病院経営って出来るもんなの?
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「本気で言ってるのか?」
「当たり前でしょう?トガリが言ってるのよ。出来ないことなんてないのよ。だから、本気よ。あなた、いい加減にしないと死刑よ?」
トンナが横槍を入れる。
俺はセディナラの目を見詰めて答える。
「本気だ。ヘルザース達もそのつもりで動いてる。」
「反乱するのか?どうやってそんなことを…」
セディナラの声が震えている。
「反乱?馬鹿言え。そんなことしたら、人が死ぬじゃないか?そんなことするもんか。」
「じゃあ、どうする?どうやって国を創る?」
俺は腕を組んで踏ん反り返って答えてやる。
「そんなもん簡単だ。人の住んでないところに旗立てて、此処が俺の国だって言えばいい。」
セディナラが朗らかに笑う。
「ははっ、建国の宣言か!はは!ははははは!そいつは良い!どこだ?そんな土地が、何処にある?!」
「何処にでもあるじゃないか。この国にだって、人の住んでないところはそこたら中にある。」
「そうなんよ。ヘルザースだって、自分の領地をトガリの国にしてくれって言うんよ。」
「そうなの。ズヌークだってそう言うの。」
「そんなことしてみろ?王国から鎮圧軍が送られて来て、即鎮圧だ!お前らだけじゃない。大勢の人間が死ぬぞ!」
セディナラが、泣きそうな顔で喚く。
「コイツ、ダメなの。」
「ホント、全然、チビジャリのことがわかってないんよ。」
言葉の意味を理解できていないセディナラがキョトンとした表情で、ヒャクヤとアヌヤの顔を交互に見る。
「本当にあなたは死刑ね?トガリに勝てる国なんてある訳ないじゃない。」
トンナが当たり前のように言う。
流石に、それは言い過ぎだと思うんだが。
「考えてもごらんなさい?トガリは単身で帝国に潜入してるし、王宮深くに居る鳳瑞隊を洗脳しちゃったのよ?つまり、どの国もトガリを止めることは出来ないの。だから、どこの王様もトガリに命を握られてるのよ?わかる?私の言ってること。」
おお、整理して考えるとそうだな。確かに現状では怖いものなしだ。イデアとかの管理人を除いて…
セディナラの目が見開かれてる。衝撃なんだろうな。子供の戯言だと思っていたら、ちょっと、現実味を帯びてるから。
「鳳瑞隊という魔法使いが、束になっても敵わない最強の魔法使い、ドラゴンを狩れる最強の戦士。それがトガリなの。どの国もトガリの要求には逆らえないし、交渉のテーブルごと引っ繰り返す力を持っている。ううん。交渉のテーブルに着くことさえ必要としないのがトガリなのよ?だから、トガリの下に人が集まるんじゃないの。」
良かった。トンナが俺のことを神って言わなくって。
「トガリなら、天候さえ操って、きっと人を飢えさせることもないわ。知ってる?そういう存在を何て言うか?神様よ。」
…言っちゃったよ。
「はは、神様か…」
セディナラが俯きながら笑う。
そりゃそうだ。いい大人が、目の前の子供を神様だなんて信じる訳がない。犯罪者集団なら特にそうだ。
「たしかにお前の言うとおり、天気も操れるってんなら神様だ。でもな、俺達に必要なのは神様なんかじゃねえ。今日、飢えないための金なんだよ。うちの構成員は百四十三人…」
セディナラがカナデの方に視線を転じる。
「カナデ、あんたの所で二百五十人程だろう?下を入れれば、何人になる?」
「そうだね。二千六百程さね。」
再び、トンナに視線を移す。
「聞いたか?約二千七百人の人間を死ぬまで食わせていかなきゃならないんだ。神様でも建国でも好きにすりゃいい。だがな、俺達にはそんな悠長なことを宣ってる暇はないんだよ!」
論点がズレてきたが、まあ、セディナラは俺の力を信じたいんだろうな。そして、その力に縋りたいんだ。
「ホントオオオ~に馬鹿ね。あなた、このままじゃ死刑が確定よ?そんなのトガリなら簡単に解決よ。」
トンナとセディナラが俺を見る。
どんだけ無茶振りなんだヨ。マジか?イズモリ達は沈黙したままだし、どうしろってんだよ。
「はあああ~」
俺は長い溜息を吐く。禁じ手にしてたんだけどな…そうも言ってられないか。今まで培ってきた洗脳手法とマイクロマシンテクニックの集大成だな。
俺は顔を上げる。
真剣な眼差しに、射抜かれたセディナラの表情が変わる。
「お前達の中で、今、体の中に麻薬が入ってる奴は?」
数人が前に出て来る。
麻薬は、脳内のドーパミンやセロトニン等の代わりにアルカロイドを受容体に送り、人為的に快楽中枢を刺激させるものだ。
以前、俺がトンナ達に人化を促すためにやった行為と同じことを薬物で行うことになる。
トンナ達獣人は、普段から分泌されているセロトニンやオキシトシンが人化するための受容体に届くことで、人化しているため、麻薬のような副作用はない。スポーツなどで得られる爽快感と同じ物だからだ。
麻薬の問題点は、人為的、作為的に快楽を得る点にある。
本来、人間の行動原理は欲望であり、その欲望が満たされると、その行動原理が失われる。では、その欲望が何故生まれるのかと問われれば、欲望が満たされれば気持ち良いからだ。つまり、欲望が満たされた時、人は脳内物質を得て、気持ち良くなるのだ。
ストレスが掛かる行為を成し遂げた後に得られる快楽が、薬という代替え物質で達成されてしまう。しかも、その薬は身体的にも快楽を与える。
もう普通に生活するのが馬鹿らしくなる効果だ。だから、人々は薬を得ることを目的とするようになる。薬を得るためには、金が必要になるのだが、薬を使うと働けなくなる。
副作用だ。
薬物で得られる快楽は脳の神経細胞を破壊する。
麻薬に含まれるアルカロイドは、脳の分泌する快楽物質と構造が似ており、その物質が受容体と結合すると快楽を得るのだが、そのアルカロイドが過剰に供給されるため、通常の数倍の快楽を得るようになる。それが麻薬だ。
一度、過剰に快楽物質が供給されると、通常、分泌される快楽物質の量では、快楽を感じなくなる。
つまり、麻薬を一度でも使用すると、その人間は通常の行動原理に基づいた行動が出来なくなるということだ。
しかも、麻薬によって数倍の快楽を得た神経細胞は、その抑制効果を失い、苦痛も通常の数倍に感じるようになる。
触っただけで、激痛が走る。微風に触れただけで激痛が走る。立っていても、座っていても、寝ていても、体中の骨が悲鳴を上げるようになる。
その苦痛を失くしてくれるのも麻薬だ。
麻薬が無ければ生きていけなくなる。
麻薬があっても生きていけないのだが、中毒患者は、死ぬ前に、僅かでも、その麻薬を欲しがるのだ。
死んでも麻薬を止められない。
何故か?
