信じられない額の借金を背負いに行くのって勇気がいるわ
カルザン帝国に関する加筆を行いましたので、かなり長くなっています。
俺達は本屋に帰ってから、オルラとロデムスを交えて打ち合わせをする。翌朝には、早速、資金調達に向かうことにした。
オルラとアヌヤ、ヒャクヤが鳳瑞隊の下へ、俺とトンナ、ロデムスがカルザン帝国へ向かう。
鳳瑞隊は、いつも通りの執務室だが、さて、カルザンは何処だ?
マイクロマシンの網にかかったカルザンは、朝の御前会議中だった。またもや御前会議ってのは気の毒だが、今度は摂政と会えることを祈ろう。
俺は、前にカルザンの所に出向いた時と同じ格好で向かうことにする。
ただ、毎回、いきなり目の前にってのも芸がない。御前会議中だし、ちょっと遠慮しよう。今度は帝城の前庭に現れる。
綺麗な花が咲き乱れる前庭には、石畳の敷かれた道が、曲がりくねって伸びている。大きめの広場に出ると、文官らしき人物が忙しそうに走っていた。
巨大な城の尖塔が何本も立ち並び、空が真っ青に抜けている。高い城壁に囲まれたその広場は、城内でも高い位置にあり、後ろを振り返ると帝都の全景が見て取れた。
遠目に見ると、綺麗な街並みなんだよな。
街並みを二人と一匹で見とれていると、途端に背後で騒がしくなる。
赤と青の派手な衣装の上に華美な鎧を着た衛兵が、多数、俺達の周りに集まって来る。
金色の斧槍を構えた衛兵の中から、サーベルを抜いた衛兵が出て来る。
大きなベレー帽を被った衛兵の中でも、その帽子には金色の房が垂らされていた。隊長か何かだろう。
サーベルの切先をトンナに向けて、怖い目で睨んでいる。
「貴様ら、何者だ。」
質問なのに、既に殺す気満々だ。
城壁には、ライフル銃を構えた衛兵が多数確認できる。
「何て答えたらいい?」
トンナが屈んで、俺の耳元に囁いてくる。
その様子を見ていた衛兵長が目を剥いて怒ってる。怒るなよ。短気だな。その衛兵長に向かって、俺が答える。
「俺達は連なる星々だ。カルザンに会いに来た。今から、そっちに行くからと伝えてこい。」
衛兵長が俺に視線を据えたまま、号令を掛ける。
「狼藉者である!!討取れええええええ!!」
一斉に俺達を突いてくる衛兵達。それを尻目にトンナがパスワードを呟く。
「あたしの愛の象徴、愛する者を守る姿へ。」
相変わらず痛いパスワードだ。
トンナの両肩と右腰の装甲が、トンナ専用の斧槍へと姿を変える。
ま、こうなるよね。うん、わかってた。
カルザン帝国の歴史は古い。
北ウーサ大陸の西寄り、南は温暖で、少し北上すれば、一気に寒冷になるという独特な気候は、農作物の品種を差別することなく生育させ、ホルルト山脈からの豊富な水資源は、肥沃な大地を育んでいた。
その地を支配していた豪族が、カルザン帝国の起源である。
数多の豪族が互いに牽制しつつ、乱立していたが、イ・ズモー神からの神託を受ける者が現れ、その者を中心に、複数の豪族は一つにまとまり、国として成立する兆しを見せる。それが、この世界に残されている記録の最初期のことである。
再生の神であるイ・ズモー神に祝福された大地であり、その神に愛された者が王となる。
そうしてカルザン王国が成立し、何百年にも渡ってその版図を広げ、今、帝国として、北ウーサ大地に君臨しているのだ。
その支配に翳りが出始めたのは、約五百年前、それまで頻繁に下されてきた神託が、激減したのが原因である。
神託に頼っていたため、天候の観測技術が未発達であり、農作物の収穫量が目に見えて減り始める。
ホルルト山脈からの増水被害では、多くの人命が失われた。
そんな中、帝国の東で、別の宗派が立脚する。
主神はあくまでも、イ・ズモー神でありながら、神からの言葉に従う政ではなく、人による政を中心に、神々には豊穣を祈願するという、アラータ派と呼ばれる宗派であった。
この宗派は東から南へと広がり、遂には、四つの国が、カルザン帝国からの離反を実現させる。
その一国がハルディレン王国であった。
四カ国の離反を許し、その四カ国に、国としての存続を許した原因も皇帝が授かる神託にあった。
神託に従い、四カ国を攻めることはあっても、滅ぼすこと、併合することは、その神託が許さなかった。
そうして、カルザン帝国皇帝が、神託を授かることがなくなる。
それが、三十年程前からのことであり、先帝まで続いた。
帝国の衰退が始まっている。
帝国元老院は、焦りを隠さなくなっていた。
各地に配された皇帝の血を引く者が帝都に集められ、一人づつ、元老院の二十三人と現皇帝と共に神託の間に入る。
一人の少年と共に神託の間に入った時であった。
『新たな受託者よ、そなたを祝福する。』
神の声が響いた。
少年は、その時、僅か六歳。少年と呼ぶにも幼すぎる子供であった。
幼名はテイドラ。皇帝名はフロイストロ。
第六十四代目皇帝の誕生であった。
フロイストロ・ビロ・セスデス・クヴァル・カルザン。ビロは男性を意味し、セスデス・クヴァルは六十四を意味する。
そのフロイストロ・カルザンが、朝の勤めである神託を授かる。
黒き魔神が二度に渡って来訪し、その後、ハルディレン王国を未曾有の惨事が襲う。というものであった。
その神託を受けて、ハルディレン王国に起こるであろう惨事とは、恐らく、その魔神によるものではないか?
