運営システムみたいなもののイメージはあるんだよな。それを動かすのに、下準備しなきゃならないのに、その前に、こんなことになっちまったろ?下準備はしっかりしとかないと、後々、面倒なことになるからなぁ。」
「ボス、もっとあたしらを信頼して貰いたいね。」
俺は体を捻って、トンナの腕を暖簾のように持ち上げ、前を歩くカナデの方を見る。
「うん?信用してるよ?」
「ああ。信用して貰ってるのはわかってるよ。あたしが言ってるのは信頼。信用して、頼ってもらいたいねってことさ。」
俺は、再び、トンナの背後に、真直ぐにぶら下がる。
「そうだな。この国をどういう風に育てたいのか、一度、皆にしっかりと話した方が良いかもしれないな。その方がヘルザース達も動きやすいだろうし。」
「そうだね。そうしてくれた方が良いね。」
「ふ~ん、カナデのオバサンも、結構、しっかり考えてるんよ。」
アヌヤが頭の後ろで腕を組みながら呟く。
カナデが、アヌヤの方に視線を転ずる。
「そりゃあね。オバサンって言われるだけの年を重ねてるんだ。それなりに考えるさ。アヌヤの御嬢だって、先のことは考えるだろう?」
アヌヤが、しかめっ面になる。
「う~ん。今はチビジャリの童貞をどうやって奪うかってことしか考えてないんよ。」
「ハア?」
出た。カナデのハア?だ。
俺は思わず、起き上がり、トンナの肩に座り直す。
「とにかく、トンナ姉さんからチビジャリを引き離さないことには話にならないんよ。でもトンナ姉さんは鬼強だから、どうすれば良いのか、思いつかないんよ。」
カナデが呆れた顔で俺の方を見る。
俺は力なく笑うしかない。
「ボスも大変だよ。」
カナデはそう言って、前を向いた。
「この武道殿だよ。」
カナデの案内で、大きな観音開きの扉を潜る。
武道を中心に考えて造った訳ではなく、体育館をイメージしたのだが、仕上げが、この世界で言うところの道場のようになったので、武道殿と呼ばれてる。
本来は大きな空間が広がっているのだが、急遽、床スラブを造って、平屋の大空間を三階建てに区切っている。耐力壁が必要になるので、病院のような造りだ。出入口から伸びる廊下も急ぎ拵えだ。
その廊下の床にまで、人で埋まっている。足の踏み場もないとは、このことだ。
無気力に、横になっている人が多いが、大声で話している人もいる。
そんな中、一際大きな声で叫んでいる者がいる。
「今日のトイレ掃除の当番はC班だろう!早くしろ!また詰まったら、皆が困ることになるんだ!!」
カナデが、俺の耳元に口を寄せる。
「あの声の男だよ。」
男が壁の向こうから現れる。数人の男と女を追立てながら「早くしろ!」と怒鳴っている。
「う~ん?どこかで見たことあるなぁ?」
「トガリもそう思った?」
俺の言葉に、トンナも同意する。
「なんか、腹立つ顔してるんよ。」
「嫌な顔なの。」
アヌヤとヒャクヤは別の感想を述べるが、その表情からは、やはり記憶にある者を見るような雰囲気が漂ってくる。
「ちょっと、呼んで来るよ。」
カナデが寝転ぶ人を避けながら、その男の所に近付いて行く。
男と二言三言交わした後、カナデが男を連れて来る。
「う~ん。やっぱり知ってるような気がするな。」
「そうなのよねぇ。どこで見たんだろ?」
男が立ち止まる。
「どうしたんだい?こっちに来な。」
カナデに促されて、男が、おずおずと近づいて来る。
「トガリさん、お久しぶりです。」
うん?やっぱり知ってる顔だ。トガリさん?一〇歳の俺に、さん付けってどういうことだ?
「あなた、口に気を付けなさい。トガリは、この国の王様よ。次、トガリさんなんて言ったら死刑よ。」
トンナの言葉に男が驚き、すぐさま、跪く。
あれ?信じたの?トンナの言葉を?一〇歳の子供が王様だなんて、普通、信じるか?
「申し訳ありません!お許し下さい!」
え~?俺のこと知ってるの?知ってないの?どっち?
「いや、それは良いんだけど、え~と、どこかでお会いしましたっけ?」
「…」
ああ、この間は覚えてなきゃいけなかった間だ…
「はい。デルケード宿場でお会いしております。」
思い出した!!ギュ、ギュ、
「ギュードナーだ!!」
俺は思わず、男を指し示していた。
「…」
あれ?違った?
