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トガリ  作者: 吉四六
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ハーフの事情は知ったことじゃないが、セディナラの事情は知っておいた方が良い

 本屋に戻ると、オルラを始めとする、鳳瑞隊借金部隊が、先に戻っていた。

「おかえり。遅かったじゃないか?」

 オルラがソファーに座ったまま、俺達を迎える。

「まあね。カルザンが、中々、出て来なくってさ。」

 俺はトンナの肩の上で、自分の肩を竦める。で、俺の肩の上にはロデムスが座ってる。

 肩を竦めたと同時にロデムスが跳び下り、オルラの膝上にのって香箱を作る。

「やはり、オルラ殿の膝上が一番シックリとくるのう。」

 俺の肩は座り心地が悪いってか?どうも、すいませんね。

「そいつはご苦労だったねぇ。どうする?お茶でも飲むかい?」

「いや、向こうで散々飲んで来たから、もう、お腹がチャプチャプだよ。それより、そっちの首尾はどうだったの?」

「渋ちんでさ。十億ダラネだったよ。」

 しぶちんって、オルラのこの口調、何とかならないもんかな?

 視線を下に移して気付く、ローテーブルには確かにティーセッットが置かれているが、天板がビッチャビチャに濡れている。

 俺はそれを見て「アヌヤ?」とオルラに問い掛ける。オルラが苦笑いしながら頷く。

「なんでも、女の子らしい所を見せたかったそうだよ。」

 オルラがフフッと笑いながらアヌヤのことを話す。

「で、そのアヌヤとヒャクヤは?」

「お前がいれば良かったけど、こぼしたお茶を拭くにも、タオルとか日用品がないじゃないか?だから、ちょっとした日用品を買いにね。」

 トンナがソファーに座りながら、俺を膝上におろす。

「…二人だけで買い物に?」

 訝し気に聞く俺の表情を見て、オルラが「どうしたんだい?拙かったかい?」と聞き返してくる。

「う、うん…波乱の予感しかしない…」

 ブレーキのないドラッガーと強制終了の出来ない壊れたアプリケーションソフトが、一緒に買い物って、絶対に、俺の予想の斜め上を行くに決まってる。

 そんな嵐の予感をヒシヒシと感じていると、腕輪にはめた宝石の一つが点滅する。

 俺は、その宝石に指先で触れる。

 二階にいるハノダからの連絡だ。

「どうした?」

『お忙しいところ申し訳ありません。セディナラと申す者が、是非、お会いしたいと申して、此方に参っておりますが、如何いたしましょうか?』

 セディナラか、セディナラならここに上げても良いか。

「わかった、ロデムスを案内に、そっちにやるから、ここに通してやってくれ。」

 俺の声を聞いて、ロデムスが嫌そうな表情で起き上がる。本当に使役魔獣か?

『承知いたしました。』

 ハノダからの通信が終了して、宝石が光を失う。

「仕方ないのう。」

 そんなに、渋々、嫌そうに言うなよ。

 なんか爺様を無理矢理働かしてるみたいじゃないか。

 少しして、ロデムスに案内されて、セディナラが入って来る。

「よう、どうした?」

 気軽に声を掛けるが、セディナラは沈んだ表情を隠さない。初対面の時と変わらない表情だ。

 胸元まではだけた白いシャツに白い上着、金色のバックルに細い革ベルト。ズボンは薄い緑だ。

 俺に応えることもなく、部屋を見回し「ここで靴を脱ぐのか?」と聞いてくる。

「そうよ。そこで靴を脱いでから、お入りなさい。」

 返事をしなかったセディナラに、トンナが怒り気味だ。

「邪魔するぜ。」

 そう言ってブーツを脱いで、俺の前に来る。

「座れよ。」

 俺はそう声を掛けて、一人掛けのソファーを再構築してやる。

「煙草は?」

 セディナラが上着の内ポケットをまさぐりながら聞いてくるが、トンナが「ダメよ。」と即答する。

 え?ここって禁煙だったの?