ならば、いざというときに、その魔神を退けられるよう、ある程度の戦力分析が必要なのではないか?
そのような内容の御前会議を行っている正にその時、件の魔神が来訪、二度目の来訪が告げられた。
俺の頭上を銀色の斧槍が走り抜け、俺達を突きに来ていた斧槍が、全て絡め捕られて、吹き飛ばされる。ついでに一緒に絡まった衛兵長も吹き飛ばされている。
合掌。
城壁から放たれた銃弾をトンナの長い左腕が靭に舞い、全て、掴み取る。
斧槍を奪われた衛兵の背後から、サーベルを抜き放った衛兵が前に進み出るが、トンナが銃弾を手の中から弾き出し、衛兵達の眉間へと撃ち込んでいく。
「加減しろよ。」
「うん、トガリは人が死ぬのを嫌うもんね。」
流石トンナ、戦いに関してだけは、学習能力がある。
でも銃弾が眉間にめり込んでいるので、頭蓋骨陥没ぐらいしてるかもしれない。ちょっと心配だ。
城壁の衛兵達が持つライフルは、単発式のボルトアクションのようで、次弾が中々来ない。
面倒臭いので、全てのライフルを分解消去してやった。
得物を失った衛兵達は格闘戦の技能も有しているようで、果敢に素手で向かって来るが、トンナの相手になる筈もない。
長い手足を振り回して、一撃必倒、俺の頭上では良い風が吹いている。
土嚢のように積まれた衛兵達が三分の二に達したところで、ようやく、一人の衛兵が城内へと走り出す。
遅いよ、もう。
衛兵の数が揃うのを待ってやる。
城壁には、新たな衛兵だけではなく、専門の銃兵も出て来る。
今や前庭広場は、帝国軍兵士で一杯だ。
こんなに人数集めて、まともに戦えると思ってるのかね?もしかして帝国軍って馬鹿?
「ねえ、帝国って馬鹿なのかしら?」
トンナもそう思ってたようだ。
兵士達が群がるように襲い掛かって来る。
「ロデムス、俺の肩にのりな。」
俺の言葉を受けて、ロデムスが、俺の右肩にヒョイッと乗る。
長柄の武器は、トンナの斧槍が絡め取り、近接しようとする兵士はトンナの手足がぶっ叩く。
倒れた兵士で、城壁が出来ていく。
人は石垣、人は城を地でやっちゃうってどうよ?