脳に刻まれた快楽刺激は一生消えることはないからだ。
例えば、自転車でもいい、自転車に乗り続けることが出来るのはなぜか?体が覚えているからだ。
体が覚えるというプロセスは、快楽中枢と小脳が密接に関係している。自転車に乗り、転倒する。快楽は感じない。
自転車に乗り、上手く乗りこなせることが出来た。快楽中枢が、快楽を感じる。快楽を感じることで、何度でもその経験を繰り返したいという行動原理が働き、小脳がその時の体の動きを記憶する。
そして、何度も自転車に乗ることで、上手く乗ることが当たり前になると快楽中枢は快楽を感じなくなる。
自転車を麻薬に置き換えると、その恐ろしさがわかる。小脳が麻薬を吸引するという行動そのものを記憶するのだ。つまり、体が覚えるのだ。
脳そのものを作り変える必要がある。
麻薬で得られた、強烈な快楽に対する、記憶の痕跡を綺麗に取り除き、アルカロイドを受容体で受け取らないようにする。
通常の脳内物質でも正常に伝達されるように受容体を修復する。
ヘロイン等がもたらす禁断症状は、時には死に至る場合もあるから、薬効が切れた場合の対抗物質の分泌も除去しなければならない。
麻薬の供給を止めれば、麻薬を求めるジャンキーによる犯罪が、急激に伸びるだろう。
麻薬に関するあらゆる記憶を消し去るマイクロマシン。
注射器を見れば思い出すだろう。
常に麻薬を摂取していた場所に居れば思い出すだろう。
麻薬を手に入れていた場所。
麻薬の摂取方法に使っていた道具。
街。
路地裏。
家。
トイレ。
環境を変え、手に入れられない場所に行かなくては、治療出来ないだろう。
だからこそ、脳そのものを作り変えるマイクロマシンが必要だ。
徐々に作り変える。
違和感が出ないように徐々にだ。
俺は親指ほどのガラス瓶を再構築する。その中には、白い粉末が入っている。その粉末をセディナラに差し出す。
「これは?」
セディナラが不審に感じながらもガラス瓶に入った薬を受け取る。
「麻薬の治療薬だ。」
「なに?」
俺の言葉にセディナラが、更に、訝し気に俺を見る。
「その薬は、麻薬の禁断症状を抑え、麻薬の薬効を抑える。同時にボロボロになった脳内の神経も回復させる。」
俺の言葉にセディナラは眉を顰める。
「それを混ぜろ。」
「客を減らせってことか?」
「違う。これで製薬会社を作るんだ。」
セディナラが目を剥く。
俺はカナデの方にも視線を向ける。
「エダケエでもこの薬を混ぜろ。製薬会社のトップには、俺の選んだ者を就ける。製薬会社の立ち上げと同時に病院も作る。麻薬患者を、全員、その病院に入院させて、治療しろ。」
「そんな金が何処にあるって言うんだい?」
カナデが立ち上がる。
「鳳瑞隊とカルザン帝国に出させる。」
カナデを始めとする、全ての筋者の背筋が伸びる。
「お前達の拠点を、全て、病院にしろ。お前達は、全員そこで働け。真っ当な仕事に切り替えろ。」
「そ、そんなこと…」
セディナラの目が泳ぐ。
「俺一人でも出来ることだが、それだと、お前達の明日が見えない。だから、お前達がやれ。」
俺の言葉に、セディナラの瞳に力が宿る。
「そこにいる、ジャンキー共で、この薬の実験をしてみろ。分量は麻薬十に対して〇.三だ。」
俺はトンナの膝上から跳び下りる。全員の顔を見回してから口を開く。
「お前達がやらないなら、それでもいい。だが、覚えておけ、選択の余地はないぞ。俺はお前達という存在を知った。お前達は俺という存在を知った。俺は必ずやり遂げる。」
俺は、そのまま歩き出す。トンナ達もその後に従う。
人垣が割れる。
俺はその真中を歩いて、堂々とその店を出て行った。




