会いたくない相手でも会わなきゃならない時ってあるもんです
本屋に戻ると静かだった。驚いた。
うん。静かなことに驚いた。
「子供達は?」
「トガリ!」
トンナが速攻で俺を抱き上げる。
「いや、トンナ、子供達はどうした?」
頬ずりしてくるトンナを止めたいんだけど、止まらない。
「子供達なら、お昼寝だよ。」
オルラがお茶を啜りながら教えてくれる。
「そうか、なら丁度いい。」
俺の言葉にトンナの動きが止まる。
「今度は、一緒に行く。」
察しが良いな。
「そうか?じゃあ、一緒に行くかい?イデアの所だけど。」
「…」
「…」
「…」
トンナを始めとして、オルラとロデムスも言葉を失ったようだ。
「どうする?」
再度、トンナに話し掛ける。
「…行く。」
そんな、決死の覚悟みたいな顔しなくても大丈夫だよ…多分。
俺とトンナはイデアのいるセクションへと瞬間移動する。
カプセル状のベッドが中央に置かれた、大きなドーム状の空間。俺とトンナはここにあまりいい思い出がない。
トンナは体中を穴だらけにされたし、俺は皆を殺される一歩手前まで追い詰められて、そのことがトラウマだ。
カプセル状のベッドを覗き込むが、そこにイデアはいない。
「イデア!!」
空間に俺の声が木霊する。
俺の声が消える前に、イデアが俺の目の前に瞬間移動で現れる。コイツの瞬間移動を見て思う。あの時、勝てたのは純粋に演算能力が勝ってたからなんだな。
「マスター、呼びかけに応じて参上いたしました。」
イデアが跪いて、恭しく頭を下げる。
コイツの肉体を分解消去した時にわかったのは、こいつは、あくまで人間に従うAIだということだ。
マスターとなるべき人間の遺伝子情報をアクセスコードにイデアの真名がパスワードになっていた。
イデアのマスターになるに当たって、どうして遺伝子情報が必要なのか?
本来はイデアとは、まったく関係のない、生態系バランスの調節を行うシステムが何処かにあり、その基幹システムにアクセスして、遺伝子情報を入力する必要があったのだろうが、その痕跡が、現管理者であるイデアの霊子回路からは、読み取ることが出来なかった。
考えてみれば、生態系バランスを簡単に弄れるようになるんだから、そんなにちょくちょくと使用者が変わっては困る。だから、現管理者であるイデアに直接アクセスしなければ、使用権原を書き換えることが出来ないようにしたんだろうな。最強の番人自体を重要な鍵にしたってことだ。
「イデア、魔獣、いや、Bナンバーズの培養、保存システムのある場所に俺達を案内してくれ。」
「承知いたしました。しかしながら、ナンバーズ保管セクションに立ち入ることの出来る方は、使用権原をお持ちの方だけでございます。」
「じゃあ、トンナは連れて行けない?」
「はい。」
俺はトンナをチラリと見る。
トンナが必死の形相で首を小刻みに振っている。
そりゃ、一人でこんな所に残されるのは嫌だろうな。
俺が、イデアに「何とかならないのか?」と聞こうとした時だった、イズモリが待ったを掛けた。
『トンナは、ここに置いていけ。』
どうした?何か見えたのか?
『ここではマイクロマシンが十分に広がっていない。だから、先の状況がわからない。』
この先に危険があるかもしれないと?