俺達に容易に近付けなくなったところで、銃声が響くが、トンナが、さっきと同じように、左手で全て掴み取ってしまう。
こうなると、奴らは次弾を装填するまで何も出来なくなってしまう。
広場に集まった兵士は、堆く積まれた兵士達を乗り越えなければ、俺達に近付くことも出来ないし、弓矢や銃を水平射撃で撃つことも出来ない。
しょうがないので、俺達は倒れた兵士達を踏みつけ、乗り越えていく。
その途中で、長柄の得物を持った兵士達が突いてくるが、やはりトンナの斧槍に弾かれ、吹き飛ばされる。
俺は後ろのトンナに守られながら、無人の荒野を行くが如しだ。
「下がれええええっ!!」
女の太い声が、広場に響く。
一斉に兵士達の動きが止まり、後方へと退いて行く。
「トンナ、ライバルが登場だよ。」
「もう、意地悪ね。ライバルなんかじゃないわよ。遊び相手にもならないのに。」
兵士達を割って出て来たのは、あのドラゴノイドの女だ。
鎧の下には包帯が巻かれて、痛々しい。
獣人って治りが早いはずなのに、まだ包帯巻いてるってことは、トンナの拳がよっぽどだったのね。可哀想に。
「よう!また会ったな。怪我の具合はどうだ?」
ギリギリと歯軋りの音が、こっちにまで聞こえてくる。
怨み骨髄って顔だ。
怒られるのはわかるが、怨まれる覚えはないんだけどなぁ。
「そんなに怒るなよ。何なら、その怪我、治してやろうか?すぐだぞ?」
ドラゴノイドが短槍とククリナイフを構える。
「あなた、馬鹿なの?繰り返したって同じことよ?」
ああ、トンナが更に怒らせちゃった。
「カルデナ!!許可する!!獣化せよ!!」
おっ?カルザンの声じゃん。
尖塔のベランダから、カルザンが手を前に差し出し、兵士達を鼓舞している。
「皆の者!その者は悪魔じゃ!心せよ!帝国の命運は、今日!この場で決する!!」
そんなに構えなくっても良いのに。
「ハアアアアアッ!ドラゴンモードオオオオオーッ!!」
ドラゴノイドはカルデナっていう名前なのか。初めて会った時に名前は抽出してたけど、忘れちゃってたよ。
獣人化したカルデナが俺達に向かって突進してくる。
流石は獣人化、スピードは人化の時の数倍だ。
加速したまま、短槍を突き出し、トンナの顔面を狙うが、トンナの斧槍の方が遥かに速い。
短槍を防がれても、ククリナイフが俺の首を狙う。
そのククリナイフもトンナが左手で峰の部分を摘まんでしまう。
「ねえ。やめない?あたし、あなたと遊んでも、面白くも何ともないのよ。」
どひゃ~。エゲツナイことを言うなぁ。
「こ、こ、殺してやる!」
俺の頭上でキツイことになってるなぁ。
俺の顔を狙ってカルデナの膝が跳ね上がる。
俺は両足で跳び上がる。
トンナの膝がカルデナの膝を受け止め、俺はトンナの膝上に、しゃがんだ格好でのっている。
「まあ、不毛だよなぁ。カルデナよう、やめようぜ?ここで俺が加勢したら、お前、勝てないだろ?」
「くっ。」
カルデナが、鱗に覆われたその顔を歪める。
「わたしは皇帝に忠誠を誓った。貴様らのような下賤の者共に、帝都を、帝国を穢させる訳にはいかぬ!」
ああ~あ。ヤバいよ?その物言いは…
チラリとトンナを見ると…やっぱり怒ってるよ。トンナの目が半目になってるよ。
「ねえ、このトカゲ、死刑にしない?死刑にしましょうよ。その方が世のためよ?」
先程から、カルデナは渾身の力を込めているのだろう、体中が小刻みに震えてる。それに対してトンナは全然余裕だ。
「死刑はダメだって。それに俺のことを侮辱したら死刑だなんて、そんな法律知らないし。」
「あら!何言ってるの?神様なんだから、神様を侮辱したら天罰が下って死刑に決まってるのよ?」
カルデナは全体重を傾けているのに、トンナは平然と片足で直立している。
「いやいやいや、じゃあ、天罰を待とうよ?トンナが死刑執行人になっちゃ拙いよ。」
「どうして?あたしはトガリのためなら何だってやるよ?」
「そりゃあ、俺がトンナを大事に思ってるからじゃないか。トンナの手を血で汚したくないのさ。」
「えっいや、あの、そ、そ、そんなこと、えっやだ、もう、人が一杯いる中で、そんなこと、もう、トガリったら。」
トンナが顔を真赤にして恥ずかしがってるが、カルデナは顔を真赤にして怒ってる。
「お前ら、絶対に殺す!死んでも殺す!必ず殺してやる!!」
「ああ、ごめんごめん。カルデナ、お前のことを忘れてた。」
うわ~ドラゴンなのに、鬼の形相って言い方で良いのかな?カルデナの顔が物凄いことになってる。
俺はカルデナに向かって手を伸ばす。
「くっ!」
俺の手を何とかしたいのだろうが、トンナと力比べをしているため、何も出来ない。
カルデナの顔を左手で掴む。
トンナが絶妙のタイミングで力を抜いて、上体を左に捻る。
俺は左手を左に捩じる。
カルデナは自身の力で左に大きく回転しながら石畳に頭から突っ込んだ。
