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トガリ  作者: 吉四六
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トンナとセディナラって相性が悪いのかもしれない

 部屋に戻ると、オルラがセディナラの顔を見て、笑い掛ける。

「あんた、憑き物が落ちたような顔だね。」

「え?」

 セディナラが、自分の顔を右手で撫でる。

「ここに来た時は陰気な男だと思ったけど、今はさっぱりした顔だ。」

「そりゃ、はあ、どうも。」

 セディナラも、どう応えていいのかわからないようだった。

「いい機会だ。セディナラ、紹介するよ。俺の伯母さんだけど、オルラ義母さんだ。」

 セディナラが正座して、姿勢を正す。

 キッチリとしたお辞儀をして、キッチリと上体を起こしてから名乗る。

「セディナラ・ゴルタスと申します。一昨日、トガリの兄弟に世話になり、こうして、ここに、お邪魔させて頂いております。生来はウルフノイドとのハーフで、悪さばかりをしてまいりましたが、今後は心を入れ替え、トガリの兄弟の手足となって働かせて頂きますので、お見知り置きのほどをよろしくお願いいたします。」

 再び頭を下げて、頭を上げる。

「そうかい。あたしはオルラだよ。トガリは、なまじっか力があるもんだから、何でもかんでも背負い込んじまうんだ。トガリを助けてやっておくれ。」

 セディナラが頷きながら「はい。」と応え、トンナの方に視線を転じる。

 トンナは足を組んで、頬杖をつきながら、ソファーに踏ん反り返ってる。なんか目付きも怒ってる風だし、ヤバいかもしれない。

「あたしはトンナ、トンナ・ツキナリ。それよりも、あなた、トガリの兄弟ってどういうこと?ことと次第によっちゃ、あなた、死刑よ?八つ裂きの上で串刺しの刑よ?」

 うわ~、そこか。そこに引っ掛かってるのか~。恐るおそる、チラリとセディナラの方を見ると、怒ってる風のトンナに対して、セディナラは涼しい顔だ。流石、肝が据わってる。

「これはこれは手厳しい。一昨日から拝見したところ、トンナ姐さんはトガリの兄弟の良い人のようだ。俺のことも可愛がっていただけると嬉しいんですがね?」

 セディナラ…凄い危機回避能力だな…

「い、い、良い人って、ど、ど、どういう意味かしら?」

 ふんぞり返った態度は崩していないが、真赤になって、どもってる。

「そのまんまの意味で、彼女ってことですよ?」

「そ、そ、そ、そ、そそそそ、そうなのうううううう?」

 トンナの声が裏返ってるよ。目がグルグルの渦巻き状態だ。興奮しすぎて、卒倒しそうになってる。スゲエなセディナラ。

 トンナが俺に抱き付いてくる。

「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえええ、聞いた?聞いた?聞いた?聞いた?聞いた?聞いた?聞いた?彼女、彼女、彼女、彼女って、彼女って、彼女だって、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、彼女だって言われちゃったよ?ね?彼女だって?どうする?キスした方が良い?彼女だし、キスした方が良いよね??」

 トンナがプチ壊れた。

「いや、キスはしなくていいと思うぞ?それより、ちょっと、トンナ苦しいって、背骨、背骨が折れるって。」

 さっきから、背骨が不穏な音を発しているので、そろそろヤバいかもしれない。

「はは、確かにトンナ姐さんの馬鹿力じゃ、トガリの兄貴も堪ったもんじゃありませんね。」

 トンナの動きがピタリと止まる。ついでに力の入り方も止まって欲しいのだが、そっちは更にきつくなっている。

「は?馬鹿力ですって?」

 セディナラが涼しい顔で頷く。

「そうです。一昨日、トンナ姐さんが見せた、鬼のような強さ、あれは凄かった。大したもんです。でもね、その強さを普段から見せちゃぁ、トンナ姐さんのことを好きな男もドン引きってもんです。」

「え?」

 トンナが凄い衝撃を受けてる。目を剥いて、顔が真っ青だ。

「いいですかい?強いってのは良いことです。でも、強さを見せるのはトガリの兄貴が危なくなった時、トガリの兄貴が困ってる時にだけ見せるもんです。そして普段は、か弱く(たお)やかな、そしてお淑やかな女性でいるもんです。そうすれば…」

