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君に見せたいものがある  作者: 香坂皐月
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 季節はもう秋。西日が窓から差し込んで、美術室の中をほんのり赤く染めている。今日は金曜日。水木以外は特に活動のない美術部だが、絵を描くのが好きな椿(つばき)は先生に頼んで(かぎ)を開けてもらっていた。一人キャンパスと向き合い、ひたすら色を重ねていく。肩にかかった髪が、風に誘われるように少し揺れた。

 トンットントントン…

 急に背後から聞こえてきた音に我に返ったように振り向くと、開け放してある窓からサッカーボールが転がり込んできていた。


「…?」


 ボールを拾い上げ窓の外、グラウンドを見る。いつもグラウンドを使用しているのはサッカー部だが、金曜日は体力づくりの日と決め、陸上部が使用している筈だ。思った通り陸上部がいるだけで、サッカー部らしき人物は一人もいない。


 ガララッ


「失礼しますって一人か。悪い、ボール取りに来たんだけど」


 扉に目を向けると、サッカー部のユニフォームを着た男子が立っていた。夕日が髪に反射しきらきらと柔らかく輝いて、椿はその綺麗さに一瞬目を奪われた。


「あ、はい、どうぞ」

「サンキュ」


 差し出されたボールを受け取ろうとした男子は、ふと椿を見て立ち止まる。椿も自分の姿を見下ろすが、汚れを制服に付けないため着ているエプロンの、絵の具で汚れ以外目立つ物は特にないと思った。


「あの…何か?」

「ああ、悪い。名前、椿っていうんだなって思っただけだから。俺の名前、魚へんに春って書いて(さわら)だから、似てるなって見ていただけ」


 確かにエプロンには名前がフルネームで書いてある。納得してボールを渡し終えた椿は、次の瞬間ある事を思い出してぎょっとした。

「鰆って…もしかして…あの…」

「あの…って?」

「いつも学年一位の…」

「ああ…そうだよ。そう言う、小田、さんも、俺と同学年なのか」


 椿達が通う中学校は一学年150少々。個人に渡されるテスト結果の下に、別枠でいつも上位7人まで(ラッキーセブンにあやかって…らしいが意味はよく分からない)の合計点のみ、生徒の発奮材料として印刷されている。姓名どちらか分からなくするため、片仮名で印字されている筈が一番最初は今まで代わったことがない。それが“サワラ”。


(名字だと思っていた…)

 目を見開いたまま動きが止まった椿を不思議そうに見ていた鰆だったが、ふとキャンパスに目を向けて、次の瞬間ボールを落とした。

「?どうし…」

 動きが止まった鰆に対して、ボールの弾む音で我に返った椿は、再びボールを拾い上げると、鰆の視線を追ってボールを落とし、慌ててキャンパスにシートをかける。見とれていたのか、鰆がはっと正気に戻ったような表情をしたあと、椿を恨めしげに見た。


「何だよ…勝手に見たのは悪かったけど、制作者権限ですぐ隠さなくても…」

 鰆の言葉を聞き流しながら、研究室へ絵を持って行ってしまう。鰆が何も言わないで自分がいなくなるのも…と思っている間に戻って来た椿の様子は帰る準備万端だった。去り際にボールを拾い上げ鰆の手に押し付けると、ぐいぐい鰆の背中を押す。鰆が戸惑っているうちに二人が美術室の外に出ると、椿は振り返って美術室に鍵をかけ、鰆を見ず、声もかけずに足早にその場を去っていった。

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