砕けた石板が飛び散り、土埃が舞い上がる。
片足立ちのトンナがカルデナを見下ろしている。カルデナはピクリとも動かない。
俺はカルザンを見上げる。
「お~い!犠牲者が出る前に俺との会談に応じろよ!」
手を振って呼び掛けるが、無視するかな?俺とは友達にならないって言ってたしな。
トンナが俺を肩にのせて、両足で立つ。兵士達は俺達を遠巻きにしているだけで、微動だにしない。城壁の兵士達を見回すが、銃兵も銃を構えているだけで、撃つ気配がない。
先程から魔法使い達が、何かしようと頑張っているが、マイクロマシンは俺の支配下だ。
魔法使い達は何も出来ないで、さぞかし困っていることだろう。
「しょうがない。俺が魔法使いだってことを証明しようか。」
トンナの左肩で俺は立ち上がる。
「えっ?トガリ、魔法で攻撃するの?皆、死んじゃうよ?」
「そうか、トンナの前では殺傷能力の高い魔法しか使ってないからな。でも、俺の魔法は色んな物を作るだろう?その応用だよ。」
「でも、トガリの手を煩わせるなんて…」
俺はトンナの頭を撫でて「良いんだよ。カルザンに見せてやる必要があるんだ。」と言ってやる。
俺は両手を天に向かって大きく広げる。
兵士達がドヨリと騒めく。
「我が名はトガリ。地にある理、かく固き誓いをもってその印を我に示せ。」
瞬間的に石が泥のように変質し、兵士達の足を捉える。
城壁の上と俺達の周りで兵士達の戸惑う声が響き渡る。
「須らく捕らえ、巌たりて、不動を示せ。」
兵士達は、その顔を残して、這い上がって来た泥に包まれ、泥が岩に変質する。
いい加減な呪言を吐き出して、それっぽい演出を心掛けたけど、もう二度とやらない。
何が悲しくて、四十五歳のオッサンが、魔法使いの真似事をしなけりゃならないんだ。マジカルオッサンなんて悲しすぎる。
「カ~ルザ~ン!お前が来ないなら、こっちから行くぞ~?兵士達の前で逃げるのか~?」
当然、返事などなく、その代わりに砲台が準備された。で、当然のように使用不能の状態にしてやる。巻き込まれる兵士達が可哀想だろう?
「カ~ルザ~ン、砲台なんか役に立たないぞ~。兵士が~可哀想だぞ~。」
待ってる間に、石畳に埋まっているカルデナを引っ張り出してやる。カルデナを横に転がしたところで、アンダルが重装歩兵の装備で現れた。
アイツって、たしか魔法使いだったよな?あんな重い装備で歩けるのか?
と、思ってたら、案の定、転びやがった。自分で立てもしないようだ。
じたばたともがいている姿を、しばし鑑賞する。
ようやく、宮中から数人の婢が出て来て、アンダルを助け起こす。
欠伸が出るな。
俺はテーブルセットを再構築して、トンナと共に座る。
アンダルが、俺達の目前まで来たので、椅子を勧める。ぎこちない動きで椅子に座る。勧めておいてなんだが、立てるのか、コイツ?
「アンダル、久しぶりだな。て、言っても一月も経ってないか?」
アンダルが、金属の擦れる音を発しながら、俺に向かって頭を下げる。
「まさか、再び現れるとは、思いませんでした…」
鎧のバイザーや頬当てで、表情は見えにくいが、俺の右目は恐怖をありありと捉えている。
「なんでよ?友達だろ?遊びにも来るし、相談にも来るヨ?」
「へ~、トガリのお友達なんだ?」
トンナが俺の顔を覗き込んで来る。
「そうだよ?な?アンダル?」
俺はアンダルに話を振るが、アンダルは答えようとしない。それどころか、話を強引に進めようとする。
「この度は、如何なご用事で参られたのですか?」
俺は白けた表情で「まあ、いいけどさ。」と答える。
「実はさ、カルザンに借金を頼みに来たんだよね。」
「借金。で、ございますか?」
アンダルの言葉に俺は頷く。
「五十億ほど、貸してくんない?」
アンダルが立ち上がろうとするが、やっぱり立ち上がれなくてバランスを崩す。椅子から転がり落ちるのは何とか踏みとどまった。
「なっ!?ご、五十億ですと?!」
アンダルの言葉に頷きながら、俺は説明する。
「元金年利〇.五パーセントぐらいでさ、年間金利は別に返済するってことで、そうだな、年に三億ほどの返済ってことで。まあ、俺がこの国に攻め込まない安全保障金?みたいな感じで、しかも、しっかりとハルディレン王国の東に新国家を建国するから、その軍資金だな。そういうことで、貸してくれ。」
俺の言葉を呆気にとられて聞いていたアンダルよりも、先にトンナが話し出す。
「あら、トガリ、借金なんてする必要ないわよ?ここの金庫蔵に行って、勝手に持ち出しちゃえばいいじゃない?奉納金ってことでいいんじゃない?」
また、トンナが無茶苦茶言い出したよ…どんだけ俺を神様にしたいんだ?しかも、金庫蔵に侵入して勝手に奉納金名目で金を持ち出す神様って、神様じゃなくて泥棒だよ?それとも、俺を泥棒の神様にでもしたいのか?
