2
「…嫌でも何か言って行けよ」
「椿ー、帰ろーって…あれ、川野」
引き留める間もなく椿が去って行った方向を、鰆は何となく見ていると、反対方向から声をかけられた。振り向くと耳下辺りで左右に分けた髪を結んだ、鰆の見慣れた少女が目に入った。
「お菊さん」
「だぁーっ、宮澤が変な事言うから部員全員に広まっているしっ。川野まで呼ばないでよ、嫌なんだからっ。…それよりも何で美術室前にいるの?芸術に目覚めた?」
お菊さんと呼んだ彼女の名は菊地まどか、サッカー部のマネージャーだ。どうやらさっきの少女と知り合いらしい。
「何だそれ。ボールが美術室に入っていったみたいだから、取りに来ただけだよ。小田椿って子なら帰ったぜ」
ボールを手にしたので部室に戻ろうとすると、何故かまどかもついてくる。
「今日は美術室にいるねって言ってたんだけどなー。ははん、さては川野、椿に何かしたでしょう」
まどかが腰に両手を当て、意味ありげに見上げてくる。
「何もしてねえよ。ボール受け取った時見えた絵が小田さん?の書いた絵だったのか、追い出されたんだよ。無言のままあっち、鍵かけていたから職員室か、に行ったぞ」
「あーあ、それが一番タブー何だよねー、椿にとっては」
「タブーって」
「人からしたらそんな事って思うかもしれないけれど、これ以上は本人以外からは言えないわ」
(そう言っている時点でちょっと失礼だと思うけれどな…)
呆れた様にまどかを見るが、別の事を思い出したように鰆を見上げてきたので表情を元に戻した。
「そうだ思い出した。宮澤が川野の借りている本、次借りたい人がいるから早く返して欲しいって今日の片付け時ぶつぶつ言っていたわよ」
「ふぅん、友哉が…図書委員長に決まったんだよな、似合わないけれど」
「同感っ。昇降口見てから帰ろうかな~。じゃあね、川野」
「ああ、お疲れ」
部室棟前でまどかと別れた鰆は、リフティングしながら部室に向かう。ふと、脳裏を先程見えた絵がよぎり、バランスを崩しボールが体から離れる。木が一本中心に描かれた、白と青の二色だけの絵。デザインのポスターの様な絵だったのに、強い印象を鰆に残した。
(一体何でこんなに気になるんだ、あの絵が…)