死んでから始まる物語
初投稿になります。よろしくお願いいたします。
「おい、起きろ。」
一番奥深くに残っている記憶は、そんな一言だったか。
「霊子体は安定してるのかなぁ?」
「安定してる。精神体は定着してるから、起動してもおかしくはない。」
同じ声が質問して、また同じ声が答える。
「おい、いい加減起きろ。事態は切迫してる。意識を俺の声に集中させるだけでいい。とにかく俺の声に反応しろ。」
質問者と回答者そして俺へと呼びかける声。そのいずれもが同じ声。
混乱する。
『俺に呼び掛けているのではなく、誰か、他の誰かに呼び掛けているのか?』
「いいぞ。起動した。そのまま、俺の声に意識を集中して覚醒しろ。いいか、目を開けようとか考えるな。このまま俺の声に意識を集中するんだ。思考を途切らせるな。」
何のことか、わからない。
「俺の声のする方向はわかるか?意識を集中させて、方向性を認識しろ。イメージで言うなら、脳の中心部付近をイメージしろ。」
『脳の中心部付近?』
「そうだ、いいぞ。疑問に思うだけでも方向性を認識できる。その調子で脳の中心部付近を探るようにイメージしていけ。そうすれば、小さくても光が見えるはずだ。」
暗闇の中に星のような一点の光が見える。
『見えた。』
「よし、意識をその光から外すな。」
『わかった。』
「その光にイメージを乗せろ。脳のイメージだ。その脳は、前頭葉と右側頭葉、視床、小脳に損傷を受けてる。視床と小脳のダメージは深刻だ。早急に対処しなければならん。」
光源が大きく広がり、白い光の中にグニャグニャと迷路のような、いい加減な脳の絵が浮き上がる。
「いいぞ。それでいい。こちらで補完する。」
途端に稚拙な脳の絵が3DCGの様に精緻な物へと変貌する。
「小脳は第二副幹人格の物を、視床は第三副幹人格、右側頭葉は第四副幹人格そして前頭葉は俺達の第一副幹人格の物を当てて修復する。お前は脳の損傷が復元されるイメージを働かせろ。」
『全然意味がわからん。』
「緊急だと言ったろう?俺の意図を図ろうとか、意味を知ろうとしなくていい。今は脳が復元されるイメージを働かせろ。」
若干、怒られ気味でもあったので、素直に言うことを聞いたほうがよさそうだと思い、わかったと答える。
脳の中心部が赤く染まっていた。おそらく出血しているのだろう。同じように後頭部下部も赤い。右側頭葉に至っては広範囲に潰れている。右脳のほとんどが壊滅状態と言っていい状態であった。それに合わせて前頭葉も酷い潰れ方をしている。
復元されるイメージを働かせる。
視床、脳の中心部分の出血を抑え、形状を整えるようにイメージしていく。そのイメージに合わせて3DCGのような脳が復元されていく。
『おお。』
思わず感嘆の声を上げる。引き続き、小脳、右側頭葉を含む右脳、前頭葉を復元するイメージを働かせる。
「よし。まずは、これで時間ができた。次は意識をこちらに向けたまま、手の指を動かしてみろ。」
『指?』
「そうだ、指だ。どちらのでも、どの指でもいい。とにかく動かしてみろ。」
指を動かそうとして、感覚がないことに驚く。
『だめだ。指が動かないどころか感覚そのものがない。』
「よし。一からだな。この脳から延髄が伸びていくイメージだ。」
脳から延髄が飛び出して、脊髄神経を伸ばしていくイメージ。そのまま体全体へと広がっていくイメージを展開する。
途端に脳の3DCGにも変化が現れる。脳の下部から赤い粒子が広がり、太い神経の束を形成する。更にその脊髄を覆うように赤い粒子が散らばり、細い神経を形成し、大きく枝分かれした神経が広がっていく。
「いいぞ。神経の分布野をよくイメージできた。そのまま脊髄を覆っている頸椎をイメージしろ。」