「お、お待ちを!そ、そのような大金、私の一存では決められませぬ!」
「そりゃそうだろう。だから、カルザンを呼んで来いよ。」
金属の擦過音を上げながら、アンダルが首を捻る。
「しかし、陛下を…」
チラリと俺を見る。
その先は言わない方が身のためだぞ?既にトンナは殴る準備が出来てるからな?
「しばし、こちらでお待ちいただきたい…」
よしよし、賢明な判断だ。アンダルは立ち上がろうとするが、立てないようだ。もがき苦しむアンダルをしばし鑑賞する。
婢が恐るおそるといった体で近づいて来る。アンダルを助け起こし、そのまま、元来た道を辿って、帝城へと入って行く。
俺は欠伸を一つして、紅茶とケーキを再構築し、トンナとお茶の時間を楽しむことにした。
「主人よ、我にも一杯の紅茶と茶菓子を出してはもらえぬか?」
「え?お前、茶菓子って、そんなの食べるの?」
テーブルにロデムスが降り立ち、頷いて、催促する。
仕方がないので、猫用の飲み皿とケーキ用の皿を再構築してやると「皿は二枚も要らぬのお、紅茶用にカップが必要じゃ。」と、ぬかしやがるので、飲み皿を分解して、人間用のカップを再構築してやる。カップには紅茶を満たし、皿にはケーキを再構築してやる。
「うむ、美味なり。」
器用に食ってやがるよ。
「虫歯とかは大丈夫なのか?」
「主人が綺麗にしてくれるのでな。心配は無用だ。」
おい、それって主人の仕事か?いや、猫を飼ってた時は、確かにしてたな…じゃあ、良いのか?
いや、猫には猫の餌しかやってないぞ?大体、ケーキなんて要求されたことがないし、人間用のカップを要求されたこともない。…って、それは当たり前か?
「主人よ、口元が汚れたのでな、拭ってくれぬか?」
ケーキ一個をペロリと平らげたロデムスが、顔を俺に向けてくる。
何だかモヤモヤしながらではあるが、ロデムスの口元を拭ってやる。ペットの世話と言うより、爺ちゃんの介護をしてる気分なのが不思議だ。
四杯の紅茶と二個のケーキを腹に収めて、苛立ちがピークを迎えそうになる。トンナは紅茶を五杯とケーキは二十個ほど食べて、ご機嫌だ。
「遅いな。」
俺の一言でトンナが動き出す。
トンナは、俺を膝上から左肩にのせ換え、右手に、再び斧槍を握る。
広場を囲む城壁の前に移動し、斧槍をヘリのローターのように回しだす。
トンナは辺りを見回し「ここなら大丈夫かしら?」と、呟いたかと思うと、回転する斧槍の柄尻を両手で握り直して、城壁に向かって、斧槍を振り抜いた。
城壁を支える木骨、石柱関係なしに、その城壁の一部が綺麗に吹き飛ぶ。
その破砕音は、木霊を響かせながら、帝都中に聞こえるんじゃないかと思える轟音だった。
「なにしてんの?」
俺は思わず、素でトンナに聞いた。
「トガリを待たせるなんて不敬でしょ?だから、早くしろってことで‘ノック’よ。」
この時、俺の脳裏に浮かんだのは千本ノックをする鬼コーチだ。
「いやいやいやいやいや。」
俺は野球のユニフォーム姿のトンナを脳裏から追い出し「ノック?」と問い返す。
「そうよ。‘コンコン’ってノックするじゃない?」
トンナが、右手でドアをノックする身振りをする。
そのノックか…
「でも、ノックって扉にするもんでしょ?」
「そうよ?でも、此処にはカルザンの部屋に通じる扉がないもの。」
成程、扉がないから、建物その物にノックしたってことか。納得。って出来るか~い!
「いや、トンナ、俺達はお金を借りに来てるんだから、そこんところは、ちょっと大人しくしとこうよ?」
「ダメよ。トガリは優しすぎるのよ。お客を待たせて、お茶もお菓子も出さないなんて、トガリに対して不敬だわ。だから、ここは私に任せて。直ぐにカルザンに来させるから。」
いい笑顔で怖いこと言うなぁ。
カルザンが来る前に帝城が破壊し尽くされて、カルザンが丸裸にされるんじゃないだろうか?
そんなことを考えている内にトンナが二撃目の、ノックと称する、斬撃を振り抜く。
城壁の巨大な岩が、粉々に砕けて、遥か彼方へと飛んで行く。
着弾地点は、ちゃんと考えているようで、帝都の街中には飛んで行っていない。森や畑に飛んで行っている。
「ふむ。獣人特有の考え足らずじゃな。」
涼しい顔でロデムスが呟く。
もう無理だ。
トンナを止めるのは諦めよう。
その内、カルザンなり、摂政なりが出て来るだろう。
もういいや。
三撃目のノックで、城壁が崩れ出す。そりゃそうだ。構造体ごと吹き飛ばしてるんだから、自重で崩れるわな。
「案外、脆いわね。」
いや、お前、自分のパワーを考えろよ?
