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トガリ  作者: 吉四六
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ヤートと穢れと誇りと生き死に

「一旦、全員を降ろそう。」

 俺の言葉に、疲れ切った面々が顔を上げる。

 国体母艦の最上甲板に築城されたトガナキノ国の城、安寧城だ。

 その安寧城、艦橋のような天守塔の第四層に俺は居る。

 俺が、長いテーブルの一番奥である、上座に座っている。いや、正確には上座に座るトンナの膝の上なんだけど。

 俺の(はす)向かい左にヘルザースが、ヘルザースの対面には、オルラが座り、オルラの右から順にアヌヤ、ヒャクヤが座り、その隣にイデア、クノイダ、カノン、ルブブシュが座っている。

 ヘルザースの左隣りにはローデル、ズヌーク、セディナラ、カナデが座っている。

 ロデムスはオルラの膝の上だ。撫でられて、気持ち良さそうに欠伸してやがる。

 まったく、呑気な爺だ。

 全員が、疲れ切った表情で、テーブルに肘を着いていた。

 その全員が、俺の言葉を受けて、顔を上げる。

「恐れながら、全員を降ろすとは、どういうことでしょうか?」

 ズヌークが弱々しい声で俺に聞き返す。

「家を失くした避難民、怪我の治った者、全員だ。」

「らしくありませんな。光を齎す者が、そのようなことを軽々しく仰ってはいけませぬ。」

 ローデルが君主としての道を説くが、物理的に無理なのだ。

「イデア、負傷者の人数と避難民の総数を皆に報告してくれ。」

 イデアが頷く。

「現在収容した負傷者数は、三十六万六百五十二人の内、救出、救護が間に合わなかった五百八十四人が死亡したため、三十六万六十八人。避難民は九十四万四千六百八十九人です。」

 全員の顔色が更に悪くなる。

「約百三十万人だ。これにヘルザースとズヌークの領民を入れれば、単純計算で、約百四十五万人。国体母艦収容予定人数の倍の人数だ。物理的に収容は出来るが、食料がもたん。」

 ローデルが下を向く。

「まあ、手がないこともない。」

 全員が再び俺の方に視線を向ける。

「死んだ者の総数が十五万五千六百十六人、この死体を分解して、食料として再構築すればな。」

 全員が眉を(ひそ)める。全員、トガナキノ国の国民となるために脳底に霊子回路が作成されはじめ、倫理観が改善されている。

 当然の反応だった。

「あたしは、一旦、降ろすことに賛成よ。」

 俺の頭の上から気軽な声が聞こえる。

「ウチも賛成なの。」

 ヒャクヤも気軽だ。

「そうなんよ。あいつらはこの国の人間じゃないんよ。入国の禊も受けてないんよ。危ないんよ。」

 そうなのだ。それが問題なのだ。

 倫理観のある人間と倫理観のない人間が争った場合、倫理観のない人間が絶対に勝つ。

 これだけの規模となると、倫理観のない避難民が、今後、入国する国民を蹂躙する可能性が高い。

 倫理観の高まったこの国の治安警備隊は、殺さないように細心の注意を払う。宿場町の自警団などは、ある程度の裁量で、司法権まで行使し、かなり暴力的な刑罰まで実行していた。とにかく、今までの自警団とは、構成する細胞そのものが違うのだ。

「確かにな。アヌヤの御嬢の言うとおりだ。この国の国民自体は兵士に元筋者と強面だらけだが、この国の禊で優しくなってる。殺気立った避難民を抑えつけることは難しいだろうな。」