言われるがままに脊髄神経を覆う頸骨と背骨をイメージしていくと、赤い粒子が脊髄神経に纏わり付き、赤から白い粒子へと変化し、骨を形成する。
「わかるか?第三頸椎が潰れてるのが。」
『ああ、わかる。』
「これから、この頸椎と脊髄神経を復元するイメージを展開してもらうが、気をしっかり持て。絶対に、こちらへの意識を途切らせるな。途切らせたら死ぬと思え。」
『そんな物騒な。』
「いいから、やれ。」
焦燥にも似た感覚が伝わってくる。
頸椎を復元するイメージ、そこから脊髄神経を復元させるイメージを展開させる。
先ほどと同じく、赤い粒子が第三頸椎付近で纏わりつく様に浮遊し、頸椎の周りを覆う。頸椎の復元が終わり、脊髄神経の復元が終わった途端にそれは起こった。
激痛が脳天まで走り抜けたのだ。
ただ、痛みだけが存在した。
体中の感覚を取り戻したと同時に、その体中からの激痛が脳へと伝播される。爪先から、指先から、尾てい骨から、痛みが体の中心へと走り、駆け上がりながら体中の至る所から痛みを拾い集めてくる。首元で収束した激痛が首を這い上がって脳を突き抜ける。
そのイメージを受けた3DCGが、神経の末端から赤い稲妻を発生させ、体中を駆け巡る映像となる。
「いいか、痛みを感じるということは、その部位は生きているという証拠だ。大きく痛みを感じる部分がわかるか?」
冷静な声が、気楽に感じられる。痛みの大きな個所を探す。頭部を中心に右顔面、体幹では胸を中心に腹部、右肩、右上腕付近、左大腿付近の痛みが酷い。
特に酷い痛みを感じた部分をイメージすると赤い稲妻がその部分を指し示すように大きく絡み合う。
「よし、まずは腹部だな、腹腔内大動脈が破裂してる可能性がある。他の臓器も心配だ。心臓をイメージして、そこから太い血管を下へと伸ばすイメージだ。」
激痛のする胸部分に心臓をイメージする。
裂けた心臓が描き出され、その心臓から太い血管が何本も伸びていく。同時に肺が形成され、胃、腸が形成される。腸が形成されるに従い、そこから派生するように膵臓、肝臓胆臓、脾臓が形成されていく。
どの臓器も傷を負っており、まともな形状を保っているのは肝臓と脾臓ぐらいの物だった。
腹膜内に溜まった血を破れた腹腔内大動脈へと戻していくイメージ、その後、腹腔内大動脈と心臓を復元するイメージを展開する。
「ほう。要領がよくなったじゃないか。でもまだ心臓を動かすなよ。今動かしたら、大出血でまた意識を失うからな。」
この激痛を感じているのだ。馬鹿でもわかる。
俺は、今、自分の体を復元しているのだ。
割れた頭骨を復元、同時にくも膜と硬膜も復元を開始する。顔面も陥没しているが、出血は少なそうなので、体幹部分を優先させる。
腹部の臓器を復元するイメージ。同時に痛みの激しい左大腿付近、右肩、右上腕付近をイメージする。
背骨から肋骨と鎖骨が形成されていくが、右の肋骨は第三肋骨までが砕かれ、鎖骨は粉々であった。右の肩甲骨も半ばまで砕かれている。
右の上腕は強い力で圧縮されたように潰れ、右の前腕も見事に複数個所で折れていた。骨折の影響で橈骨動脈も裂けている。右脳もそうだったが、どうも俺の体は右側から強烈な力が加えられたようだ。
骨盤も縦に真っ二つだ。左の大腿骨は切られたように綺麗に折れている。
とにかく、折れている骨と破れた血管を復元する、同時に体内に溜まった血液を血管内へと戻してやる。
肋骨が元に戻ると肺の復元だ。
肺の中に溜まった血液を肺の毛細血管へと戻し、肺を復元する。
すでにイメージ展開と映像はタイムラグなしに臓器を復元していく。
「いいぞ。やっと心肺蘇生だ。心臓に電流を流すイメージだ。できれば復元した神経から流すイメージだな。」