「どうしようかしら。向こうの城壁だと、兵士達が岩で固まってるし…」
一応、人が死なないようにとは、考えてくれてるみたいで安心した。いや、安心していいのか?
「トンナ殿、足元の石畳なら問題ないのではないかのう?」
おい、ロデムス。俺の左肩で何余計なこと言ってんだよ?トンナは本当にやるぞ?
崩れ出した城壁から離れて、トンナが足元を見詰める。
まさかと思うが、そのまさかだった。
トンナは、左肩に乗った俺を、肩車にのせ直し、おもむろに斧槍を振り上げ、ゴルフスイングのように振り抜いた。
鼓膜に物理的な衝撃を残して、巨大な破砕音が帝都に木霊する。
城の一部がゴッソリと削り、いや、削られてない。これは消失だ。大きな庭園の五分の一ぐらいが消失し、帝城に大きな穴が開いている。
「思ったよりも飛んでったわね…」
粉砕されて、飛んで行く城の一部を、手を額にかざして眺めるトンナは、まさにプロゴルファートンナだ。
呆れてものも言えずに振り返ると、意識を取り戻していたカナデラも、呆然とその光景を見ていた。岩に固められた兵士は鼻水まで垂らしてる。
そうだよな。このシーンだけ見てるとギャグマンガの世界だよな。
トンナが、場所を変えて、二度目のスイングをしようとした時、後ろから男の声が聞こえる。
「待たれよ!!今しばらく!今、しばらく待たれよ!!」
肩車状態の俺はトンナに「誰か来たよ。」と声を掛けるが、トンナは「うん。」と返事しながら、振り抜いた。
うわ~。止める気なかったんですね~。
再び、飛んで行く城の一部を眺めるトンナは「さっきより、飛距離が落ちたわね…」と呟いた。
「うむ。主人の声で集中が途切れたせいじゃな。」
おい、何か俺が悪いみたいなこと言ってるけど、俺は止めようとしたんだからな?
大体、これって、もうノックが目的じゃないですよね?
「お前、奴らの前で話すんじゃないぞ?」
ロデムスに釘を刺すが、ロデムスは欠伸をしてスルーだ。コイツら、本当に下僕っぽくねえな…
廃墟と化した庭園で、俺とトンナはテーブルに着いた。目の前には、青いローブを纏った中年の男性がいる。
顎髭をたくわえた白人男性、装飾過多のボタンが、ズラリと並んだ薄い水色の上着に白いズボン。中々に上品な出で立ちだ。
「まあ、座れよ。」
俺は男性に椅子を勧めるが、男性は両手を前に出して「いえ。」と断る。その両手を脇に下して、佇まいを整え、右手を胸に添え直して、キチンとしたお辞儀を俺に向かってする。
「私はルドフィッシュ・フォー・ハウザーと申します。この帝国の摂政を務めております。」
やっと来たか。
俺も同じように右手を胸に添えて礼を返す。と言っても、トンナの膝上に立ち上がっての礼だから、失礼にあたるかもしれないが。
まあ、もっと言えばロデムスは俺の肩にのったままだ。俺がお辞儀をしたら、下りるかと思ったが、俺が腰を折ったら、そのまま背中に回り込んで、上体を起こすと、また肩に回り込んで、下りる気配が全くなかった。これって失礼だよね?