 上着の中から手を抜き出し、その手で項の辺りを乱暴に掻く。何か話したいことがあるようなのだが、言い出し難いのか、さっきから俯いたままだ。

「上に行こうか?」

 俺はトンナから下りてセディナラを屋上に誘う。

 トンナが俺の脇を抱えようとするが、俺がそれを止める。

「トンナとオルラはここに居て。ロデムス、一緒に来い。」

 セディナラとロデムスを従えて、俺は靴を履いて屋上へと上がる。

 屋上の手摺に(もた)れながら座る。

「ここなら、煙草も吸えるよ?」

「ああ。」

 セディナラが、俺の隣に座りながら、煙草を咥えて、火を着ける。ジッポー型のオイルライターだ。

 紫煙を吐き出し、空を見上げる。

 立ち昇る紫煙を視線で追って、セディナラがポツリと呟く。

「その猫、変わってるな。」

 俺とセディナラの間にロデムスが座っている。

「そうか?」

「猫は人の言うことを聞かねえのに、この猫はお前の言うことをよく聞く。」

 俺はロデムスの背中を撫でる。

「そうだな。魔獣だからな。」

 セディナラが俺の方を見る。

「魔獣だって?魔獣の幼生体か?」

 首を横に振る。

「成体だよ。キバナリって魔獣でな。人の言葉も話せる。」

 俺がバラしたので、ロデムスが話し出す。

「左様じゃ。セディナラとやら、我のことはロデムスと呼ぶがよい。」

 セディナラが口を開けたまま、ロデムスを見詰める。

「なんじゃ、返事ぐらいせぬか。」

「あ、ああ、そうだな。ロデムスか。よろしくな。」

「うむ。」

 ロデムスが満足気に頷き、セディナラは再び空を仰ぎ見る。

「凄い奴だな。」

 セディナラを見る。

「世の中には、お前のような凄い奴がいるんだな…」

「力があるだけじゃ駄目さ。」

 俺も空を見る。

「力をどういう風に使うのか、それが肝心だ。」

 セディナラが俯く。

「そうだな…俺は力の使い方を間違えちまった。」

 セディナラは、寂しそうな微笑を残して、ポツリポツリと自分のことを話し出した。

 セディナラの父はウルフノイドであること、父は連続婦女暴行殺人犯であり、母は父の被害者だったのだということ。

 自分にとって、この世界は生きにくい世界だということ。

「だから、ヤートのお前が輝いて見える。」

 セディナラが真摯な目で俺を見詰めてくる。

「俺に真名はない。まあ、真名があっても契約で縛られないんだがな。それで、お前を男と見込んで頼みがある。」

 イヤな予感しかしない。

「俺と兄弟になってくれ。勿論、兄貴分は貫目が上のトガリだ。」

 出た。

 出たよ。

 筋者の鉄板和解パターン。

「やだ。」

「何で?」

「お前の口髭がヤダ。」

「…」

 セディナラが黙り込む。

 おもむろにセディナラが、折りたたみのナイフを懐から取り出し、口髭を剃り落とす。

「これで良いか?」

 一応、考える時間が欲しかったので、冗談として言ったのだが、こうも即決されると、申し訳ない。

「口髭が無いと、若返るな。」

 片方の口角を上げて、セディナラが笑う。

「この業界じゃ、若い外見は舐められるからな。それで生やしてたんだよ。」

 俺も、同じように片方の口角を上げて笑う。

「実際、幾つなんだ?」

 剃り跡の真新しい鼻の下を(さす)りながら、セディナラが渋い顔をする。

「んーん、今年で八十四歳だったかな?」

「なにっ!!」

 吃驚だよ!何?八十四歳だって?八十四って言った?マジで?全然、二十代だと思ってたよ?嘘でしょ?

「そんなに驚くなよ。獣人の血が入ってるから、年の取り方がユックリなんだよ。」

「いやでも、その喋り方だって…」

「まあな。爺さんっぽく喋るのも良いんだが、如何(いかん)せん学がねえからな。それに、外見にそぐわねえだろ?」

 まあ、その意見には賛成だ。オルラとロデムスには、もっと若い話し方をしてもらいたいと思ってるんだから。

「そうか~。八十四歳か~。そう言えば、組織の名前もセディナラだったもんな。ファーストネームを組織名にしてるのに、五十年以上も続いてる老舗組織なんだもんな。セディナラが初代なんだから、五十歳よりは上ってのが当たり前なんだ。」

 タバコを一口吸って、煙を吐き出す。

「そういうこった。で、兄弟、お前は幾つなんだ?」

「俺?俺は見た目通りのそのまんま、一〇歳だよ。」

「フン、俺からすりゃ、そっちの方が不思議で仕方がねえよ。」

「なんで?」

「当たり前だろうが?一〇歳のガキが、カルザン帝国に単身乗り込み、悪名高い鳳瑞隊を洗脳して、武闘派の貴族共を従える。魔獣を狩って、今、俺の横には喋る魔獣が座ってる。何処にそんな一〇歳児がいるってんだ?俺は五百歳ぐらいの魔法使いが、子供の姿のままでいるのかと思ってたよ。」