 セディナラが賛同する。

「この国に入国するならば、禊は絶対に必要だ。」

 俺の言葉に全員が頷く。

 禊とは、各個人の脳低に霊子回路を作成することを指す。

 その霊子回路は、イデアの言っていたS・C・C、セルフ・コントロール・サーキットのことだ。

 霊子回路に自己の行動を抑制する機能を持たせた物で、イデアの保管していた遺伝設計に基ずいて作成している。

 この世界の人間は、S・C・Cを作り出す劣性遺伝子を保有しており、その遺伝子を刺激、覚醒させるマイクロマシンを注入すれば、約一月でS・C・Cを脳低に作り出す。

 獣人三人娘は、俺の管理下にあるが、好戦的な性格であることを否めないので、自己抑制プログラムを、敢えて上書きさせている。

 オルラには、元からS・C・Cが存在しており、霊子回路の使い方のマニュアルを焼き付けた。

 残りの全員は、S・C・Cの作成中だ。

 作成中というのは、S・C・Cを一挙に完成させると、酷い痛みを伴うからだ。

 その痛みを経験している俺からすれば、あまりお勧めはしたくない。

 だから、複数回に分けて、S・C・C作成用のマイクロマシンを注入することとした。

 最初は、極小さな腫瘍のような形だが、その状態でも自己抑制機能は働くから、禊としては問題はない。

 そうして、体をS・C・Cに慣らしながら、徐々にS・C・Cを完成させるのだ。

「一旦、降ろして、入国のための禊について説明してくれ、この国の王がヤートだってこともな。その上で、この国に入国することを望むなら、その時は受け入れるんだ。その時までに、俺はカルザン帝国と周辺国家に備蓄されている余剰糧食の買上げに向かう。」

 まあ、ほぼ強請(ゆす)ることになるだろうけど。

 ハルディレン王国には十四家の伯爵家がある。

 伯爵家は、全て、領土を与えられており、その下に子飼いの子爵、連長男爵、街道男爵がいる。

 公爵家、侯爵家は領土を持たないが、王政に携わる官僚貴族だ。権勢は勿論、官僚貴族の方が上だ。

 領土持ちの貴族は年三回の上納、参内を義務付けられ、兵士の入れ替えを命じられている。つまり、兵士を育成し、その兵士を参内の時に追従させ、王都にて、別の兵士と入れ替えさせられるのだ。