「ギュ…ギュスターでございます…」
「いいえ。何言ってるの?今日から、あなたはギュードナーよ。」
いや、トンナ、お前が、何言ってるの?
「えっ?」
ほら、ギュスターも吃驚してるよ?
「王様のトガリが、あなたのことをギュードナーって言ったのよ?あなたは、今日からギュードナーよ。それとも、あなた、トガリが間違えたって言うの?」
イヤ、イヤイヤ、それは駄目でしょ?ご両親がつけてくださった大事な名前だよ?俺が間違えた名前とどっちが大事?そのへんをしっかり考えて発言しようよ。
「わ、わかりました…」
「いや、そこは、わかっちゃダメでしょ?そこはシッカリ拒否ろうよ!」
「何言ってるの?トガリが付けてくれた名前じゃない?あたしだったら、もう…ああ…最高…なんだか、身も心もトガリの物になったみたいで、最高…」
オイオイオイオイ、トンナ大丈夫か?恍惚としてるぞ?どんだけの白昼夢を見てるんだよ?
「と、とにかくギュスターさん、立って、立って。もう、コイツが言ってることは無視しちゃっていいから。」
トンナ達の名前は、発言禁止だ。ギュスターは獣人のトンナしか知らないから、今のトンナと同一人物だとバレたら、獣人が、人間の姿に戻れると知られてしまう。
「ハ、ハア。」
ギュスターが、はっきりしない返事を口にしながら、立ち上がる。
「で、なに?ギュスターさんが自警団を立ち上げたの?」
俺の言葉に、ギュスターが頷き、口を開く。
「はい、ここに来られる間にご覧になられたと思いますが、あまりに酷い状況ですので、避難民を自治組織化しなければならないと思いまして。」
「うん。どういう構成にしたのか教えてくれる?」
ギュスターが力強く頷く。自信があるようだ。
「はい。先ず、自治で大事なのは、供給と廃棄をシッカリと管理させることだと思いましたので、配給係と廃棄処分係を決めました。」
ギュスターの話だと、一世帯を一単位として、十世帯を一班で、A班からZ班までを構成した。当然、アルファベットだけでは足りないので、A班だけで、A-1班からA-103班までもあるそうだ。それで、A-1班からZ-1班までを一括りに一組として、一組から百三組まで組んだそうだ。
十世帯をアルファベットで括っているから、二百六十世帯。
一組として括るには多いが、仕方ないか。急拵だからな。
その組の、管理使用区域を設定し、班の輪番制で、配給係、廃棄処分係、清掃係、自警団を振り分けしたとのことだった。
一括りに配給係と言っても、配給係には、食品担当を始めとした薬品、衣類、衛生品、清掃品、と様々な仕事があり、それを配給係の中で振り分けているのだ。
必要な物は、最低限、供給しているが、子供用のミルクやオシメなど、別枠の配給品は、申請が必要だそうだ。そういった申請の手続きも、配給係にさせているとのことだった。
うん、申請が必要な物資があるなんて、始めて知った。
だって、朝の会議っていうか、ミーティングっていうかの時に、ヘルザースとローデルとズヌークが、それぞれに、今日は、コレをコレだけ作って下さい、アレはアレだけ必要です。って言うから、俺は「はいはい」って言われた物を言われたとおりに作ってただけだから。
なんだ、アイツら、結構、上手く俺を使ってやがんな。ちょっと感心しちゃったじゃねぇか。
自警団だけは、持ち回りではなく、固定にしており、朝と深夜の二回に巡回を行い、各組の不足した物資を聞いたり、揉め事に介入したりと、結構忙しいらしい。
「ただ、自警団が言っても、決まり事を守ってくれる避難民が少ないのが問題で…」
「そうか。結構、苦労してるな。で、自警団で、その決まり事を守らない奴はいるのか?」
「いえ。現在はいません。」
以前はいたってことか。篩にはかけたみたいだな。
「ギュスターさん、あんたは、どうして自警団を設立しようと?」
ギュスターが、落ち着きなく、視線を彷徨わせたのち、心を決めたように俺の方を見詰めながら、話し出した。
「以前、陛下に宿場町を消された時のことですが、私はあの時、宿場長の間違いを正すことが出来ませんでした。正すことが出来ないとしても、せめて、宿場長に異議を申し立てるべきでした。その後悔があって、このような状況だからこそ、自警団を設立するべきだと思ったのです。」