『それもあるが、獣人が培養されている可能性がある。』
ああ、そりゃ駄目だ。トンナには、とても見せられないわ。
俺はトンナの方を振り返り「ここで待つのが嫌なら、地上に戻す。」と厳しい視線と共にトンナに告げる。
「そんな…う、うん。わかった。じゃあ、ここで待ってる。気を付けてね?ちゃんと帰って来てよね?」
トンナがしゃがむ。
「大丈夫だよ。ちゃんと帰って来るから。」
俺に、縋るようにしてしゃがんでる。そんなトンナの頭を撫でてから、イデアの方に向き直る。
「じゃあ、行こうか。」
「はい。承知いたしました。」
イデアが俺を瞬間移動で、ナンバーズを保管しているセクションへと運ぶ。
その場所も広大な空間だった。
高さ三メートル、直径一メートルほどのガラス管が何千本と並んでいる。
ガラス管の下には台座があり、その台座部分に番号が振られている。
B-S.001と書かれたガラス管を見上げると、二本の牙が長く伸びたライオン型の魔獣が液体の中に浮遊していた。
「ロデムスとは違うな。」
「形質は異なりますが、マスターの所有するBナンバーズのスペシャルナンバーと同じです。」
俺はイデアの方を振り返り「コイツもロデムスと同じってことか?」と、聞く。俺の質問を受けて、イデアが「はい。」と答えながら頷いた。
キバナリのガラス管の並び、その三番目のガラス管だけが、空になっている。ロデムスのいたガラス管だろう。
B-S.001のガラス管の隣にはB-S.002、虎型のキバナリだ。その隣には003、という具合に009までが並んでいる。
「ロデムスみたいな魔獣がこんなにいるのかよ…」
思わず呟いた俺の言葉を拾い、イデアが俺に教えてくれる。
「Bナンバーズのスペシャルナンバーは、001から009までの九種類で九十個体が存在しております。現在の欠番はB-S.003/1のみです。他のスペシャルナンバーをご使用になりますか?」
「いや、使う予定はないよ。」
俺はそう答えながら、別のガラス管の並びへと向かう。
「そちらは、Bナンバーズのシングルナンバーになります。B-001からB-009までが開発されております。」
獣人だ。
「人口調節におきましては、戦争が最も効率的ですが、予想以上に人口が減少する場合がございます。計画想定範囲外の事態を調節するため、シングルナンバーは投入されております。」
トンナには、見せられないし、聞かせられない話だ。
「俺の仲間には獣人もいる。Bナンバーズのシングルナンバーだ。ソイツらには、ここに来させるんじゃないぞ。今の話も聞かせるな。」
イデアが丁寧に頭を下げる。
「承知しております。先程、シングルナンバーを中央管制セクションに留まるように申し上げましたのも、このためでございます。」
俺は思わず立ち止まって、イデアを見上げる。
「お前、出来る奴だったんだな。」
「お褒め頂き、ありがとうございます。」
俺は、もう一度、獣人用のガラス管に視線を向ける。
獣人用のガラス管のほとんどは空だ。
「イデア、このシングルナンバー用のカプセル、人間には転用できるのか?」
「人間を生成培養なさるのですか?」
「いや、人間の欠損臓器を補完するのにな。複製臓器の生成に使いたいんだ。」
「可能でございますが、複製対象となる人間の遺伝子に傷がありますと、複製の意味が無いと考えます。また、複製するにあたって、細胞年齢を変更することは出来ませんので、老齢の人間から複製される臓器は同様の年齢となってしまい、劣化複製しかできない可能性がございます。」
「じゃあ、人間の欠損臓器を補完するにはどうしたらいい?」
イデアが俺の言葉を受けて「こちらへ。」と俺を誘う。
何もないと思っていた壁にドアが出現する。
俺がマイクロマシンを使って、継ぎ目のない壁を再構築するのと逆だ。
「この建物って、全部、マイクロマシンで出来てるのか?」
ドアを潜りながら、イデアに聞いてみる。
「はい。左様でございます。」
「じゃあ、この建物のマイクロマシンは、俺でも使えるのかな?」
「使用者には管理権限が認められておりません。私の管轄するセクションでは、私が管理権限を有しておりますので、管理者である私にご命じ下さい。」
部屋の中央で立ち止まる。
何もない殺風景な部屋だ。
「A-01イギハヤヤ・ナリテマコトナシ、複製システム起動。」
イデアが天井に向かって呟く。
俺の目の前で床から生成されて来るものがある。
イデアを保存していたカプセル状のベッドだ。
白い粘度の高い液体が満たされたベッド。
それが、目の前で生成、いや、再構築されていく。
「マイクロマシンで、新規に欠損臓器を生成することをお勧めいたします。」
「成程、これを使うにはイデアの管理者権限が必要なんだな?」
「左様でございます。」
「この複製システムは、この一つだけか?もっと大量に生産することは出来るのか?」
イデアが首を縦に振る。
「出来ますが、先程の使用目的ですと、本来の使用目的から外れるため、一日に使用できる治療人数に制限が掛かります。最大二十基の複製システムで、一回の使用が可能です。」
と、いうことは一日に二十人までしか使えないってことか。でも、獣人用の培養保存カプセルならどうだ?
