お前誰?
トサを送った日から、俺達は七日間の忌日に入る。
トサの家族は外出する際に、黒い帯状の布を口に巻くのだ、俺には意味が分からんが、そうするのが決まりなら、そうするしかない。
「なんで、口に布を巻くの?」
タイミング良くトドネがオルラに聞いてくれた。
「トサが死んで悲しいだろう?」
トドネが頷く。
「悲しいと、人は誰にでも、その悲しい気持ちを話したくなるのさ。」
アラネも頷いている。お前も俺と一緒の口か。
「でも、その悲しい気持ちを聞くと、聞いた方も悲しくなるだろう?」
何だ?トネリまで興味深そうに頷いてるじゃないか。姉さん、そこは取り繕ってくれよ。
「だから、皆がトサの話を聞いても悲しくならない頃まで、私達は外でトサのことを喋っちゃ駄目なのさ。」
そうか。外では喋るなという戒めか。中々に窮屈なもんだな。
「じゃあ、外では喋っちゃ駄目なの?」
ナイス、アラネ。俺が面倒だな、と思うことを確認してくれた。
「ああ。トサに関すること以外なら喋っても大丈夫さ。普通の話ならいいよ。」
なるほど。何でも聞いてみるもんだと思った。
いや、姉さん。そこは、取り繕ってくれよ。子供と一緒にうんうん頷いてちゃ駄目だろ。
聞くついでだ。気になることは全部聞こうと口を開く。
「父さんと、義兄さんは送らなくていいのかい?」
オルラが首を傾げながら、眉を顰める。やば。聞いちゃ変なことだったか?
「そうだねえ。送ってやった方がいいけど。あの二人は成人だからねえ。」
なんだか歯切れが悪い。
「いいよ、婆様。戦場でのことだし、通例どおり腐らせてもいいじゃない。どうせ、集落には誰もいないんだし。」
おいおい。アラネが、とんでもないことを言ったぞ。自分の父親だぞ。それって腐らせても良いものなのか?
「でも、戻ったときになあ。病原菌が蔓延してたら困るしなあ。」
おい。姉。お前もそれで良いのか?問題はそこか?
「くちゃいの嫌い。」
トドネはそれで良いよ。小っさいからな。小っさいから。
「やっぱり埋めるだけ埋めに戻った方が良いかねえ?」
婆さん。息子だよ?今、目の前で、腐らせても良いとか言ってるのは、あんたの孫で、腐るのは、あんたの息子!マイサンだよ?
「いや、俺が聞いてるのは、今日みたいなことはしなくて良いのかってことだよ?」
オルラが「ああっ」と納得する。
「そうか。トガリは送るのが初めてか?」
姉が俺を馬鹿にした目で見てる。何か無性に腹が立つ。
「いいか、トガリ、送るのは成人するまでの子供だけだ。」
腕を組んで、人差し指を立ててのドヤ顔。
やっぱりムカつく。何だ?馬鹿女に、馬鹿にされてるからか?
「だから何で、成人はしなくて良いんだよ?」
姉の目が泳ぐ。
「そっそれは、大人だから、可哀想じゃないからだよ。」
知ったかだ。こいつ絶対、知ったかだ。
「婆様。」
俺はオルラに話を振る。
「ヤートの男は戦場で死ぬからねえ。でも子供は集落で死ぬだろう?それに、子供は簡単に死ぬから、十二歳までは神様のものなんだよ。だから、送り出してやるのさ。」
「なるほど。やっぱり、婆様はよく知ってるなあ。」
頷きながら姉を見る。
頭蓋に響く良い音を立てながら、姉の拳が俺の頭に落ちる。
「どうした?頭を抱えて?」
声も出せない。尾骶骨まで響いたぞ。
思い出した。トネリはこういう性格だった。
俺は頭を擦りながら、話を戻す。
「じゃあ、今日の儀礼的なことはしなくて良いとしても、伝染病の恐れがあるから、後始末はした方が良いと思うんだよね。」
オルラが驚いた顔をして、俺の顔を覗き込んでくる。
「トガリ、お前ちょっと見ない内に大人のような話し方をするようになったねえ?」
えっ?そこ?そこに引っ掛りますか?