うん。心に響く。宿場町を消した事実が俺の心を抉るよ。
「本当だったんですねぇ。ボスが宿場町を消したってのは。」
塩を塗り込む奴がいたよ。年の功とか言うんだったら察しろよ。
「はい。あの時は驚きました。私以外の住民の服までが消えてしまったんです。」
カナデが目を剥く。
「服まで消したのかい?」
「そうなんよ。カナデのオバサンも逆らったら服を消されるんよ。」
「そうなったら大変なの。おっぱいがダルーンって垂れ下がるの。」
ヒャクヤが、両手を胸から下腹部まで落として揺らしてる。
「ヒャクヤの御嬢、言って良いことと、悪いことがあるよ?」
怖。カナデの目が死んだ魚みたいで、スゲエ怖い。
ヒャクヤも目を逸らして口を窄めている。
「しかし、よく捕まりませんでしたね。」
「え?」
ギュスターの言葉に、俺は、再び、ギュスターに視線を戻す。
「いえ、あれから、私も駐屯所で取り調べを受けたんですよ。私だけ服を消されなかったので、仲間ではないのかと疑われまして。」
「そ、そうか、悪いことをしたな…」
俺の言葉にギュスターは首を横に振る。
「駐屯所での話では、指名手配すると聞かされておりましたので、恐らく、街道男爵は陛下を指名手配してると思いますよ?」
「え?マジで?」
「何言ってるんですか?当たり前ですよ。あたしの所にも、一〇歳の子供と、獣人三人、女性一人の魔法犯罪を犯した一団ってことで、手配書が回って来てましたよ?知らなかったんですか?」
カナデさん、何言ってるんですか?知る訳ないですよ?知ってたら、山奥に隠れて引き籠ってますけど?
「そう言えば、あの、トンナさん達はどうしたんですか?見当たりませんが?」
ギュスターの言葉に、トンナ達が反応しそうになったので、俺は、慌てて、イチイハラとカナデラに口止めを頼む。
「そんなことはどうでも良い。それよりも、ギュスターさん。」
とにかく、話を変えよう。でないと、獣人三人娘が、いつボロを出すかわからない。
「はい。」
「ちょっと付き合ってくれ。」
俺は人気のない場所にギュスターを連れ出す。
武道殿の周りは、広い公園のようになっているが、ここには、許可なく勝手に住み着いている奴がいる。ゴミが散乱して、新品の都市が、ここ数日でスラムになりかけてる。
木陰にテントを立てて、住み着いている男がいたので、テントを分解し、男を強制退去させる。その木陰にトンナが座りながら俺を膝の上にのせる。
「座りなよ。」
「はい。」
返事しながら、ギュスターが座る。
「この国は、出来たばかりだ。」
俺の言葉にギュスターが「はい。」と返事しながら頷く。
「国の器が出来て、国民を受け入れる前に避難民を受け入れなきゃならなくなったのが現状だ。」
「はい。申し訳ありません。」
「本来、この国に入国してもらうには、一つの法律を守ってもらわねばならない。」
「法律ですか?」
ギュスターが訝し気に聞き直す。俺は頷きながら答える。
「俺達ヤートが入村するには、色々な制約があったろ?」
俺の言葉にギュスターが俯き加減になって、小さな声で返事する。
「まあ、その意趣返しって訳じゃないんだが、やっぱり、自分の国が荒れるのは避けたいし、秩序と治安を守るってことはどうしたって必要だ。」
「ええ、わかります。」
ギュスターが俺の方を見て深く頷く。
「でも現状、俺の目から見た人々の倫理観は崩壊してる。」
「崩壊…ですか…」
「ああ。魔法による臓器移植、それに伴う臓器移植用の奴隷の売買。奴隷に対する人権剥奪。殺人に対する忌避感の低さ。」
俺はチラリとトンナ達を見る。
「コイツらだって、俺から見れば酷いもんさ。簡単に人を殴って、殺そうとしやがる。」
「えええ!そんな!トガリに不敬を働くから、仕方なくじゃない!!」
「そうなんよ!あたしらは全然、酷くないんよ!」
「そうなの!ウチらよりも、悪魔チビの方が酷いの!!」
一斉に抗議の声が上がる。
俺は、そんな三人を見て、微笑む。