「そうすれば?」

 トンナの目が真剣だ。生唾を呑み込む音まで聞こえてくる。

「普段はか弱い女が、自分のために頑張ってる姿に男はグッとくるんですよ。」

 トンナの目が、大きく見開かれる。トンナカイガーン!って感じだ。

「だから、普段は優しく抱いてやるんですよ。男は、その優しさにめっぽう弱い。慈しむように優しく抱いてやるのが、男を虜にするコツです。」

 トンナの鼻息が荒い。

「さ、わかったら肩の力を抜いて、トガリの兄貴を優しく抱いてお上げなさい。」

「は!そ、そうね。」

 途端にトンナの腕から力が抜ける。

 そのまま、トンナが俺を膝の上に乗せて、俺の頭を撫で始める。

「ああ、そいつはいけません。」

 トンナが瞬時に顔を上げ、セディナラの方を見る。

「え?!な、何が駄目なの?」

「男は誇りを大事にする生き物です。トガリの兄貴は一〇歳の子供ですが、既に多くの人の上に立っている人間だ。そいつの頭を撫でるってのは、いささか、ちょっと、ヨロシクない。正真正銘のお子様か、ペットにするような扱いです。トガリの兄貴のお立場を考えりゃ、誇りを傷つけられたと思われても仕方がない行為ですよ?」

 トンナが慌てて、手を引っ込める。

 セディナラが、それを見てニッコリと笑う。(たら)しの笑顔ってのを始めて見たよ。

「そうです。そういう、甘い行為は、お二人だけの時にするのが、男を立てるってことになります。」

 トンナがブンブンと高速で首を縦に振っている。

「恐ろしく強いトンナ姐さんが、トガリの兄貴の一歩後ろを歩くようにすれば、周りの人間は、トガリの兄貴のことを今まで以上に尊敬します。だから、人目のある所では、キスをしたり、抱き付いたりしちゃいけません。そんなことをすれば、トガリの兄貴の株が下がります。」

 トンナがブンブンと高速で首を縦に振っている。

 千切れるんじゃないか?大丈夫か?

「トンナ姐さんの方が、トガリの兄貴よりも、随分年上のようだ。年上の女房は金の草鞋を履いて探せって言うほどだ。このまんま、俺の言うことを聞いて下されば、きっと良い奥様になれますよ。」

「お、お、お、お、お、お、お、お、奥、奥様…」

 トンナ撃沈。

 セディナラが、完全にトンナを掌握したよ。もう、トンナの頭の中では、セディナラとの兄弟の契りのことなんかどうでもよくなってるよ。

 スゲエよ。

 何がって、トンナが完全に掌の上だ。転がしてるよ。完全に転がしてる。俺もセディナラのテクニックを学びたいよ。

 スゲエな。こういう勝ち方もあるんだな。勉強になりました。はい。

「トンナ、トンナ、落ち着けって。」

 俺はトンナの膝頭を叩いて、トンナの正気を覚ましてやる。

「はっ!何だったのかしら?凄く幸せな夢を見てた気がする…」

 うん。トンナ、白昼夢って知ってる?

「とにかく、セディナラ、こっちのソファーに座れよ。で、このセディナラに製薬会社と病院の設立を頼もうかと思うんだけど、どうだろう?」

「病院って、産婦人科?」

 うん。トンナは黙ってて。主にオルラに相談してるから。

「そりゃあ、あたしらは構わないけど、カナデ達との折り合いはどうなんだい?組織としては対等なんだろうけど、それだけに対立しやしないかい?」

 セディナラがソファーに座りながら、オルラの言葉に頷く。

「オルラ姐さんのお言葉はもっともです。俺の考えでは、役割分担と旨味を構成員の比率で分けようかと思います。」

「構成員の多い方が儲けを多くとるんだね?」

「ええ。ウチはエダケエの十分の一ですからね。エダケエが九割でウチが一割ってところを考えてます。勿論、トガリの兄貴の取り分を差し引いてからの分け前ですがね。」

「一割か?えらく少ないな。それでいいのか?」

 俺の言葉にセディナラが笑いながら頷く。

「恥ずかしながら、俺は足を洗いましたが、繋がりを切る訳にはいきません。なんせ、街のジャンキーの面倒を看なきゃいけませんからね。で、俺の跡目は幹部連中に任せますが、俺の他に幹部の中の三人ほどが、足を洗いました。構成員については七割ほどが足を洗って、こっちに来ると言ってます。エダケエの方も八穢の物の怪の内、足を洗うのは四人で、残りの四人はエダケエに残るそうです。」