「さっきの獣人用のカプセル、あれを人間の治療用に転用出来るのか?それと、転用できるとして、治療に使う場合は、治療人数に制限が掛かるのか?」
イデアが頷きながら、魔獣の培養カプセルの置かれている部屋の方を見る。
「Bナンバーズの培養保存システムを人間の治療用に転用することは可能です。」
一旦言葉を切り、俺の方に向き直って、話を続ける。
「こちらの複製システムは、Aナンバーズに用意された物ですので、制限がかかりますが、先程のBナンバーズの培養保存システムには、制限はございません。」
なら、年齢と怪我、病気の程度によって、使い分ければ良いな。対処療法に獣人用のカプセルを使って、根治治療に複製システムを使っても良いし、マイクロマシンの治療薬があるから、複製システムの使用頻度は落とせるだろう。
「よし。」
俺は頷きながら、イデアの方を振り返る。
「Bナンバーズのことなんだが、Bナンバーズは人間をある程度、間引きしたら、このセクションに帰りたくなるんだよな?」
「はい。事前に間引き人数を入力し、目標人数に達すれば、帰巣本能が起動いたします。その起動信号を受けて、セクションの量子化移動システムが起動いたします。」
「そのBナンバーズへの入力なんだが、人間の教育システムに転用できないのか?」
「可能です。本来の使用目的は、人間の教育システムのために開発された技術です。」
「そうか。なら話は早い、人間の倫理観、道徳観を育成するために、そのシステムを使いたいんだ。制御じゃなくて、正しい倫理観に誘導するような緩い感じが良いんだけどな?」
イデアが頷く。
「制御程度を低く設定するのですね。承知いたしました。ただ、現在の人間にはS.C.Cを消失している者を、多数、確認しておりますが、その者達にはどのように対処いたしますか?」
初めて聞く単語に戸惑う。
「S.C.C?」
イデアが頷きながら自分の頭を指し示す。
「はい。セルフコントロールサーキット。私の頭には十個のS.C.Cが埋め込まれております。」
なに?十個の自己制御回路?俺は、一瞬、何のことかわからなかった。
「S.C.Cの開発目的は、マイクロマシンの日常使用とマイクロマシンを乱用しないための自己制御が主たるものです。」
『俺が霊子回路と呼ぶ物が、この世界では自己制御回路として機能してたのか。』
イズモリ、俺の頭に埋め込まれた霊子回路に自己制御機能はあるのか?
『ない。つける必要性を感じなかったからな。』
人間には、霊子回路を持つ者と持たない者がいた。持つ者は魔法使いになり、持っていることを知らない者は、魔法を使えないままに生涯を終える。
魔法使いの倫理観が崩壊していれば、この世界は、魔法使いの都合の良いように改変され、支配される。だが、この世界はそうはなっていない。
自己制御機能が働いているからだ。
『成程な、以前、オルラが言っていたが、おかしいと思ったんだ。いくら、国や伯爵が管理しているとはいえ、魔法犯罪が発生したことがないなんて、俄かに信じ難かったが、自分の霊子回路で自分の犯罪衝動を抑えていた訳だ。』
そうなるのか?
『人間の脳や体は、使えば使うほど、摩耗もするが、活性化もする。霊子回路を使えば、使うほど、魔法を使えるようになるが、自己制御機能も活性化するという理屈だ。』
成程な。能力の高い魔法使いほど、自己制御されるようになるのか。
『そういうことだ。』
そして、獣人と魔獣には、必ず霊子回路があった。
管理者によって制御させるためだ。
通常は、スリープモードで自己制御機能を働かせて、大人しくさせているが、兵器として使用する際には、アクセスワードと真名のパスワードで、管理者の命令下に置く。待てよ?なら、獣人の下僕契約を外すことが出来るんじゃないのか?
『理屈では、そうなる。』
獣人三人娘が異常に戦闘的なのは、獣人特有のものだと思っていたが、下僕契約下、つまり、常に、兵器としての戦闘状態にあるからなんじゃないのか?
「イデア、獣人の戦闘状態の解除、つまり、管理者の管理から解放する方法はあるのか?」
「ございます。ただ…」
「なんだ?」
「一旦、管理者の管理下に置かれたBナンバーズは、管理下解除に対する拒否権を所有いたします。これは、戦闘中における自己保存の優先権を所有しているための削除不能プログラムです。」
ああ、そうか。戦闘中にスリープモードになったりしたら、命にかかわるからな。下僕契約等の契約解除を獣人側が拒否出来るってことか。
「魔獣はどうなってる?魔獣の管理システムはどうなってるんだ?」
イデアが頷く。
「Bナンバーズのスペシャルナンバー、ダブルナンバー、トリプルナンバーにあっては、稼働中は常に戦闘モードとなります。指揮権を有する我々、管理者の指揮下にある限り、我々の命令に従うように設定されております。」
「つまり、お前達、管理者の指揮下から外れると、無差別に人を食らい続けると?」
「はい。そうなります。」
「新たな管理者を認識させるには、アクセスワードとパスワードが必要なのか?」
「はい。スペシャルナンバーに限って言えばそうなります。」
「解除は?」
「できません。」
トンナは契約解除を嫌がるだろう。ロデムスは解除が不可能。契約解除を望むのは、コルナぐらいか?