痛みが緩くなったおかげで、俺も冷静に声を聴くことができるようになった。俺が蘇生するには、この声は命綱だ。
電流を流すイメージ。同時に青白い電流が脊髄神経から発生し、交感神経をとおって、心臓へと奔る。
耳に鼓動が伝わり、途端に息苦しくなって、横隔膜が上下する。気管に溜まった血液を毛細血管にて取り除き、一気に空気を吸い込む。
「ゲハッゲハッ。」
声が出た。声というより咳が出た。耳は生きていることが確認できた。瞼を閉じたまま、意識は3DCGに留めておく。
「よし!よくやった。とにかく、これで一安心だ。」
「まったく、どこの誰かは知りませんが、ありがとうございました。」
「いや、そんなことは気にするな。それよりも欠損部分の復元をした方がいい。」
「欠損部分?」
欠損部分と言われて慌てて全身をイメージしていく。
陥没した右顔面では、右耳は内耳を含めて、右目は瞼ごと欠損している。
イメージを下へと向けると右の手首から先も欠損して、傷口は凍傷になりかけていた。
爪先は両足とも、元々かもしれないが、もしくは死ぬ前からか、足の指は何本かが欠損していて、長い年月が経っている。
復元させるイメージを展開させるが、顔面の陥没が復元されても、他の欠損部分については復元されない。
「やはり欠損の復元は無理か。」
焦っている俺にとっては、冷静な声が神経に触る。
「心配するな。右目は第一副幹人格の俺達の物を、右耳と右手は第四副幹人格の物を、爪先部分については第二副幹人格の物を使おう。もう一度、復元するイメージを。」
言われた意味がわからないまま、もう一度、イメージを展開させる。すると今度は、すんなりと復元される。
「よし、細かな怪我はいい。次は機能確認だ。痛覚を優先させたが、触覚と味覚の確認を。」
「はい。」
血の味を感じる。全身が気怠く、やわらかい重量物の下敷きになっていることがわかる。
腕を動かしてみるが、かなりの力を要さないと動かすことができない。
同時に饐えた臭いが鼻腔をつく。その臭いに胃がせり上がる感覚に襲われる。その時、思わず目を開けてしまう。
「あっ馬鹿!」
その声に、まだ目を開けてしまっては駄目だったのかと、咄嗟に目を閉じ、謝罪の言葉を口にする。
しかし、さっきまで聞こえていた声はもう聞こえなくなっていた。
「あの、すいません。もういないんですか?」
目をきつく瞑ったまま、何度か呼び掛けるが、もう声の主は答えることはなかった。
仕方なく俺は自分を覆っていた重量物から這い出し、視界が開けたであろう世界を見る。
青い空を白い雲が結構なスピードで走っていく。
風が刺さるように痛い。
梢の揺れる音が静かなことを意識させる。街の喧騒も車の排気音も聞こえない。
青い空に幾筋かの煙がたなびいている。俺の吐く白い息と黒い煙が並んで空へと吸い込まれる。
緩やかに上空へと黒い煙が昇っていく。
死臭を纏わりつかせながら。
燃える家屋。
夥しい死体の数々。
切り刻まれ、四肢が欠損した死体。血は黒く乾き、異臭を放つ肉。
所々に残った雪の上には、血が飛び散り、赤い色をそのままに、白を赤へと染め上げていた。
目の前に広がる世界は、俺の知っている世界ではなかった。知らない世界のはずだった。
そのはずだった。
そうでなければおかしいはずなのだ。
俺は車の排気音も知っている。街も知っている。
だから、俺はこんな田舎の集落など知らないはずないのだ。傍に転がる馬の死体なんて見たことがない。
馬なんて競馬で走っているのを見たことがあるぐらいだ。生でなんか見たこともない。
でも知っている。俺はこの風景を知っている。
此処は俺が生まれ育った集落で、俺の上で覆い被さるように死んでいるこの男は俺の父親であるということを。