「私はトガリと申します。連なる星々と言えば、ご理解いただけますでしょうか?その主催者でございます。」
ルドフィッシュが俺の自己紹介に頷く。
「お話は、アンダル・セルフ・ジマーク伯爵と皇帝陛下より伺っております。」
俺は頷き、口調を変える。一応、帝国にとっては、テロリストのボスだからな。
「立ったままじゃ、落ち着いて話も出来ん、とにかく座れよ。」
再度、椅子を勧めると「では。」と応えて、椅子に座る。物腰の柔らかい静かな人物だと感じる。
そのルドフィッシュが、テーブル上に組んだ両手を置く。
「早速本題ですが、元本金利年〇.五パーセント、年間返済金額三億と年利子返済で五十億トロネの借金の申し込みとお聞きしましたが、間違いございませんね?」
うん?金の単位が違うな。
「トロネじゃ駄目だ。ダラネじゃないと、ハルディレン王国では使いにくいし、足がつく。」
ルドフィッシュが顔を下に向ける。
「ダラネでは五十億という金額はご用意できませぬ。ダラネ通貨との為替取引も行っておりますが、五十億ともなると近日中にはご用意出来ませぬ。」
成程、そうきたか。
「トロネとダラネの現在の為替相場は幾らだ?」
「固定でして、トロネが一に対して、ダラネが〇.八です。」
「それは、金の含有率の差か?」
「左様です。」
「トロネなら五十億分、直ぐに用意できるということか?」
「はい。」
うん。言質はとった。
「じゃあ、今すぐ五十億トロネを金貨で用意してくれ。」
「えっ?」
ルドフィッシュの背筋が伸びる。
「えっじゃないよ。今すぐ五十億トロネを金貨で用意してくれって言ったんだよ。」
ルドフィッシュが前のめりになる。
「ト、トロネ金貨でよろしいのですか?」
「左様ですよ。トロネ金貨で良いんですよ。」
俺は頷いてルドフィッシュを急かす。
ルドフィッシュは懐からハンカチを取り出し、額に浮いた汗を拭いながら、立ち上がる。
「わかりました。少々お待ちください。」
なんか、ルドフィッシュが銀行員に見えてきた。お金の話しかしてないからだろうな。
ルドフィッシュが立ち去って、トンナが俺の耳元に囁いてくる。
「何だか胡散臭い野郎ね?」
「金の話をしてるんだ。胡散臭い奴が出て来るよ。」
「何かと誤魔化して来るかもしれんのう。よくよく注意せねばのう。」
「わかってるよ。猫のくせに金の心配とか、俺が吃驚するからやめてくれよ。」
俺の言葉を受けてロデムスが俺の頬を一舐めする。
しばらくして、婢を率いて、ルドフィッシュが戻って来る。五人の婢達はサービスワゴンを押している。
ルドフィッシュが元の席に座り、ニコリと俺達に笑い掛ける。
「お待たせいたしました。こちらにご用意いたしました。」
そう言いながら、サービスワゴンの中から、革製のアタッシュケースを一つ取り出す。
「待てよ。正式に借りるんだ。書面の交換を先にしよう。」
そう言って、俺はインクとペン、そして、紙をテーブル上に再構築する。
書面に手をかざして、左から右へと動かす。
真白な書面に契約内容が書き連ねられていく。
もう一枚、同じ大きさの紙を再構築し、真白な紙を契約内容の書かれた紙に重ねて、剥がす。
同じ文字、同じ内容が書かれた契約書が二枚出来上がる。ちなみに、転写じゃないよ?転写したら、文字が反転するからね。
二枚の契約書をルドフィッシュに向けて差し出し、確認するように顎で示す。
ルドフィッシュは、驚いた表情を見せながらも、しっかりと契約書に目を通す。ルドフィッシュの眉が少しばかり動く。
「この違約金の項目ですが…」
俺は頷く。
「そうだな、双方、どちらかに不誠実な対応があった場合だな。例えば俺の返済が間に合わなかったり、そちらが、金利を高く設定して、要求したり、まあ、そちらとしては問題のない内容だろう。どちらかと言えば、俺が誠実なんだと、そちらに信用して貰うための項目だな。」
「成程。」
ルドフィッシュがニコリと笑って頷く。
「それでは。」
双方が二枚の契約書にサインする。
俺は、右手の中指に指輪を作り出す。連なる星々の印の入った印章の指輪だ。即席だが、問題ないだろう。
「こっちの契約書には俺が印章をついておくから、そっちの契約書にはカルザンの印章をついて来いよ。」
ルドフィッシュが立ち上がり、そそくさと城内へと戻る。
ハンコを貰って来るだけなのに、やけに時間がかかる。
遅いな。と、思って、右手で印章を弄んでいると、ルドフィッシュがカルザンと共に此方に向かって来た。
「よう。」
カルザンに向かって手を振るが、カルザンは仏頂面だ。
無言のままにテーブルに着き、先程の契約書にサインして印章をつく、俺の持っている契約書にも同じようにサインして、印章をつく。契約書を互いに入れ替え、俺はカルザンのサインと印章を確認して、自分の印章をつく。
二枚の契約書をズラして重ね、それぞれの印章で契印をつく。
はい。契約完了。
「それじゃあ金を渡して貰えるかい?」