『契約を解除するのか?』
その方が良いだろう?陰惨なプログラムだから。
それにしても、本当にトンナをここに連れて来なくて良かった。かなりのショックを受けるだろうからな。
「S.C.Cを持たない人間は如何いたしますか?」
横道にそれたが、イデアが話を本筋に戻す。
「新たに、そのS.C.Cを埋め込むことは出来るのか?」
イデアが頷く。
「出来ます。S.C.Cは、生体からのみ作成することが出来ます。」
倫理観や道徳観念に関する教育はこれで良い。良いか?本当にこれで良いのか?
『自分自身の倫理観に苦しまされてるな。』
そうだよ。だって、人を洗脳するってことだろ?
『行為は同じだが、使用目的が違う。倫理観や道徳観念は幼少期の教育にかかってる。基本的な道徳観念を植え付けなければ、怪物を生み出すことになる。社会秩序を保ち、調和ある社会を築き上げるには、個人の倫理観と道徳観念は重要だ。お前も知ってるだろう?個人の倫理観が未成熟な国家がどのようなことをするのか。』
そうなんだよ。知ってるんだよ。そういう国はどういうことをするのか。だから、仕方ないのか?そうなのか?
『免罪符として、制度化するのはどうだ?』
制度化?
『建国するんだろう?テロ排除を名目に倫理道徳教育と称して、S.C.Cを作成させるんだ。この義務を果たさない場合は、国民にしない、もしくは入国を認めないことにしろ。そうすれば、新国家の国民になりたい奴は、倫理道徳教育を受けるし、受けたくない奴は新国家に来なければいい。』
そうか、どのようなことをするのか開示して、それを選ばせるのか。
『連なる星々の洗礼と一緒だ。』
鎖国になるな。
『鎖国するのが目的じゃない。結果として鎖国になるだけだ。』
俺はイデアと、もう幾つかの打ち合わせをして、トンナの所に戻った。
トンナの頬ずり攻勢を受けて、イデアに、地上には分体を置くように指示する。
「わかりました。では、複製システムを使いますので、二時間ほどお時間を頂戴出来ますでしょうか?」
「わかった。来なければならない場所はわかるか?」
「マスターにマーキングさせていただくことをお許し頂ければ、わかります。」
「じゃあ、お前にはこれをやる。」
連なる星々の印をイデアに渡す。
「量子テレポーテーションを利用した量子通信機ですね。」
「そうだ。お前なら、これで、俺の居場所も特定できるだろう?」
「はい。出来ます。」
連なる星々の印にはめ込んだ、深い藍色の宝石を指差す。
「石はカイヤナイト、従順を意味する。お前が、いつまでも俺に対して従順でいて欲しいとの願いを込めた。」
イデアの目を見る。
「私は従順ですが?」
イデアは首を傾げながら、そう答えた。
「それなら良いよ。」
俺は笑いながら、トンナと共に地上の本屋へと戻った。
本屋にはセディナラ、カナデ、カノン、ルブブシュが揃っていた。
「なんだ?お前ら、随分と若返ったな?」
俺の言葉に、カノンとルブブシュが照れたように笑う。
トンナがソファーに座り、俺はその膝の上に座る。
「ボスの薬のお陰です。傷も消えたし、外見上は若返ったんで。その所為か、子供達の受けは結構良いんですよ?」
院長を嫌がってた割に、にこやかにルブブシュが答える。
「そうか。子供の面倒を看る人材は集まったのか?」
「ハイです。既に上の方で、仕事に励んでいる筈です。」
ルブブシュの言葉に俺は頷く。
「ボス、上物の件ですが…」
「おう、カナデ、良い物件はあったのか?」
カナデの顔が曇る。
「それが、良い物件は、どれも貴族の持ちもんで難しいんだよ。広さは十分だけど、スラムに近かったり、歓楽街に近かったりでさ、子供を抱えるには問題がある地域なんだよ。」
まあ良いか。建物を再構築するための材料はあるんだし。造っちまおう。
「すまない。」
俺が難しい顔をして考え込んでいたのを、カナデが勘違いして謝る。
「オバサン馬鹿ね。」
トンナが、そんなカナデを斬って捨てる。
「あなたの前にいるのはトガリよ?それぐらいのことでトガリは困ったりしないし、怒ったりもしないわ。まったく、皆、その辺のことがわかってないのよ。」
なんかトンナが怒ってるが、まあ、良いや。
「セディナラ、図面は?」
「ああ、これだ。」
セディナラが図面をテーブル上に広げる。
「意匠や正確な縮尺は度外視してくれ、俺が書いたんだからな。」
「へえ。器用なもんじゃないか。」
素直に上手く書けてると思った。
「よし。じゃあ、創るか。」
俺は立ち上がって全員に声を掛ける。
「は?」
「へ?」
「なに?」
「え?」
「国だよ。俺達の国だ。俺達の国を創るんだよ。」
俺はそう言って、トンナの膝から跳び下りた。