「へ~。五百歳の魔法使いっているのか?」

「はは。食い付いてくるのがそこかよ?」

「まあな。今までも何人か魔法使いと会ったけど、大した奴がいなかったからな。」

「フンッ俺は会ったことはねえが、いるにはいるらしいぜ、五百歳。何処にいるのかも知らねえけどな。」

「ふ~ん。」

 俺は、再び、空を見上げて、会ってみたいなと考える。

「ところで、製薬会社と病院の資金は何とかなりそうなのか?」

「ああ。一応、カルザンから六十億と鳳瑞隊から十億ほど引っ張って来たよ。」

 セディナラが煙草を咥えたまま、俺の方を見る。

「な、七十億だと?」

「うん。二千人からの人件費を考えれば、それぐらいは要るだろ?」

「まったく、兄弟の話を聞いてると、あくせく働くのが馬鹿らしくなってくるな…」

「犯罪行為は働くって言わない。」

 俺の断固たる意志を込めた言葉に、セディナラが、頭を掻きながら「そうだな。」と応える。

「しかし、たった一日で、よくもまあ、それだけの金を帝国から引っ張り出せたな?」

「力はあるって認めてくれたろ?その使い方だよ。まあ、多少、強引だから、敵を作るけどね。」

 そうなんだよなあ。カルザンとは、友達になっておきたいんだけど、城、壊しちゃったしなぁ。

「じゃあ、製薬会社の起ち上げだな。そっちの方はどうするか考えてるのか?」

 俺は掌を振る。

「あの時、言ったじゃん。法律もよく知らないって。無理無理、会社を起ち上げるなんて、どうやったらいいのかサッパリだよ。」

「そうか。そうだよな。ちょっとホッとしたよ。兄弟も一〇歳の子供なんだってことが実感できてよ。」

「実感も何も一〇歳の子供だよ。」

「似合う喋り方をしろヨ。そうすりゃあ、こっちも、実感できるんだよ。まあ、そんなことより、それじゃあ、どうする?会社の起ち上げは俺がやってやろうか?」

「ん~ん。でもなあ。金を持ち逃げされても困るしなぁ。」

「おいおい、兄弟、そいつはヒデエな。兄弟を裏切る訳がないだろうが?」

「いや、でも、俺、まだ兄弟の契りを交わすって言ってないし。」

 セディナラがポカンと口を開ける。

「はは、ホントだ。髭を剃ったら兄弟にしてくれたもんだと思い込んでたぜ。はは、兄弟、いや、トガリの言うとおりだ。ははは。」

 セディナラが気持ち良く笑ってる。

 人も殺したろうし、子供や女も売ったろう、薬をばら撒く極悪な犯罪者だが、今、目の前で笑ってる男の顔は、ただ、爽快に見えた。

「で?兄弟の契りってどうやるんだ?」

「いいのか?」

「うん。足を洗わせたし、髭、剃らしちゃったしな。」

 セディナラが鼻で笑う。

 ナイフで、セディナラが自分の腕の内側を切る。

「トガリ、俺と同じ右腕に、同じように傷を付けな。」

 右の袖を捲り、前腕の内側を上に向ける。白い前腕が露わになり、そこに傷が走る。

「魔法使いらしい切り方だな。」

 お互いの傷を合わせて、セディナラが、互いの血を擦り付けるように腕を動かす。最後に右手で腕相撲の時のような握手を交わす。

「これで、お前の血が俺の中に、俺の血がお前の中に入ったことになる。俺はお前を絶対に裏切らない。死してなお、俺はお前を裏切らない。」

 気恥ずかしいが、セディナラの目は本気だ。真直ぐに、男の目で俺の心を射抜いてくる。

「俺は何て応えたらいいんだ?」

 締まらない話だが、俺は何と応えればいいのかわからずに、素直にセディナラに聞いた。

 そんな俺にセディナラは微笑みを見せる。

「俺はお前に従って、昨日、足を洗った。下にいた奴らもほとんどが足を洗った。俺はお前のためだけに命を使う。だから、兄弟は俺にこう言えばいい。」

 セディナラが、大きく笑う。

 セディナラが俺に見せる、初めての、本当に心からの笑顔だ。

「俺について来い。その一言でいい。」

 俺は頷いて、真直ぐにセディナラを見詰める。

「俺について来い。」

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