8
(起きてくれ。まずいことになった)
それは本当に焦っていた。
(もう、いきなりなんだよ)
少年は起床した。まだ眠い目をこすりながら、布団をゆっくりとした動作ではねのけた。障子を通して朝日の明るい光が差し込み、部屋を照らした。
(バカ、そんなにちんたらしてる場合じゃない)
それは語気を荒らげる。少年にはなぜそんなに急がねばならないのか、理解に苦しい。
(いいから早くしろ。早くしないと、俺たちは終わりだ)
少年はそれのあまりに無理やりなせかしにほとほと呆れて言った。
(一体何が起こっているっていうんだよ……)
少年は緩慢な動作で立ち上がり、ぐっと伸びをして、それから大きなあくびを一回ついて、
(さ、顔でも洗いに行くかな)
井戸へ行こうと部屋の戸を横に滑らせて開けた――、
まさにその時だった。
(何で?)
少年は、驚かざるを得なかった。
(何で、ここが分かった?)
少年は、驚きのあまり現実から逃避しようとした。これはまだ夢の中だ。僕が恐れていたことが、夢となって具現化したに過ぎないんだ。しかしその無力な妄想はあっけなく打ち砕かれた。
その男の、発した言葉によって。
「精木族の、樹、だな。話を聞かせてもらいに来た」
精木族。
それはかつて、森と共に生き、精霊と戯れ、神に従って生きた、小規模の民のことである。
彼らは生物的には、人間だった。何ら人間と変わらずに、手足四本、指二十本、五臓六腑、不満足なく揃って生まれてくる。ただ、人間と違うところが、一つだけあった。
それは、植物と対話できる、ということ。
彼らはどうしてか、植物と意思の疎通を交わすことができた。それはおそらく、神々の気まぐれに過ぎないものだっただろう。しかし彼らは、この能力を大切に守り育み、神に従い、自然を敬い、それによって吉凶を占い、生活の糧とした。
そしてまた、彼らには――これも神の気まぐれなのだろう――一つの奇妙な風習があった。
彼らは生まれて間もない赤子の背を切り開いて、植物を植えるのだ。
植物は、決まって清潔で病気がなく、また不可思議な力――人々は神通力とか、験力とか呼んでいた――を蓄えることのできる、若くて神聖な種類が選ばれた。また、階級や生まれた家系によって、種類が決まっていた。
植物は植わると、自己の根を赤子の背骨と融合させた。根は背骨にたどり着くと、ゆっくりと背骨を囲うようにして絡みつき、さらに根を伸ばして末端を脳まで到達させた。また、もう一方の末端を胃腸の方まで伸ばすと、腸の一部に絡みついた。そこから、栄養を摂る、いや盗るのだ。こうして、人に植物が寄生する。人はその重荷を性として一生かけて背負い、また植物の方でも、その人間がどんな人間であろうが、養ってもらわねばならない。とはいえ、水さえあれば、背中に生え巡らし、生い茂る葉によってある程度は栄養を作り出すことができないわけではなかった。
問題は――その背中に生える葉だった。
少年は気づいていなかった。風呂に入ってゆっくりと疲れをほぐしている最中、薪の管理のためにとやってきた風呂炊き女が、格子のはまった窓から少年の姿を覗いていたのだ。その女は元来、毎度若い男が泊まるとなると、風呂を覗かずにはおれない性分であったが、この時ばかりは様子が違った。少年の背に青々と生い茂るそれを見てしまった後ではそれも仕方のないことだった。女は声にならない悲鳴をあげた。それからその奇異を、もっと間近に見ようとした。あるのは女の好奇心、否、それほど善良なものではない、珍しがる野次馬根性だけだった。少年はちょうどいい湯心地で周囲を注意するのをすっかり忘れてしまっていたのだ。女はその奇形をまじまじと見つめ、それから土間に飛んで戻って、飯炊きの女たちに話をした。女たちは、初めはその女の言うことなど相手にせず、飯を炊いていたが、その女たちのうち一人が、精木族についての断片的な噂を聞いたことがあった。女は同心に密告したかどで、褒賞として多くの金銭を手にした。
こうして、少年は今まで不明だったその存在を、公権力に明るみに出されることになったのだった。
(終わった……)
少年は絶望した。