 成程、今までの後始末をするためにも、裏の世界のバランスを保つためにもその方が良いな。

 俺は、ハノダに連絡して、二階にいる八穢の物の怪達を連れて、上がって来るように指示する。

 すぐにハノダが、四人の八穢の物の怪達を連れて来る。

「お待たせいたしました。」

 ハノダがキッチリとしたお辞儀をして、俺達の前に立つ。

 俺は人数分のソファーを再構築して、座るように促し、すぐに本題を話し始める。

「エダケエの組織構成はどうなりそうだ?病院と製薬会社に振り分けられそうか?」

 八穢の物の怪の内、今日、ここに居るのは、カナデ、クノイダ。そして黒人の女とロマンスグレーの男だ。

 黒人の女は、俺が目を抉ってやったので、少し緊張しているようだ。

 ロマンスグレーの男は、一番長く閉じ込めていたし、指を目茶苦茶にされたこともあって、指を擦り続けている。

「振り分けられそうかも何も、やるんだろう?あんたの言うとおりにするよ。」

 カナデが蓮っ葉な言い方で、俺に応えるが、視線はオルラの方を見ている。

「今までも、実際に八穢の物の怪では役割分担をしてたんだろう?どんな役割分担をしてたんだ?それを教えてくれ。」

「カナデ、先程のような話し方は許さん。」

 ハノダがカナデを睨む。それを受けたカナデが両手を上げて「わかりました。」と応える。

「薬の原材料の仕入れは、こっちのクノイダがやっております。ですから、製薬会社には必要かと思って、エダケエには籍を置いたまま、こっちでも仕事をさせます。」

 俺が頷くのを確認してから、カナデが言葉を続ける。

「薬を捌くのは、あたしが担当してたんで、あたしは、エダケエに残ります。」

 カナデが胸元に自分の手を当てて、その意志表示をする。それに対しても俺は諾と頷く。

「こっちのカノンが、臓器密売を取り仕切っておりますので、同じく病院とエダケエに籍を置く予定です。」

 臓器密売と聞いて、俺は眉を(ひそ)める。

 カナデと、カノンと呼ばれた黒人の女が目敏(めざと)く、それを感じ取る。

「何か問題でも?」

 カノンが俺に聞いてくる。

「臓器の密売か…正規の取引では、何とかならないのか?」

 カノンが溜息を吐きながら首を横に振る。

「難しいですね。正規の取引では、新規に食い込もうとしても無理でしょう。それに、密売が正規の臓器売買を支えてる現状ですから。ウチが手を引けば、逆に死人が沢山出るでしょうね。」

 必要悪ってことか。でも、それでもだ。

「お前らは、どうやって臓器を確保してるんだ?」

 カノンが躊躇いがちに答える。

「ボス、怒らないで聞いて欲しいんですが…」

 ボスって呼ばれた。ひえええ。

 いや、今はそんなことを言ってる場合じゃなかった。

 俺は頷いてカノンの言葉を促す。

「薬で金に詰まった奴、借金の返済に詰まった奴らが対象です。」

「誘拐した子供は?」

 カノンは首を振る。

「誘拐した子供は、全て、五体満足で返します。でないと警察にタレこまれますから。」

 そこらへんはプロに徹してるな。

「まあ、俺の目指す病院経営としては、新たな臓器は必要ないだろうから、薬と同じで、徐々に手を引いていけ。麻薬患者も減るだろうしな。」

 俺の言葉にカナデが鼻で笑う。ハノダの目が冷酷な色を帯びる。

「カナデ、笑っていられるのは今の内だぞ?麻薬患者を減らすのは、麻薬を捌くお前の仕事だ。いいか?エダケエが取り扱う薬の量を減らすんじゃない。ジャンキーを減らすんだ。国中のジャンキーをだ。お前が減らすんだ。減らせなかった場合は、お前が覚悟するんだ。」

 俺はカナデを睨みつける。カナデは気丈な表情を崩さなかったが、顔色は真っ青だ。

「で、そっちのロマンスグレーは何を担当してた?」

「私はルブブシュ・シュトレインと申します。主に誘拐、違法奴隷を取り扱っておりました。」

 カナデが答えるよりも先に、ロマンスグレーが話し出す。

「誘拐は時間と手間が掛かりますので、私は病院、製薬会社の方に、完全に籍を移すつもりでございます。」

 胡散臭いオッサンだが、まあ良いだろう。

 ハノダとセディナラがしっかり監視、監督してくれるだろうからな。

「こっちに籍を移すのは以上の三人か?」

「いえ。あと一人、サエドロという者がこちらに籍を移します。表のと言いますか、マネーロンダリングを担当していた者で、表の稼業に就きたがっていた節もありましたので。」

