ヘルザースがカッコよくって、思わず咽び泣く
スゲエ。絨毯が金の刺繍で縁取りされてるよ。その絨毯が敷かれた廊下、とんでもなく広い廊下だ。高さも十分にある。右手に中庭が見える。
『くっ。先にこの城を見ておけば、参考にできたのに。』
カナデラが悔しそうに呟く。
その意見には、確かに納得だ。それほどにこの城は華やかで荘厳だ。
両側を重装歩兵に挟まれたまま、ぐるりと廊下を案内されて、辿り着いた一室に、案内の文官が訪いを告げる。
中から入室の許可を得た文官が、観音開きの重厚な扉を両手で開く。
広い会議室のような部屋だ。
壁際には重装歩兵がズラリと並んで、俺達を待ち構えている。
すっげぇ警戒されてるな。
『それはそうだろう。あんなデカブツで乗り込んで来たんだからな。』
そりゃそうか。
部屋の奥に三人の男達が座っている。
天守塔のベランダにいた男達だ。
その三人が立ち上がる。
三人ともに良い体つきだ。肩幅も胸厚もガッシリとしている。
俺達は、その三人の前に向かう。
長いテーブルを挟んで対面する。上座の椅子は空席で、目の前の三人より身分の高い者も座ることがあるのだと察する。
俺は、三人に丁寧にお辞儀をして、口を開く。
「我が名はトロノア・セアリ。この度、あの空中に見えまする、国体母艦にて、我らが王が建国を宣言致しましたので、友好の調停を結びたく、外交参事官の私めが、事前折衝に参った次第、なにぶん、建国して間もない国ゆえ、来訪するに当たっての準備もままならないままで、失礼をお詫びする。」
俺は、本来の子供の姿ではない。
以前、ローデルと会談する時に使った金髪碧眼の美丈夫の姿だ。トンナを始めとする獣人三人娘を腰砕けのメロメロにしたトロノアの姿を使っている。
いや、第一印象って大事だからね?いきなり国そのものが舐められたりしたら大変だから。
三人の高級官僚が俺の言葉を受けて頷く。
その内の、最も上座に立つ男、セルデラ・セイク・ホールト公爵が口を開く。
「ご丁寧なお名乗り痛み入る。私はハルディレン王国行政院第一席行政大臣を務めております。セルデラ・セイク・ホールトと申します。」
セルデラの名乗りを受けて、こちらの者達を先に紹介するのが礼儀であろうと思い、オルラ達に名乗りを促す。
「お初にお目にかかります。私は行政院の相談役を務めております。オルラ・セアリと申します。」
一応、オルラには偽名を使ってもらっている。ヤートだからね。後々、問題にならないように役職もすぐに辞職できるよう、いい加減な役職だ。
「私は、何度かお目にかかったことがございましたな。ハルディレン王国征東守護将軍に任じられております。ヘルザース・フォン・ローエルでございます。」
ヘルザースの言葉に三人の目が微妙な動きを見せる。
末席の筆頭騎士の目は明らかにヘルザースを睨んでいる。
このボードレスという筆頭騎士、流石に頭一つ分、周りの人間達よりも体が大きい。一人だけ白いコートの下に白金色の鎧を身に着けている。他の二人が白髪白髯なのに対して、黒髪に黒い髭だ。年齢的な物が邪魔して団長になれないのか、もっと別に要因があるのか。
「驚きましたな。我が国の将軍が、他国のご使者と共に、他国の金剛にて参上されるとは、一体如何なる経緯があってのことですかな?」
直球ううう。
この筆頭騎士、短慮というか、一直線というか、まあ、こういうところが団長になれない原因だろうな。
「うむ。この度、こちらのトロノア殿とご縁が出来ましてな。私はハルディレン王国征東守護将軍の任を辞し、トロノア殿と共に、残り少ない人生を新たな国に捧げようと心に誓った次第でございます。」
筆頭騎士の目が眇められ、ヘルザースを睨みつける。
「それでは筋が通らぬのではないか?まずは将軍職を辞して後、新たな国王に臣下の礼を取るのが順序であろう?」