「俺の考えだと、こいつらは、純粋に戦闘意識が高いんだと思ってる。」
「戦闘意識ですか?」
聞き返すギュスターに向かって頷く。
「戦場では、敵を殺すより、敵を負傷させる方が戦力を削ることが出来る。負傷兵を助けようとするからな。一人負傷させれば、その負傷兵を助けるために、二人の兵士を戦力から外すことが出来る。」
ギュスターが頷く。
「でも、コイツらはそうしない。武士の情けってやつだ。キッチリと止めを刺してやろうとする。それに対して、俺は殺さない。蛇の生殺しってやつだな。」
俺の言葉を受けて、アヌヤが口を開く。
「そうなんよ。チビジャリは、いっつも酷いんよ。ヘルザースだってズヌークだって動けなくして、生かしておくんよ。」
ヒャクヤが梢を見上げながら、アヌヤに追随する。
「そうなの。兵隊だって、死んだ方が喜ぶの。恩賞を貰って家族はホクホクなのに、傷病兵になって帰って来ると、その世話をしなきゃならないから大変なの。」
二人の言葉を受けて、俺は微笑む。
「この前、俺が行方不明になった時、もし、俺が動けないほどの怪我をしてたらどうする?大変だから、ほったらかしにするのか?」
「そんな訳ないじゃない!!あたしはトガリのためにだけ生きて!トガリのためにだけ死ぬのよ!!そんなこと絶対しない!!」
トンナが頭の上で叫ぶ。
「そうなんよ。なに、馬鹿なこと言ってるんよ。」
アヌヤが呆れたように話す。
「ホント、真っ当馬鹿マスターなの。ウチらが、そんな薄情な訳ないの。」
ヒャクヤが俺を馬鹿にするように横目で見る。
「じゃあ、動けなくなった俺が、殺してくれって頼んだら、お前らはどうするんだ?」
「イヤよ!そんなの絶対イヤ!!なんで、そんな意地悪ばっかり言うの?!そんなの絶対にイヤ!!」
トンナが俺に抱き付いて、泣き出す。この間のことを思い出してるんだろうな。
「チビジャリ!!いい加減にするんよ!!あたしだって、怒る時は怒るんよ!!」
アヌヤが俺の前で仁王立ちになる。
「ホント…呆れてものが言えなくなるの!その口を抓ってやるの!!」
ヒャクヤが俺の頬を抓ろうとする。
「やめろって。」
俺は、ヒャクヤの手を掴みながら、笑う。
「だって、お前等が言ったんだぞ?殺してやる方が酷くないって。」
トンナの嗚咽が止まり、アヌヤが視線を逸らし、ヒャクヤが手を止める。
俺はトンナの腕を擦りながら言葉を紡ぐ。
「死ねば終わりだ。生きることそのものに責任が付きまとい、柵に雁字搦めにされる。辛いことも多い。でも、だからこそ、生きてるって凄いことだろう?」
トンナの腕に、軽く力が入る。
アヌヤが、俯きながら唇を尖らせる。
ヒャクヤが、俺の頬に触れる。
「自分が生きるために、他の人間を殺して、臓器を抜き出す。それって、正しいことかな?」
全員が黙る。
「だから、アヌヤとヒャクヤが、児童奴隷を買って来たのは善いことだと思うぞ。でも、人を殺したり、傷つけるのは善くないことだ。まあ、傷つけるって点では、俺も人のことは言えないがな。」
「でも、そんなこと言ってたら、あたしらの方が殺されるんよ…」
アヌヤが答えを言った。
「そうだ。だから俺は、自分の、お前達の国を創った。」
全員が俺の方を見る。
「誰にも攻められない国だ。なんせ、空中に浮かんでるからな。何かあっても、すぐに逃げられる。そんでもって、その国の人間は、殺されることを心配してないんだ。誰かを傷つけることもないし、物を盗むこともない。凄いぞ。もっと国体母艦を造って、農場専用とか、牧場専用のとかを造るんだ。怪我をしたって、病気になったって、全部、俺が治してやる。」
アヌヤが信じられない物を見たように笑う。
「凄いんよ。そんな国が出来たら、皆が住みたがるんよ。」
ヒャクヤがボーっとした目で俺を見る。
「やっぱり、チビマゾ親方って凄いの。」
トンナの腕が俺に絡みつく。
「トガリ、凄い。」
ギュスターが、呆然と俺を見る。
「やはり、陛下は凄いお人だ…」
俺は、力を込めた眼差しをギュスターに向ける。その視線を受けて、ギュスターの表情が引き締まる。
「ギュスター、そんな国を創ろうと思ったら、国民、一人一人の倫理観が重要だ。」