 今回の勅命は、年三回の参内とは別に下されたもののため、各伯爵家の家計は火の車になったということなのだが、ヘルザースだけが上手くやっている。

 中央とのパイプを太くし、普段から当てがわれた兵員を少なくするよう嘆願して、私兵を沢山秘匿していたのだ。

 普段からの兵員を少なくすることで、領地には余剰な糧食と貨幣が蓄えられ、いざという時、まあ、ヘルザースの場合は反乱を目論んでいた訳だが、その反乱時に備えていた。 

 今回の魔獣災害で、その備蓄が活躍することになった。

 ヘルザースとズヌークの領民達は、希望すれば問題なく受け入れることが出来るだろう。

 しかし、避難民は無理だ。

 そこまでの備蓄食料がない。

 ディラン・フォン・コーデル伯爵領の避難民はまだしも、王都の避難民は、周囲、近隣の伯爵家領土に向かうしかないだろう。

 それでも問題は残る。

 勅命が下されていたということだ。

 貴族のほとんどが、ここ、王都に集結しており、王城周辺に宿営していたのだ。

 つまり、この王国の領主のほとんどが一瞬で死んだのだ。全滅である。

 伯爵領に残っていたのは、嫡子や後見人などの実行力を持たない者がほとんどだ。

 領内に残っているのは力のない後継ぎと僅かな私兵だけ。

 治安が、相当悪くなることが予想される。

 内乱状態となるかもしれないな。

 うわ~、カルザンの望み通りの展開になっちまったな。

「クノイダ、現時点での国内犯罪発生件数はどうだ?」

「はい、避難民受け入れから、この四日間で強姦未遂事件が二十四件、強盗未遂事件が三十四件、窃盗未遂事件が八十六件、傷害事件が八十四件、公務執行妨害が百五件です。」

 クノイダの報告途中で俺は頭を抱えた。

「トガナキノ国なのにね?」

 トンナが、俺を慰めようとするが、それ、逆効果だから。

「まったくけしからん!!助けてもらっておいて、タダ飯まで喰らっておきながら、その国で罪を犯し、あまつさえ公僕にまで手を上げるとは、不届き千万でありまするな!!」

 ヘルザースの言葉に全員が頷く。

「で、その犯罪者はどうした?」

「はい。全員、国外退去に致しました。」

 俺は溜息を一つ吐いて「そうか。」と応える。

「それよりもボス。」

 カナデだ。

「な、なんだ!ボスとは!不敬であろう!!」

 ヘルザースの突然のブチギレにカナデが身を引く。

「なんだい?ボスのことをボスって言っちゃダメなのかい?」

「当然だ!このお方は光を齎す者!我らが唯一の王にして、神に最も近いお方だぞ!!そのお方をボスなどと!街のゴロツキと同じにするではないわ!!」

「ハア?あんたの隣に座っているのは、その街のゴロツキなんだけどねぇ?」

 カナデが切れた。絶対、懐に忍ばせたナイフを握ってる。

「わかっておるわ!光を齎す者の手前、今まで黙って我慢しておったのだ!それを調子に乗りおって。あまつさえ光を齎す者をボスなどと呼ぶとは、不敬も甚だしい!!」

 トンナが俺の耳元でボソボソと呟く。

「トガリをボスって呼ぶと不敬になるの?死刑にする?」

 おっかしいなぁ?倫理教育、ちゃんと出来てんのかなぁ?

 カナデがユラリと立ち上がる。手の中には、見えないように折り畳みナイフを持ってるな。

「カナデ、座れ。」

 俺はカナデを睨む。

「手の中にあるものを出してみろ。俺は躊躇(ちゅうちょ)しないぞ?」

 カナデが、鼻から盛大に溜息を漏らしながら、椅子に座り直す。

「ヘルザース、俺は被差別民族のヤートだぞ?街のゴロツキ以下だ。」

 ヘルザースが俺に向き直り、頭を下げる。

「その点は承知しております。私は光を齎す者に対するカナデ殿の不敬な振る舞いを正したいだけにございます。」

「ならば、その理由に、人の貴賤を使うな。お前らが(くつわ)を並べないと言うなら、俺は王なんていつでも辞める。」

 ヘルザースが深く頭を下げる。

「申し訳ありませぬ。このヘルザースの考えが浅はか、考え違いをしておりました。お許しください。」

 そのヘルザースの態度を見ていたカナデが鼻で笑う。

「カナデ、お前もちょっとは(わきま)えろ。今後はヘルザースが行政の中核をなす人間だ。その人間に逆らって喜んでるようじゃ、きかん気の強い子供と一緒だぞ?折角の美人が台無しじゃないか。」

 カナデが姿勢を正して「わ、悪かったよ。」と呟く。

「その話し方がなっとらんのだ!」

 ヘルザース復活。

「ああ!もういいから!話が進まねえだろうが!」

 いい加減プチ切れた俺の声にヘルザースとカナデが俯く。

「ヘルザース殿、ローデル殿、ズヌーク殿、申し訳ないが、慣れて頂きたい。」

 オルラだ。やっぱり綺麗に纏めるのはオルラかよ。

「貴殿達を除いた此処にいる者達は、私も含めて、下賤(げせん)の生まれ。学も教養もない者ばかりです。一朝一夕に身に付くものではありませぬ。カナデも悪気があってのことでないのです。幸いトガリも下賤の生まれで、カナデのような話し方の方が落ち着くと思われます。ここは、鷹揚に構えて頂き、お許し頂きたい。」

 オルラが頭を下げたものだから、ヘルザースが顔を真赤にして、右手をオルラに向けて、高速で振り回す。

「いや!オルラ殿!某めが考え違いをしておりました!まったくもって某の不徳!そのような!いや!申し訳ない!御頭(みがしら)をお上げください!申し訳ありませぬ!」

 テーブルに額を打ち付ける音が、室内に盛大に響く。

 何?ヘルザースって、もしかして、オルラに惚れてるの?