ルドフィッシュが、先程のアタッシュケースをテーブルの上に置く、カルザンが立ち上がって、この場を去ろうとするが、そうはさせない。
「まだだ。カルザン、此処に居ろ。」
俺の真剣な声と真剣な眼差しが、先程までの軽い雰囲気を払拭する。
少しばかり蒼褪めたカルザンが椅子に座り直す。
アタッシュケースの留金を外し、蓋を開ける。
ビッシリと金貨が並べられている。トロネ大金貨が十枚ごとに薄い紙で十字に束ねられ、その束が全部で百束、つまり一億トロネが詰め込まれている。
かなりの重さになるだろう。
その中から一束取り出し、大金貨を束ねている小帯紙を分解する。重い音を立てて、輝く黄金がテーブル上にばらける。
俺はその内の一枚を抜き出し、他の金貨と離して置く。
右手の中にダラネ大金貨を再構築する。
ダラネ大金貨は十六.八グラム。二十二カラットなので、金の含有量は約十五.四グラム、一.四グラムの銀が混ぜられている。
それに対して、トロネ大金貨は二十一グラムで同じ二十二カラットだから、金の含有量は約十九.二五グラムとならなければならない。
テーブル上にラインの入ったコップを再構築し、そのコップのラインにまで水を満たす。
「水平がとれてないな。」
テーブルの足を微調整し、コップを横から覗き込む。水面がコップのラインと重なり、水平がとれたことを確認してから、天秤を再構築する。
チラリとルドフィッシュの顔を見る。
俺が、これから何をするのかわかっている筈だが、平然と天秤を見詰めている。
〇.一グラムの分銅を四つと一グラムの分銅を九つ、十グラムの分銅を一つ作る。
「カルザン、ルドフィッシュ、分銅に間違いがないかよく見てろよ?」
それぞれの分銅を二つに分けて、両方の天秤の皿に載せていく。最後の一グラムの分銅を残して、天秤が水平を保つ。
残った一グラムの分銅を右の皿に載せて、天秤が一グラムだけ右に傾く。
「天秤、分銅共に正確なのはわかったな?」
俺の言葉にカルザンが頷く。
ルドフィッシュは目を見開き、天秤を凝視している。
俺は、ダラネ大金貨を掌の上で分解再構築する。
十五.四グラムの金と一.四グラムの銀に分けて、テーブル上に再構築だ。
「ああ…」
カルザンが素直に感嘆の声を上げる。そのカルザンの目の前で、金と銀の重さを証明する。
「間違いなくダラネ大金貨だな?」
俺の言葉にカルザンが頷く。
トロネ大金貨も同様に分解再構築する。
金と銀がテーブル上に転がるが、もう一つ、鈍色の金属が転がる。
「おや?これは何だ、ルドフィッシュ?」
ルドフィッシュは答えない。
「まあ、いい。要は金の重さが十九.二五グラムあれば良いんだ。」
そう言って、俺は天秤の皿に金を載せる。
ダラネ大金貨の金を量った時に、そのままにしておいた十五.四グラムの分銅と釣り合う。
カルザンとルドフィッシュは言葉が出てこないようだ。ルドフィッシュは平然としているが、カルザンは純粋に驚いている。
「ルドフィッシュ、どういうことだ?カルザン帝国の大金貨はハルディレン王国の大金貨と、同じ貨幣価値じゃないとおかしいんじゃないか?」
さて、俺の魔法に難癖を付けて来るだろうな。
「何を仰いますか。カルザン帝国の大金貨には混ぜ物などは入っておりませぬ。そなたが、その魔法にて混ぜ物をお造りになったのでしょう?」
あからさまにホッとした表情で、カルザンが椅子の背凭れに体を預ける。
「左様か。そうじゃろう。帝国の大金貨に混ぜ物が入っている訳がない。」
俺は俯いて笑う。
「そうか。なら、俺なりの方法で金を借りて帰る。」
サービスワゴンに入っていた革のアタッシュケースが分解消去され、棒状に束ねられた大金貨がゴロゴロと転がり出す。
転がり出す傍から、大金貨が金と銀の延べ棒へと再構築され、俺の横に積み上げられる。
五十億トロネ分の大金貨から抽出される金は九百六十二.五キログラムだ。
だが、この場には、七百七十キログラムの金しかない。
当然、銀も少ない。
仕方がないので帝国の金庫蔵からも足りない金と銀を抽出してやる。
結果、俺の横には千百五十五キログラムの金と百五キログラムの銀の延べ棒が積み上がった。
契約書に書いた違約金は十億トロネ。十億トロネ分の金と銀も頂いた。
「金貨の形に拘らないんでな。金地金にして持って帰るよ。」
金の延べ棒にしてしまえば、実際の金額なんてわかりっこない。これで、六十億ダラネ分の金と銀が手に入った。
唖然とするカルザンとルドフィッシュを置いて、俺はトンナの膝上から跳び下り、遠い本屋の屋上にあった霊子バイクを分解して、この場に再構築する。
金と銀の延べ棒は分解保存して、トンナが霊子バイクに跨るのを待つ。
俺は振り返って、カルザンに別れの挨拶だ。
「じゃあな、カルザン。一月後に三億トロネと利子を払いに来るよ。その時は友達になろうぜ。」
俺の言葉をカルザンは心のどこかに残しておいてくれるだろうか?
そんなことを思いながら、俺は小さなキングシートに跨り、帝国を後にした。