「そうなんだよ。ホントにこれがトガリかと思っちゃうんだよ。」
そこで入って来るのか?姉さん、わかってるのか?俺のセリフより、姉さんのセリフの方が、断然に漢字が少ないんだぞ?
「でもトガリはそういう話し方をする方が似合ってるよ。」
アラネ、ここで乱入するな。話が進まなくなる。
「トガちゃんの話し方、カッコいい。」
いやトドネ。乗っかるな。それと、その2:50みたいな呼び方、止めてくれ。
「でも生意気だろう?」
姉よ。姉よ。俺に馬鹿な話し方をしろというのか?思わず詩的に考えちゃったよ。
アラネが俺の方をジッと見て答える。
「ううん。あたしも今の話し方の方がカッコいいと思う。」
モテ期か。一〇歳児にモテ期は必要ないだろう?
「いや、だから、話が脱線してるって。俺は集落に行って、後始末しようって言ってんの。」
オルラが微笑みながら答える。
「わかったよ。まあ、埋めるなり、焼くなりしないとねえ。どうせ、必要なもんも取りに行かなきゃなんないし。」
「そうだよ。奴ら土産を持って行かなかったんだから。なるだけ早く戻った方が良いって。」
オルラが、よいしょっと、掛け声とともに立ち上がる。
「それじゃあ、一応、頭達の所にお伺いを立てようか?どうせ、始末するには結構な人手がいるだろうしね。」
俺は慌てて引き留める。
「あっ婆様、もう一つ。もう一つ教えてくれ。」
腰を途中まで上げて、また元通りに座りなおす。
「隣接領からの襲撃は村に知らせなくても良いのかい?」
全員がキョトンとする。
何で?何かまた変なこと言った?
「ああ、奴らが村に向かったからかい?」
姉が、それはもう、絵に描いたようなドヤ顔をする。
「お前は戦が初めてだからね。」
それも仕方がないか、と教えてやるよ。聞いてみな。という顔をする。
腹が立つので、アラネに向かって聞いてみる。
「アー姉ちゃんは何か知ってる?」
「うん。だって、村の手前でディラン様からの返事を待つんでしょう?」
この答えでさらに混乱する。
「えっ?」
「だから、姉ちゃんが詳しく教えてやるって。」
姉はスルーする。
「婆様。答えを待つって、戦にならないってことかい?」
オルラが頷く。
「隣のヘルザース閣下とは仲が悪いからねえ。何が理由かは知らないけれど、ヘルザース閣下がディラン閣下に、何か、要求したんだろうねえ?それをディラン閣下が無下に断ったから、怒ったヘルザース閣下がヤート族を差し向けたのさ。村に危害を加えれば、本格的な戦になるからねえ。ヘルザース閣下も村の手前で何日か居座って、ディラン閣下から色好い返事をもらえば、引き上げるさ。」
「婆様、ここは、あたしに。姉であるあたしに譲ってくれないと~。」
脳筋姉ちゃんが訳のわからないことをほざいているが、今はどうでもいいので放っておく。俺と皆の論点がズレていることに、俺はやっと気づいた。
「違うって。婆様、今回の戦は今までと違うんだよ!」
思わず大きくなった俺の声に、全員が視線を向ける。
「いいかい?今回の戦では、金剛が運用されてたんだ。金剛を操作できる人間は、俺の知る限りヤート族にはいない。魔法使いの希少性を考慮すれば、多分、村にもいないだろう?姉さんの集落では五体、俺の集落では三体、計八体もの金剛が運用されてる。金剛一体の重さからして、戦場で運用するには大型の馬車による運搬手段が必要になる。馬車を使ったら、それに掛かる費用も大きくなる。ヤート族は馬車も持っていないから、村の介入は確実だ。トサの仇を討ったときも、ヤート族じゃなさそうな奴らが三人はいた。ヘルザース閣下は本気なんだよ。本気でコーデル伯爵領を取るつもりなんだ!」