 ロデムスが、おもむろにテーブルの上に飛び乗り、ヘルザースの頭を前足で抑えつける。

 思わず、全員が「ぷっ」と吹き出す。

 そんな中、ズヌークが口を開く。

「まったくもって、オルラ殿の仰る通り。カナデ殿の物の言いよう。良いではないですか。私は清々しく気持ち良く聞こえますな。」

 おりょ?ズヌーク?まさかお前はカナデ狙いか?おい。どうなってんだこいつら?頭の中にお花畑か?

「そうかい?じゃあ、これからもこの話し方で良いかい?」

 おい、オバサン。なに顔赤くしてズヌークに恥じらってんだよ?何なのこいつら?

「それよりもカナデ、何か報告があったんじゃないのか?」

 カナデが素に戻って、俺の方を見る。

「ああ、そうだった。ヘルザースの爺様に邪魔されたんだったっけ。」

 どうして、余計な一言を言うのかな、もう。

「実はさ。その犯罪行為の発生に伴ってなんだけど、自警団を結成してる動きもあるんだよ。そのことが気になって、ちょっと調べたのさ。で、そのリーダーらしき男に目星は付けてあるんだけど、何かした方が良いかい?」

「へえ、奇特な奴もいるもんだな。金が出る訳でもないのに自警団を結成するなんて。」

「そうなんだよ。国の禊を受けた訳でもないのにさ。結構いい駒になるんじゃないかと思ってね。」

 言い方がアレだが、まあ、スカウトしてもいい人材かもしれない。

「うん。興味が湧いたから、一度、会ってみよう。早い内に連れて来てくれ。」

 カナデがニッコリと笑いながら「あいよ。」と返事する。

「光を齎す者が、直接、お会いになるのですか?」

 ヘルザースが困惑気味に俺を問いただす。

「うん。会うよ。だって、お前らは自分の領内に戻って、家臣達と家族、それに領民を説得しないといけないだろ?時間が幾らあっても足りないぞ?」

「はあ、それはそうなのですが。」

「カナデ達も、残りのエダケエを説得に行かなきゃならないし、動けるのは俺達、魔狩りとセディナラぐらいだろ?」

「いや、兄弟、悪いが俺も忙しい。」

 セディナラが肩を竦めながら、断りを入れてくる。

「何だ?何かあるのか?」

「ああ、これを機会に、ヤート族の集落を回ろうと思ってる。ついでに獣人の集落もな。」

「おお!流石はセディナラ。俺の義兄弟だ。痒い所に手が届くってやつだな。」

「まあ、そっちの方は任せてくれ。」

 セディナラが、口の端を吊り上げ、ニヒルに笑う。

「私!私も忙しいであります。」

 ルブブシュだ。うん。お前が子供の世話で忙しいのはわかってる。

「ああ、お前も子供の世話をしてくれる人間を早いとこ探してくれ。頼んだぞ。」

「はいです!」

 何かキャラクター変わったな。元はもっと厭味ったらしい感じだったのに。

「あたしらも何かした方が良い?」

 トンナが俺に、頭の上から聞いてくる。

「何を仰っておられるのですか。」

 ローデルがトンナの方を見てニッコリと笑う。

「トンナ殿を始めとするトガナキノ国魔狩りの面々には光を齎す者の護衛という、崇高でかけがえのないお仕事があるではありませぬか。」

 ああ、そうか。そういう立場なんだ。俺って。

「そっか。そうだよね。」

 トンナが良い笑顔で笑う。

 うん、獣人三人娘は国政に近づけちゃいけない。ローデル、ナイスプレーだわ。

 まあ、何とかなりそうだと、信じてやっていこう。

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