 資金運用は任せられるか。

「わかった。そいつ、サエドロか。そいつも近々、ここに来るように言ってくれ。」

「ええ。わかりました。」

 カナデが俺から目線を外して、殊勝に応える。

 俺は大人の親指ほどの小瓶を懐から取り出し、テーブルに置く。同じくテーブル上に薬包紙(やくほうし)を広げた状態で再構築し、その薬包紙の上に小瓶から粉末を僅かに広げる。

「カナデ、これを飲め。」

 俺はその薬包紙をカナデに差し出しながら、命令する。

 カナデは明らかに硬直している。顔は真っ青だ。それでも、粉末が零れないように、薬包紙を顔の前まで持ち上げる。

「一体何です?これは…」

 カナデの質問を無視して、俺は言葉を繰り返す。

「俺は飲めと言った。」

 カナデが覚悟を決めて、その粉末を口に流し込む。

 コップと水を再構築して、テーブルの上を滑らせて、カナデに差し出す。カナデが、そのコップに口をつけ、瞼を閉じて、一気に(あお)る。

 八穢の物の怪達は緊張の面持ちで、その様子を見守っていた。

「全員、カナデの顔を見ていろ。」

 俺の言葉に従い、全員がカナデの顔を見詰める。そして、最初に声を上げたのはカノンと呼ばれる黒人の女だった。

「あっああ、そんな…」

「なんてこった…」

「嘘だろう…」

「こ、こんなことが出来るなんて…」

 セディナラを含めた筋者達が声を上げて驚く。

「うん。これでいいな。」

 俺は手鏡を再構築し、それをカナデに手渡す。カナデは何のことかわからないままにその手鏡を覗き込み、驚愕の表情を浮かべる。

「そ、そんな…こんなことが…」

 カナデが自分の顔を、指で撫で上げる。ゆっくりと、指先でシャボン玉に触れようとするように優しく動かす。

 その指先が顎に触れ、そのまま口角の横を通り、小鼻の脇をすり抜け、眉間を通って額に達する。

「き、消えてる…あたしの傷が、消えてる…」

「皺もある程度消えてるだろう?傷を修復すると、細胞の出来具合が違うからな、白く跡が残るんだ。だから、傷周りの細胞も新しくなるようにした。その副次作用で皺も消えるんだ。」

 俺の言葉を受けて、カナデが手鏡を下す。

 手鏡の向こうから現れた顔は、若返ったカナデの顔だ。少なくとも三十代前半に見える。

 その顔が、驚きに満ちた表情を浮かべている。その顔に向かって俺は話し掛ける。

「力は使いようによっては、人を幸せに出来ると思わないか?」

 カナデは驚きの表情を崩さないまま、頷く。

「ボス!あたしにもその薬を下さい!」

 カノンが前のめりになって、俺に訴えてくる。

「いや!ボス!俺にも傷がある!こいつを消してくれ!」

 クノイダもかなり前のめりだ。

「凄い薬ですよ。これは、かなりの高額で貴族達に売れます!ボス!ボスは金の卵を産む鶏ッグギュ!!」

 ルブブシュがトンナに拳骨を食らう。

「トガリを鶏だなんて!何てことを言うんだい!!」

 あれ~?そういうことすると、ドン引きされるって言われた筈なのにな~?魔獣モードを発動させちゃったよ。

 トンナが俺を抱えたまま、仁王立ちになる。

「いいかいっ!!いい機会だからお前達に言っておくよ!!トガリに不敬をはたらいた者はっ!!あたし!トンナ・ツキナリが!キッチリ!しっかりと!!処刑してやるからね!!そのつもりで覚悟しな!!」

 うわ~。いい感じで〆られると思ったのに、結局、荒れちゃった。

「トンナ、お()し、さっき、セディナラにお淑やかにって言われたばかりじゃないか。」

 オルラの言葉を受けて、トンナが俺の顔を見る。うんうん。大丈夫だよ?俺はもう慣れてるよ?

「ご、ごめんなさい…」

 トンナが大人しくソファーに座る。

「カナデ、これで、トガリのことがわかってくれたろう?トガリは決してお前達のことを悪いようにはしないよ。だから、お前達もトガリを信じて、トガリの仕事を手伝ってやっておくれ。」

 オルラの言葉に全員が頷く。

 ほら、オルラが纏めちゃった。俺、ボスって呼ばれたんだよ?ボスなんだよね?ねえ?

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