俺の言葉に全員が静まり返る。
そんな静けさを破ったのは姉だった。
「なっ?トガリじゃないみたいだろう?」
そこか~。あんたは、やっぱりそこに引っ掛るのか~。
しかし、オルラは姉の言葉をスルーした。俺の話の意味を理解したのだろう。
「確かに、今までの戦とは違うねえ。」
難しい顔をして、俯くが、直ぐに言葉を紡ぐ。
「でも、今から知らせに行って間に合うかねえ?ドラネ村に向かった奴らは、お前逹が片付けちまったし、この話を信用してもらうには、その片付けちまった奴らの現場まで見に来てもらわなくちゃならない。」
俺は眉を顰める。間に合わないことが確実だからだ。各村からは都市への街道がある。そんなことをしていれば、俺の集落を襲った奴らは、街に到達する。
「だからと言って、今からコード村に行っても間に合わないだろうし。」
そうだ。全てが後手に回っている。
俺の心配を他所に、存外に気楽な声で「それにねえ」とオルラの口から発せられる。
「ディラン閣下が敗けたからって、何が困るんだい?」
そうか。と思う。俺は現代日本と同じ感覚で考えていた。
大規模な戦争は避けるべきだと。
しかし、この世界では違う。
特に戦で使い捨てにされるヤート族の感覚ではまるで違う。
社長が変わっても、所詮バイトの下っ端には関係ありませんよ。ということなのだ。
時給が上がるか下がるかの問題で、馘になったら、それはその時で考えましょう。ということなのだ。
俺達ヤート族は何も持たない。
管理さえなければ、最も自由な民族なのかもしれない。
そうだ、そもそも、何故ヤート族は管理されている?
ディランが敗ければ、その混乱に乗じて、この王国を脱出してもいいかもしれない。「そうか。婆様の言うとおりだ。何も変わらない。もしかしたら、逆にチャンスかもしれない…。」
俺は思わずそう呟いた。それを耳聡く聞いていた姉が、俺に近づいて「そうだろ?やっぱり年上の言うことは聞いとくもんだろう?」とドヤ顔で言ってきたのは、心底、うざったかった。
「じゃあ、あたしは頭達の所に行ってくるから、ご飯は適当にしておくれ。忌日の決まりはちゃんと守るんだよ。」
オルラはそう言って、口に黒い布を巻き付けながら立ち上がった。
オルラを見送った後、俺は壁に吊られた簡易ベッドに飛び乗った。
まったく、この身体の一挙手一投足に驚かされる。
今も反動をつけずに、大人の身長ぐらいある簡易ベッドまで飛び乗ったのだ。しかも足を高く上げて、背中からベッドに落ちるという、どれだけのジャンプ力があるのかと。
「トガリ、飯を食ってないだろう。昼飯ぐらい食いな。」
姉の言葉に「うん。」と言いつつ、俺は目を閉じた。先ほどのオルラとの会話を整理したかったからだ。しかし、いくらも考えない内に、俺は眠りへと堕ちていった。
「やっと繋がったか。」
あの時の声だ。
『昨日は、ありがとうございました。』
反射的にお礼を言う。
「ああ。そんなことはいいから、さっさと整理しよう。」
随分と投げやりな言い方だが、昨日の声に間違いない。
「どうだ?昨日と同じで、光が見えるか?」
見える。昨日と同じ、暗闇の中に星のような小さな点がハッキリと見える。
『見えます。』
「よし。じゃあ、その光点が拡大するイメージで近づいて来い。」
『はい。』
返事をして、イメージを膨らませる。
光が大きくなっていく。俺を白い光が包み込む。
そして俺は白い空間にいた。
床も壁もない。ただ、ただ白い。
「ようこそ。マサト。」