「誠に仰る通りでございます。ハルディレン国王陛下の勅命に従い、王都進軍中にたまさかの縁でトロノア殿と共に働くこととなった次第、順序が逆だと責められれば、正しくその通りですが、これも天が作りし縁でございますれば、そのことを人為をもって何がしかにしようとするもおかしな話、かの、初代ハルディレン国王陛下も、カルザン帝国から自国を建国するに際し、天の采配、人為をもって悪戯に時を浪費するべからず。と仰っておられますのでな。」
筆頭騎士の眉がいきり立つ。
「貴様、初代国王陛下と己を同列に物申すのか…」
「お止めなされボードレス卿、今は主題が違いまする。」
外政大臣クルセードが止める。
「トロノア殿、とお呼びしても構いませぬか?」
セルデラ行政大臣が、立ったまま、両手をテーブル上に置いて、俺に話し掛ける。
「ええ、結構です。我が国には貴族制度はありませんので。」
セルデラ行政大臣が俺の言葉に一つ頷き「それでは」と言葉を続ける。
「まずは貴国の正式名称をお教えいただきたい。調停には勿論ですが、今後の話でも貴国の正式名称を知らなければ、お話も出来ませぬからな。」
好々爺然としているが、食えなさそうな爺だ。なんか雰囲気がそういう感じだ。
俺が答えようとすると、それに先んじてヘルザースが口を開く。
「神州トガナキノ国でございます。」
「…」
「…」
あれ?ヘルザース?トンナの暴走がうつった?
「ほう。シンシュウトガナキノコク、シンシュウとは、どういった意味ですかな?」
ヘルザースが満面の笑みを浮かべて答える。
「シンとは、真実であり、誠でありまするが、その音は新しいという意味にも通じております。しかしながら、その実、神を意味します。州は川の中に出来た島を意味し、つまり、神の島という意味ですな。」
やっちゃったよ。トンナ型暴走インフルエンザに罹患してるよ。
昨日の時点では、俺の名前を国名にしようと躍起になっていたヘルザースだが、こうきたか。
ヘルザースは、国名は元首の名前にするべきだと譲らなかった。で、俺を国王に据えて、国王が統治する中央集権制度に拘った。
昨日の会話を思い出す。
「ヘルザース、お前が俺を信頼してくれてるのは嬉しい、だがな、俺の名前は罪に塗れてるんだよ。」
「罪に?」
俺は頷きながら、父の話をヘルザースにしてやる。
「父は俺に言ったんだ。俺達ヤートの言葉で、トガリの咎は罪を意味する。吏は官吏を意味し、トガリとは咎を負った官吏のことだと。ヤートは邪なる亜人と書くんだそうだ。だからこそ、俺はトガリという名で、ヤートとしての罪科を果たし、人として生きられるようになれ、と、父が名付けてくれたんだ。」
ヘルザースに視線を向ける。
「国民に罪を背負わせる訳にはいかないだろう?」
ヘルザースが俯きながら、ウンウンと何度も頷いている。
「わかりました。光を齎す者の根源は御父上の御言葉にあったのでございますな。わかりました。では、国名は如何に致しましょうか?」
「うん。罪咎のない国、法律はあっても、その法律が必要かと思えるほどに、人々が罪咎を犯さない国、同時に人としての原罪から解き放たれた国にしたいと思ってる。」
俺は部屋の中で、空を見上げる。見えない筈の空を。
「咎の無い国、トガナキノ国にしようと思う。」
ヘルザースが大きく頷く。
そう。
昨日はそう決まった筈なんだよ。
頷いてたじゃん?ヘルザース。
なのに、何で、神州なんて付けるんだよ?
もう、今更、訂正できないじゃん。
「ほう、シンシュウとは、そのような意味が込められておりますか。しかし、‘シン’という発音で、神、真、新といった、複数の言葉を持つというのは、どちらの言語でございますかな?」
ほら、突っ込みが入った。英語圏で日本語の解説なんかするからだ。
どうすんだよ?ヤートの言葉って言うのか?
