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鰆は海魚です、念のため。
「…あれ、小田さん一人?」
急に声をかけられて、椿は読んでいた本から慌てて顔を離した。
カウンターの正前に男子生徒が不思議そうに立っている。去年は同じクラスだが、今年は同じ委員会だから顔馴染みの図書委員長、宮澤友哉だ。
「やだ、宮澤君忘れたの?人数の関係でカウンター当番一人でやる人がでるからって、くじ引いたでしょう?それに当たったのがあたしなんだよ」
あ、そうだったと片手で頭を掻きながら苦笑する友哉に、つられるようにして椿は片手を口に軽く当て小さく笑った。
(あ…やっぱり、良いなぁ…)
椿が浮かべた笑みに友哉は目を細め、ちょっと見とれてしまった自分を誤魔化すように軽く咳をした。
椿は美人とか可愛いとか言われるタイプではないし、クラスで目立つ子ではない。けれども椿のいる場所の雰囲気を良くすると言うか、近くにいると周りの気持ちを和らげてしまうような、そういう空気感を持っていた。友哉は去年クラスメイトだったためか気付き、つい椿を気にしてしまっていた。
「何か委員会関係?お昼休憩に来るって珍しいよね」
「いや、違うよ。小田さんに用があったんだ。借りたがっていた本があったよね、今借りている奴が、うちの部にいたんだ」
「そうなんだ」
頷く椿に頷き返しながら、友哉はカウンター内に入り、椿の隣に座った。
「知っているかな、2ー1の川野」
「えーと…分からない、かな」
ふと椿の後ろにあった当番表を目にして、友哉は笑った。
「名前は覚えやすいかも。小田さんの名前、椿でしょ。それに似ているから」
「そうなんだ」
椿は頷きながら思った。あれ、何だか似たようなやり取りを、つい最近した気がする、と。その時、荒々しく扉を明け閉める音がした。
「友哉ー、本返しに来てやったぞー」
苦笑しながら友哉が立ち上がる。
「何を偉そうに、期限とっくに切れてんだよ、全く。小田さん、噂をすれば。本、返ってきたよ」
「あ…」
本を返しに来たのは、数日前に美術室で会った鰆だった。