「はい。わかります。」
「でも、俺にとって大事なコイツらだって、こんな感じだ。多分、他の奴らは、もっと酷いだろう。」
「はい。そうですね。私だって、自警団長として、何人もの、腕や足を斬り飛ばしてきましたから。」
「そうだ。皆、多かれ少なかれ、他人や身内に暴力をふるって、傷つけてる。それは俺も同じだ。だから非難してる訳じゃない。そんな風に追い込まれない国を創りたいんだ。」
ギュスターが力強く頷く。
「だから、この国に入るにあたって、俺は一つの洗脳を受けてもらおうと考えてる。」
ギュスターが目を眇める。
「洗脳、ですか…」
「ああ、実際、この三人も受けてる。自分が嫌がることは他人にはしないようにしましょうってことと、ルールは守りましょうって洗脳だ。まあ、実際は洗脳って言うより思考誘導だがな。」
「洗脳、ですよね?」
ギュスターが気の抜けたような顔で同じ言葉を繰り返す。それに対して、俺は頷く。
「そう。自分の嫌がることは、他人にはしない。ルールは守る。この最低限のことを心に沁み込ませてもらう。これを、俺達は禊って呼んでる。」
集団生活を営んでいく上で基本的なことだ。この心根を持って、生活してもらう。
「だから、本来の国民を受け入れるにあたって、避難民には、一旦、全員、出て行ってもらおうと思ってる。禊を受けた国民と禊を受けてない避難民を一緒には生活させられないからな。」
ギュスターの眉根が顰められる。
「はい。わかります。仕方ありませんね。」
「その場合、王都の避難民はどうなると思う?」
「…」
答えが、わかっていてもギュスターは、答えることが出来ない。
「多分、周囲の伯爵領に流れて、良くて物乞い、悪くて臓器抜き用の奴隷だな。」
「はい。恐らくは、ほとんどの避難民が農奴として使われ、子供や女性は娼館か臓器用の奴隷でしょうね。」
「そうならないようにするには、どうしたらいいと思う?」
ギュスターが首を振る。
「わかりません。どうしたらいいのか。」
俺は数度、頷いて口を開く。
「ハノダという男と、スパルチェンという男をお前に付けてやる。必要な金も俺が出そう。この国で、お前が創った組織基盤を維持しながら、王都の復興作業に従事しろ。」
ギュスターが顔を上げる。頬が紅潮している。
「王都上空には航空母艦一隻を固定させておく、外敵からの防衛は、それで心配ないだろう。時期が来れば、希望者はトガナキノ国への入国を認める。」
ギュスターが、勢いよく頭を下げながら「ありがとうございます。」と大きな声で応える。
「ただし、条件がある。」
厳しい眼差し、いや、真摯な眼差しを湛えて、ギュスターが顔を上げる。
「ギュスター、お前を始めとする自警団の人間には、今日中に禊を受けてもらう。自警団全員が、禊とはどういうものか、ヤートが王だということを、納得の上で、禊を受ければ、この契約は成立だ。それと、ここでの話は口外無用だ。漏らせば、契約違反として、この話は無しだ。」
「今日中、ですか…」
「今日中だ。それだけの統率力がないのなら、この話は実現不可能。無理だ。」
俺はギュスターの目を見詰める。
覚悟を決めたか。
「わかりました。今日中に。必ず、全員を説得します。」
俺は頷いて、トンナの肩に跳びのる。トンナが立ち上がり、他の全員が立ち上がる。
「無理に禊を受けろとは言わない。さっきも言ったとおり、洗脳だからな。その洗脳で、別の命令を書き加えられるかもしれないと疑う者もいるだろう。だから、俺のことが信用できなければ、無理にとは言わない。でも、この国に入りたいなら、貴賤を問わずに、全員に受けてもらう。それが、この国の法律だ。」
ギュスターが力強く頷く。
「救いたいとは思う。だが、無差別に救うだけの力は俺にはない。ギュスター期待してるぞ。」
ギュスターが頭を下げる。
「はい。必ずや!ご期待に添えてみせます!!」
俺達はギュスターをそこに残したまま、その場を立ち去る。
城に帰る途中で、アヌヤとヒャクヤが「あんな奴、デルケード宿場に居たんかよ?」「全然、覚えがないの。」と、言っていたのはギュスターには内緒だ。