ヘルザースが大きく頷く。
「ヤート族の言葉です。」
「な!」
「なんと!」
「なんだとおお!」
なんだとの三段活用みたいな台詞の並びになってるな。
ヘルザースめ、堂々としたもんだ。
「貴公らは!ヤートの穢れた言語を国名にするのか!」
ヘルザースがニッコリと頷く。
「左様でございます。我らが戴く王はヤート族のご出生。我が王を戴くにあたって、ヤートの言葉を使うは至極真っ当なことと考える所存、穢れた言語?結構でございますな。我らは穢れた国王の下で穢れた国民となりましょうぞ。」
ヘルザースがハルディレン王国の三人を睨みつける。
「ただし!ただの穢れた国ではありませぬ!!」
ヘルザースの声が部屋中に響き渡る。
「清廉潔白!如何な国よりも国民を慰撫し!愛し!人を人として尊重する穢れた国です!!」
ヘルザースの声が腹に響く。
「我が王は、巷で言われる穢れた出生なれど!歩まれる道は、まさしく!正しき人の道!どのような者も受け入れ!人としての道を指し示し!まさに王の中の王と断言できるお方!」
ヘルザースの言葉が心に響く。
「貴様ら如きが、我が王を侮蔑すると言うのならば、貴様らは、人道から外れた犬畜生と同じと知れ!!!」
オルラが天を仰いでいる。
ヘルザースが胸を張る。
「我が王は二十頭以上の龍を!たったお一人で討伐し!空に浮かぶ巨大な城塞都市を建造しうる!神の如き力を有したるお方!しかして、今までただの一人も手に掛けたこともなく!街中で彷徨えるゴロツキ共も!臓器を抜き取られるのを待つばかりの少年少女をも!その手で救う尊きお方!このお方を前にして君主たるものの資質をお主らに問う資格があるか!」
ヘルザースが窓を指差す。
「見よ!!我らが王の力の一端が、あそこに浮かぶ空中城塞都市!国体母艦だ!」
ヘルザースの言葉に、二人の官僚が窓を振り返り、筆頭騎士は、ヘルザースを睨み続けている。
「貴様らが、神州トガナキノ国を穢れた国と罵るのであれば、我らも、その罵りに応えよう。」
行政大臣がヘルザースに向き直る。
「如何に致すと申されるのか?」
「穢れた国と言われるのならば、それに相応しい、穢れた行いをするということだ。」
筆頭騎士が前のめりにながら、ヘルザースをその眼光で射殺そうとする。
「ふん。だから貴様らは穢れていると罵られるのだ。力で脅すようなことしか出来ん。街のゴロツキ共と大差ないではないか。」
その言葉にヘルザースの目付きが変わる。
ヤバいな。一発入れるか?
「その通り。国など、街のゴロツキと変わりはありませぬ。」
おっと、オルラが参戦だ。
「犯罪組織が巻き上げる上納金を国は税金と称して徴収し、払えぬ者は法律という王族の取り決めで、正々堂々と、臣民を暴力にて罰しております。国益と称して他国に戦争を仕掛け、戦い死んでいくのは臣民ばかり、そなたらは、家畜となした臣民の管理に追われている牧童と変わりませぬな。」
うわああ、辛辣だよ。
「大地の恵みは、国のものではありませぬ。恵みを齎せてもらえるように、大地を耕し、作物を慰撫した者が受け取るべき物です。筆頭騎士、そなたは、その者達から搾取した税金の上で、ただ偉そうに踏ん反り返っているだけではないのですか?」
筆頭騎士の顔が真っ赤に染まっている。
「何を抜かすか。我は、我が君を護るという、尊き職に任じられておるわ!!」
オルラが鼻で笑う。
「王を護る?出来もしないことを仰らないで頂きたい。」
テーブルが音を立てて割れる。
筆頭騎士が、手を着いた部分から、テーブルが一直線に割れている。
「決闘の申し込みとお見受けいたすが、間違いないか?」
オルラの口元が歪む。
「どのようにでも。」
急遽、オルラと筆頭騎士の決闘が決まった。
勘弁してくれよ。
調停に来て、椅子に座る前に決闘って、どういうことだよ?




