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トガリ  作者: 吉四六
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ヤート族

 三時間ほど歩いてシュルタに着いた。

「アラネ!!トドネ!!」

 姉がシュルタの入り口で叫ぶ。やっぱ、声がでかい。

 点在する家屋の明かりが次々と灯っていく。

「母さん!!」

 アラネの声だ。

 小さな子供の人影が二つと腰を曲げた女性の影が向かってくる。

 俺と姉の姿を見て、三人は立ち止まる。

 三人共に悲痛な顔をしている。

 コルルの布に包まれているのがトサだと、わかっているからだろう。

 時間とともに人が集まってくる。

「トネリ…。よく…。よく戻って来てくれた。」

 トネリの義母、オルラが声をくぐもらせながら、絞り出すように呟いた。

「トサは、ヤートの男らしく死んだ?」

 長女のアラネだ。

 アラネもヤートの女らしく強い。

「ああ。強かった。金剛が五体、ヤート族が十五人からいる仇と見事に戦った。」

 噓を言うのは四十五歳の俺の仕事だ。

「すまない。間に合わなかった。」

 頭を垂れる。

 その頭に姉の手が置かれる。

「オルラ。アラネ。トドネ。トガリがいたから、トサの仇が討てた。トガリを褒めてやっておくれ。」

 周りに集まっていたヤート族も口々に俺達を褒め、労わってくれる。

「トガリ、よくやっておくれだね。さあ、疲れたろう。仮の宿だがしっかりと体を休めておくれ。」

 オルラのその言葉で、俺は、本当の荷物を下ろせると思った。


 皆が寝静まった頃合いを見計らってか、オルラのすすり泣く声で目が覚めた。

 横目にオルラの姿を捜す。

 トサの遺体を前に突っ伏してすすり泣いている。

 時折どうしようもなくなるのだろう、すすり泣きが、嗚咽に変わる。

 赤黒く腫れあがった顔を見たときも、折れた指を見たときも、その傷を撫でるだけで、泣くことはなかったオルラが泣いている。

 俺と姉の前で涙を見せたくなかったのだろう。

 たぶん、俺だけじゃない。姉も起きているだろう。

 俺はオルラの泣き声を聞かなかったことにして、もう一度目を閉じた。


 日が随分と高くなってから俺は目覚めた。

 トガリとなって、やっと三日目だ。壁際に置かれた戦利品を見て、昨日の出来事を思い返そうとするが、オルラの泣き崩れる姿を思い出した。

 トサの遺体はない。

 運び出されたようだ。

 ゾッとする。

 昨夜、襲われていたら俺は死んでいた。この家にはトネリをはじめ、俺以外に四人の人間が寝ていたのだ。その四人が起き出し、その上、トサの遺体まで運び出している。

 そのことに気付かないまま俺は眠りこけていた。

 昨日、襲われて、死んだばかりだというのに。

 いやいや。待て待て。この思考の方がおかしい。おかしいぞ。えらいスピードで、この世界に順応している。

 トガリからの影響か?それとも、俺がトガリに飲み込まれようとしているのか?

 いや。違うな。

 俺の脳が若いからだ。一〇歳の脳だから順応が早いのだ。

 俺は、伸びをして立ち上がった。昨夜はあれだけ走ったのに、筋肉痛の一つもない。やはり若い。

 出入り口に掛けられた蓆を捲り、外へ出る。

「やっと起きたか、寝坊(ねぼ)(すけ)さんだね。」

 アラネが俺を待ち構えていたように、真っ正面に立っていた。

「寝坊助さんって…。」

 えらい古臭い言い回しだ。それが年端のいかない可愛らしい女の子に言われれば、何となく、ギャップだ。

「もうすぐ、トサを送るから、起こして来いって言われたのよ。」

 アラネは十一歳だ。俺からすれば、可愛い女の子でも、トガリにとっては従妹のお姉ちゃんだ。トガリはアラネのことを何と呼んでいたのか?

「アー姉ちゃんは寂しくないのか?」

 コクリと頷く仕草も可愛らしい。

「仕方がないよ。トサもヤートの男だからね。」

「そうだな。ヤートの男だもんな。」

 この集落の家屋は環状に並んでいる。数は多くない。

 一軒一軒が、かなり余裕をもって離れて建っている。その集落の中央、大きな広場にトサは寝かされていた。

 綺麗な木綿のシャツとズボンを身に付けている。

 トサの横にはトサよりも少し大きな穴が掘られ、その側壁は石で固められている。竪穴式の竈だ。その竈の中には、薪が地面と同じ高さまで積まれている。

 既にトサの腹の中には油が流し込まれているだろう。

 男達の手でトサが薪の上に寝かされる。

 トサの頭の上で、姉がサレーベと呼ばれる白い皿を両手に持っている。

 白い皿から真直ぐに油が垂れる。

「トサ。父さんに会ったら、また、あたしの子供になって戻っておいで。」

 白い皿がオルラに渡される。オルラもトサに油を垂らす。

「トサ。次はヤート以外で生まれておいで。」

 白い皿がアラネに送られる。

「トサ。いつでもおいで。」

 白い皿がトドネに。

「トー兄。待ってる。」

 そして、白い皿が俺に渡される。

 最後の一滴まで、トサに(そそ)ぐ。

「トサ兄。少しばかり待っててくれ。」

 あとは、俺達以外のヤートが、先に火の着いた藁を放り込んでいく。

 薪が燃え、炎を高々と立ち昇らせる。

 木綿に擦り込まれた塩が炎の色を白く染め上げる。

 薪が崩れて、トサが不格好に沈んでいく。

 全てが燃え尽き、燻る熾火が白い煙を上げる。

 掘り返した土を、手を使ってトサの上に被せていく。

 俺と姉とオルラ、アラネ、トドネの五人の仕事だ。道具を使ってはいけないし、他の人に手伝ってもらってもいけない。

 ゆっくりと、トサと別れる。

 トドネは声を上げて泣いていた。

 アラネは声を出さずに泣いていた。

 トガリは心で泣いていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] トネリ&トガリ強すぎ、、、 トガリの村がゴーレムを伴って強襲されたことでは説明がつかないくらい相手が弱い、、、 トガリ達より(姉は?だが)、父親達大人の方が強いはずなのに、全滅している…
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